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第140話 それからとこれから




 ざあざあと鳴る波の音を聞いている。

 どこまでも広がる青と白の水平線。

 そこは迷宮第35層――ではなく、地上。白砂の国(ハルモラ)の港である。


「相変わらず暑いな……」


 日差し除けの帽子を被った俺は、賑やかな港の埠頭でのんびり海を眺めている。

 この暑さだというのに、俺の出で立ちは眼帯に加えて肌――特に腕を全て覆った服装。

 結局、腐竜の染痕は消えていないので、しっかりと隠さねばならぬのだ。

 正直暑くて仕方がない。


 この姿は流石に砂漠の国でも奇怪に映るようで、通り過ぎていく人々に訝しげな視線を送られ続けている。

 今も通り過ぎていった男がぎょっとこちらを見た。

 変だよなぁこの身体。


 スイレンに色々と調べて貰ったが、結局詳細は良く分かっていない。

 標本(サンプル)は渡したので、彼女のあの熱意がこの身体の不思議を解き明かしてくれるのに期待するとしよう。


 しかし、この調子じゃこの先が不安で仕方がない。


「他国じゃ禁忌で、入った瞬間牢屋行き……なんてならないといいんだけどな」


 ぼやきながら溜息を吐き出していると、船の上から声がかかった。


「――ゼナウ! 船室もう見た!? 凄い豪華だよ」


 そう言って甲板からこちらを見下ろすのはカトルである。

 白いつば広の帽子を被った彼女は、笑顔でこちらに手を振っている。

 それに応えながら、こちらも声を張り上げた。


「なんだ? アトリエでもあったのか?」

「大正解! 家にあったのもそうだけど、新しい画材もたっぷりあるんだ! 他の部屋もすっごく居心地良さそうだよ!」

「……マジであんのかよ……」


 カトルが褒美に選んだとは聞いていたが、期待以上の支払いがなされたらしい。


「ゼナウの部屋も凄いよ。見てみなよ!」

「ああ、すぐに行くよ!」

「急いでねー!」


 そんなカトルがはしゃいでいるこの中型船は、俺の希望でジン王子から下賜されたもの。


 カトルとの約束を果たすため。そしてこの目や世界の様々な不思議を知るために、俺たちは世界を旅することに決めた。

 この船はそのための足にとお願いしたものである。

 材質は迷宮産で、国一番の船職人に加えて『赤鎚』たちの手も入っていると聞く。

 流石に加速装置とかはついてないよな? 念の為、後で調べておくか。


「にしてもここまで豪華な物を寄越すとは……俺らには贅沢すぎるよな」


 といっても、表向きはシュンメル家の通商船という体である。 

 俺たちはその乗組員として乗り込み、目的の場所に着いたら降りて別行動をとる事になる。


 もしその国に長期滞在となれば、この船はここに戻ったり他の都市に行ったりと、交易をしてもらう予定だ。

 つまり、その気になれば直ぐにでもこの国に戻って来られるってことだ。

 いつでも帰ってこい、というジンたちの図らいだろう。

 ありがたく受け取ることにした。


 そして、今日がその最初の出航の日。

 目的は北。隣国だという白波の国へと向かって、その後はかつて水陽の国があったという大陸へと向かうことになる。


 きっと、長い旅になるだろう。

 そのお供となる仲間は、船員たちを除くとカトルと使用人のミンナ。

 後は――。


「――積荷は十分。整備も完璧。いつでも出航できるわよ」

「……本当について来るのか? アンジェリカ嬢」

「あら、いけない?」


 そう言って笑うのは、アンジェリカ嬢である。

 青色のロングドレスに長手袋(イブニンググローブ)。頭にはつばの広い帽子をかぶり、目には黒色の眼鏡(グラス)をかけている。

 いつかと同じ、船旅の出で立ちの彼女の横には、獅子頭の鉄塊ことアズファムもいる。


 もう鎧は身に着けておらず、屋敷にいる時のような柔らかな生成色の長衣を身に纏っている。

 当然の如く非武装の彼らは、この船の商人とその護衛……という設定である。


 ミンナからそんな話を聞いてはいたが、まさか本当に一緒に行くとは……。

 鉄塊を見ると、笑って首を横に振った。

 どうやら色んな人間による説得が行われ、その全てを跳ねのけたご様子。

 相変わらず、こうと決めたら強引な人だ。


「……もういいのか?」

「ええ、十分!」


 潮風に赤い髪をたなびかせ、彼女は心の底からの言葉でそう告げた。


「ジンたちは立派に務めを果たしているし、ルシド様の墓前に報告もできた。……もう、この国で思い残すこともないわ」

「……そうか」

「そもそも私はもう王族ですらないのよ? この国の政治に関わるべき人間じゃないわ。だから、こうして旅の商人くらいがちょうどいいのよ」


 あの日、『大海』を倒してから、アンジェリカ嬢は随分と忙しそうにしていた。

 朝早くに屋敷を出ては、王宮に行ったり支部に行ったり。『大海』についてや、第三王子についてなどの事後処理にと大忙しであった。


 そうして一通りの仕事を終えたら、全てをジンたちに託して、僅かな側近とルシド王子の墓へと向かっていった。

 きっと誰にも邪魔されずに、2人きりの時を過ごしたのだろう。


 俺らは引き続きシュンメル邸に滞在していたが、その間アンジェリカ嬢は一切帰ってくることはなかった。

 だから、こうして顔を合わせるのも10日以上ぶりだったりする。


 ちなみにその間、俺は惰眠を貪っていた。昼寝にうたた寝、海辺で日光浴をしながらの休息など、ありとあらゆる惰眠を享受した。

 寝るって最高。休息は心を豊かにしてくれる。

 騎獣舎の狐たちに挨拶に行った時は、カトルと一緒に騎獣たちに囲まれながら休息もした。

 あれは……至福のひと時であった。


「しばらく見ないうちにすっかり覇気が抜けたわねぇ……まあ、良いことよね」


 恍惚としていたら、アンジェリカ嬢の呆れた声が聞こえてくる。

 

「それで、あなたこそ、もうお別れは済ませたの? もう出航よ? ミンナからはひたすら寝ていたって聞いたけど」

「そこはちゃんと済ませたさ」


 勿論、ただ寝ていたわけではないし、黙って出ていくような不義理もしない。

 この国に来てから世話になった人たちには、ちゃんと全員に挨拶をできた……筈である。

 気付けば結構な数の人たちと出会っていたから、漏れがないか少しだけ不安ではあるが。


 ……思えば、この国にも随分と長くいたのだなぁ。

 監獄島で雇われ連れられたこの国。

 目的を果たすにしろ、道半ばでくたばるにしろ、直ぐに決着がつくと思っていたのだが。


 気づけばすっかり居着いてしまって、こうして旅立つのに何十日もかかってしまった。

 まあ、急ぐ旅でもない。のんびり進めばいいのだけれど。

 賑やかな港町を見つめ、俺は少しだけこれまでの出来事を振り返ることにした。



***


 あの日、俺たちは『大海』を倒し、核を手に入れて帰還した。


 核を失った『大海』は水に還り、あっさりとその姿を消した。

 どれだけ特殊でも主は主。後に復活はするが、あれで討伐は完了したということなのだろう。


 塔には静寂が戻り、高所から海面に墜落した俺たちはそれなりの怪我を負ったが……まあ全員が無事だった。

 唯一駄目になったのはボートくらいのもの。

 文句のない勝利と言えただろう。


 ジンたちの船によって回収された俺たちは、治療したり乾かしたりを終えて、地上へと帰還することにした。

 問題はどうやって帰るかだったのだが……それは小蟹が教えてくれた。 


『――――!!』

『あっちに行けばいいのね? ……ありがとう、小蟹ちゃん』


 相変わらず身振り手振りではあるが、どうやら俺たちが入ってきた方角に真っすぐ進めば戻ることができるようだった。

 城塞握砂蟹(ガラタ)が使っていた出入口だろう。


 俺たちが帰還の準備をしている間、小蟹は大量の蟹たちを呼び戻していた。

 沈んだ塔に再び戻ってきた蟹たちは、とても嬉しそうに身体を揺すりながら海面に飛び降りたりと、気ままに過ごし始めた。

 今度こそ、ここは蟹たちの楽園となったのだ。


『――――!!』

『元気でねー!』


 塔の天辺、わらわらと集まった群れに見送られながら、俺たちは砂漠へと戻ることができたのだった。

 迷宮が元に戻るしばらくの間、小蟹たちはしばしの平穏を享受していることだろう。


『くっ、残りたい。残りたい……が、今はこの情報を忘れぬよう纏めるのが肝要……!! ああ、儂らに身体が2つあれば……!!』

『また来ればいいじゃないですか。なあ?』

『そうよ。いくらあなたでもここに少人数で残ることは認められません。ここはしっかりと調査をしますから、その時にしてくださいな』

『今だからこそ見れるものがあるんじゃ……ぬうう!!』


 一部ごねた爺さんも居たりはしたが……ともかく全員無事に、安全に地上へと戻ることができたのだった。

 今頃爺さんたち迷書殿の連中は、各階層の再調査に奔走してることだろう。


 そのまま昇降機は騎獣舎に止まり、船や駱駝君たちを下ろすことになった。

 待っていた騎士や支部の皆に荷を預けている中、カスバルがクルルたちを連れて昇降機から降りた。


『カスバル? どうした、一緒に帰らないのか?』

『俺たちはここで降りる。まずはこいつらの寝床を整えねばな。流石に地上には連れていけん』

『……それもそうか』


 セリィがクルルと小蟹を連れて行ったのは特例中の特例。

 基本的には騎獣たちと同じ場所に入ることになる。そこに例外はない。


『ありがとうな、カスバル。お前のおかげで『大海』を見つけられた』

『こちらこそ、ヤクルが見つかったのはお前らのおかげだ。……旅に出るのだろう? その目の治し方が分かったら教えてくれ』


 そう言って笑いあい、握手を交わして。

 そのまま出ようとしたカスバルに、セリィが思わず声を上げた。


『……あっ!』

『……どうした? セリィ』


 ただ言葉は続かず、上げた手を無為に伸ばして、ほんの少しだけ静寂が流れた。


『あの、その、アタシ……』


 それを見て、珍しく笑みを浮かべたカスバルがその頭に触れた。


『あ……』

『どうせこの国にはいる。傭兵が必要なら、いつでも呼べ』

『……うん!』

『じゃあ、世話になった。またな』

『『――――!!』』


 そうして、カスバルは2体の仲間と去っていった。

 ようやく出会った彼らは、これからどんな旅に出るのか。

 きっとそれには、お転婆な王族少女が同行していることだろう。


 俺が会いに行った時は不在だったので、受付嬢のリュンさんに伝言だけ残しておいた。きっと、またどこかで会える筈だ。



 そのまま地上へ帰還した俺たちを出迎えたのは、ルセラさんたち支部の人や騎士団の面々に、何故か多くの探索者たち。

 そして――数多の市民であった。


『皆さん! よくぞご無事のお帰りを……!!』

『おお、ジン王子たちのお帰りだ!』

『王子ー!』

『ルトフ様ー!』

『……何ですか? あの騒ぎ』


 支部の入口に詰めかけ、顔を窓に押し付けている人々が叫び、どよめきが起きている。

 見た限り普通の服装で、探索者には見えない。ただの市民たちだろう。

 ここは迷宮区画にあるので基本的には入れない筈だが……。


『すみません……いつの間にか外に大勢の方が集まってしまいまして……』

『あら? 別に帰還時期なんて報せてなかったと思うけど』

『それは……』


 首を傾げるアンジェリカ嬢に、ルセラさんとディルム支部長が揃って困惑した表情を浮かべる。

 その視線は、呑気に外を眺めているジンへと向かっていた。


『……ああ、そう。どこかのお馬鹿さんの行動が騒ぎになったのね』

『王城の方々が王子の大捜索を始めてしまったようで……慌ててこちらから伝令を送って止めて貰ったのですが……』

『ばっちり漏れちゃったと。あの馬鹿執事長は懲りないわね……仕方ない、ジン!』

『ん? なに?』

『折角だから皆に元気な姿を見せてきなさい。ほら、これ使っていいから』

『え? ……わかった! 皆、行くよ!』


 笑顔で外へと飛び出したジンに連れられ、俺らもまた支部を飛び出し市民たちの前に並んだ。

 中には数十名の探索者。そして外にはそれ以上の市民たち。

 無数の視線に晒され、明らかに俺や鉄塊に対する不審の声も漏れる中。


 ジンは前に進み出でて、大音声を放った。


『皆、我ら『大海の染獣』討伐隊はただいま帰還した! この通り、全員が無事だ! そして――見よ!』


 鉄塊とワーキルが掲げた『大海の染獣』の核にジンが触れると、遠くから波の音が響き始めた。

 あの塔で聞いた音に思わず身体が強張るが、直ぐにそれをジンの声が掻き消した。


『この珠こそが、我らの直面する危機を解決する至宝だ! この珠は――海の如く水を生み出す!』


 核が青く輝き、直後その周囲に青い光が浮かび上がった。

 深く濃い青色のそれが宙を漂い、更に上空へ上っていくと、ぱん、と弾けた音が聞こえた。

 直後――それは降り注ぐ雨となって、周囲一帯に優しく降り注いだ。


 空には雲一つないのに降った雨。

 それは間違いなく、目の前の珠が起こした奇跡だ。

 だが直ぐには思考が追いつかず、人々は呆然としていた。

 そこに、更にジンは声を続ける。


『これが『大海の染獣』の核だ。これがあれば……水不足問題は解決! 皆、助かるんだ! 俺たちは勝ったんだ!』

『……お、おお……』

『これから、この国はもっと良くなる。そのために、皆の力を貸してくれ!』

『おお――――!!』


 そして続いたジンの言葉によって、ようやく事態を認識した人々が起こした大歓声は、どの染獣の咆哮よりも強烈に大気を揺らしていたと思う。

 集まっていた人々は驚き、笑い、なにより楽しそうであった。

 この国は救われる――そんな、未来の姿がそこにはあった気がした。


『……凄いな。言葉1つであんなに……』

『そうね。やっぱり、あの子には人を導く力がある。あの子に任せれば、きっと安心ね』

『うん、うん!』

『……だな』


 俺たち4人は、更に成長していく弟分の背を見て笑いあうのだった。

 その後、騎士たちが市民たちを帰していくのを見送りながら、アンジェリカ嬢がうん、と伸びをする。


『……さあ、これから忙しくなるわね』

『そうだな。水の普及に、第三王子の後始末もあるか? 俺は関係ない話だが……』

『あら、違うわよ』

『え?』


 首を傾げる俺に、彼女は満面の笑みを浮かべた。


『こんな戦いの後なのよ? やるのは当然……宴よ!』


 ――そのアンジェリカ嬢の宣言の通り。


 その日の晩から王都中でお祭り騒ぎが行われた。

 勿論俺たちも、ジンたちが王宮にて盛大な祝いの宴が開いてくれた。

 眩暈がするくらい豪勢で、飯も酒もやたらと美味くて。

 そして気分良く帰った俺たちは使用人たちの静止も振り切って、4人仲良くぶっ倒れて眠りについた。

 あれは最高に気持ちのいい眠りであった。


 代償として、翌日は俺もカトルも重く残った酔いで丸1日行動不能。

 ゼェルとの戦いにも勝って、腐竜の浸食にも耐えることができたってのに、酔いには勝てなかったわけである。

 何とも情けない話であるが、それは未だに俺が人間であるということの証なのだと、そう思うことにした。


 そんなこんなで。

 こうして、長く騒がしい『大海』討伐の1日は終わったのだった。



***



「――ちょっと、ゼナウ!?」

「ん?」


 ぼおっと海を眺めていたら、再び上から声がかかった。

 顔をあげればやはりそこにはカトルの顔がある。


「いつまでのんびりしてるの? 早く早く!」

「ああ、悪い。直ぐに行くよ」


 しまった。待たせすぎたか。

 慌てて船に上がって、カトルと一緒に船の中を見ていく。

 彼女の言う通り、船はとんでもなく豪勢で、俺の部屋には最高級品の寝台に、装備の点検設備やら毒の調合台まで完備されていた。

 

「凄いな、どれだけ金がかかってるんだこれ……」

「ふふ、そうだね。でもありがたいよね」

「本当にな」


 スイレンにニーナさん、後はウルファたち『赤鎚』の仕事だろう。

 彼女たちには本当に世話になった。

 ゼェルを打倒し、『大海』を討伐できたのも、全て彼女たち生産組のおかげである。


 ちなみにニーナさんは正式に『赤鎚』に加入したらしい。

 この間工房を訪れたら女性陣3名が賑やかに話している脇で、ウルファが1人木人君と戯れていた。


『……大丈夫か?』

『オレは絡繰がつくれればそれでいい……いいんだけど、今、オレ床で寝てんだよ……腰が痛ぇ……』

『……新しい工房頼んだんだろ? それまでの辛抱だ……』


 男1人だからな……頑張れウルファ。


 そうして見学を終えて甲板へと出ると、港の景色が映る。

 そこには大きな噴水があり、勢い良く水を噴き上げている。

 周辺では幾つも出店が並び、皆楽しそうに過ごしているようだ。


「水、すっかり元通りだね。皆とっても嬉しそう」

「あれから祭りが続いてるんだろ? こっちもすげえよなあ」


 そして、その中心にあるのがああいった噴水――要は、水である。


『大海』の核から生み出される水は、早速活用されている。

 あの塔で軽く調べた所、どうも生み出される水は汚染の心配がほぼなく、なんなら海水ですらない清涼な水だったようだ。

 故に俺の知らない何処かに設置され、こうして王都中に水を巡らせている。


「皆で倒した主の核が、清涼な水を生む……なんだか上手くいきすぎてる気もするけどな」

「え? いいじゃない。あれだけ頑張ったんだもん。それくらいは、許されてもいいと思うよ」

「……そうだな」


 もし核の寿命が来たならば――そんなものあるか知らないが、その時にいる優秀な探索者が何とかしてくれることだろう。

 それが出来るだけの情報を、俺たちは手に入れられたのだから。

 

 それこそ、ウィックたちがやればいい。

 彼らは正式加入したセリィとともに、日々探索を続けているという。

 真の民間上がりである彼らの活躍が、この国を更なる発展に導く筈。

 この国の未来はきっと明るい。


 水の枯渇を救い、次代の芽も育ちつつある。

 ルシド王子とアンジェリカ嬢が命を賭けて計画した、この決死の探索は見事に国を救ったというわけである。


「国の危機をこうも見事に救ったんだ。ジンもアンジェリカ嬢も、凄いことをしたんだな」

「……何言ってるの? ゼナウもでしょ?」


 笑顔で往来する人々を見てふと呟いたら、横のカトルに真顔でそんなことを言われた。

 頬を膨らませ、腰に手を当てこちらへと顔を近づけてくる。


「ゼナウがいたから、ここまでこれたんだよ。勿論私も、ファム兄さんも、アンジェだって。これは私たち全員の成果だよ」

「それは……」

「――その通ーり!」

「うぉ!?」


 背後から聞こえてきた声に慌てて振り返ると、そこには騎士たちを引き連れたジンとセリィが立っていた。

 もうお忍びの姿ではなく、豪奢な装束を身に纏い。すっかり王子としての威厳を放つジンが、いつも通りの笑みを浮かべた。


「俺たちは後を引き継いだだけ。ルシド兄さんとアン姉さんが始めて、ゼナウさんたち皆が成し遂げた偉業だよ。ゼナウさんたちは、紛れもなくこの国の英雄だ」

「そうそう、その通り!」


 カトルと2人してうんうんと頷いている。

 ありがたいし、気恥ずかしいんだが……それよりも。


「ジン、いつの間に……政務はいいのか?」

「今日だけは大丈夫! この国の……いや、俺の恩人たちを見送らないなんてありえないよ」

「……そうか、ありがとうな」

「全然!」


 そんなジン王子であるが、第三王子のことが明るみにされ、第一王子もまた身を引くことを宣言したために、完全なる次期国王の座に就いた。

 病床の国王が未だ元気なうち、そう遠くない未来に、この国の王となるだろう。


「本当は、仕事だらけなんだけどね。今日だけはって国王様が頑張ってるよ」


 ジンの後ろにいたルトフがそう言った。


「大丈夫なのか?」

「治療は順調――とはいえないけれど、元々迷宮での身体の酷使が原因だから。地上で安静にしてれば大丈夫みたいだよ」

「そうそう。だから、父様の仕事はちゃんと引き継ぐよ。この国は、俺が支えていくんだ」


 そう言ってふんふんと頷くジンの後ろで、ルトフが笑みを浮かべ、カイはいつも通りの澄まし顔。

 そしてナスルが青い顔で付き従っていた。

 ……あいつは正式な騎士となるために散々扱かれているらしい。

 

 なんでもカイが凄まじいやる気を発揮して、日夜『良い騎士』となるために励んでいるらしい。

 そうなったらとことん鍛えるのがルトフである。

 あのカイですら根をあげそうな訓練が行われている。ナスルはそれに付き合わされているようだ。

 ウルファに続く頑張れ枠である。


「だから、必ず帰ってきてね。待ってるから」

「……いいのか?」


 俺はこの国の人間ではない。

 それはジン含め、あの『大海』討伐組には周知の事実となった。

 本来なら縛り首でもおかしくはない事態だったが、ジンは王に掛け合い恩赦を得てくれたのだ。

 おかげでこうして、自由に過ごすことができている。

 その上で、帰る場所まで作ってくれて……本当に、感謝しかない。


「勿論! ここはもう、ゼナウさんの国だよ。皆がそれはちゃんと認めてるし、なにより俺がそう決めたからね!」

「……」

「……ゼナウ?」


 言葉を失ってしまった俺を、カトルが覗き込んでくる。

 駄目だ。今だけは勘弁してくれ。

 気づけば視界が歪んでいる。

 それは――腐竜のせいではない。これは――。


「ひょっとして、泣いてるの?」

「……っ」


 だって、本当に、皆が優しいんだ。


 数日前、テスナの罠工房を訪れた時。

 あの日以来顔も見せなかった俺を、おやっさんやダンさんたちは暖かく出迎えてくれた。

 俺が狩った染獣の素材で作った罠を見せてくれて。

 当時の思い出話で夜通し酒を酌み交わして。


 まるで毎日一緒に過ごしていたかのように笑ってくれた。

 そうして皆が酔いつぶれた時、ふと言われたのだ。


『ここはもう、お前の家だ。何かあったら、いつでも帰って来い』


 ……その言葉に、俺は何も返すことはできなかった。

 だって。


「……俺は、ただの記憶喪失で」


 ゴミ溜めみたいな迷宮を必死に彷徨っていた、何も持たない人間で。


「この国には自分の復讐のために、全てを利用しにやってきた犯罪者なんだ」


 それを、どうして……皆は受け入れてくれるんだ?

 分からない。分からないんだよ。

 こんなこと、こんな感情……目覚めてから、初めてなんだ。


「――ゼナウは、私を救ってくれた」


 ふと、手に温かいものが触れた。

 ハッと顔をあげれば、カトルがこちらを真っすぐ見つめている。


「ううん、私だけじゃないよ? アンジェも、ファム兄さんも、他の皆も――ゼナウに導かれて、救われたの」

「俺も――!!」


 何か言おうとしたジンを、ルトフたちが羽交い締めにしている。

 必死の笑顔で首を振っているので、困惑しながらもカトルを見つめ返す。


「……だから、ゼナウは皆にとっての英雄なの。犯罪者なんかじゃない。何も持ってない筈がない!」

「そうそ――」


 今度はアンジェリカ嬢に頭を押さえつけられている。

 流石に、それは思わず笑ってしまった。


 気づけばウィックたちに『赤鎚』もいやがる。

 いつの間に集まってきたんだよ。

 そんなに大勢に泣き顔を見られるなんて、恥ずかしいったらありゃしない。


 まあ、でも。

 皆が否定せず頷いてくれている。

 それを見たら、流石に俺も認めざるを得ない。


「だから――」

「……ありがとう。もう十分だよ」


 ああ、そうか。

 俺は――いや、俺と腐竜は、どうやら想像していた以上に、頑張れたらしい。

 もう顔も覚えていない家族に、胸を張って自慢できるくらいには、きっと。 


「……なあ、カトル」

「なあに?」

「いつか、湖畔の国(ラクトリア)に行こう。もう何もないかもしれないが、俺の家族の墓を探すのを手伝ってほしい」

「……勿論!」


 弾ける様に笑ったカトルと頷きあって。

 俺は、ようやく解放されたジンへと近づく。

 目を爛々に輝かせる次期国王様に、手を掲げてみせた。

 

「いくつか国を見て、帰ってくる。それでいいか?」

「うん! 土産話、期待してる! ……だから、行ってらっしゃい!」

「……ああ」


 いつか、迷宮内でそうしたように。

 俺たちは手を叩きあって、別れの挨拶を終えた。



「――出航するわよ!」

「じゃあ皆、元気でなー!」


 そうして、アンジェリカ嬢の号令の下。

 俺たちはやってきた他の仲間たちにも見送られながら、船で北へと旅立つのだった。


「……凄い。もう皆が小さく見える」

「流石迷宮産の船だな。これなら転覆の心配もない」

「あら、油断は禁物よ」

「え?」


 遠くを眺めていた俺たちに、アンジェリカ嬢が告げる。


「これから行く白波の国は、あらゆる船が近づけない閉ざされた地――曰くつきの場所なのよ。この、迷宮産の船なら大丈夫だと思うけど……楽しみね?」

「……」

「……まじか……」

「……相変わらず、退屈はしなさそうだな」


 そう言った鉄塊に、肩を叩かれる。

 聞いてないぞおい……。


 ただ、まあ。


「そうだな。これから何が待ってるのか、楽しみだ」


 記憶を、家族を、左目を失って。

 ゴミ溜めみたいな違法迷宮から始まった俺の旅は、こうして多くの出会いと、信じられないくらいの騒動を経て。

 新たな旅立ちを迎えるのだった。

本作はこれにて完結となります。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

感想、評価もありがとうございました! とっても嬉しかったです。

ではまた!

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