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第117話 集結




 そうして、各々が数十日の時をかけて『大海の染獣』討伐準備は完了した。

『赤鎚』を中心に装備作成に、カスバルによる『大海の染獣』捜索。

 その情報を元にアンジェリカ主導の作戦立案が行われ、そして――。


「――良く戻ったわね。久しぶりの()()はどうだった? ゼナウ」


 潮騒の音が響く夜の港。

 静かに停泊した船から降りてきた2人に、アンジェリカが問いかける。

 強く吹く潮風に髪をたなびかせていたその男は、様々な感情を含んだ笑みを浮かべた。


「最高だったよ」

「……そう。それはなにより」


 語気も強いその言葉に、嘘はなさそうだ。

 およそ6日程度の()()。潜ったのは監獄島の迷宮最深にあたる16層と聞いている。

 これから35層に潜る予定の探索者としては物足りないかと危惧していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。


 ほんの少し前まで単独で6層辺りを必死に潜っていたというのに。あの時と同様に監獄島から船でやってきた彼は、気付けば35層に挑む探索者にまで成長した。


 ――よくぞ、ここまで……。


 アンジェリカの狙い通りではあるけれど、まさかここまで化けるとは。

 溢れ出る笑みを隠すことなく近づいていって……ふと、首を傾げた。

 

「あなた、少し大きくなった?」

「ん? ……探索してたの、たった6日だぞ。大して変わんねえだろ」

「……そうよね。気のせいかしら」


 多分、昔を思い出していたからだろう。

 あの時からは確実に身長も身体の分厚さも変わっているから。


 そんな彼の背後から白銀の髪の少女――カトルが顔を出した。

 彼女はご機嫌な様子でこちらに手を振っている。

 やはり、彼らの探索は問題なく進んだようだ。


「カトルもお疲れ様。どうだった? 初めてのあちらは」

「こっちとは全然違くて驚いたよ。でも、おかげでゼナウも私も強くなったよ」


 むん、と腕に力を込めてカトルが言った。

 全然力こぶはできていない細腕だけれど……嬉しそうだからいいのだろうと、アンジェリカは笑みを浮かべる。


「あら、それは楽しみね。……さあ、行きましょうか。疲れたでしょう?」


 既に馬車は待機させてある。この場の後始末は、使用人たちにお任せだ。

 彼らの背後で下ろされている積み荷は殆どが空荷。一部、先に送ってきたものとは別で有用そうな染獣素材があるというから、『赤鎚』たち開発陣にはもうしばらく頑張って貰うことになる。


 その荷運びの合間に紛れ、3人の男が下りてきた。

 やけに巨大な荷を別途持ち運ぶ彼らは、ゼナウ達について監獄島へ行っていた迷書殿の学徒たち。

 彼らもまた迎えに来た仲間たちに荷を預けながらの帰り支度。

 その頭目であるシュクガル老が、こちらへと気付いて近づいてきた。


「では儂らは帰るよ」

「ああ、ありがとうな。おかげで色々と勉強になった」

「なんの。こっちの方がよい経験をさせてもらったわい」


 シュクガル老のその言葉に、タハムが感極まったように何度も頷きを繰り返している。


「ええ、本当に。アンジェリカ様、お二人とも。素晴らしい機会をいただきありがとうございました。これは迷宮研究にとって、きっとよい糧となるでしょう」

「ふふっ、そう言っていただけると、手配した甲斐がありました」


 タハムとアンジェリカが、互いに満面の笑みを浮かべて頷きあう。

 ただお礼を言いあっているだけなのに、何故か胡散臭くなる2人であった。


「この借りはいずれ。では、またの」


 挨拶も早々に、迷書殿の人々は物凄い早さで帰っていった。


「……随分と、急いでるのね」

「それだけあそこの経験が良かったってことらしい。早く帰って色々と調べたいんだと。帰りの船の上で染獣素材の実験とか始めて怒られてたし」

「それは……勘弁してほしいのだけれど、そう。体よく逃げられたのね。全く……」


 食えない老人たちだ。

 万が一他の船とすれ違って見られれば大変なことになるというのに。

 まあ、使用人が最悪の事態は防いだようだから構わないと、アンジェリカは息を吐き出した。

 後は使用人たちに任せ、今度こそ馬車へと戻っていく。


 最低限の明かりだけが灯る港を進みながら、ゼナウが口を開いた。


「それで、他の連中はどうなったんだ?」

「安心なさい。全部上手くいってるわ」


 珍しく自信満々なアンジェリカの声色に、ゼナウとカトルは顔を見合わせる。

 彼らが最後に聞いた報告は、船に乗ってきた使用人たちのもの。つまり、10日も前の情報だ。

 その時点では、まだ『大海の染獣』の発見の報はなかったが――。


「ってことは、見つけたのか?」


 ゼナウの問いにアンジェリカは頷く――ことはなく、曖昧に首を傾げた。


「見つけたというか、見つけていないというか……そこに関しては、ゼナウ、あなたの力を借りたいのよね」

「ん? ……どういうことだ?」

「それがね――」


 報告を聞きながら、馬車は暗い都市の中を駆けていく。

 その道の先にあるのは……王城。


「……あれ?」


 どうやらとんでもないところに向かっていると気づいたカトルが震えている横で、ゼナウ達は熱心に話を進めているのであった。

 


***

 


 まさかの王宮での宿泊をして、ジンたちと久しぶりの再会を済ませ、翌日。

 早速アンジェリカ嬢の号令の下、俺たち『大海の染獣』討伐班は一堂に会した。


 場所は迷宮区画内部に新設された蒼角騎士団――ルトフを団長に置く騎士団の拠点。

 その地下に建造された、魔法訓練用の防護・防音が施された区画に全員が集った。


「――こうして全員が揃うのは初めてだね。改めて、この場を預かるルトフだ。よろしく頼む」


 頭部以外は装備を固めた状態の彼は良く響く声でそう告げ、直ぐに肩を竦めた。


「といっても、僕は名目だけの纏め役。この場は彼女に預けよう。……アンジェリカ様」

「皆、良く集まってくれたわね」


 王城――第二王妃によって美しく着飾ったアンジェリカ嬢が、礼をする。

 といっても、ここにいるほとんどは彼女も、その目的も承知済み。

 故にアンジェリカ嬢自身も『細かい話は不要ね』と笑みを浮かべて話を続ける。

 

「これから最終準備を済ませて、我々は35層に挑む。目的は『大海の染獣』、その討伐よ」


 それに加えて、口にはできないが()()()数名の討伐も含まれる。

 俺たちの目的はその2つ。どちらも失敗は許されない。


「我らが案内人、カスバルとその仲間によって既に『大海の染獣』の居場所は分かっている。我ら討伐隊はそこへと向かい、かの染獣の核を確保する。この国を救うため、皆の助力を要請するわ。どうか、あなたたちの力を私に貸して欲しい」


 真摯に礼をするアンジェリカ嬢に、居合わせた多くの者たちが力強く頷いた。

 それぞれの目的はどうあれ、この国を救うことに異論はない。


「ありがとう。では、作戦を順に説明していくわね。まずは――」


 そうして全員に改めて共有されていく作戦を聞きながら、俺の視線はカスバルの横に立つ少女へと向けられた。

 アンジェリカ嬢に負けず劣らずの豪奢な服に身を包んだ彼女は、王族の少女ニスリン――以前俺とカトルに『水陽の国』を教えてくれた傭兵探索者のセリィであった。


 ……王族だったんかい、お前。


 俺の視線に気づいた彼女が、一瞬パッと表情を明るめ、直ぐに気まずそうに目礼だけをして視線を逸らした。

 王族だと黙っていた後ろめたさや、俺と第三王子たちとの関係に対する想いもあるだろう。


 その想いが爆発した結果、彼女は王族でありながら単身35層へと潜り、偶然助けられたカスバルとともに『大海の染獣』の居場所を発見したそうだ。とんでもないことをしでかし……ではなく、成し遂げたものである。


 1人で35層に潜る王族(セリィ)もだが、それを何も気にせずこき使ったというカスバルもまた、とんでもない人間である。


 そんな彼女(セリィ)は今回の討伐隊にも緊急参加が決まったそうだ。

 どうも目的地にたどり着くには彼女の協力が必須なのだとか。

 カスバルにクルルにセリィにナスル。この3人と1匹の奇妙な組み合わせが、俺たちの道先案内人となる。


 ちなみにナスル自体は現在ここの牢に幽閉中の様だ。

 散々だな、あいつ……。


「――以上よ。質問は?」

「結局、その居場所とやらに関しての情報がないようですけれど」


 そう発言したのはカイ。

 無事にナスルの存在がバレて散々に絞られたと聞いているが、ああして堂々としている辺り特に効果は出ていなさそうである。

 アンジェリカ嬢もほんの一瞬顔をしかめ、直ぐに表情を戻して頷いた。


「そこに関しては、まだ分かっていないというのが正直なところ。彼らは辿り着いた先の探索はまだできていないのよ。時間も短く、人員も不足していたから」

「探索? ……ということはそれなりに広さがある?」

「ええ。持ってきて」


 手を叩いて呼んだ使用人たちが持ってきた移動式の掲示板には、分厚い紙に描かれた大きなラフスケッチが貼られている。


「これは?」

「先遣隊のニス――セリィが記憶をもとに起こしたものよ。これが、『入口』から見た、目的地の景色」

「ほほう」

「これは……岩の塔?」


 それは、奇妙な石の構造物であった。

 例えば太く短い塔があったとして、その壁の一部や天井やらを取っ払ったような。

 薄い――それでも数十mはありそうな石の円盤を柱や壁で重ねて、中心部をくり貫いたような……そんな奇怪な構造物。


「見たことがない形状ですね。自然発生したものには到底思えませんが……」

「大きさとしては砦の規模……いや、それ以上か?」


 近づいて眺める騎士団組のクリムとワーキルが相談を始めるも、色もついていないスケッチだけでは詳細は分からない。


「おい、カスバルさん。あんたたちが見たんだろ。もう少し詳しく頼む」

「……お前、任せた」

「え? アタシ? ……自分でやんなよ……まあいいや」

「……っ!? これは、ニスリン様」

「畏まらないで。ここでは新米だし、セリィでお願い。それで、何?」


 セリィが近づいて代わりに説明をしていく。

 それを聞きながら、昨日アンジェリカ嬢から聞いていたことを思い出す。


『この奇妙な構造物――この中のどこかにアレはいる。まずはその捜索からね』


 ……というわけで、より正確には『大海の染獣』はまだ見つけられていない。

 ほぼ間違いなくここにいるのだろうが、細かな場所が分からない。そもそも中に入ってすらいないからな。

 

 俺の力が必要になると言っていたのは、こういうことなのだろう。

 シュクガル爺さんに教わったこともきっと役に立つ。皆で協力して見つけてやろうじゃないか。

 1人頷いていると、『赤鎚』のウルファがいつも通りのにんまり笑顔で近づいてきた。

 

「よお、ゼナウ。久しぶりだな。別の迷宮に行ってたって聞いてたが、元気そうじゃねえか」

「まあな。あんたらは装備の作成だろ? 素材は役に立ったか?」

「おうよ。昨日来た鰐の革はこれからだが、それ以外のやつは使わせてもらった。まさか他のく……おっと、いけねえ。新しい素材を触れるってのはありがたい限りだよ。おかげで今回も準備バッチリだぜ……って言いたいところだが」


 ルトフたちも合流し、賑やかになっている掲示板前を見る。


「未確定情報があるからな、完璧とはいえねえな」

「……それは確かに」


 結局、『大海の染獣』の姿形すら分からないまま。

 それで戦う準備をしろというのは無理がある。


「それでもできる限りのことはしたぜ。相手は海だろ? 水対策は特に念入りにやった」

「流石、心強いな。ただ……そうか、知らない染獣が相手、か」

「あん?」


 初めて戦う染獣とどう戦うか。

 俺とカトルはまさにその練習を監獄島でしてきたばかり。

 16層と35層はまるで違うが、あの考え方と培った経験は必ず糧になる。

 改めて行ってよかったと、そう思いながら首を傾げるウルファに笑みを浮かべた。


「何でもない。あんたらも同行するんだろ?」

「おうよ。一応道中でも色々と装備を作れるようにするつもりだぜ。駱駝君も2体に増やしたからな」

「増えんのかよあれ……狙われないか?」

 

 染獣からしたらいい的な気がするんだがな。


「そこはしっかり改良済みよ! 安心しろって」

「ならいいんだが……ん?」


 ふと視線を感じ、そちらに目を向けるとカスバルが手招きしていた。

 なんだ?


「悪い、また後で」

「おう! 新装備の紹介があるからな。終わったら来いよー」


 そのままウルファと別れて、カスバルの下へと向かう。

 砂漠のお試し探索以来の再会となった彼は、服も髪もすっかりと清潔になっていた。こいつが自らそんなことはしないだろうから、多分セリィの仕込みだろう。

 身綺麗にすると、野蛮さを感じる色男である。

 クルルは地下の騎獣舎に預けているようで、今日は1人らしい。


「あの場所、あんたが見つけてくれたんだろ。ありがとうな」

「俺の手柄じゃない。あいつが思いついたんだ」

「セリィが? そうなのか」

「ああ。俺だけじゃたどり着けなかっただろう。賢い女だ。まだ浅層の探索者だろ? それにしては度胸も根性もある」

「……それはそうだな」


 単身で35層に飛び込んだんだ。並大抵の根性じゃない。

 しかし、そうか。彼女の手柄なのか。


「だからセリィも同行するんだな」

「いや、それはまた別の理由なんだが……それよりも、ヤクルについてだ」


 ヤクル……もう1匹の相棒か。

 まさか見つけたのかと問えば、首を横に振った。


「まだだ。だがヤクルは、もしかしたらあそこにいるのかもしれない」

「あの岩の塔にか」


 偶然迷い込んでしまったか何かで何年もの間、その相棒はあの場所にいたと。

 確かに砂漠をいくら探してもいないなら、もう残っているのはあそこくらいしかないか。


「だから、探索の間でいい。気を配っておいてくれないか」

「わかった。気を付けておくよ」

「助かる。……例の侵入者についてももう聞いたか?」


 それにも頷きを返す。

 セリィが見たという侵入者。結局彼らが戻る道中も現れなかったと聞いている。


「俺たちは昇降機の周辺を徹底的に調べていったから、そいつらは35層にいなかったと断言できる」

「そうか……31層から潜ってたってことなのかどうか……」


 あの後、支部の捜索が徹底的に行われ、戻ったセリィの証言によって奴らが作成した抜け穴が発見された。

 どうもそれは死霊魔術によって作られたらしく、元ある壁を破壊し、代わりに骨によって埋められていた。

 外観は完璧に偽装され、恐らく特定の呪文によって開かれるようになっていたのだろう。

 その先は通路で、昇降機のある区画に通じていたそうだ。


 恐らくは以前、死霊魔術士(ユニス)が潜入した際に作成したのだろう。

 今後を見越しての仕込み、もしくは俺たちの殺害に成功していた場合の逃走経路か。

 どちらにせよそれを利用して、奴らは潜入したようだ。

 だがもうその道は塞いだ。奴らに逃げ道はない。……文字通り最後の戦いになる。

 気合を入れねばな。


「まあ、お前らの戦いに関しては知らん。邪魔が入らなければそれでいい。ともかくヤクルについて頼んだ」

「ああ。……あんたは、あの構造物をどう見る」

「……そうだな」


 既に何かしら考えていたのだろう。

 黙ったのは一瞬。直ぐに再び口を開いた。


「見たのはわずかな時間だが、多くの染獣がいたように感じた。あれは、一種の繁殖地だな」

「……巣か」


 10層の王鎧猿(ガイエン)の巣や、『踏み鳴らし』の背を思い出す。

 単純に主と戦えばいいという訳ではなさそうだ。

 そのために揃えた戦力。……激しい戦いになりそうだ。


「――さあ、情報交換はそこまで。準備を進めるわよ」


 最後の戦いは、間もなく。

 集まった討伐隊は、同じ目的のために動き出すのであった。


 

***

 


 その頃。遥か迷宮の深く――3()0()()


「――頭目」

「……クムトか」


 白煙舞う岩場の上。

 倒れ伏す白い巨躯の前に立っていた黒剣の男が振り返った。

 その姿には1つの傷も負ってはいない。


「主をお一人で? 相変わらず冗談じみている」

「お前が言うか。……しかし、ここの竜はそれなりに強いな。珍しく喜んでいるのを感じる」


 剣を眺めて呟く男に、クムトと呼ばれた方が心の中で嘆息をする。

 確かここの主は白竜(イィヤ)という名の巨竜。この竜の巣の覇者であり、数多の魔法を放つ怪物と聞いていたが……相手にすらならなかった様だ。

 必要な事とはいえ、作業のように染獣を屠っていく様は末恐ろしいとクムトは震える。

 だがそれは表に出さず、執事のように礼をしてから要件を告げる。


「それはいいことで。……上から連絡がありました」


 その一言でピタリと動きを止めて、男が振り返った。


「いつだ?」

「5日後。35層」

「……そうか。丁度いい。のんびり向かうとしよう」


 そう告げて、背後にできた大穴へと男は消えていった。

 クムトの他、後ろにいた男たちも合わせて飛び込んでいく。

 全ては35層へ。

 最後へと集結しつつあった。

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