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第20話 初日の戦果①





 ワハルの探索者協会受付にて、受付嬢であるルセラはソワソワと落ち着かない様子で周囲を眺めていた。


「……まだかしら」


 既に夕刻を過ぎ夜に入った頃。朝に潜った探索者たちが戻ってきて、フロアは賑やかな声で溢れている。

 ここワハルの支部では昇降機で戻ってきた探索者は帰還報告用のカウンターへとやって来る。

 そこで集めてきた素材の精算をしながら、探索者証で踏破状況の確認を行うのだ。


 それを済ませない限り、支部から外に出ることは叶わない。

 例え何の成果がなかったとしても、10秒で引き返しても同じ。

 全ては迷宮産の素材を外に持ち出さないためだ。


 つまりは、迷宮に入った全ての探索者がここを通る……筈なのだが。


「……いくらなんでも遅すぎるわよねえ」 


 午前中は入場受付の対応だったルセラは、今は帰還報告のカウンターへと移っている。

 自身の担当であり、国にとっても非常に重要な探索者が帰ってくるためだ。


 ――1層の探索にどれだけ時間をかけてるの? あの2人……。


 今日初めて迷宮に潜るという2人組。

 片方はこの国史上初の民間上がりの探索者。

 そしてその相方は、この国で迷宮にかかわる者なら1度は聞いたことがあるあの『氷姫』だ。

 

 どちらもこの国では『ここにいることなど絶対にありえない』の代名詞だった。それが一緒になって迷宮に潜るのだ。

 あまりにも珍妙な組み合わせに、思わず声を上げそうになったほど。


 その証拠に、本日の業務中に何度も上司が確認しに来た。

 特に支部長のディルムのしつこさったらなかった。

 多分1時間おきには来ていたと思う。何故だか少し前から顔を見なくなったけれど。


 他にも何人かに確認されたが、そのたびにルセラも、他の職員たちも首を横に振った。

 何時間も前に潜った筈の2人は、一向に戻っては来なかったのだ。


 ――まさか、1層でやられちゃう、なんてことはないと思うんだけど……。

 

 珍しい組み合わせではあるが、その実力は本物の筈だ。

 民間人のゼナウはともかく、僅か12歳で貴族の邸宅を丸ごと凍らせた魔力を持つカトルが居て、第1層で苦戦するとも思えない。


 だからすぐに鱗魚鬼(フログ)10体を討伐して帰ってくるものだと思っていたのに……。

 

 ――流石に時間かかりすぎよねえ……。念のため、捜索隊の用意をしないと。


 このワハル支部では、探索者が帰還しない場合に捜索隊を結成する事がある。

 そもそも潜れる人数が殆どいない20層以深を除いては、予定の探索日程を過ぎても戻らなければ回収に向かう。

 5層に満たない浅層であれば、1日戻らなかったら即座に捜索に向かう。


 自業自得だなんて言う人もいるけれど、探索者には貴族の子弟が多い。

 それを探索者支部が何もせずに放置した、という事はあってはならない。

 何より、助けられるなら助けたいではないか。


 ただ、今回は事情がだいぶ異なる。

 

 ――民間初の探索者が初日で未帰還なんて、私の首で済む問題じゃないでしょう……?


 彼女らの強さを信じて待っていたけれど、そろそろ(胃が)限界だ。

 嫌な予感に青い顔になりながら立ち上がろうとした、その時。


「――あれ、ルセラさん。まだいたんですね」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 ハッと顔を上げれば、そこには潜る前と同じ姿のゼナウとカトルが立っていた。

 ゼナウは何故だか全身緑色だが、2人とも怪我もなく無事そうだ。

 その姿を見た瞬間、全身から力が抜けてカウンターへと突っ伏してしまった。


「……良かったあー……」

「え? ルセラさん? どうされたんです?」

「どうされたんです? じゃありません! どれだけ潜ってるんですか!」


 カウンターを叩いて大声を上げてしまう。

 皆の視線がルセラに集まるが、気付かずに捲し立てる。


「あなた方は今日初めて迷宮に潜ったんですよ!? それをこんな長時間……どれだけ危険なことをしたのかわかってるんですか!」

「……」


 ルセラの見つめる先。

 ゼナウの方は何言ってんだ? と言わんばかりに目を細め、カトルの方は怒られて今にも泣きそうな子供のような顔で口元を抑えている。


 ……逆! 反応が、逆!


 思わず叫びそうになるのを必死に堪えながら、ゼナウへと凄まじい勢いで振り向いた。


「聞いてるんですか、ゼナウさん!?」

「……あ、俺か。すみません。あまりの勢いに驚いてました」


 その割には震えもしていない口調で、彼は朗らかに笑った。


「いやあ、申し訳ないです。カトルの魔法がやっぱり強力で、思ったよりらく……順調に探索できましてね。ついつい潜りすぎてしまいました。な、カトル」

「……ええ、そうね。まさか、ルセラさんがそんなに心配してくれるとは……その、ごめんなさい」


 全く反省していないゼナウに、平謝りのカトル。

 ……やはり逆だ。なんで平民上がりの方が慣れた風なんだ……。

 カトルを怯えさせないようにこっそりと息を吐き出してから、2人へと向き直る。


「……おふたりとも、怪我はないんですね?」

「え、ええ。それはばっちり、大丈夫です!」


 ぶんぶんと首を振ってカトルが頷いた。

 ……氷姫なんて噂が嘘みたいに可愛らしい子。そのぎこちない笑顔を見て、ルセラはようやく肩の力を抜いた。


「なら良かったです。……よくぞ無事にお戻りになりました。おかえりなさい」

「はい! ただいま……です!」


 2人で笑いあう。

 うん。やっぱりこの子は良い子だ。これからも全力でサポートしなければ。

 そう決めてから、ルセラは2人へと頭を下げた。


「申し訳ございません。差し出がましいことをしました」

「いやいや! 新人が長く潜っていたら死んだと思いますもんね。事前にお伝えすべきでした。悪かったのは俺たちですよ。……ただ!」


 そう言って、ゼナウは背負っていた鞄をカウンターに置いた。


「その分、たっぷり狩ってきましたよ!」

「あら、凄い。本当に沢山」


 探索者には腰から頭の上くらいまで伸びる、かなりの容量が入る背負い鞄が支給されており、それに討伐した部位を入れて運んでくる。

 大体の染獣は人間よりも大きいので、それでも足りないくらい。

 深層にいるような大型の染獣を狩った時などは専任の職員たちも一緒に下りて解体や輸送を行ったりする。


 ただ第1層の染獣は大したお金にも資源にもならないので、協会が指定する指定部位だけを集めてくる者が殆どで、それだと大した量にはならない筈だが……。

 

 ――多分、解体できずに不要な部位まで持ってきちゃったのね。


 新人にはよくあることなのだ。

 染獣の知識や戦闘技術は学んでも、索敵や解体といった補助的な仕事を覚えて潜る新人は少ない。

 何度か失敗して、慌てて学び始めるので、新人が深層に行くには時間がかかるのだ。


 それに迷宮では安全に解体ができる場所や状況は限られてる。

 狩れても他の染獣に追われて解体できませんでした……なんてのもよくある話だ。


 ――なんだ。ちゃんと新人らしいところもあるじゃない。


 安堵の笑みを浮かべつつ、これから教えてあげればいいと、一先ず喜ばせてあげようと手を叩いて声を上げた。


「最初の探索でこんな量を持ってくるのは凄いことですよ!」

「あ、いえ。これだけじゃないです。カトル」

「へ?」


 ……どういうこと?

 驚いていると、奥にいたカトルも背負っていた鞄をカウンターに置いた。

 それはゼナウのものと全く同じくらい、ぱんぱんに膨らんでいた。


「これは……?」

「本当はもっとあったんですが、運べるのもこれが限界だったので。んで、これが目玉ですよ」


 そう言って更にカウンターの下から、抱えるほどの大きさの布に包まれた何かを取り出して、カウンターに置く。

 ゼナウがその布を剥がすと、黒緑に濁った球体が現れた。

 柔らかい素材なのか僅かに潰れたその球を、ルセラはよく知っていた。


「あら、これひょっとして女王鱗魚鬼(フログ)の核じゃないですか!」

「おお! 流石、よくご存じですね!」

「それはもう。我々は鑑定の手伝いもしますから、ここの素材で重要なものは大体把握してますよ」


 生命が魔力を扱う際に必須となる器官が核である。

 核は魔道具の素材として非常に重宝され、高値で取引される。

 これだけの大きさ、しかも奇麗に剥ぎ取ったのだろう。一切欠けが見当たらない。

 これなら最高品質扱いでもおかしくない筈だ。


「凄い……!! よく持って来れましたね! ……? あれ?」


 だが、おかしい。

 ()()は、迷宮の第1層じゃ、絶対に取れない筈では?

 しかも最高品質相当の完璧な剥ぎ取り具合で?

 女王鱗魚鬼がいるのって……。

 ぎぎぎ、と鈍い動きで首をゼナウへと向けて、訊ねる。


「……ゼナウさん? これを、どこで?」

「勿論第5層ですよ。俺とカトルで狩りました」

「……どうしてあなたたちがそこに? 今日使える昇降機では1層までしか行きませんよね?」

「ええ。だから潜りました。自力で」

「あの大穴、とっても凄かったです……!! 水に包まれるのがとっても不思議で!」


 ああ、どうしよう。嘘じゃなさそうだ。


「……初日で、5層まで行って? 主を倒したと?」

「はい!」


 凄くいい笑顔でゼナウが言った。

 そうか。……そっかあ。

 

「……んなことありえないでしょうがあああ!!!!」


 その日、ルセラの絶叫が協会中に響き渡ったという。

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