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第28話 白砂の迷宮10層/鎧密林⑥




 主の住処である山の中を駆けていく。

 息は荒く身体は重たい。それでも必死に、全力で腕と足を動かし続ける。

 背後からはその主である、4本腕が凄まじい速度で迫って来ている。


 投げ捨てた岩の代わりに折れた幹を後腕に担いだあいつは、俺を潰そうと必死だ。

 体格差は数倍もあるだろう。加えて追われてるこっちは全身が痛いし、疲労も限界に近い。

 だというのに、俺はまだ追いつかれていない。

 何故かといえば、それは俺が奴に毒を盛ったからである。


 奴の尻に何度か刺してた投げナイフには、鱗魚鬼(フログ)の麻痺毒をたっぷりと塗ってあった。

 刃自体が小さいし、奴の図体は馬鹿でかいから殆ど効果が見られなかったんだが……やっと効いてきたらしい。


 おかげで疲弊状態の俺でもなんとか逃げ回れている。

 このまま、奴を目的地まで連れていく。


『――ゼナウ!』

「……カトルか!」


 耳元に相棒の声が響く。

 やはり先ほどの光は彼女で間違いなかったようだ。


 先輩を助けに戦闘に参加する少し前。

 俺は逃げてきた先輩の仲間の逃走を手助けして、声を届ける風魔法をかけて貰ったのだ。

 その際、他に2つ頼みごとをした。



『治療が終わったらここに向かってくれ。俺の仲間がいる』


 後は懐から地図を取り出して、魔術師の女に渡した。


『仲間……氷姫ね?』

『ああ。カトルっていう。できれば名前で呼んでやってくれ。……んで、次はこれ』


 背負っていた荷を、こちらは魔術師の男の方へと託す。


『これは? ……罠?』

『使い方はカトルに聞いてくれ。地図にある印が設置場所だ。いいか、必ずカトルに渡してくれよ。全員が助かるにはそれしかない』

『……わかった。君を信じよう。すまないがルイを頼む』

『……精々、死なないように頑張るよ』



 結果、カトルは間に合った。

 そして彼女が来たということは――。


『――予定通り設置したよ!』

「よし来た!」


 これでやっとあいつを倒せる。

 一気に活力が湧いて、走る身体に力が籠った。

 あと少し、あと少しで終わる……!!

 進路はそのまま予定通り、最後の力を振り絞って走り抜けてやる――。


『■■■■――!!』


 だがその瞬間、走る視界に影が落ちる。

 

「やっば……!!」


 一瞬の油断。その隙を突いた跳躍に、反応が遅れた。

 なんとか横へと飛び退いたものの、叩きつけられた樹の幹に伸ばしてしまっていた左手が巻き込まれる。

 ぐしゃりと、そんな音すら響かせずに、俺の左手が一瞬で潰れた。


「…………っ!!!?」


 突き抜ける激痛に意識が飛びかける。

 もはや『痛い』すらもわからない衝撃に、身体が固まり、転げたまま動けなくなった。


 まずい。起き上がらないと……。


 無事な右腕を地面に突き立て起き上がろうとするが……震えが止まらない。

 痛い……いや、熱い? 脳髄をほじくられる様な衝撃に身体が動こうとしない。

 ここで限界が来るかよ、あと少しなんだよ……!!


 《《元》》4本腕はようやく止まった俺へと悠々と近づいてきて、木の幹を振り上げる。

 今度こそ、俺の息の根を止めるために。


『■■■■――!!』


 そのまま振り下ろしたその瞬間、蠢く2つが視界に映った。

 

「「――させるか!」」


 俺の前に躍り出た赤い影――先輩が、赤熱した剣で振り下ろされた木の幹を叩き斬り。

 飛び込んできたもう1つ――盾持ちの戦士が奴の腹に激突してその身体を後ろへとはじき返した。

 直後、飛来した氷槍が、風刃が、炎球が猿の腹に炸裂して爆発と白い霧を巻き起こした。


「――ラース!!」

「待たせたな、ルイ! 新人! こっちだ! ついて来い!」


 ラースと呼ばれたその盾持ちが俺の身体を掴んで立ち上がらせる。

 もう反対側を先輩が担ぐ。


「……先輩」

「生きてるな、ゼナウ! ……走るぞ!」

「こっちへ!」


 そのまま彼は俺の脇を抱え、先にいたカトルが示す方へと走りだした。

 痛みに視界が明滅する。

 それでも左目だけはしっかり機能して、浮かび上がる光を見ている。

 大丈夫、まだ死んでない。

 必死に意識を繋ぎ止めながら、横にいる先輩へと視線を向けた。


「……悪いな、先輩方」

「喋るな……!! というか、助けに来た方が大怪我を負ってどうする! ……どこまで行けばいい!」

「……そこだ」

「3人とも、急いで!」


 手を振って叫ぶカトルの向こう側の木の幹。

 そこに、赤い印が映った。


 時間がないので、今回仕掛けたのは1ヶ所だけ。

 だからここで確実に殺し切る。


『■■■■――!!』


 白い霧を抜け、4本腕は俺たちへと向かってくる。

 よく考えりゃ奴の右前腕は血だらけで動かず、先輩の剣戟で至る所に赤い傷を負い、先ほどのカトルたちの魔法で全身を攻撃されている。

 全身からダラダラと血を垂れ流し、更にその身体は麻痺毒に侵されてる。


 必死に戦っていたから気付かなかったが、向こうも瀕死。

 だから、必ず俺らを仕留めに飛び込んでくる。


『■■■■――!!』


 最後の力を込めた、奴の咆哮と跳躍。

 その瞬間、カトルが全身から凶悪な程の魔力を迸らせた。

 同時に目の前には巨大な氷壁が出現し、狭い道を分断して見せた。


「……凄い」


 先輩の呟きが聞こえた直後、氷壁が凄まじい衝撃で揺れて、すぐさま嫌な金属音が響き渡った。


『――かかった!』

「やった!」

「え、ナヒド!? 君もいるのか!?」


 耳元に男の声が響く。

 待望の声に俺らは喜び、先輩だけが驚いた。

 悪いが説明は後。

 今は、こいつをさっさと仕留める……!!


「……カトル!」

「ええ!」


 カトルが指を弾くと氷の壁が消失し、その向こうの景色を映し出す。

 そこには右足を罠に《《噛み砕かれた》》、4本腕の姿があった。


『――――ッ!!』


 何とか外そうと藻掻いているが、奴の両足は罠と、同時に発動したカトルの氷によってがっちりと固められている。

 全快状態なら避けられただろうが、麻痺させた上での疲弊状態では、さすがの奴もどうしようもなかったらしい。


 毒に囮に罠に氷。

 俺らのできるありったけを叩き込んで、ようやく特殊個体の主の動きを止められたのだった。


「……何とかなった……」

「間に合ってよかった! ……って、ゼナウその手!? どうし……っ」

「悪いカトル、少し黙ってろ。……先輩」


 慌てふためくカトルの口を右手で押えて、支えてくれている先輩へと振り向く。

 彼は何が起きたのか未だ把握しきれていなかった様だが、そんな彼へと言葉をかける。


「まだ余力、あるか?」

「……っ、勿論!」

「なら頼む。止めは、あんただ」

「……任せてくれ」


 俺をカトルに預け、先輩は未だ足掻く4本腕へと近づいた。

 その剣は再び赤熱を始め、周囲が揺らぐ。


 彼自身ももう限界が近く、ふらつきながらも、強烈な意思を持って巨体の前に立った。

 全員の視線が、願いが彼の剣に集まる。

 この暴力の権化みたいな化け物を、先輩方が超えられなかった10層の壁を、打ち破る剣が――振り上げられる。


『――――!!』


 そうはさせないと、向こうも最後の力を振り絞って叩きつけられた2本の後腕は盾持ちとカトルの氷が防いだ。


「……させるかよ! ルイ!」

「ああ……終わらせるよ」


 微かにそう、呟いて。

 先輩は前かがみとなった奴の頭へと飛び込むと、赤熱した刃をその首へと叩き込んだ。


『――――……』


 真っ赤な軌跡が駆け抜け、しばらく間が開いて。

 巨大な頭が胴から離れ、地面へと墜落した。


 その瞬間、辺り一面から音が消えたような、そんな錯覚を覚えた。


「…………やった」

「うおおおお! 勝ったああああ!!!」


 盾持ちの咆哮が響き渡り、周囲から隠れていた魔術師たちも現れ、途端に音が戻ってきた。


「ルイ、やったなああ!!!」

「うわっ!? ラース、危ない……!!」

「いいじゃねえか! 主を倒したんだぞ!」

「ちょっと! その前に、治療! ラース、君も完治はしてないんだからな……!!」

「ほら、回復薬配るよー」


 歓喜の声を上げる先輩方。

 その様子を俺とカトルは離れた場所から眺める。


「……勝ったのね、私たち」

「ああ……なんとかな」


 あまりにも急な戦闘。

 本来は先輩たちに任せて明日以降戦う筈だったのに、訳の分からない事態と結果になってしまった。

 てか、なんだよ主が特殊個体って。理不尽すぎる……。


「さ、あなたも治療するよ。じっとしてて」

「悪いな。……疲れた、もう2度とやりたくねえ……」

「まだ10層だよ? 目的の場所まで、後25層」

「……遠いなあ……主だけで5体もいんのかよ」


 流石にもう特殊個体の主とは遭遇しないだろうが……しないよね?

 淡い願いを抱きつつ、今は勝利の余韻に酔いしれる。


 長かった4本腕との戦闘は、ようやく終焉するのであった。



***



「じっとしてて……かけるよ?」

「……いってぇ……!!」


 特殊個体の主との戦闘を終えた俺たちは、すぐさま治療に入った。

 俺と先輩は大小さまざまな傷を負っていたが、中でも一番損傷が酷いのが俺の左手だった。


 形が判別できないくらいには潰れていて、さっきから痛みが脳を常時焼いている。


 そこに駆けこんできたカトルが、緑の液体が入った小瓶を持ってきた。

 アンジェリカ嬢が用意してくれた回復薬。

 飲むか、患部にかけるかすれば身体が治るよくわからん薬品だ。

 材料も製造方法も不明の、怪しすぎる液体である。


 カトルが俺の手にぶっかけて暫くすると、ばらけた骨がまとまり、潰れた筈の肉が生えてきた。

 十数分ほどで潰れた左手が元通りである。

 ……意味が分からん。怖すぎるだろ。


 そして俺の左目には、治った左手には所々が《《光って》》見える。

 潰れた肉が迷宮由来の何かに埋められたのだ。こうやって、どんどんと迷宮(バケモノ)に近づいていくのだろう。


「どう?」

「……大丈夫だ。力は入んねえが……すぐに戻るだろ」


 まあ、今はこうして治るのがありがたい。

 片手が潰れれば、満足に戦うことすらできなくなるんだから。


「おーい、お前ら!」


 立ち上がって装備を整えていると、盾持ち戦士――ラースがやってきた。

 一足先に治療を終えた彼らには、少し先の探索をしてもらっていた。


「お、怪我治ったか? 良かった良かった」

「ええ。……どうでした?」

「ああ。あったぞ、大穴。やっぱりあいつ、主だったみたいだ」


 そして予想通り、本来主の巣だった場所に下の階層に通じる大穴が開いていた。

 これで奴は正真正銘、この階層の主だったということだ。


「しっかし、主が特殊個体になるとはな。そんなこともあんだな」

「珍しいことなんですか?」

「珍しいなんてもんじゃねえよ! 聞いたこともない……多分、初めてじゃねえか?」

「……へえ」


 一応資料で調べてはいたが、やはりとんでもなく珍しいことらしい。

 なんでそんなものに遭遇するかな……こっちはまだ4日目なんだぞ……。

 まあ、倒せたからいい。

 しかもアンジェリカ嬢の要望よりも1日早めての達成だ。

 ……突発的に先輩たちと協力する形になったが、これでも踏破扱いだよな? そうだよな?

 あれだけ命がけの戦闘を勝ったんだ。

 相手が誰だろうと文句は言わせねえぞ……!!


「あいつらも直ぐに戻ってくる。あいつの解体、進めようぜ」

「了解です」


 そうして4本腕の解体を行っていく。

 討伐証明は当然核。特殊個体は核も特殊で赤黒く染まるらしい。

 実際、全員で協力して取り出した核は気味の悪い色をしている。


「うへえ……すげえ気持ち悪い色してんな」

「本で読んだ通りね。やっぱり特殊個体」

「そうじゃなきゃ困るよ……ゼナウ」


 仲間同士で話していた先輩――ルイが俺を呼んだ。


「どうしました?」

「……その気味の悪い話し方はやめてくれ。もう僕らは対等。さっきの口調で良い」

「……わかった。んで、なんだ?」

「この討伐証明の扱いについてだ。僕らは、君たちが持ち帰ればいいと考えている」

「はあ。……随分と優しいことで」


 告げてきた顔も優しそうな笑顔。昨日絡んできたのが嘘みたいな態度だ。

 まあ、あれは俺が焚きつけたからなのだが……。

 俺の返答が気に食わなかったのか、ルイ先輩は不満げに腕を組んだ。


「当然だろう。君たちがいなければ僕らは死んでいたし、奴を倒せたのも君たちの作戦と力が大きい」

「それは俺らも同じだろ。先輩たちの協力がなきゃ、俺らじゃ倒せなかったよ」

「君たちは突発的に戦ったからだろう。ちゃんと準備すれば君たちなら……」


 ああ、くそ。

 こうなるからややこしいんだよな。

 もう踏破したんだからさっさと帰りたいんだが……。

 どうしようかと考えていたら、カトルが恐る恐る手を上げた。


「あの……全員の手柄じゃダメなの?」

「ん?」

「私たちを含めても、6人でしょ? それで特殊個体を倒したんだから、実績は十分じゃない……です?」


 カトルの方はまだ口調に迷っているらしい。

 不安げな彼女の言葉をかみ砕いて、先輩はゆっくりと頷いた。


「……確かに、本来2パーティーどころか、もっと人を集めて倒すべき染獣だったろうね」

「ならいいじゃねえか。元の主より数倍は強かっただろうしな。6人で討伐、十分踏破の証になるだろ」


 というかもう面倒だし、それでいこう。

 最悪アンジェリカ嬢に頼んでごねて貰えれば通るだろ。

 4日で10層踏破。最高の実績じゃねえか。


「先輩もそれでいいか?」

「……一先ずこれを協会まで運ぼう。判断はそこで、協会の人たちに任せよう」

「頑固だなあ。まあ、それでいいよ」


 正直そういう面倒なことはルセラさんやディルムに任せたい。

 また絶叫されるかもしれんが、それくらいは許してもらいたい。


 残りの素材も持って帰りたかったが、とにかく全員が疲弊していた。

 必要な核の確保だけして、俺たちは帰ることに決めた。


「帰ろう。疲れた……」


 こうして、俺たちは10層の踏破に成功するのだった。

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