第15話 仲間集め④
少しだけ昔の話をしよう。
といっても、俺は片目を欠損した際に大分記憶を失ってる。
はっきりと記憶が残ってるのは大体3年前からだ。
気づいたら、湖畔の国の街にある病院で寝てた。
それ以前の記憶は殆どない。
自分の名前も、どこで生まれたかも、なんでそこに居たのかも覚えてはいなかった。
おかげで苦労したよ。
言葉や日常生活すら曖昧で、自分が何ができるのかすらわかんねえんだからな。
もう外でやっていけるってお墨付きをもらうまで1年以上かかったよ。
その間も記憶は戻らなかった。
多分もう思い出すことはないだろう。元の肉が再生するなら別だが、そんな奇跡は迷宮でも聞いたことはねえ。
ただ、断片的には覚えてることはあった。
俺には家族がいたこと。
平民にしちゃ立派な、湖畔の家に住んでて、父と母と妹――多分だが、その4人家族で楽しく暮らしていたってこと。
俺は学校の寄宿舎かなんかに入ってて、家にはあまりいなかったらしい。
なんでそれが分かるのかって?
……俺だけが無事だったからだ。
覚えてるのは断片的な光景だけ。
扉を開けたまま呆然としてた俺の前で、真っ黒に光る剣で家族が斬殺されていた。
あれは多分居間だったと思う。
暖炉の前で家族みんなで団欒をする、大抵の家にある場所だ。
そこに、首を失くした男――多分、父が倒れていた。
部屋に入った瞬間に感じた、血だまりの嫌な音と感触。
初めて嗅いだ嫌な臭いに顔を顰めた先で、母が腹を貫かれて、ゆっくりと刃を引き抜かれている光景が広がっていた。
『――――痛い、痛い痛い痛い! 嫌だ、こんなの……』
言葉の先は搔き消えた。
首を断たれたからだ。
残ったのは妹と俺。
妹は何が起きたのか呆然としながらも俺の方を見て、口を開いた。
『た――っ、逃げて!』
手を差し伸べて、彼女はそう叫んだ。
その直後に背中から叩ききられて、彼女は倒れた。
そして、俺は男と対峙する。
奴の顔は暗くて見えなかった。覚えてなかっただけかもしれない。
ただ、やけに光る瞳と、手にしていた剣が黒く光っているのだけが印象的だった。
『……』
多分、俺は何かを言った。
そして目の前の男の口も動いていた。
俺は何もできず、その場に固まっていて――剣が振り下ろされた。
「――俺が覚えてるのはそれだけだ」
変わらずベル家の地下室で、俺は目の前に座ったカトルへの話を終えた。
覚えていることは殆どないから、話自体は数分で済んだ。
顔を上げると、信じられないと目を見開いた彼女と目が合った。
「……あなたの家族が? しかも、迷宮産の武器で?」
「ああ。あの色は多分相当深層の武器だ。あれほど黒い剣、他には思い当たらない」
「それは、確かにそうだけれど……」
勿論色だけなら地上の武器でも再現できるかもしれない。
だが、あの光さえ飲み込み、その上で仄かに輝く威容は、地上の物では決して出せない。
何より俺の左目がこうなったのは、あれが迷宮産であることを明確に示している。
「……地上で、そんな武器を振るう奴がいるっていうの? 一体何のために……」
「それが分かれば苦労はしねえよ。ただの殺人鬼なのか、俺の家族と確執があったのかさえもわからん」
なにせ俺はほとんど覚えちゃいない。
家がどこにあったのか、家族の名前すらもだ。
「ただ、奴は迷宮産の武器、それもかなり深層のものを持っていた。そんなことができる奴は限られるだろ?」
「……そうね。各国の特選級――あるいはそこから武器の供給を受けた何者か。どちらにせよ迷宮組織の限られた上層部ってことね」
ならやる事は1つだ。
迷宮に潜って、特選級の連中を探し出す。
そのために俺は違法迷宮である監獄島へと入ったのだ。
「ああ。とりあえず特選級になるか、そいつらと交流できるくらい深くまで潜れれば何かわかるだろ」
「そして、その犯人よりも強力な装備を手に入れる?」
「そういうことだ」
その結果、まさかこんなことになるとは思わなかったけどな。
ホントにどうしてこうなったんだ? いや、好機ではあるんだけどな……振り回されてばっかりだ……。
溜息を吐き出す俺の話を最後まで聞いてくれたカトルは、「そう」と小さく呟いた。
「あなたは復讐のために迷宮に潜るのね」
「……復讐?」
言われた言葉に、首を傾げる。
「え? 違うの?」
「復讐、復讐か……」
言われてみれば、そうなのかもしれない。
あの男は見つけてぶっ殺す。
それは確定事項だ。そのために他の連中を殺すことだって構わないし、実際監獄島じゃそうしてきた。
だが、復讐かと言われるとよくわからない。 あえて言葉にするのであれば……。
「……寝れないんだよ」
「え?」
何を言ってるのだという顔でカトルが見てくる。
……何を言ってるんだろうな。
だが事実なので言うしかない。
「寝ようとすると、必ずその時の光景が浮かぶんだ。名前も覚えてない誰かの叫び声で身体が固まって、頭がそれでいっぱいになっちまうんだ」
叫びたくなる衝動に駆られて、それを堪えるのに必死になる。
だから賑やかな場所で音をかき消してもらわないと眠れないんだ。
白砂の国に来てからは限界まで体力を使い果たしてから気絶していた。
おかげで大分鍛えられたが、正直疲れる。
頼むからもう、ゆっくりと寝かせてほしい。
「あいつを殺せば、この幻影も消えてくれる筈……そう思うんだ」
そしたらあの光景も忘れて、俺はまともな人間として生きられると、そう信じてる。
俺の『理由』は、言ってしまえばただそれだけだ。
「……そう。それが貴方の理由なのね」
大体が金や名誉の為に潜る探査者の中、こんなことで命を懸ける奴はいないだろう。
だが、これが俺の理由なのだ。
「……妹は」
「……?」
「いや、あれが妹なのかは知らねえけど、あいつは多分助けてって言おうとしてた気がするんだ。でも直ぐに止めて、俺に逃げろと言った」
「……」
自分の命の危機にそれが出来るやつがどれだけいる?
俺には出来る気がしない。
実際何も出来なかったしな。
だが、俺は生き延びた。生き延びてしまった。
「他のことは全部忘れちまったけど、俺は奴の事を、家族のことを覚えてた。……それを覚えたまま、何もせずに普通に暮らせるほど図太くも器用でもなくてね」
「……」
「そのためなら、俺は大罪人になろうと構いやしない」
「……そっか。そうなのかもしれないね」
カトルは多くを語らずに頷いた。
茶化すことも疑うこともせずに彼女は俺の話を聞いてくれた。
頑張って隠してはいるが涙ぐんでるのすら見える。
やはり、こいつは『いい奴』だ。こんな生活を強いられてきたとはとても思えない程に。
……さて。
つい話し過ぎてしまったが、今度こそ俺の話は終わり。
次はカトルの番だ。
「んで、お前は? お前の『理由』はなんなんだ」
「……知ってるでしょう?」
そう尋ねると、彼女は曖昧な笑みを浮かべてそう言った。
「人から聞いた話はな。それも、聞いていたのは『閉じ込められた理由』だ」
化け物だから、危険だから。
そして実際に目にして、カトルの能力が俺らの目的に最適なのもわかった。
……ただ、それだけじゃねえだろ。
「お前はこれから命を懸けて迷宮に潜るんだ。閉じこもってりゃ少なくとも長生きは出来る。だが、迷宮に入れば明日には死ぬかもしれない。それがわからないほどアホじゃねえだろ」
外に出たい、なんて簡単な願いじゃない筈だ。
命を懸けて、しかも犯罪の片棒をかつぐんだ。もっと根源的な願望がある筈だ。
それを聞かなきゃ信用できない。
アンジェリカ嬢と違って、こいつとは命を預け合って迷宮に潜るのだから。
「他人の事情じゃねえ。お前が命を賭けると決めた理由が知りたいんだ。言えよ、カトル。お前は何のために迷宮に潜る」
「……」
真っ直ぐに目を見つめて、そう問いかけた。
彼女は目を見開き、しばらくしてからふっと微かに表情を和らげた。
顔を上げると、迷いのない煌めく瞳が見つめ返してきた。
「……絵を描きたいの」
「……は?」
驚いた俺の声に微笑むと、カトルは周囲へと視線を向けた。
よく見れば、周囲には油絵などのキャンバスが幾つも置かれていた。
最初に工房だと思ったここは、彼女のアトリエだったようだ。
「ここにきてから、父が定期的に絵葉書を送ってくれるの。後は本も。結構色々と気にかけてくれるのよ? ……きっと、私の機嫌を損ねないように必死なんでしょうけど。私はその絵葉書の風景や、絵物語の内容をここで描いてた」
そう言って絵の1つを見せてくれる。
それは、まるで記憶を切り取ったかのような美麗な、港町の景色が描かれていた。
「……すげえな」
「ワハルの港の景色よ。私が最後に行ったのは9歳の頃。……あの頃は楽しかった」
そう言って浮かべた微笑みは、今日会ってから初めて、年相応の彼女の顔が見れた気がした。
「外に出たい、とかじゃねえのか?」
「それも勿論ある。でも、それじゃ足りないの」
彼女は胸のポケットから1枚の紙を取り出した。
丁寧に折りたたまれたそれは、誰かのラフスケッチの様だった。
そこには、巨大な剣のような構造体が幾重にも連なった景色が描かれていた。
なんだこれ。水晶か? にしては馬鹿でかい気がするが……。
「これは?」
「アンジェが見せてくれたの。この国の迷宮、その深層の景色なんですって」
「……この世のものとは思えない景色だな」
「でしょう? 外には出たいけれど、あの人たちと同じ場所にはいたくない。それなら、どうせなら。私はこの、迷宮の景色を見てみたい。絵葉書の景色も、思い出の景色ももう見飽きた。私は、自分の目で、足でここへとたどり着く。そして絵を描くの。私が生きた、その証を残したい」
熱のこもった言葉で、彼女はそう告げた。
真っ直ぐに俺を見つめ返す目は爛々と輝いている。
……なるほどね。
「それがカトルの命を懸ける理由か?」
「ええ、そう。くだらないと思う?」
「……いや、いいんじゃねえか。俺の理由より大分上等だ」
アンジェリカ嬢が彼女を選んだワケがよくわかる。
彼女は『探索者』だ。
金とか名誉とかそういったものとは無縁の、この世界で最初に迷宮に潜った命知らずたちと同じ。
未知に命を賭けられる、生粋の探索者なのだろう。
そして、そんな奴なら命を預けるに値する。
俺は立ち上がると、カトルへと手を差し出した。
「俺はゼナウ。……つってもこれは偽名。元の名はもう覚えてねえ」
何を言い出すのかと目を瞬かせる彼女へ、構わず言葉を紡ぐ。
「さっきも言ったが、俺の迷宮病は迷宮の物質なら見極められる。弱点もな。案内は俺に任せてくれ」
「……あっ!」
ようやく理解してくれたカトルが慌てて立ち上がった。
「私は、カトル。このベル家の次女で、8年間ここに閉じこもって生きてきた。でも、その間訓練して、使いこなせるようになった……と思う。この力で障害を全て凍らせて排除するから。立ちふさがる敵は、私に任せて」
そう言って、彼女は差し出された手をしっかりと握った。
……手は暖かいんだな。当然と言えば当然なんだが。
「これから俺たちはパーティーだ。死ぬか、目的を達成するその時まで全力で戦い抜くことを誓うよ」
「……私も! ち、誓います!」
握る手に力を込めて、互いの目を見つめ合って、俺たちは誓いあった。
こうして、ようやく俺は最初の仲間を迎え入れる事が出来た。
……長かった。本当に……。
そのまましばらく見つめ合って、俺たちはゆっくりと首を傾げた。
「……で、これからどうすりゃいいんだ?」
「えっと、さあ……」
「――話は終わったようね!」
鋭い声がアトリエに響いた。
振り返ると、いつの間にかアンジェリカ嬢がやってきていたらしい。
「アンジェ!」
「……聞いてたのか? 趣味が悪いな」
「あら? 誰がこの場を整えたと思ってるのよ。私は聞く権利があるでしょう? ……というより、さっきの誓いは何? まるで夫婦の契りみたいだったわよ?」
「ちょっと! 何を……!?」
カトルが慌てて手を離して飛び退いた。
顔が真っ赤になっている。
冗談に決まってるだろ……どんだけ冗談に弱いんだこのお嬢様……。
「相変わらず初心ねえ……まあ、ずっと引き篭もってたからしょうがないけれど」
「引き篭もってないわよ! 出られなかったの!」
「一緒でしょう? さっさと魔力制御覚えてりゃ出られたわよ。感謝してよ? 機会を作ってあげたんだから……さて」
手をぱん、と叩いて、彼女は俺たちを見た。
「これであなたたちはパーティーとなった。まずは、あなたたちには2人で10層まで潜ってもらう。いいわね? あなた達の力、見せつけてやりなさい」
ああ、やっとだ。
やっと、迷宮に潜ることができる。
疲弊を乗り越えて高鳴る鼓動に突き動かされ、俺はアンジェリカ嬢へと頷いてみせるのだった。




