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第25話 白砂の迷宮10層/鎧密林③



 10層攻略開始から4日目。

 俺たちは再び朝から10層へと潜ると、染獣たちを避けながら昨日目印を付けた場所へと向かっていく。


 今日は余計な狩りはなし。

 唯一、目的の場所である丁度良い高台にいた邪魔な鎧猿(ガイエン)2体だけは奇襲して処理した。


 片方を凍らせて、再び俺が引き付けている間に魔法で殺す。

 もう少数なら問題なく殺せる程に、奴らの動きは身体に叩き込めた。

 

 勿論主や歴戦の個体はまた別だろう。

 だからその対策のために、今日はここに来たのだ。


 凍らせた方にも短剣でとどめを刺して、立ち上がった。


「これでよし、準備するぞ。血の処理を頼む」

「うん。……でも良いのかなあ。盗み見なんて」

「いいんだよ。協会も推奨してる方法だからな。先輩たちを見て学べって」

「それって、こういうことじゃない気がするんだけど……」


 カトルが猿の血と傷跡を凍らせている間に、俺は手ごろな枝に登って座れるようにセッティングを行う。

 長時間座っても大丈夫なように、特製の腰掛けを設置するのだ。

 といっても座るのはカトルだけ。


 これからしばらくの間、彼女には上から密林の様子を確かめて貰う。

 分厚い密林であまり大したことは分からないだろうが、それでも高い位置からの観察はしておきたい。

 特に主が戦った時の『周辺の群れの動き』だ。

 これがどうなるかで討伐方法は大きく変わる。


「できたぞ、登ってみろ」

「う、うん……木なんて登ったことないけど……あ、そうだ」


 少しだけ躊躇した彼女は、指を鳴らして木を凍らせると、階段状の足場を作り出した。


「これなら簡単ね」

「魔法をんなことに使うなよ……」


 あまりにも贅沢な使い方だが、彼女の潤沢な魔力なら魔力切れなんてのも心配する必要はないか。

 枝に腰かけた彼女に遠見の道具や記録用の地図を残して、俺の方も荷を背負う。


「じゃあ頼む。緊急時の対応は覚えてるな?」

「勿論! 空に向けてこれを撃てばいいのよね?」


 アンジェリカ嬢に頼んで用意してもらった装備類の1つに、緊急用の発光筒がある。

 ごく少量の魔力を流し込むことで光る球体を放出することができ、迷宮内での狼煙代わりに使うのだ。


 しばらく俺らは別行動になる。

 行動を終え次第俺がここに戻ってくる手筈だが、どちらかに問題が起きた際はこれで合図を送る。


「ああ、それでいい。……行ってくる」

「うん、気を付けてね」


 カトルの返答に頷いてから、俺は密林を駆け抜けていった。

 音を立てれば猿たちにバレる心配はあるが、今回は可能な限り備えてきている。


 その1つが身を包んでいる外套。こちらも新たな装備品だ。

 主討伐――というよりは今日のために用意してもらっていた、迷彩の魔道具である。


 単独での隠密行動が得意な俺ではあるが、密林の生態系は未知な部分が大きい。

 協会が推奨しているこの装備なら、奴らの視界を掻い潜れるということらしい。

 匂い消しも昇降機付近で終えているから、迂闊なことをしなければバレることはないだろう。


 染獣にも、()()()()


「――よし、皆、準備はいいね?」

「おう! 今日こそ主をぶっ殺すぞ!」


 木陰に隠れた俺の視界の先には、昨日絡んできた先輩方が集まっている。

 そう、カトルに遠方からの観測を行ってもらう間に、俺は直接戦闘の観察を行う。


 この密林じゃ、遠くからでは詳細がわからない。

 欲しいのは主の生態や戦闘時の行動だ。資料では見ているが、実際に見ておくに越したことはない。

 だがそのために主に直接挑むのは愚行だ。

 俺らは2人で、しかも迷宮に潜ったばかり。

 気軽に戦いを挑めば間違いなくぶっ殺されて終わりだ。


 だから、代わりに戦ってもらう人が必要だった。


 昨日、ルセラさんから10層攻略に近いパーティーとして彼らの名前を聞いた。

 わざわざ煽ってやる気になってもらって、こうして戦いのお手本を見せてもらう。


 ……もし先に攻略されたら? なんてカトルには聞かれたが、その時はその時。


 5日で攻略しろとは言われてるが、達成しなかったところで死ぬわけじゃない。

 そもそも5日で10層ってのが無理な話なんだ。

 多少汚くても、できる手段をとるしかない。


 それが、俺がこの3年間で会得した、生き残るための手段である。


 そうこうしているうちに、剣士のルイ君率いるパーティーは、主の支配域である密林へと足を踏み入れた。

 さあ、お手並み拝見といこう。



***

 


 僕ら4人のパーティー・炎砂は2年前に結成した。

 探索者学校の同級であった僕と戦士のラースのコンビに、魔法学校の卒業生だったナヒドとエジルの2人を加えて僕らは迷宮に潜り始めた。


 魔術師を2人抱えた僕らは順調に探索が進み、新人の中ではかなり早いペースで5層を突破できた。

 鱗魚鬼(フログ)は魔法に弱いんだ。

 だから僕やラースは2人が減らしてくれた少ない染獣と斬り合えば済んだし、主も攻撃をさばいているうちに討伐はできた。


 このままいけば、僕らは最深層に到達できる英雄になれる。

 そんな淡い希望が打ち砕かれたのは、この密林地帯に入ってからだった。


 全方位から襲い掛かってくる鎧猿に、虫や蛇に至るまで分厚い鎧に覆われたこの階層は、魔法だけで突破するなんて甘えは許されなかった。


 僕とラースの前衛が奴らの殻を打ち砕くか、転がせたりして脆い場所を晒させない限りは雑魚の1体も倒せない。

 5層まで楽をしていたなんて思わないけれど、絶望するくらいには力不足を感じたよ。


 それから死に物狂いで特訓を行った。

 まともに奴らの相手ができるまでには、1年近くかかってしまった。


 何度も絶望したし死にかけた。

 皆で喧嘩して、衝突して、解散の危機も1度じゃなかった。


 それでも僕たちは少しずつ進歩をし続け、半年が経った頃には再び順調に攻略をし始めて、遂にこの10層までやってきた。


 そして今、もうこの10層の主を倒せると自負できる程の実績も積み、協会の人も周囲の先輩方もそう言ってくれるようになった。

 だけど、どうしても最後の一歩が踏み出せなかった。

 怖かったんだ。死ぬことも、負けて皆から失望されることも。

 

 だから資金調達という名目で長い間停滞していたのだけど、彼らの出現で全ては変わった。


 たった1日で5層を踏破し、10層まで進むことを許された2人組。

 僕らより半分の人数で、僕らの2年間を1日で抜き去って見せたのだ。


 そして彼らは5日で10層を踏破しようとしている。

 そんなこと、許していい筈がない。

 ……いや、別に彼らに恨みがあるわけじゃないんだ。


『――そんなことしてる暇、ないでしょ?』


 彼は生意気だが……正直まだぶん殴りたくなるくらい腹は立っているが、その言葉は正しい。

 もし彼らにちゃんと深層に行く実力があるのなら、僕らに彼らを批判する資格はない。

 2年かけて到達できなかった僕らが悪いのだから。


 彼の言葉を覆すには、彼らより先、自分たちで10層を踏破するしかない。

 だから僕たちはここに来た。

 この階層の主――王鎧猿の住処へと。


「……騒がしいね」


 魔術師のエジルが不安げに呟く。

 彼女の言う通り、密林地帯の中でも一際大きな木々が集うこの山には、猿の鳴き声が響き渡っている。

 重苦しい重圧が見上げる山から漂ってくる。

 思わず後ずさりそうになるのをなんとか堪えた。


「昨日のうちに結構な数を狩っているからね。かなり気が立ってる筈だ」


 このボス猿の群れはそう多くない。大体30体いれば多い方で、既にその内の10体近くは昨日のうちに狩っている。

 数日のうちにまたその数を戻すだろうが、今日なら問題ない。


「いつも通り、僕とラースで引き付けていくよ。……絶対、勝つぞ!」

「「「おお!」」」


 気合を入れて森に足を踏み入れた途端。


『――――!!』


 周囲の大気がずしりと揺れた。


 遠くから木々のざわめきが迫ってくる。

 流石は主の巣。一歩踏み入れるだけで気付かれるとは。


 主がいるのはこの山の中腹、奴らの巣の中だ。

 そこへたどり着くまでに、子分たちが襲い掛かってくる。

 子分を倒して進み、主を巣から引きずり出して撃破することが、この階層を踏破する方法なのである。


「来るよ!」


 襲い掛かってきた鎧猿の攻撃を、ラースが盾で弾く。

 そこへ僕が飛び込んで、振り下ろす一閃で右腕を切り裂いた。


『ガッ――!?』


 金を貯めに貯めて買った大剣は、猿の腕を深くまで切り裂き、血を噴き上げる。

 すぐさま追撃を、と思った瞬間に別の方角の木が揺れた。

 僕らよりも、ナヒドの方が近い。


 離れた個体を襲うつもりなのだろうが――。


「させない!」


 こいつはラースたちに任せて、僕は全速力で飛び出す。

 樹上から飛び出した猿がナヒドに到達するまでに、僕は剣を振り下ろす。


「はぁ――っ!!」


 度重なる探索を経て強化された僕の1撃は、落下してきた猿の勢いを殺したうえで弾き飛ばす。


「風よ――!!」


 正面の木に激突した猿の顔面へと、ナヒドの生み出した風の刃が炸裂。

 顔面に大穴の開いた猿はそのまま崩れ落ちる……かと思ったがしぶとく立ち上がろうともがいている。


「あれで起きるんだから、相変わらずの化け物だね……」

「言ってる場合か! とどめ!」

「任せて!」


 走って顔面に剣を突き立てる。

 これでようやく猿は動きを止めた。


「――よし」

「おい! 終わったらこっち来てくれ!」


 落ち着いたその瞬間、ラースの声が聞こえてくる。

 見れば3体もの猿が襲い掛かってきていた。


「直ぐに行く!」


 剣を引き抜き駆け出す。

 ここからはもう止まれない。

 殺すか殺されるかの戦いが始まった。



***



 ――すげえな。あれが本来の10層の探索者か。

 

 目の前で繰り広げられている激戦を眺めながら、俺は深く感心していた。

 優男に見えたルイ()()は剣の1振りであの化け物の身体を吹き飛ばしてる。

 盾持ちも平然と攻撃を受け流して背後の魔術師たちを堅実に守っている。


 そして邪魔が入らない2人の魔術師は存分に力を発揮して、猿たちを迎撃をしている。

 互いに信頼し合って、背中を預けて戦ってる。

 

 いいパーティーだ。

 絡んではきたが、そもそもそれも俺ら……というかアンジェリカ嬢のせいだ。

 まあ無理やり煽って戦わせたのは俺なんだが。

 元々攻略直前だっていうからやってもらってるけど、こうして巻き込むのは気が引けるよなあ……。

 


 うん、彼らにはぜひこのまま主を倒してもらって、俺らは復活した奴を討伐しよう。

 アンジェリカ嬢には申し訳ないが、これが順当な流れだよな。


『■■■■――!!』


 うぉっ、すげえ叫び声。

 この揺れは主か?


 ……珍しいな。資料じゃ滅多に巣から出てこないって話だった。

 他の群れの個体を大量に倒してようやく出てくるらしく、引っ張り出すだけでも一苦労。

 巣には主の子供たちが住んでおり、巣の至る所から石やら槍を投げてくる。

 だからできる限り引っ張り出す必要があるのだ。


 俺らのような罠を使うやり方なら尚更だ。

 どうにかして主を誘き出す方法を考えなきゃならなかったんだが……もしかして特殊個体か?


 ――特殊個体。


 迷宮に生まれる染獣には稀に特殊な奴が現れる。

 そいつらは普段の個体とはまるで違う特徴を持って生まれてくるのだ。


 迷宮の生態系は特殊だ。

 階層には5層毎の固定の生態系が存在し、変化することはない。

 どれだけ染獣を殺しても、染獣同士喰いあっても、数日たてば元に戻る。


 ただ稀に、その中に異常個体が現れる。

 人間の中に、迷素遺伝や迷宮病が現れるように。


 ちょっとした変化でいえば行動規則が違う。

 それだけなら多くの個体が該当する。それだけなら。

 

 ただその中にはやけに力が強かったり、殻の形がまるで違ったり、そもそも生物としては別種というべき連中が出現する。

 特殊個体と呼ばれるのはそう言った連中のことだ。


 行動も生態も、容姿も能力すら違う。

 そして軒並み元の個体の数倍は凶悪となる。


 そこらの雑魚なら面倒だが問題はない。

 だがもし、主がその特殊個体になって生まれたのだとしたら……。


 ……あれ、そもそも主の特殊個体ってあるんだったか?

 たしかそんな記録はなかった気がするんだが……。


 嫌な予感に震えた直後。


 左目の視界、木々の向こう側に()()()()()が現れた。


 ……なんだ? あんな光、見たことない。


 俺が見る光は表現するならほんのり黄色がかった白色。

 あんな見ただけで危険を感じるような色なんて――。


 呆然としているうちに、葉の向こうから奴が姿を現した。


 ここの主、王鎧猿が――。


「……は?」


 王鎧猿の容姿は、大型の鎧猿だ。

 肩や頭部に角のような装飾が生まれており、通常種より異常発達した腕部で侵入者を叩き殺す。

 その筈なのだが……。


 目の前に現れたのは、背から2本の腕を生やした、4本腕の怪物だった。


「……特殊個体、よりによって主がなるのかよ……」


 呟く声が漏れるのも気にせず、俺は緊急用の発光筒を取り出し、空へと放つのだった。

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