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第2話 ゴミ溜めの迷宮②




 その後、無事に門までたどり着いた他の連中と一緒に表層へと戻った。

 ガタガタと不安げに揺れる昇降機に乗って地上――正確には半地下の出入口まで戻ると、すぐそばにある素材の買取所へと向かう。


 昇降機がある区画は半地下の工場になっていて、素材の買取に加工、倉庫などの迷宮産の物品を扱う場所になっている。

 俺らの武器もまたここで回収され、保管される。

「危険なものは地上には出さない」がここのルールだ。

 代わりに整備は適切にやってくれるから不満は少ない。


 ちなみに、俺がいるこの違法迷宮があるのは、世界のどっかにある孤島だそうだ。

 どの国の領土にも属さず、なんなら海岸から探しても何の陸地も見えない程の僻地。


 だからどこにも逃げられない。

 それぞれが抱えている借金の返済やら条件やらを達成しないことには出られないのだ。


 そのせいで、ここは監獄島と呼ばれてる。死ぬ前に出られた奴はごく一握りだろう。

 俺はここにきてまだ3ヶ月だが、そんな幸運なやつは見たことがない。

 果たして、俺は出られるのだろうか。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、疲れた体で買取所へ向かう。

 赤錆の目立つカウンターでなにやら石を眺めている男へと声を変えた。


「買取頼む」


 真っ赤なドレッドの上から布を巻いている男――呼び名はそのままな赤毛(ドレッド)が笑みを浮かべて手を上げた。


「よう、眼帯の。今日はなんだ?」

「腕鬼の腕の骨だ。欠けもない」


 カウンターの上、金属製の盆に腕鬼の骨を置く。

 下で待ってる間に肉を削いでおいたから綺麗に見えることだろう。


「良く取れたなあ。どれどれ……んー、こりゃ良品だな。良の五ってとこか」

「あ? 最上品だろ」


 奴ら化け物――あまりに種類が多いからまとめて『染獣』って呼ばれてるが、その素材には等級が存在する。

 基準は家畜の肉とかと同じだ。

 最初は素材ごとに色々あったようだが、面倒だからって統一されたらしい。


 最上品。良品。標準以下。これらは単純なサイズと外見で判断される。

 後はそれらを買取部門が調べて数字分けする。

 当然『最上』と『良』じゃ額が違う。腕鬼の骨程度じゃ大差ないが、より深部のものなら文字通り桁が変わる。


「太さが足りねえよ。綺麗に剝ぎ取ったのは流石だが、ちょっと若い個体かはぐれってとこだろ?」

「……ちっ、そうだよ。はぐれだった」


 流石はここを任されてる目利き。ごまかせない。

 この程度なら戯れで済むが、金のために悪事なんて働けば殺されて終わりである。

 大人しく身を引く俺に、赤毛(ドレッド)が笑う。

 

「まあ良品には変わりない。ご苦労さん。買取分は全部貯蓄でいいか?」

「ああ。いつも通り頼む」

「はいよ。じゃあこれ、探索手当と素材の手当」


 そう言って赤毛は銀貨を15枚カウンターへ置いた。

 基本的にここの連中は借金漬けなので、素材の買取代は全て返済に充てられる。

 ただそれだと餓死者が出るので、探索するだけで最低銀貨5枚、素材を手に入れて戻れば追加で銀貨5枚が支給される。

 俺はここでは中級扱いなので、探索手当は倍の10枚になる。その上は20枚。極一部の最上位はそもそも借金持ちじゃない。


 5枚あれば3食ちゃんと食えるようになっている。10枚ならそこそこ贅沢ができる。15枚なら貯蓄して後々の贅沢に回せる。

 迷宮に潜ってればとりあえずは餓死せず済むって仕組みだ。


 ……まあ、余分に貰った所で絶海の孤島だからここでしか使えないんだが。

 食事にしても貰ったもんを返すだけ。無料の配給と実態は変わらない。

 一応使わずに貯めることもできるが、食わずに潜る阿呆は大体すぐに死ぬ。

 そしたら溜め込んだ金は全部ここの管理者のもの。

 よく出来た監獄だと思うね。


 まあいい。

 ともかく今日はこれで終わり。後は飯を食って休むだけだ。

 食堂のカウンターへ近づき、空いた席へと腰掛ける。


「いつもの頼む」

「眼帯のか、お疲れさん」

 

 そう言って出迎えるのは、少し縮れた黒髪を無造作に伸ばした髭面の伊達男。

 この中級向けの食堂は彼と、まんまるな体型の中年男が交代で切り盛りしている。

 面倒だからと、皆どちらも料理人(コック)と呼んでる。


 ちなみにこの髭面の方は昔どっかの王宮で腕を振るってたとか何とか。

 今は仕事中ずっと呑んだくれてる駄目人間だが。  


 彼の飯は美味くも不味くもないが、温かい。ここじゃそれだけで十分だ。

 飯を食ったら後は寝るだけ。

 地表に出られる運営やら最上位の連中とは違い、ずっと地下にいる俺らに時間の感覚はない。

 

 探索から戻ったら寝て、起きたらまた迷宮に潜る。その繰り返しだ。

 金を溜めるか途中でくたばるか。それまでこの周期は一生終わらない。


「しかしお前、今日は随分早かったな」

「……ああ。腕鬼を1匹狩れてな。腕の骨を持ってきた。後はいつも通りさ」


 もともと今日は仕掛けの日だったから、腕鬼を狩れたのは嬉しい臨時収入だ。


「そうか。幸運だったな。お前ならそろそろ借金返済できるんじゃないのか?」

「いや、まだ足りねえよ。まだまだ足りない」


 話を断ち切って立ち上がる。

 こっちのコックはいい奴だが、そんな身の上話をするような間柄でもない。

 食事代の銀貨2枚と、もう2枚をカウンターへと置いた。


「また部屋を借りたい。いいか?」

「構わねえよ。部屋っていっても使ってないただの倉庫だからな。好きに使ってくれ」


 その言葉に頷いて、カウンターの奥へと入る。

 古い調理器具や長期保存の缶詰なんかを放置している倉庫が俺の寝床だ。

 勿論奥に行けばちゃんとした中級用の寝床は用意されてる。

 それでも俺は、わざわざ金を払ってまでここで寝るようにしている。

 薄い壁の向こうから響いてくる探索者たちの会話を聞きながら、薄い布を纏って眠りにつく。


『――――』


 コックは俺が眼帯を気兼ねなく外すためにここを借りてると思ってるようだが、違う。


『――――助けて、誰か……!!』


 目を閉じると、途端にさっきの新人の悲鳴が脳裏に響いてくる。

 それは何度か木霊するうちに、別の悲鳴へと変化する。


『――――痛い、痛い痛い痛い! 嫌だ、こんなの……』

「……!!」


 同時に視界には過去の映像が映し出される。

 俺の目の前で真っ黒に染まった刃で貫かれる家族の姿。

 その度に家族の身体が黒く染まっていく。

 そして、次は俺の方へと刃が振りぬかれて――。


「……っ」


 その瞬間、外から響く酒飲みたちの笑い声で、悲鳴も映像も掻き消えた。

 誰かの声が聞こえているうちは、頭に響く声に耳を傾けなくて済む。

 そうしないと、俺は碌に眠ることができないのだ。


「……もう少し、待っててくれ」


 正直、ここから出るだけなら簡単だ。俺は借金漬けでここに来たわけじゃないし、馬鹿高い渡航料もとっくに払い終えた。

 でもそれじゃ足りないんだ。

 俺は金を貯めて、ここの迷宮産の武器を買い取る約束を交わしている。

 骨なんかじゃない。もっと深層の金属で作られた武器だ。


 それには、腕鬼の骨程度じゃいくらあっても足りない。

 今日は楽に稼げると判断して浅い層ではぐれを狩ったが、起きたらいつもの場所へ潜る必要があるだろう。


「もっと深く潜らねえと。もっと……」


 全ては、あの野郎をぶっ殺すため。

 俺の家族と片目を奪ったあいつを殺すためだけに俺はこのゴミ溜めで生きてるんだから。


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