第19話 白砂の迷宮浅層/輝水洞③
そうして進んでいって、俺たちは水洞窟の奥へと辿り着く。
「あれが討伐対象の……?」
「ああ。女王鱗魚鬼。この水洞窟エリアの親玉だ」
そこは先ほどの第1層の穴があったような、地底湖の様な場所。
淡く光を帯びた水が満ちた水場の中、俺たちは僅かに顔を覗かせた地面の上に立っている。
そしてその奥には、巨大な影が水面から顔を出していた。
『――――!!』
大量の飛沫を上げて水面から飛び出し、今捕らえたらしい大潜竜蛇を噛み砕いているそいつは、この第5層の討伐対象である染獣だ。
迷宮は5層毎にその姿を大きく変える。
そのせいなのかはわからないが、5層毎に、その階層には『主』と呼ばれる凶悪な染獣が居座っている。
そして、奴らを倒さない限り次の階層への大穴は開かないのだ。
まあ、既に6層以上が開通している現状では無視すればいい話なのだが、新たに迷宮に潜る新米探索者たちは突破しなければならない壁となる。
何故なら5層目は討伐対象が主。採取での踏破は認められず、刻印装置も置かれていない。そして大穴は主を倒さないと開かない。
要は主を倒せない奴は、次の区画へは進ませないのだ。
穴は数日で閉じ、主も同時に復活する。蘇ってるのか他の奴が主になるのか……どちらにせよ迷宮の不思議の1つである。
進んでいて1番の不安だった『誰かが主を倒しているかも』という最悪の事態は免れた。
後は倒せばいい。
「カトル、あいつの特徴は覚えてるな?」
「うん。仲間を呼ぶんだよね? そして、凶悪な水流の水鉄砲を撃ってくる」
「加えて見ての通り腕力もすげえらしい。……問題は、奴がいるのは水の中ってことだ」
鱗魚鬼は魚が人間の姿になったような悍ましい人型生物。
その女王を冠する個体は、腕だけで俺よりも太い。
あの分厚い爪で切り裂かれたらひとたまりもないだろう。
当然水も操ってくる。特に口から吐き出す分厚い水流は貫かれこそしないがその衝撃で内臓をぶっ壊す。
色々とあるが、とっても強い染獣である。……普通なら、だが。
「本当なら、餌で地上へおびき寄せて罠にかけて引きずりだすのが上策だ。水の近くで戦えば仲間を呼ばれて水中へ叩き落されるからな」
本来主のような染獣は、慎重に生態を調査し、こちらが有利な条件で戦えるように罠にかけたり寝床を襲撃するなどの作戦が必要になる。
そうして深手を負わせてようやく対等に戦うことができる。
それほどまでに、人間と染獣の性能には差があるのだ。
だが、今回に関してはその方法は取らない。
なにせそのやり方じゃ調査に数日かかる。それに相手はたかが5層の主。
真っ向から殴り合って勝たなきゃ、最速で深層には到達できない。
「あいつ、呑気に休んでやがる。仕掛けるぞ」
「うん。まずは足場ね。任せて」
笑みを浮かべたカトルから青の魔力が迸る。
それは瞬く間に足元に伝わっていき、ある程度広がった段階で、彼女が指を強く弾いた。
瞬間、俺らの周囲の水が凍り付き、そのまま奥へ奥へと氷結が広がっていく。
あっという間に、地底湖は真冬のように凍り付いてしまった。
「これで良し。仲間は来ないわね」
「……すげえな……」
相変わらずのバケモン魔力だ。仲間としてはありがたい。
『――――!!?』
女王鱗魚鬼は急に凍り付いた腰回りの湖面を叩き割ろうと暴れている。
俺らに気づいた様子もない。今なら隙だらけだ。
「……行くぞ! 援護を頼む!」
「ええ!」
俺は飛び出すと、滑るように湖面を進んでいく。
地表や上の階層で何度か試していたので転ぶことはないが、それでもバランスをとるのに苦労する。
だがその分素早く女王鱗魚鬼へ接近し――ようやく氷を壊したらしい巨体の腹へと投げナイフを投擲する。
牙蝙蝠の牙を削って重りに金属の芯を仕込んだナイフは、無防備な女王の腹に突き立った。
『ギッ――――!?』
浅くて大した傷にはならなかったが、注意は引けた。
ようやく襲撃に気が付いた女王が、こちらへと素早く顔を向けた。
その口に、青い水流が浮かんで渦巻く。
「水流、来るぞ!!」
短剣を氷に突き立て急停止して、動きを見極める。
渦巻き膨らみ続けた奴の頭の半分ほどまで大きくなった水流が――止まる。
――今!
極太の水鉄砲が放たれると同時に、横へと飛び出した。
下から上へと首を振り、空間を縦断するように水流の一閃が走る。
凄まじい圧力で水の軌跡にあった氷は全て砕かれた。
とんでもねえ威力だな! 当たり所とか関係なく死ぬぞあれ。
……こっから先は全てがそうか。早くもっと深層の防具作んねえとな!
「こっちだ! デカブツ!」
たっぷりの水を吐き出し止まっていた女王へと、もう一度ナイフを投げた。
奴の光が濃いのは鱗がある身体の外側。見える範囲で薄いのは脇や腹といった一部のみ。
……脆い部分が少ない。腕で防がれたら簡単に攻撃は通らないだろう。
この短剣で切れりゃいいが……。
「……はっ!!」
反対側から、カトルが氷の槍を放った。
凄まじい速度で飛んでったそれを女王は両腕を交差させて受け止めた。
槍が砕け散り、代わりに鱗が弾けて緑色の体液が飛び散った。
「――防がれた!」
悔しそうな声が響くが、十分すぎる威力だろ!
女王の顔が素早くカトルへと向き、首を僅かに持ち上げた。
そこから首を振り下ろすと同時に、水の弾丸が複数放たれた。
「カトル!!」
「わっ!?」
慌てて手を振り上げて彼女の前に氷の壁がせり上がって、弾丸を防いで見せた。
溜めなくても出せんのか、あれ。
だが、カトルが無事でよかった。
今のうちに……!!
「カトル、撃ち続けろ!」
「え? ……わかった!!」
カトルが槍を生み出しては放っていく。
女王との魔術戦が続いていく中、今度は俺が前進して女王へと駆け抜ける。
短剣を左手に握り、右手で投げナイフを取り出す。
「――はぁっ!!」
カトルが全力で投擲した槍と女王の水流が激突し、水と氷が空中で爆発する。
その直後、奴の無防備な咥内へナイフを投げつけた。
奴の上あごにナイフが突き立ち、一瞬遅れて気味の悪い叫びが響く。
その隙に奴の腹へと飛びついて、両手で握った短剣をぶっ刺した。
するりと肉に刃が通り、柄まで埋まった。
「さっさと、死ね!」
叫んで、全力で短剣を下へと振り下ろす。
白い腹から緑の血が噴き出し、俺の全身を濡らす。
『――――!?』
真上から絶叫が響き、大気が震える。
それでも離さない。このまま真横にもぶった切って――。
「ゼナウ、退いて!」
「……っ!!」
背後から聞こえてきた声に腹を蹴って飛び退いた。
直後振り下ろされた巨腕が水面に叩きつけられた。
……あっぶね! あのままいたら水中に叩き落されてた。
冷静に、冷静にだ。
『ギッ、ギギッ……!!』
金切り音が響くとともに、奴の口元に再び水流が集まる。
しかも今度は馬鹿みたいにでけえ。
一帯を吹き飛ばす気だろう。
「いい加減に……」
ふと、カトルの声が響く。
青い光が足元を駆け抜けていき、奴の腹の前の水面に結集した。
「しなさい!」
彼女が手を振り上げると同時。
水面から分厚い氷の槍が生え――俺が切り裂いた傷跡をぶち抜いた。
『――ギッ』
奴の身体が僅かに浮き上がる。
腹を貫かれて尚、まだ生きているらしい。
「ゼナウ、止めを!」
「おう!」
槍の上を渡って飛び上がり、奴の目玉に短刀を突き刺した。
「そろそろくたばれ……!!」
そのまま腕が埋まるまで深く、全力で押し込んだ。
『――――ガッ』
びくりと身体が震え、ようやく奴の身体が停止した。
やっと死んでくれたらしい。しぶとすぎるだろ……。
必死こいて短剣を引き抜くと、勢いあまって氷へと思いっきり背中を打ちつける。
「痛って……くそ、デカすぎるんだよ……」
「ちょっとゼナウ、大丈夫!?」
「あー、大丈夫。生きてるよ」
慌てて走ってきたカトルに覗き込まれて、手を振って応える。
氷だから結構痛いが、骨とかは無事だろう。
「ただ全身血まみれだよ……気持ち悪い」
「ふふっ、真緑になってるよ。ほら、立って?」
手を貸してもらって立ち上がる。
はあ……疲れた。久しぶりの全力戦闘だった。
ふと、水の動く轟音が鳴り響く。
見れば奴の背後の氷が砕け散り、巨大な渦を巻き始めた。
下の階層へと繋がる穴が開いたのだ。
「もう十分だろ。帰ろう……」
「ええ。……一応、穴は開いたけど……」
「無理無理。これ以上は限界だよ」
この血まみれ状態で行かせるとか、殺す気か。
「ふふっ、冗談だよ。でも、一気に5層まで行けたんだから大戦果じゃないかな?」
「そうだな。……そうだと良いな」
アンジェリカ嬢の事だから「足りないわ」とか平気で言ってきそうだが。
悪いがこれが限界だ。
俺らは女王の討伐証明となる核を引きずりだすための解体を進めるのであった。




