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第14話 仲間集め③



「――アンジェに頼まれた時、私は決めたの」


 地下室を氷漬けにしながら、カトルは言った。


「私と対等に歩ける、私が凍らせられない人がいるなら私は迷宮に潜ると」


 彼女が一歩踏み出すと、それに合わせて凍る範囲がぐっと広がる。

 あと数歩か前に進めば、それは俺にたどり着くだろう。

 だが、彼女はそこで足を止めて、叫んだ。

 

「だから証明して! アンジェが選んだあなたなら、大丈夫だって!」


 凍える風が吹き抜ける。

 荒野だってのに、まるで雪山みたいな寒さが襲い掛かってくる。


「……おいおい」


 しかし、一体何を言ってるんだこの女は。

 凍らない証明? なんでそんなもんを俺がしなきゃならねえんだ?

 俺は魔術師でもなんでもねえんだぞ?


 あれか? アンジェリカ嬢の説明が間違ってたのか? 

 冗談だと思いたかったが、こちらを見る目はどうやら本気らしい。

 涙を流して揺らめく瞳が俺からずっと離れない。


 しかも、カトルは躊躇しているのか、こっちを見つめたまま動かない。

 さっさと数歩進めば済むってのに。


 何か言葉でもかけて欲しいってか?

 平気だって笑ってくれる誰かさんを待ってたのか?

 俺は絵物語の王子様じゃねえんだが。


『――だからあなたの全てを用いて、死ぬ気で口説き落としなさい』


 口説き落とせって、そういうことかよ……。


「……めんどくせえ」

「え?」


 恨むぞ、アンジェリカ嬢。

 襲い来る冷気を無視して、俺は腰の投擲用ナイフをカトルへと放った。


「……っ!?」


 眉間へと放たれたナイフを彼女は右手で防いだ。

 激突の瞬間に掌を凍らせ、器用に刃を阻みやがった。

 なんだよ、きっちり制御できてんじゃねえか!


 奴が自ら視界を塞いだ隙に横へと駆け出して、カトルに一番近い壁を蹴飛ばし――氷を飛び越えて彼女へと体当たり(タックル)をかました。


「きゃっ……!?」


 そのまま氷の上に2人で倒れ込む。

 纏っていた外套を腕に搦めて抱きかかえたので、彼女は無事。

 だが代わりに、先に起き上がって腰の短剣――は流石に危険なので、投げナイフを彼女の首に押し当てた。


 敢えてナイフを押し込もうと力を籠めると、刃が触れている場所が凍り付いた。

 肌を氷で保護している。

 しかも丁度刃が触れている部分だけ。

 ……押してもびくりともしない。やっぱりちゃんと制御できている。


 驚いて彼女の顔を見ると、それ以上に驚愕の表情をしたカトルがいた。


「何を……っ」

「何をって、実力を測るんだろ? これでお前は死んだわけだが、実力測定はもう十分か?」


 ナイフを動かし氷の音を敢えて響かせる。

 くだらないことを言わないように、しっかりと音を鳴らしてやるが……。

 涙を流したままの情けない表情のカトルが、あえぐように口を開く。


「私が言ってるのは、氷に耐えられるかどうかで……」

「それは俺の仕事じゃねえ!」


 想定通りの答えにキレて、叫んだ。

 彼女はまさかそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。目を見開いて口をパクパクとさせている。


「……はあ?」


 はあ?はこっちだこの野郎!

 散々振り回されて、喰らったら死ぬ罠とか設置しやがって、それで挙げ句には氷に耐えられるか確かめる?

 どれだけ俺を殺したいんだよ!

 ぶん殴りたくなる衝動をなんとか堪えて叫び続ける。


「いいか? 俺は魔術師じゃねえ。ただ迷宮が良く見えるだけの人間だ。そんな俺にできる対魔術防御は『装備を整える』くらいしかねえんだよ」

「それは……でも……」


 この反応はわかってるな?  ……ああくそっ、腹が立つ。

 こんなのが相棒だ? 準備してただ?

 なんにもできてねえじゃねえか!

 こっちは犯罪者になってまで迷宮に潜ってんのに、なんでこんな甘ちゃんの相手をしなきゃなんねえんだ。


 ナイフに込めた力はそのままに、彼女の目をしっかりと覗き込んで告げる。


「氷をどうにかするのは俺じゃなくてお前だ。俺が氷に耐えるんじゃない。お前が俺を害さないように氷魔法を制御するんだよ。アンジェリカ嬢もそう言ってただろ」

「……」


 あからさまに目が泳ぎやがった。

 わかってた上で、もしかしたら……ってところか。

 そんなんで殺されちゃたまったもんじゃねえんだよ!


「お前の考えは分かる。怖えんだろ? とんでもない力を制御できるか不安なんだろ? アンジェリカ嬢が選んだ俺なら、自分の魔力をなんとかしてくれるとでも思ったか?」

「……っ」


 俺はこの女(カトル)がどんな目にあってきたのかは知らない。

 だからなんでここまで外に出ることを極度に恐れるのか、その感情がどれだけのものか、なんて推し量ることすらできねえ。

 

 だが、俺にはやらなきゃならないことがある。そのために命を懸けたし、未来は捨てた。

 そして目的を達成するために必要なのは、染獣どもを凍らせる最強の魔術師だ。

 こんな他人に縋る甘えた奴じゃない。

 だから叫ぶ。

 誰かに助けられてじゃなくて、自分の足で立ち上がらせるために。


「甘えんじゃねえよ。誰かが助けてくれるなんてふざけた事考えてんじゃねえよ! お前はお前の力でここから出るんだ」

「……私が、自分で……」

「そのための訓練はしたんだろ? 見ろ、俺のナイフはお前の氷に阻まれてる。さっきの投げナイフもお前は氷で的確に防いで見せただろ。そんな細かい操作ができる奴が未熟か? 俺の支えが必要か? ……俺はそうは思わねえ」


 そう言って、俺の腕を掲げて見せた。


「見ろよ。今お前を殺そうとした男の腕だ。このどこが凍ってる?」

「……どこも、凍っていない」

「だよな? 刃は防いで、俺は凍らせなかった。()()()だ。それがお前の能力だ。ちゃんと制御できている、お前の魔法だ」

「私の……」


 呟いて、彼女は天井を見つめた。

 その先には何もない。しいて言えば、屋敷があるくらい。

 ……そう言えば屋敷を凍らせたんだったな、こいつ。

 昔なら俺ごと氷漬けだっただろうが、それは8年前。

 家族との別れを乗り越え、1人鍛えた彼女は、もうあの頃のガキじゃない。


「……そうね。もうあの頃とは違う」


 微かにそう呟くと、周囲の氷が消えていく。

 首元の氷も、床も、家具の氷もすべてなくなった。


 ……危ない。死ぬかと思った……だが、なんとかなった。

 ナイフを収めて立ち上がって、カトルに手を差し伸べた。


「ほら、立て。やればできるじゃねえか」

「……ありがとう、その……」

「とりあえず、座って話そう。流石に疲れた……あ、今更だが口調はこれでいいか?」

「え、ええ。貴族だからって気にしなくていいわ」

「そうか」


 ようやくまともに話ができるようになった。

 どうやらこの甘ちゃん(カトル)は実力自体はちゃんとある。魔力の制御ってのも恐らくできるようになっているだろう。

 ただ、心がまだ追いついていないだけだったようだ。


 つまり、試験を受けてたのは俺じゃなくてカトルの方だったってわけだ。

 俺を殺したり凍らせたりすることなく終えたら、アンジェリカ嬢は彼女に迷宮探索を許したのだろう。

 ……もしかしたら、アンジェリカ嬢じゃなくてその上の連中を納得させるためのものなのかもな。


 わざわざこんなことさせるくらいだ。きっと必要なことだったんだろう。じゃなきゃ絶対に許さない。

 しかし、これでようやく話ができるようになっただけだ。

 これから、彼女が迷宮に潜る様に説得しなきゃならない。


『――あなたの願いを叶える最短ルートは、彼女――カトル=ベルを手に入れることよ』


 ……っ、アンジェリカ嬢め。足元見やがって。

 悔しいが、あんたの言う通りだよ。

 さっきの力を見て確信した。


 俺にはこいつが必要だ。

 絶対にここから引っ張り出してやる。

 

「あの……さっきはごめんなさい。私、あなたが魔術師じゃないことは知ってたの。でも……」

「ん? ……ああ、別に気にしてねえよ。ただ――」



 彼女の全身を改めて見つめる。

 力の制御もできて、魔力量も申し分ない。

 後は、精神が追いつけばいいだけ。


「な、なに……? なんなの……?」


 だが恐らくこの嬢ちゃん(カトル)は、自分を理由には戦えないタイプだろう。

 さっきのやり取りで分かる。人を傷つけるくらいなら外になんて出なくていい――どうせそんなことを考えてるんだろう。

 ……なら、別の理由を作ってやればいい。

 自分じゃなくて『誰か』のため。

 きっかけを作ってやればいいのだ。


「よし、じゃあカトル。俺の話を聞け」

「……? あなたの?」


 こてりと可愛らしく首を傾げている。境遇の割に随分と可愛らしい仕草だなおい。

 だがさっきのやり取りのおかげかトゲが取れ、素直に話を聞いてくれそうだ。

 安心しながら、俺は頷きを返した。


「ああ。()()()()()()()()()あんたには知っていてほしくてね。……俺の目がどうしてこうなったのかを」


 そうして、俺は残った少ない記憶をたどって、俺の目的について話を始めるのだった。

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