第12話 仲間集め①
合格者である7名が案内された先は会議室のような場所だった。
そこでは探索者協会の職員による探索者の心得や規則による説明が行われたが、俺は知っていることなので聞き流した。
説明が終わると同時に別室に待機していたらしいお偉いさん方が入ってきて、皆に声をかけ始めた。
騎士団があのムキムキ3人組連中に。文官らしい連中――恐らくは探索者協会だろう奴らがウィックにクトゥ、そしてあの足の速い女に声をかけていた。
……俺は?
1人取り残されていた俺の前に、覚えのある足音と匂いがやってきた。
「――ゼナウ様」
「……あ」
ンジェリカ、と続けそうになるのを必死で堪えた。
そこには何故だかアンジェリカ嬢が立っていたのだ。
驚いて固まってると、微笑みを浮かべたアンジェリカ嬢が口を開いた。
「あなたは我々シュンメル家が預かることになりました。どうぞこちらへ」
「……は、はい。わかりました」
何とかそれだけ告げて、慌てて立ち上がる。……用事ってこれかよ。思いっきり関係者じゃねえか。
外に出るらしい彼女についていくが、騎士たちも役人たちも何も言わない。
ちらっと見たウィックが驚きながらも手を上げてくれていたので応えて、すぐさま部屋を出た。
「帰るわよ、ついて来なさい」
途端にいつも通りの口調になる彼女に頷きを返す。
どうやら先ほどのお偉方の動きは『誰がどこの派閥になったか』の結果のようだ。
3人組は騎士団、他の3人は探索者協会の管轄になったらしい。
そして俺はこのアンジェリカ嬢のものになった、と。
監獄島と同じように、彼女はこの国の迷宮の管理人でもあるんだろう。
どうりで本来部外者が知らない筈の情報を知ってるわけだ。
……んん? ちょっと待て。つまり、管理者の一員である貴族が国を裏切って染獣を狩らせようとしてるってことか?
一体何のために……ますますわけがわからなくなってきた。
だが、考え方を変えればこの国に深く関わっている奴が雇い主なんだ。
なら俺の潜入が早々バレることはないだろう。
大分薄い根拠だが、せめてそう信じるしかなかった。
外へ出ると、既にあれだけいた人は消え失せており閑散としている。
ミンナさんたちの待つ馬車へと乗り込み、見送りの使用人やら騎士たちに笑顔を振りまいていたアンジェリカ嬢だったが、馬車が動き出してしばらくたった途端に大きく息を吐き出した。
「あー、つっかれた。受験者多すぎよ」
先ほどまでの美貌の令嬢はすっかり消え失せ、監獄島の彼女が現れた。
ドレスの事など忘れたように足を組み、装飾品を外し始めた。
「おかげで何時間もおじさんのご機嫌取りよ? アホらしい。だから帰ってきたくはなかったのよねえ」
「……アンジェリカ嬢、この国の探索者協会に携わっていたんですね」
使用人に扇がれている彼女に尋ねると、気怠げな頷きが返ってくる。
「そうよ。うちの家系は古くからこの国の探索者協会の出資者なの」
「そうですか……」
「だからと言って不正も贔屓もないからね? あなたが受かったのはあなたの実力。そしてここから先もあなたが自分の力で勝ち取る必要がある」
勿論支援はするけどね、と妖艶に笑った。
「……まずは浅層を攻略する。それでいいですよね?」
「ええ。システムは監獄島とほぼ同じ。そう設計したもの。10層まで到達したら一先ずは一人前よ。だからまず目指すはそこ。新人だからといって関係はない。誰もが認める実績を打ち立てるの」
「実績――歴代最短での10層踏破、ですね」
それがアンジェリカ嬢から告げられた、俺の最初のミッションである。
既に迷宮探索の経験がある俺ならば、そしてこの左目があるならばそれも可能だろう。
後は――
「でもそのためには、仲間がいる」
結局、俺は他の合格者とほぼ交流できなかった。ウィックとその相棒の、魔術師の少年とか良さそうだったのに……。
最短を狙えというのなら、自力での仲間集めは絶望的である。
俺の恨めしい視線に気づいたのか、しっしと手を振るってくる。
「わかってるわよ。安心しなさい。あなたの仲間候補は明日ちゃんと紹介するわ」
探索者としての活動は20日後から開始されるそうだ。
皆それぞれの仕事やら何やらがあるので、探索者に移行するための準備期間である。
俺はその辺りは解決済み。なのでここからは仲間候補との訓練等を行うことになるだろう。
……ようやく、仲間候補と出会えるのか。
このアンジェリカ嬢が見繕った相手だ。絶対にまともじゃないだろ。
一体どんな化け物が出てくるのか……。
「いい加減教えてもらえますか。その仲間ってどんな方なんです?」
「そうね。もういいでしょう。まずは1人目から。彼女はある貴族の娘でね。優秀な魔術師なの」
「へえ、魔術師」
それはいい。
俺たちみたいな卑小な人間が染獣に立ち向かうのに魔法は必須だ。
事実深層に潜っている連中には魔術師が必須のレベルで存在している。
流石はアンジェリカ嬢。ちゃんと考えていたらしい。
「そ。優秀すぎて国を滅ぼすとまで言われて閉じ込められてる、可哀そうな呪いの女よ」
「……はあ?」
……この女、本当は邪魔したいんじゃないんだよな?
***
迷宮は様々な恩恵を地上にもたらす。
迷宮産の物質の他に、生物――人間へもたらすものも存在している。
その1つが【迷宮病】。
俺の左目のように、身体の一部が黒化した者たちは様々な異能を発現する。
そして、有名なものがもう1つ。
それは――【迷素遺伝】と呼ばれるもの。
迷宮病や、そうでなくても迷宮内に長く潜っていた探索者たちが子をなすと、稀に異能を宿した者たちが生まれてくる。
多くの場合、それは突出した才能という形で現れる。
例えば圧倒的な怪力や運動能力。
魔力と呼ばれる魔法を操る為の力の量が凄まじかったり、中には人間には本来使えない筈の神秘とも言える特別な魔法の発現なんかも起きる。
この【迷素遺伝】は代を重ねる事に割合とその強さ――濃さを増しており、上流階級の子供たちは、その能力の有無で将来が変わるほど重要視されているそうだ。
「……じゃあ、その貴族の令嬢もその、迷素遺伝を持っていると?」
「ええ。それも、とびきり強力なものがね」
試験の翌日。
シュンメル家に泊まった俺は、朝からアンジェリカ嬢に連れられ、馬車で移動をしていた。
行き先は知らないが、その貴族令嬢のいる屋敷なのだろう。
「国を滅ぼす……でしたっけ?」
「彼女の父親であるベル家当主がそう表現したのよ。『この国を滅ぼしてよいというのならあれを解き放ちましょう』って」
「実の父親がですか……」
それはなんと酷い話である。
聞けばもうすぐ20歳になろうという年齢らしい。
能力が発覚してから8年近く、彼女は封じられてきたというのだ。
「むしろ父親だからこそ、その能力を正しく把握してるのでしょうけど」
「そんなにすごい能力なんですか?」
てかそんなヤバイ奴を仲間にさせようとしてるのか? この女は。
俺の恨めし気な視線はあっさりと無視され、彼女は続ける。
「能力自体は単純よ。彼女は、氷の魔法使いなの」
「氷……便利な能力ですよね」
冷気を出して相手を動けなくさせたり、氷漬けにすることも可能だ。
氷の礫を飛ばす魔法は単純だが強力である。
何よりも、氷は水の確保にも役立つ。迷宮探索には心強い能力だろう。
「そうね。でも彼女の場合は普通と事情は違ってね、あらゆる魔力が氷に変換されちゃうの」
「……? どういうことです?」
「戦闘面でいえば、氷魔法以外使えない。彼女には戦いでの選択肢が氷魔法で物理的な攻撃をするか、氷結の搦め手を使うか……それくらいしか選択肢がないのよ。だから氷が効かない相手には絶望的に弱い」
まあそれは装備で解決できるけれど、と彼女は微笑む。
「生活面でいえば、常に身体から冷気が放出される。しかも、その量が尋常じゃない。気を抜けば飲み水すら凍らせてしまうの。流石に体内は普通の人間だけれどね」
要は制御が出来ないほどの氷の魔力を解き放つ子供だったと、アンジェリカ嬢は告げる。
「そんなことがあるのですか?」
「あるのよ。受け継いだ血があまりにも濃かったのでしょう」
「でもそれだけで国が滅びるなんて……」
「彼女が12歳の頃、感情が高ぶってしまった時に彼女の生家は氷漬けになったわ」
「……」
「父親としては恐ろしかったでしょうね。これが成長したらどうなるのか、って」
子供で家……つっても貴族なんだから数階はあるだろう大豪邸を丸ごと氷漬けにしたと。
それが成熟したなら、本領を発揮したならば、都市1つ飲み込む程の吹雪を生み出してしまうのかもしれない。
その対象が、もしオアシスに向けられれば? ……国が滅ぶなんてこともあるのかもしれない。
そりゃあ、怖えよな。
……俺、そんな奴と迷宮潜るの?
「それから幽閉されてるんですか?」
「幽閉といっても、牢屋に入れていたわけじゃないわよ? ワハルから外れた荒野の方に別邸を建てて、そこで隠居生活をしてるわ」
「……万が一凍っても大丈夫な場所ってことですね」
「そういうこと。使用人も信頼のおける少人数だけみたい。徹底してるわね」
どうりで結構な時間走ってるわけだ。
斜光布を捲れば何もない荒野が広がっている。既に人里からは離れているらしい。
「で、どうしてその人を俺の仲間に?」
今のところ外に出しちゃいけない危険人物にしか聞こえないが。
そうね、と彼女は足を組み替えながら、真剣な目で俺を見つめる。
「深層に行くには、相応の戦力が要る。あなたの能力は優秀だけど、火力はどうしても足りないでしょう? ……氷力の方がいいかしら?」
「どっちでもいいですよ……でも、そうですね」
いくら弱点が分かるとはいえ、分厚い皮や殻に阻まれては殺せない。
なんならそのために仲間を探していたくらいだからな。
「それに、件の染獣は逃げ足が速い……可能性が高い。だって、未だに見つかっていないから。そんな相手に、彼女の強力な氷魔法は相性最高だと思わない?」
「……俺の目で探して、彼女の魔法で捕らえる、ってことですか」
「そういうこと。仲間に選ぶ理由には、充分でしょう?」
そう、今回の目的は件の染獣を狩ること。
アンジェリカ嬢はそれに特化したチームを探し、遂に見つけたのだろう。
「ええ。納得しました。後は、その力が本当に制御できるのかですが……」
戦ってたら染獣と一緒に氷漬けなんて御免だぞ。
「勿論、あの子も何もしてなかった訳じゃない。ちゃんと彼女には準備をしてもらっていた。後は、あなた次第」
「……俺?」
なんでいきなり俺が出てくるんだ?
紹介されるだけじゃないのか?
身を乗り出したアンジェリカ嬢が、俺の胸を指でとん、と叩く。
「あなた達はこれから迷宮に潜るの。命を懸けてね。その相棒がどんな人間か、聞いただけじゃ意味がないでしょう? 背を、命を預けるに足る人物なのかどうか……自分たちで確かめなさい」
「……なるほど」
確かに、その通りだろう。
俺だって監獄島では知り合いの中から仲間を探していた。
気を抜いたら相方を氷漬けする化け物とは絶対に迷宮には潜りたくはない。
「……それで合わなかったら?」
「その時はその時よ。あなたには別の相手と潜ってもらう。ただ、断言するわ」
にっこりと微笑んで、彼女は言った。
「あなたの願いを叶える最短ルートは、彼女――カトル=ベルを手に入れることよ。だからあなたの全てを用いて、死ぬ気で口説き落としなさい」
「……わかりました」
てっきり駄目だったら殺されるのかと思ったが、そうではないらしい。
ただ、そうか。
これは俺にとってもう1つの探索者選抜試験なのだろう。
そして多分、こっちが本番だ。
馬車が動きを止めた。
アンジェリカ嬢お付きの老執事が扉を開け、彼女がそちらへと手を差し出した。
「さあ、私はここで待ってるから、頑張ってきなさい」
馬車を降り、目の前に見えた屋敷へと歩き出す。
迷宮に潜るための、第二試験の始まりである。




