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第139話 白砂の迷宮第35層/大海の巣㉒





「始まった……!!」


 塔から遠く浮かぶ船の上。

 遠見鏡を覗くジンが、興奮した声を上げた。


 空から降りてきた巨大な獣、『大海』。

 アンジェリカが探し求めた染獣が、今その姿を現している。


『――――■■■■■■■■』


 ぼうおうと太く重い風の音が響く。

 深い洞窟の奥に風が呑まれていくような、そのまま、2度と出てこられないような気がしてくる、湿った悍ましい音だ。


 どうやら『大海』の鳴き声らしいその音に呼応して、周囲には渦を巻く水の柱が幾つも上がって動き回っている。

 この距離では緩やかな速度だが、実際間近にいるゼナウたちからすればかなりの速さに見える筈。巻き込まれれば船が丸ごとひっくり返って海の藻屑となるだろう。


 本当は助けに行きたいジンであるが、この中型船ではあの柱を避けることは難しい。

 小回りの利くボートだからなんとかなっているのだ。だから、ここで見ているしかない。


「あれが、『大海の染獣』……? なんて大きさ……」

「女王鱗魚鬼(フログ)とはまるで違いますね、あれが深奥層の主ですか。進めば、僕らも戦う相手です。しっかりと見ておきましょう」

「嘘でしょ? あんな大きなもの、どうやって倒すのよ……!?」


 同乗しているイランたち初心者組が怯えている。

 無理もない。ジンも主は『踏み鳴らし』以来だが、あの巨大さは見ているだけで身体が震え出す。


 生物としての格が違うことを思い知らされる、圧倒的存在感。

 そしてその身体は、飲まれたら二度と出てこられないだろう深く巨大な水の塊だ。

 多分、こちらの攻撃は碌に通らない。


 あれを倒すには、体内に浮かぶ核の破壊しかないのだろう。

 とにかく分厚く硬い『踏み鳴らし』とは、対局の存在と言っていいかもしれない。


「ちょっと、王子! 呑気に見てないで手伝って!」

「あ、うん!」


 そんなジンたちは、ウィックから教わったことを必死で思い出しながらの操船中。

 荒れた海面の余波がこちらにも僅かだが伝わって来ている。

 塔に近づかないようにのんびり回遊させるだけではいかなくなってきた。


 ジンも慌てて風を纏いながら、帆を制御しようと帆柱に飛びついた。

 こちらにはジンの護衛の為に救援に来た騎士や探索者が乗り込んでいる。

 皆で協力しながら、なんとか皆が帰る場所を守ろうとしていた。


「ねえ、王子様!」

「何?」

「あいつら、勝てるよね!?」


 元気な声ながら、不安が混じるその言葉に。

 ジンは笑顔ではっきりと告げる。


「――大丈夫! 姉さんたちなら、絶対勝つよ。だって、最強だからね!」


 船上にいる全員に聞こえる様に、はっきりと続ける。


「だから、安心して帰ってこられるように俺たちも頑張るよ!」


 慣れぬ船を操りながら、奇怪に変化し始めた海を見つめるのだった。

 


***



『飛ぶよー、掴まって!!』


 ウィックの声が聞こえた直後、荒れた海に船体が跳ね上がる。

 ふわりとした浮遊感の中、俺は左目に意識を集中させる。


『大海』の巨大な頭に凄まじい光が収束し始めている。

 奴の攻撃手段は全くもって不明だが、想像は容易い。


『――何か吐いてくる! 逃げろ!』

『りょーかいっ! 風、真っすぐ! 2人はとにかく漕いで!』

『はいよ!』


 ルトフが全力で行使した風魔法と、波から落ちた勢いを合わせて、ほぼ沈んだ塔の間を抜けて水面を滑らせる。

 船にしてはやけに素早く移動したその直後。


『――――■■■■■■■■』


 奴の顎から放たれた怒涛が、俺たちの居た場所を貫いた。

 直径2mはありそうな、分厚い水流の一閃。

 それは凄まじい勢いを持って水面を貫き、水の爆発が着弾地点に巻き起こった。


『掴まって!!』

「――――っ!!」


 見上げる程の水の爆発。

 その余波で波が膨れ上がり、船体がひっくり返りそうになったその瞬間、カトルが叫んで冷気を解き放つ。

 船の前と後ろを止める様に四角い氷柱が立ち上がり、ひっくり返る途中で船を受け止めた。


『アンジェ!』

『ええ!』


 船体にしがみついていたアンジェリカ嬢が櫂で氷柱をぶん殴り、元の姿勢に無理やり戻した。

 代わりに横殴りの波がやってきて全員がずぶ濡れになるが、転覆は防いでみせた。

 一瞬の判断での氷魔法の早業だ。

 

 あの時、最初に2人で女王鱗魚鬼(フログ)と戦った日と比べて、カトルはとんでもなく器用で、なにより強くなった。

 今では他の人とも話せるし、何なら迷書殿の学徒となりつつある。

 冷たい地下に閉じこもっていた少女は、もういない。


 ちなみに、小蟹は鉄塊が回収して保護している。

 彼の仕事は、蟹とウィックの守護である。


『……恐ろしい威力ね』

『俺の盾でも1度防げるかどうか、微妙な所だな』

『そうね。というわけで、全部避けるわよ、ゼナウ!』

『了解……っ!!』


 上司の厳しい要求に、こちらはなんとか応えるしかない。

 荒れる海の中、必死に左目を凝らして奴を見る。


 上空をするりと駆け抜ける奴は、こちらに背を向け宙を駆けると、身体を回転。

 尻尾の一部が分離したのか、巨大な水球が拡散する様に放たれた。


『なにあれ!?』

『遠隔弾……!? 兄ちゃん、どっちに行けばいい?』

『……任せろ! まずは、前に!』


 風で勢いを上げ、船を走らせる。

 上空から放たれた水弾は、当然の如くこちらへと迫る。


 ――腐竜!


 時を止め、水弾の動きをつぶさに観察する。

 向きと流れ。

 その両方を予測して、船の向かう先を決めた。


 そのまま指示する方向に走らせ、水弾を避けていく。

 だが、避けきれない速度でこちらへ直進してくるのが1つ。

 ボートを直に狙うのと、周辺にまき散らした弾を散らばらしているのだろう。案外小癪だ。


 このままじゃ激突するが、丁度いい。

 実験に最適だ。


『あれは任せろ!』


 そう叫んで、右腕で狙いを付けた。

 そこには毒撃ち――ではない、弩のような装置をつけている。

『大海』相手では役に立たないと、蔦撃ちの()()()みたいな発射装置を『赤鎚』がつけてくれたのだ。

 装填しているのは、旅の中で使っていたカトルの氷玉。

 迫る水弾――ボートの半分くらいはありそうなそれに撃ち込むと、途端に内側から凍り付いた。


『――はあっ!!』


 塊となったそれをアンジェリカ嬢が斧で撃ち落とし、近くの水面に着弾。

 ほとんど同時に他の水弾が周囲に叩きつけられ、爆発が起きていく。

 とんでもない威力だが、氷玉があれば問題なく防げそうだ。


『いけるわね、ゼナウ!』

『ああ!』


 喜びそう叫ぶアンジェリカ嬢。

 そんな彼女と合流して探索を始めたのは、騎獣たちが闊歩する草原地帯だった。

 スイレンたちに出会って毒撃ちを貰って……あの時から、迷宮探索ってものが一気に広がった気がしたんだ。

 あの時、使命に燃えて責任に押しつぶされそうになっていたアンジェリカ嬢は、もういない。

 追い求めた夢の、その最後の一欠片を手に入れるために、彼女はひたすら躍動を続ける。


『このまま突っ切って……と、いきたいところだけれど』


 視界を塞いでいた飛沫が消え、その奥の『大海』が再び映る。

 やはり奴は決してこちらに近づいてくる気配はない。

 あくまで外から水で殺す。そんな腹積もりらしい。


『……やっぱりこちらへは来ないね』

『カトルに気付いて止まったのだから、当然と言えば当然ね』


 ちゃんとこちらを知覚し、危険だと判断して距離を取る。

 奴の攻撃はそれだけ凶悪だが、その動きは……俺たちにとっては明らかな勝機だ。


『避けるだけならなんとかなりそうだ。……ただ、それだけじゃ足りないよな』

『ええ!』


 避けるだけじゃ勝てない。

 そして相手は空を駆ける。

 どちらもそれは最初から分かっていたことだ。


 だから、勝つための手段を用意している。

 一か八かの賭けではあるが……そんなもの、今更だ。


『時間をかけたらこっちが不利だ。やるぞ』

『マジ!? あれ、ホントにやるんだな!?』

『他に方法はない。腹、括れ! ……行くぞ!』


 再び時を止め、道筋を選ぶ。

 今度は避けるのではなく、奴にたどり着くために。



***



「――当たった」


 ジンたちとは異なる船の上。

 遠見鏡を覗いていたワーキルが、そう言った。

 その声に、荒れ始めた甲板に慌てて駱駝君を固定していたウルファたち『赤鎚』が、思わず手を止めて叫ぶ。


「効果は!?」

「……水弾が凍った。効果ありだ」

「――よしっ!!」


 そのまま3人で手を叩きあう。

 ゼナウに託した急ごしらえの新装備は、上手く機能したらしい。

 そして、『大海』の水を氷玉で凍らせた。それがなによりの朗報である。


「こりゃいけるぜ、ワーキル、爺さん!」

「うむ」

「……ああ。このまま進めよう」


 甲板に立って向こうを観察していたワーキルとシュクガル老が、互いに頷いてこのままの作戦進行を決めた。

 

「しっかし、聞いてた以上にすげえな、あれ」

「だねぇ……『踏み鳴らし』も凄かったけど、それ以上っているんだねぇ……」

「もっと下には、これ以上の怪物がいるってことでしょう? とんでもないわね……でも、準備は万全よ。ね?」

「ああ」

「だね!」


『赤鎚』たちが口々にそう言いながらも、手は一切止まっていない。

 その早業に感心しながら、シュクガル老は隣のワーキルを見る。


「どうじゃ、見えるか」

「ええ、シュクガル様。我らはもっと東に回りましょう」


 一行の中でも目の良いワーキルの指示の下、船は移動していく。

 ジンたちとは異なり、こちらは塔の周辺を進んでいる。

 その目的は当然、勝つためである。


「多分、そろそろ動きます。急ぎ狙撃の準備を」

「――おう!」


 我らに打てる手は1つだけ。

 だがそれが効果的であることはたった今ゼナウが証明した。


「勝てるぞ、この勝負……!!」

「――おう!」


 元気よくそう言って、皆は狙撃の準備を進めていくのだった。


 

***

 


 迫る水弾と水流を避け、ボートは荒波を突き進む。

 その間俺はひたすらに空を見続け『大海』の動きを頭に叩き込む。

 見た限り、奴の動きは分かりやすい。

 

 こちらから一定の距離を保ち、攻撃の度に身体を動かす。

 水柱は俺らを取り囲むように動き続け、その数は最初の倍近い8つか9つか。

 不規則なのはどちらかと言えばそちらの方。


 だから、後は丁度良い瞬間が来るまで待てばいい。


 思えば20層の『踏み鳴らし』も、こんな感じだった。馬鹿デカい染獣はどいつもこいつもそうなのか?


 あまりに巨大すぎる生物は、できることも住む場所すらも限られる。

 本来の世界から逸脱したが故に主になったんだろうが……もしかしたら全てが巨大な階層っていうのもあるのかもしれないな。

 ……探索が大変そうだ。


 そして、今回もあの時と同じで大所帯での大規模討伐。

 ウィックたちはいなかったが、ルトフたち騎士や『赤鎚』たちとともに戦ったのもそれが最初だった。

 皆でわいわい騒ぎながらやる討伐は忙しくて、楽しくて。

 これで終わりなのだと思うと、少しだけ寂しい気持ちもするが……こっちは連戦なんだ。さっさと終わらせて休みたい!


 だから、さっさとあいつをぶっ倒す……!!

 水でずぶ濡れになりながら、それでも必死に荒れる海の先を見通した。


 そうして、目的のものを見つける。


『……!! 見つけた。斜め右前方、2つ目の柱だ! そこからなら、()()!』

『風、最大出力で行くよ、ウィック!』

『……ああ、もう! どうなっても知らねえよ!』


 俺が指し示した方向へと、ボートが滑り出す。

 

『――――■■■■■■■■』


 異変を察知したのか、奴が深く轟く湿った咆哮を上げる。

 顎に水流が渦巻き、またあの極大水流が襲い来る……その前に動く!


 ボートの方角を合わせ、『大海』を背に水柱へと突き進む。 

 風と櫂で勢いを増し続ける船は、そのままの速度で柱へと突っ込む――


『カトル!』

『うん!』


 ――その直前で、カトルが氷の坂を作り上げた。


 その上にボートが()()、設置していた車輪によって氷上を駆け抜ける。

 

『やった!』

『まだまだ、次が本番よ! 皆、掴まってなさい!』


 そう吼えながら、アンジェリカ嬢が素早くボートの後部に飛びつく。

 櫂を放り捨て、設置された装置を叩いて起動させる。

 ボートの後部に設置されたそれは、俺らや鉄塊が使ったいつもの加速装置。

 カイたちが込めた火と風の魔力が起こす爆発的な推進力によって、氷を飛び出し水柱に()()に着水したボートが、真上へと――上空へと走り出す。


『うおお……!?』

『ひゃわ……!?』


 咄嗟に横のカトルの腕を掴んで引き寄せる。

 2人でなんとか風圧に耐えながら、思い出すのは25層。

 

 奇妙な、下へ下へと続く大穴の階層。

 その最短攻略として、俺たちはまさかの飛び降りを敢行したのだった。

 あの時は落ちたが……今度は真逆。

 風と火の勢いに乗って、空へと駆け上がる……!!


 幸い巻き上げる水と風がその補助をしてくれる。

 ルトフもその風を纏めて流れを作るだけ。

 これで城より高い距離を落ちても飛んだりもしたわけだ。そんなこと経験した人間なんて早々いないだろう。

 迷宮ってのは、本当にとんでもないところだ。


『なああにこれー!? こんなん、どうやって制御しろって!?』

『死ぬ気でやんなさい! とにかく、真っすぐ!』

『ひぃぃ!?』


 ウィックの悲鳴が響き渡る中、船は真っすぐ水柱を上る。

 首が痛いのを何とか堪えて、背後の『大海』を見つめ、時を止める。


 ……やべ。奴は正確にこちらに狙いを合わせてやがる。

 水流が来る――!!


『撃ってくる!』

『……!! お前ら、行け! カトル、頼む』

『うん!』


 鉄塊が小蟹を帯で留め、水平に伸びる帆柱に飛び乗った。

 

『――――■■■■■■■■』


 ぼうおうと鳴る咆哮とともに、こちらへと渦巻く水流が放たれる。

 そこへと加速装置付きで飛び出した鉄塊が、盾を展開。カトルの氷がその範囲を広げた。


「……ッ!!」


 止められたのは僅か一瞬。

 ただその隙に船は真上へと駆け抜け、射線から逃れた。


『ファム!?』

『行けぇっ!!』


 飛び降りた鉄塊を置いて、船はそのまま進んでいく。

 奴に出会ったのは、監獄島の迷宮だった。

 まさかアンジェリカ嬢の仲間だとは全く知らずに、同じ中級探索者として交流していたのが、まさかこうして命を預け合う仲になるとは。

 あの時の俺に言ったら、何を馬鹿なことをと鼻で笑われるだろう。


 だが今は、仲間の中でも一番安心して背中を任せられる相手と断言できる。

 一見無口な奴だが、実際は誰よりも強く熱い思いを秘めた男、鉄塊。

 かつて守れなかった仲間を、今度はその身で守り抜き――加速した船が水柱を滑っていく。


『ファム兄さん!?』

『……今は前に集中しろ! もうすぐだ!』


 鉄塊が作ってくれた一瞬のおかげで。

 空へと駆けあがる船の高さは、遂に、奴のいる高度にまで到達した。


 これまで出会ってきた全ての仲間の力を得て。

 俺たちは、遂にここまでたどり着いたのだ。

 だから、必ずここで仕留める……!!


『着いたぞ! カトル、行くぞ!』

『……うんっ!』


 横のカトルを抱き寄せて。

 先ほど鉄塊がそうしたように、帆柱に飛び乗って、全速力で駆け抜ける。



 そこから、同時に色んな事が起きた。


 アンジェリカ嬢が正面――真上へと曳光弾を放ち。

 ルトフと悲鳴を上げ続けるウィックが船を制御し。

 俺とカトルは『大海』へと1歩を踏み出し。


『大海』は、迫る俺とカトルを確実に捕捉し、その水の左脚を振り抜こうとしていて。

 このままでは、飛び出す前に奴の手に吞み込まれる――のだけれど。

 

 それよりも早く、奴の土手っ腹に、遠くから弾丸が激突した。


『――――■■■■■■■■!?』


 悲鳴のような咆哮が上がる。

 今のは船からの援護射撃。爺さんたちが塔の調査をしている間に、ルトフたちが考えた『長距離狙撃』の成果である。


 撃ち込んだのはカトルの氷玉の1つ。

 それも、カトルが決戦用にと大量の魔法を込めた特別製だ。

 それが奴の腹に炸裂して、身体を一気に凍らせていく。


 ばきりと、砕ける音が鳴り響き。

 こちらへと振られていた前脚の動きが、ぴたりと停止した。

 腹から胴へと氷が広がり、()()が固まったせいで動けなくなったのだろう。

 そのまま、奴の巨体が空中に固定される。


『――――■■■■■■■■』


 未知の事態に遭遇しつつも、それでも主。

 咆哮とともに、首を振るって水弾を3つ放ってくる。

 水流を溜める時間はなかったのだろう。狙いも適当だが、1つはこちらへと直進してくる……が、構わない。


「これで最後だ。終わらせるぞ」

「……うん。ゼナウを信じてるよ!」


 決して速度を緩めることなく。

 奴のその顔へと向かって、俺はカトルを抱いて飛び出した。


 ――腐竜!


 左腕に意識を集中させ、()()を放つ。

 左手に握った短剣に纏わせ、刃を伸ばして――迫る水弾を切り裂いた。


「今だ、やれ!」

「……!!」


 開けた活路。

 そこへと、カトルが手を伸ばし。


 奴の水の身体に、その右手を触れさせた。


「――――はぁっ!」


 瞬間、カトルが全力での氷魔法を行使。

 青い光が空で眩く瞬いて。

 

『――――■■■■……』


 奴の身体は、素早く凍結し始めていった。


「……やった!!」

「――よくやったわ!」


 そんな固まり始めた奴の頭に飛び乗った影が1つ。

 歓喜の咆哮を上げるそれは、アンジェリカ嬢その人。

 彼女は斧を振り上げ、奴の眉間へと叩き込んだ。鈍い音が響き、凍った身体に斧が深く刺さった。


「ゼナウ!」

「おう!」


 俺が放った蔦撃ちを()()()()、腕に搦めて。

 

「……はぁあ!!」


 剛腕で俺たちを振り回して更に真上へと跳ね上げた。

 上空。凍りつつある奴の身体を左目で透かし見て。

 奴の核がある場所――胸の手前部分へと、再び加速装置で飛び出した。


 ――腐竜!


 ()()を纏わせた短剣で、凍った奴の身体を貫き、切り裂き。

 奴の核を切り出すことに成功するのであった。 


 ――獲った!


 凍った身体からぽろりと剥がれた巨大な核。

 それは一切の水を纏うことなく落ちていく。

 瞬間、奴の身体を構成する水が、ずるりと解けていった。


 明確な、『大海』の死を告げるその動きに全員が一瞬見とれてしまい。

 あの核を確保せねばと皆が動き始めるのに、ほんの少しだけ間が生まれてしまった。


「……核を!」


 はっと気づいたアンジェリカ嬢が叫ぶも、彼女が立っていた『大海』だった氷も突如として崩壊して水と化し。

 俺たちは大量の水とともに、遥か下の海面へと落ちていくのであった。


「……っ、カトル!」


 なんとかカトルだけは抱きかかえ、垂直に落下していく。


 ……もし、『大海』の核が海に落ちた時。

 奴の身体は果たして再生されるのか。


 それが、戦う前に結論の出なかった、唯一にして最大の不安点だった。

 なにせ核だけの状態で祀られていた染獣だ。

 水にさえ触れられれば……否、周囲にありさえすればいくらでも復活できる可能性があった。


 故に着水前に受け止めたかったが、それをするには船が足りなかった。

 同じように落ちる俺らには、掴めるはずもなく。

 そのまま先に落ちていった珠が海面に触れる――その直前。


『――――』

「……良かった、無事だったか」


 2つの鳴き声が響き渡り、塔から飛び出し、海面をするりと駈ける影があった。

 直後ざばんと海に入った巨大な2匹。その背に器用に立った男と少女が、落ちて来た珠の真下に入った。


 セリィとカスバル。そして彼らとともに塔の4階層に潜んでいたタハムさん。

 船にも乗らずに待機するという危険な役割を見事成し遂げてくれた。


「この辺り! ……って大きっ!? 潰れない、これ!?」

「大丈夫だ。やるぞ。広げろ!」

「……うん!」


 泳ぐクルルとヤクルの上に立った2人が布――天幕の一部を広げて。

 落ちてきた珠を受け止めることに成功した。


「やった! 皆、とったよー! ……あ」


 そんな、セリィの歓喜の声を聞きながら。

 俺たちは全員残らず、海へと落ちていくのだった。


 こうして、長く長く続いた砂漠の塔での戦いは、ようやく終結を迎えるのであった。

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