第31話 3人目
3人目の仲間として現れたのは、監獄島で俺と同じ中級扱いだった探索者・鉄塊だった。
相変わらず見上げるくらいの巨体。
分厚い身体を更に分厚い鎧で覆っている、正体不明の男がそこに居た。
「なんでお前がここに……」
「言ったでしょう? これからあなたたちと一緒に潜る、この白砂の国の上級探索者よ」
「でも、お前は監獄島でずっと……いや」
俺があそこにいたのは僅か3ヶ月。その間いただけなら、『ずっと』ではない。
そしてアンジェリカ嬢は言っていた。
『――ああ、彼はしばらくこの国での活動を止めていたのよ。だから復帰組とでもいえばいいかしら?』
ってことは、つまり。
「お前は、俺を見張ってたのか。俺が監獄島に潜っている間、ずっと」
「……ずっとではない」
「見てはいたってことだよな……あっ」
そうか、だからアンジェリカ嬢に俺が仲間集めしてたのがバレたのか!
最初にこいつに声をかけた。それを密告されて、アンジェリカ嬢は俺の前に現れた……ということなのだろう。
「どうりで行動が筒抜けだったわけだよ」
「……すまない」
「謝ることじゃねえよ。命令だったんだろ?」
んなことをする性格じゃないことはもう知ってる。
てか元凶はすぐそこに居るしな。
その元凶様は俺の視線などまるで無視して話を続ける。
「ちなみに彼には監獄島での鉱石収集をしてもらってたわ。あなたの短剣、その素材を集めたのが彼よ。あなたの観察はただのついで。まさか、仲良くなってるとは思わなかったけど」
「……そういうことだったのか」
あの時、鉄塊は『今は、無理だ』とも言っていた。
つまりは後でなら潜れる、そう当時は判断したが、こういうことだったのか。
本当に、全てアンジェリカ嬢の掌の上だったってわけだ。
「……俺の方は理解しました。それで、こいつの、カトルの方はどうするんです? 解決済みってのは一体……」
俺と鉄塊の関係にいちいち驚いていたカトルは、次は自分の番だと理解してハッと固まった。
俺との顔合わせの時は下手したら氷漬けにされてた程の、壮絶な話し合いの末に打ち解けた。あれをまたやるのは御免だが……。
「そこも大丈夫。ね?」
「……ああ」
アンジェリカ嬢が頷いたのを見て、鉄塊が兜を外した。
俺も見たことはないその兜の向こう側。そこにあったのは――。
「……獅子?」
黒い毛皮の、動物の獅子のような顔だった。
被り物かとも思ったが、そうではない。
奴の毛皮は、俺の皮膚とまったく同じように柔らかく、しっかりと動いている。
どうみても作り物ではなさそうだった。
「……あ! ファム兄さん!?」
「そうだ。久しぶりだな、カトル」
奴が顔を見せた瞬間に、カトルの表情がパッと明るくなった。
……どういうことだ?
「知り合いか?」
「うん、幼い時に病院で、私やアンジェの面倒を見てくれてたの」
カトルたちが通っていたという迷宮付属病院とでもいうべきその場所で知り合った仲だということらしい。
カトルや俺とも違う、その身に宿ってしまったものは――
「……鉄塊の。お前は、【獣憑き】なんだな」
――獣憑き。
迷宮がもたらす神秘……いや、呪いの1つだ。
名前の通り、身体が獣のように変化してしまう。
彼らはカトルの魔力やアンジェリカ嬢の怪力のように、基本的にはこの外見で生まれてくる。
身体の構造や中身――内臓やらの類は人間とまったく同じらしい。
ただ見た目が変化し、その上で普通の人間とは異なる力を持つ。
他には稀に全身の大怪我の治療時にも発生することがあるとか。
話を聞くには彼は前者の境遇の様だが。
そりゃ光って見える筈だ。
「ああ。俺は生まれつきこの身体だ」
「……だから鎧で隠してたのか?」
【獣憑き】は非常に珍しい。
そもそも生まれる事が非常に稀だし、その外見から、知識が行き届いていない地域では生まれてすぐに処分されてしまうことすらあるのだという。
だから、この鉄塊の様に成人になる個体はとてつもなく希少なのだ。
そして成長できたとしても、その姿を見て、彼ら自体が染獣――迷宮からの使者だと騒ぐものもいると聞く。
常に問題にさらされ続ける、悲運の呪いでもあるのだ。
しかし、【獣憑き】は俺も見るのは初めてだ。
体躯のせいも十分あるだろうが、対峙すると威圧感が凄まじい。
「それもある。後は、必要なんだ」
「必要?」
俺の問いかけに彼は頷く。
鎧を脱いでも、その口数の少なさは変わらないらしい。
「俺の力は強すぎる。重りを纏ってないと、色々と不便がある」
「……なるほど」
【獣憑き】の筋力は人間のものと比べて凄まじく強靭だ。
本来ならもっと力強く、俊敏に動けるのを、日常生活では抑えなければならない。
それは肉体的にも精神的にもとんでもない負荷がかかるのだろう。
重い鎧はそのための対策ってわけだ。
だがその鎧も迷宮では一転、染獣たちの攻撃を防ぐ分厚い盾となる。
こいつなら、あの4本腕と殴り合ってもある程度は平気なのかもしれない。
「彼にはパーティーの前線、盾になってもらうわ。見ての通り頑丈よ?」
「アズファムだ。2人ともよろしく頼む」
上級で【獣憑き】。俺はもともとパーティーを組む気でいた相手で、カトルとも顔見知り。
条件としては十分過ぎる。
俺は笑みを浮かべて頷いた。
「異論はない。よろしくな……鉄塊の? アズファム? どっちがいい?」
「好きに呼べ」
「よろしくね、ファム兄さん」
こうして、3人目の仲間が加入した。
分厚い鎧を纏って平然としている彼は、強力な前衛だろう。
そして最強の後衛もいて……俺は案内役か?
……鉄塊含めた戦い方を考えないといけないな。わりと早急に。
「さあ、面通しも済んだことだし、深層探索のための準備を行いましょう。……次も一筋縄ではいかない、危険な場所だから」
全ては更なる深層へと潜るために、俺たちは準備を進めていくのであった。
***
その日の夕刻、青髪の騎士ルトフは、自身の所属する金蹄騎士団の詰所である宮殿へとやってきていた。
「……あれ? ルトフさん、お帰りなさい。いつお戻りで?」
「今戻ってきたところだよ。……なんだか騒がしいね」
騎士たち――というよりも宮殿勤務である他の職員たちが慌ただしく動いているように見えた。
ルトフ自身はここ数日外に出ていたので、何が起きているのかは把握していない。
ルトフの副官で、留守の間は将校代理となる部下・ナジが近づいてきてこっそりと囁く。
「例の民間上がりが10層を突破したんですよ」
「え、もう?」
思わず声が出てしまって口元を抑えていると、ナジがぶんぶんと頷いている。
再び囁き声に戻して、2人してひっそりと会話を続ける。
「まさか2人で?」
「それが、ウチの探索者の炎砂ってパーティーと協力してやったみたいです。どうも、主が特殊個体化してて、例の2人は倒される寸前のそいつらを助けて、一緒に主を倒しちゃったんですって。で、見事中級に」
「それは……なんともいえないね……」
聞く限りは不慮の事故だ。
しかもその炎砂も、恐らくは団長の『彼らの邪魔をしろ』令のために主へと挑んだはず。
その結果彼らが主を倒してしまったのだから……なんとも言えない。
「団長は?」
「荒れてますよー。一応その探索者たちは労ってたんですよ? でも……」
そこで言葉を詰まらせ、彼は更に小声でささやく。
「民間上がりの情報について喋れって言った後にちょっとあったみたいで」
「……?」
騎士団長室に呼び出された炎砂のリーダーである男は、凄まじい圧で迫る団長に怯むことなく言ったそうだ。
『――彼は、必死になって染獣の攻撃を避け続けただけです。しかも失敗して左腕を潰してしまう重傷を負いました。特殊個体を倒したのも彼というよりは彼が持ち込んだ罠によってです。……僕らには、彼はただの民間上がりにしか見えませんでした』
――と。
「そんなわけない、絶対何かあるって団長も怒っちゃって……あ、勿論そのパーティーが帰った後ですよ? ただ部屋で暴れちゃって、おかげで仕事が滞って滞って……」
「なるほどね……顔を出すのは明日にしておこう」
「それがいいですよ。俺ももうすぐ帰ります。……で? ルトフさんの方はどうだったんです?」
「こっちかい? ……大成功だよ」
ニッと笑って、彼は2本指を立てた。
「彼ら2人とも、迷宮探索に乗り気でね。頷いてくれたよ」
「おお、やったじゃないですか」
団長の命令通りに、ルトフは迷宮踏破に必要な人材として各部隊の人材から有望な連中に交渉をしていたのだ。
団長肝いりなので特別給金を支給、任務達成で昇進も確約という条件は取り付けた。
ただ彼らの場合はそれ以外の目的もあるようだが……ともかく本人たちの了承は得られた。
後は各将校への通達を団長に行ってもらいたかったが、今は近づかない方がよさそうだ。
「ただそうなると、僕らの出動も早まりそうだね」
「そうっすねー。ルトフさんが不在の間、俺が全部やるんですからね? 勘弁してほしいっすよ」
「助かってるよ。出世のチャンスだと思って頑張ってくれ」
「はーい」
うなだれる部下の肩を叩いてから、ルトフは早々に宮殿を後にした。
このままいて団長に見つかったら間違いなく時間が消し飛ぶ。
今は少しでも時間を無駄にしたくない。
折角集めたパーティーで迷宮へ潜るための準備をしていかなければならない。
そのためには戦闘員だけじゃなく、補助のためのメンバーも用意する必要がある。
……まるで自分の騎士団を創るみたいだ。
忙しくはありつつ、少しづつ楽しくなっていくルトフであった。
***
アンジェリカ嬢に連れられ、俺たちは首都にあるとある場所へとやってきていた。
「着いたわよ」
馬車から降りた俺たちを出迎えたのは工房区画であった。
様々な職人たちの工場が集まり、無数に煙を空に吐き出している。
ワハルは日用品や狩猟などの道具以外にも、騎士団や探索者向けの装備を作る工房が多数存在している。
ただ迷宮用の装備となると、作れる場所は限られる。
浅層の素材なら認可された工房や店に卸されるが、深層の素材となると更に限られた極一部になるのだ。
ここは、その内の1つなのだろう。
アンジェリカ嬢が入っていくのでついていくと、狭苦しい店内に大量の武具が積まれていた。
「なんだここ……」
「武器がいっぱい」
「多すぎて埋もれてるだろ。ここ武器の販売もしてるのか?」
「……交渉すれば買える。探索者に限るがな。ほとんど試作品と、溶かす前の材料だ」
「これ全部が? すげえな」
今の鉄塊の一言で理解した。
ここは武具屋に大量に武具を卸すようなちゃんとした工房じゃないってことだ。
眼帯をずらしてみてみると、並べてある武器のかなりの数が、光って見えた。
「これは……すげえな」
「ニーナ!」
「はいはーい! ちょっと待っててー!」
アンジェリカ嬢が奥へと叫ぶと、ガチャガチャと盛大に音を鳴らしながら1人の女性が飛び出してきた。
緑髪を1つ編み込み後ろで纏め、煤で汚れた服を纏ったその女性が、俺らを認めてにんまりと笑った。
「待ってたよ! 未来の特選級!」
「え? とくせん……?」
「お嬢に聞いたよ! ウチの武器で深層に行くんでしょ?」
そう言って煤だらけの顔で笑った。
「任せてー、君たちにピッタリな装備、作るからね!」
深層探索に向けた準備が始まるのだった。




