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第110話 監獄島の迷宮第16層/溶石洞④




 タハムが告げた迷宮の仮説。

 迷宮は『特定の場所・時代が滅んだ瞬間を保存したもの』だという。

 ……なんだそりゃ。どういうことだ?


 揃って首を傾げる俺らに少しだけ口角をあげながら、それでも真剣な表情で彼は続ける。


「ほら、迷宮は階層ごとに様々な姿を見せるでしょう? それは国ごと、迷宮ごとに大きく変わる。同じ16層でも、ワハルとこの島とでは全く様相が違う筈です」


 ワハルの迷宮の16層は……渓谷地帯だったな。

 そしてここは巨大な洞窟。

 多分他の迷宮ではまた違う姿を見せるのだろう。


「共通しているのは、『階層の環境は固定されている』ということ。天気も不変で、いくら壊しても一定期間で元の姿に戻ってしまう。そして生態系も固定されています。つまり、とある場所のとある瞬間を切り取っている……そう考えたら自然でしょう?」


 どうやったかは全く分からないですけれどね、とタハムが笑みを浮かべる。


「そして不思議な共通点はもう1つ。全ての階層には『染獣』と一括りにできる怪物が生息し、その環境は非常に過酷です。我々人間が安住なんてとてもじゃないができません。実際、迷宮に人間――地底人とでもいうべき存在は確認されておりません」

「……確かに」


 第三王子の造った迷宮都市なんてのは特例中の特例。

 俺らが通ってきたどの階層も、安心して暮らすなんて不可能な場所だった。


「一方、我らが住む地上には染獣のような存在はいない。地上にだけ我々人間がいて、迷宮にだけ染獣がいるわけです。確かに分かりやすい区分けでしょうが……ならば、その違いはどうして生まれたと思います?」

「……? えっと、地下に何かがあるってことですか?」


 カトルが恐る恐る手を挙げて発言する。

 ここは迷宮の中なんだが……なにやら講義が始まっている。


「ふむ。地下深くには『染獣を染獣たらしめる何かがある』ということですね。ならば、それは地上には届かない?」

「そう、なんじゃないかなあって」


 試すようなタハムの目線に怯えながら呟くカトル。

 それに対して、タハムが思わず相貌を崩した。


「ふふ、失礼。嫌な聞き方でしたね。それも1つの考えでしょう。ただ、我々は別の可能性に思い至りました」

「それが、滅んだ場所を保存してる……でしたっけ?」

「ええ、そうです」


 俺の言葉に頷きを返すと、タハムは足元の蝙蝠を指さした。


「例えばこの蝙蝠。この染獣は耐熱性を有していなかった。いくら風で防げるといってもこの環境で暮らすには不向きでしょう? 先ほどの土竜もそう。冷たい岩の中ならいいが、もし高温環境に入ってしまったらすぐに死んでしまう」


 まだ3体しか見えていないが、明らかに高温環境に馴染んでいるのは川べりにいた蛙くらい。半数以上が適応できていない環境……そう言われれば、確かに違和感はある。


「つまり、この階層は()()()()()()()()ということです」


 何やら格言みたいな言葉が飛び出した。

 染獣が先。ということはつまり……。


「元々この洞窟にはあんな溶けた岩なんてなくて、後から環境変化で現れた……ってことであってます?」

「そう! それならば蝙蝠も土竜も耐熱性を持っていないことに説明がつく」

「……なるほど」

「染獣の身体を調べるだけでそこまでわかるんですね。不思議……」

「まあ、あくまで仮説にすぎませんけれどね」


 染獣から迷宮を読み解く。

 彼らが日々やっているのは、こういうことなのか。

 

「……? でも、ちょっと待ってください。火の川が後から現れたっていうのは、矛盾してませんか? だって、迷宮っていうのは環境が変わらないものでしょ?」


 20層の『踏み鳴らし』が道中にある鉱石を食べて回っても、しばらく時間が経てば元に戻る。だからアレはあの環状の通路を歩き続けているんだ。

 迷宮の構造が後から変化するなんて聞いたことがない。


「……ゼナウさん。あなたは素晴らしい!」

「わっ!?」


 俺の問いにくわっと目を見開いたタハムさんが、叫ぶようにそう言った。


「あなたの言う通り、迷宮は不変です。天候も時間も変わらず、壊しても一定期間で元の姿に戻ってしまう。それがどうやって後から変化するのか? その答えこそが、私たちがこの仮説に至った理由なのですよ!」


 彼が言った仮説。

 その中から答えになりそうなものは――。


『――我々は、迷宮の階層は特定の場所・時代が滅んだ後の姿を保存したものではないかと、そう考えているのですよ』


「……滅んだ瞬間?」

「そう! そこです! つまり、この階層は恐らく大噴火――あるいはそれに近い形であの溶けた岩が至る所から現れ、その急激な環境変化によって滅んだのではないかと思うのですよ!」


 高らかに叫ぶようにタハムはそう言った。

 その声量に、俺もカトルも身体が思わず浮き上がる。

 熱入りすぎだろ……慌てて周囲を見渡すが、近づいてくる染獣の気配はなさそうだった。

 今は姿隠しもしていない。気をつけなければ……。


「いきなり叫ばないでください……!」

「……失礼。つい興奮してしまいました」

「お主の悪い癖じゃな。まあともかく、儂らが言いたいことは1つじゃ。迷宮の各階層は、世界が滅んだ後の姿を見せているのだろう――と、そういうことじゃ」


 シュクガル老が後を引き取って話を締めた。

 これが迷書殿の連中が考える迷宮の真実ってやつか。

 確かに彼らの言うことにも一理ある……気がする。


 つまり彼らが言うには、階層が創られそこに染獣が配置されたのではなく、滅んだ階層にたまたま生き残った生物が染獣として保存された……ってことか?

 この階層にいる蝙蝠と土竜は、たまたま溶けた岩の熱を防ぐ術を持っていた連中で、あの蛙なんかは環境変化に適応したか、元々熱に強かった生物だった、と。


 なにやら難しい話だが……多分そういうことだろう。

 もしかしたら、いつか俺たちのいる地上にも昇降機が現れるのかもしれない。

 それに備えるために、彼らは迷宮の調査を続けているのだろうか。

 人類が生き残った痕跡を探すために。

 

 ……ん? 結局、俺たちは何の話をしていたんだったっけ?


「その話は何となく分かったが、結局どういうことだ? それがこの階層の探索になにか関係があるのか?」


 俺の問いに、シュクガル老が深く頷いて見せた。


「大いにある。これから儂らは17層へ繋がる大穴を探すわけじゃが、迷宮において次の階層に向かう大穴は、その『滅びの原因』の先にある……と、儂らは考えておる」

「原因……今回は溶けた岩の出現か」

「うむ。噴火だとしたら火口だろう。川のように流れておるからその上流へ向かえばいい。分かりやすいじゃろ?」


 とっても分かりやすい。はー、なるほど。だから上流を目指すのか……。

 思わず感心の溜息が漏れてしまった。

 分かりやすさも勿論だが、何よりそんな壮大なことを染獣と階層の観察だけで思いついた迷書殿の連中の発想力に驚いた。


「……あんたらは、階層に入った瞬間からそんなことを考えてたのか」


 その言葉には、2人して満面の笑みが返ってきた。

 迷宮の階層がどのようにできたか、なんて考えた事もなかった。

 だがそれは、確かにとんでもない魅力を持った仮説だ。だって聞いただけの俺でも、震えて肌が粟立っている。

 横のカトルなんてまあ嬉しそうに目をキラキラと輝かせている。


「迷宮の調査……面白いじゃろ?」

「はい、とっても!」


 いい返事で頷く彼女は、すっかり迷宮調査の虜になったようだ。

 ……これ、『大海の染獣』討伐したら迷書殿に行くとか言わないよな?

『水陽の国』のこと、忘れてないことを祈ろう……。


 まあそれはともかく。

 すっかり話し込んでしまったが、ここはまだ迷宮の内部。

 足元の奥側に蠢く光――恐らくあの土竜が見えたから、話はここまでだ。


「そろそろ出発しよう。まずは川の近くまで行って、どうなっているかを調べよう。今日はお試しのつもりだから、あともう少しだけ進んで、その後は戻って情報を整理する。本格的な探索は明日からだ」

「うん。安全地帯が見つかると良いんだけど……土竜がいるから難しいかな」

「そうだな……。いざという時は俺の目で調べながら休憩だな。爺さんたちもそれでいいな?」

「うむ。頼んだぞ」


 先ほど倒した蝙蝠の解体は、話しながら俺とカトルで進めていた。

 カトルが仕留めた方から牙を。俺が仕留めた方から翼膜を剥ぎ取って、先を進む。

 洞窟の奥を抜けると、道は一気に広がった。

 

 どうやら大きな山の中腹部分だったようで、そのまま裾野を下っても、逆に登ってしまってもいい。

 山といっても木々の類はない、暗灰色の岩山なので視界は開けている。

 火の川は……変わらず北北東。裾野を降りて地上を辿ることになりそうだ。


「てことは次は蛙討伐だな」


 これで見えている染獣とは全部戦えることになる。

 情報収集には丁度いいだろう。


「どんな染獣なんだろう……舌とか伸びるのかな。気をつけないと、だね」

「だな。あの火の川の側を通ることになるし……とにかく互いの位置だけは気を配っておこう」

「うん!」


 ゆっくり息を整えてから、再び岩の巨大洞穴を歩き出す。

 ここから先がこの階層の本番。

 気を付けて進んでいくとしよう。



***



 一方、ワハルの探索者協会。

 その探索者用の受付広場には、いつもとは違った賑わいがあった。


「……なんか、物々しいよな、最近」

「そうですね。例の声明の影響でしょうね」


 今日も今日とて第6層に挑んでいたウィックたち新人一行は、周囲を見ながらひそひそと会話を続ける。

 その原因は、広場に常駐する様になった騎士たちであろう。


 第一王子が発した声明によって新設された蒼角騎士団の面々が広場に待機し、探索者たちをそれとなく監視している。

 その目的は、第31層から35層までの砂漠地帯での探索を禁止するため。


 十数日後に行われる『大海の染獣』討伐に向けて、討伐隊以外の探索者が潜らないようにしているのだという。

 広場にいる他、受付内部にも数名常駐している。受付の方は内勤の人たちだろうが。

 

「徹底してるよなー。そこまでするかね?」

「『大海の染獣』とはそれくらい価値のある染獣……ということなのでしょうね」


 首を傾げるウィックに、イランが呟く。

 今日は全員大きな怪我もなくウィックとイランで素材を運んでいる。


「クトゥ、あんたも体力ついてきたじゃない?」

「き、今日は頑張れました……!!」

「6層も必要素材が集まりそうだし、このまま行けそうだな! ……なあ、セリ……?」


 もう1人の仲間に声をかけようとして、ウィックの声が止まる。

 一緒に歩いていた筈の彼女は、少し後ろで立ち止まっていた。

 その視線は、騎士たちに向けられている。


「おい、セリィ?」

「わっ!? ウィック、どうしたの?」

 

 それはこちらの台詞……というのは呑み込んで、ウィックはセリィを観察する。

 わっと驚いた表情はいつものものに見えるが、その目に余裕がないのは直ぐに分かった。

 というよりも、前回からずっとそう。

 そう、あれは例の声明が発表されてから――。


「じゃあ、私はこれで! またね!」

「あっ、おい! ……今日もありがとうなー!」


 後ろ手に振り返して、彼女の姿はそのまま消えていった。

 首を傾げていると、横にクトゥがやってきた。


「最近おかしいと言えば、セリィもですよね……何かあったんでしょうか」

「あったんだろうな。話してくれてもいいのになあ」

「馬っ鹿! そう簡単に話せないものがあんのよ。絶対に聞きだすんじゃないわよ、いい?」


 アイリスに肩を強く叩かれる。

 普段は口が悪い彼女であるが、何故だかセリィに対しては優しいというか、過保護気味な節がある。

 最前線で戦う2人だからこそ通じる何かがあったのかもしれない。


「分かってるよ。でも、話してくれたら嬉しいよな」

「……それはそう。なんだかんだ、セリィとも長いからね」


 傭兵とはいえ、もうすっかり仲間になったと思っている。

 それは皆共通している筈だ。自惚れじゃなければ、セリィ自身も。


「いつか、話してくれるといいですね」

「……ああ」


 とはいえ今は何もできない。

 仕方なくいつも通り素材の納品へと向かうのであった。



***



「ふう……危ない危ない。流石に怪しまれたかなあ……」


 ウィックたちと別れ、1人抜け出したセリィは広場の奥側、人のいない場所を見つけて姿を隠した。

 最近は気が急いて、無理やり別れることが増えてしまっている。

 流石におかしな行動をしてしまっている自覚はセリィにもあった。

 

「ついてきてたりはしないよね……ううん、そんな人たちじゃないか」


 良い人たちだ。だからこそ、こうして嘘をついているのが心苦しい。


 ――それでも、やらなきゃいけない。


 セリィはゆっくりと深呼吸をしてから、気配を断った。

 探索者からも染獣からも認識をされずに動くことができる……それがセリィの得意技であった。


 この技術があるからこそ傭兵として単独での活動できていたのだが、それ故にウィックたちと組み始めた頃は苦労した。

 彼らには盾役がおらず、必然的に自分が疑似盾役を担わなければならなかった。

 その際にこの技術は邪魔でしかなく、純粋な剣技のみで戦う必要があった。


 ――最初は苦労したなあ。


 ウィックが成長して盾役になってくれた今は存分に使っている。

 一瞬だけ発動して、染獣の警戒を外して死角から攻撃――なんて芸当もできるようになった。

 皆との探索はとても楽しい。

 実力も着実につけられている。

 ……でも、それでは間に合わなくなってしまった。


 つい先日発表された声明。そこには『第三王子の行方不明』とあった。


 少し前から王宮の様子がおかしいことは分かっていた。特に母のそれは、狂気を感じる程で。それが爆発したのが、声明のでる2日前。

 夜中に母の半狂乱の叫び声が聞こえ、慌てて飛び出そうとしたら使用人たちに止められた。


 その夜以降母の姿は王宮から消え、どこへ行ったのかセリィ自身も知らされていない。

 使用人たちは口を閉ざし、警護の騎士も表情に暗いものが混じっていた。

 王は病床に伏し会うことは許されないし、第一王子は王宮に不在。他の王の子たちも状況は全く同じだろう。


 そして直後の声明だ。

 何かが起き、第三王子――()()は行方不明になったらしい。

 母はそれを事前に知り、狂ってしまったのだろう。彼女は兄様を溺愛していたから。


 だがセリィにはその『何か』が分からなかった。

 声明では染獣が原因とあったが、そんな筈はない。兄はそんな弱い人ではなかった。

 必ず別の理由がある。それも、王族の自分にすら秘匿しなければいけない理由が。


 ――お兄様、本当に死んでしまったの……?


 それで支部の人間たちの話を盗み聞きしてみたのだけれど、決定的な情報は得られていない。

 だが今回の騎士団の常駐が、疑いに拍車をかける。

 ただの監視で騎士団が派遣される筈がない。きっと、別の目的がある。


 そう思い、今日もこうして支部の奥へと入り込んでいるのだが……。


 ――駄目。やっぱり何も話していない。


 徹底されているのか、騎士たちは何も口に出さない。

 日常的な雑談をしている程度。ただ目だけが普通じゃない。

 怪しい。怪しいが……それでは何も分からない。


「むう……」


 会話が駄目なら、書類か何か見つけられないだろうか。

 そう思い、支部の奥へと進んでいたのだけれど。


「……?」


 人の気配の途絶えた通路で、声が聞こえてきた。


「――この辺りですか」

「ああ。……これだ。ただの気狂いかと思ったが、あの死霊魔術師も存外役に立つ」


 ちらと覗けば、人影が3つ。

 何故か通路の途中に立ち止まって壁の一角を見つめていた。

 一体何を……?


 そう怪しんだ、その直後。

 先頭の外套を被った人物が壁に触れると、からからと音が鳴って()()()()()


「……!?」

「開いた。行くぞ」


 そのまま3つの影は壁の奥に消えていき、通路には静寂が戻った。

 しばらく待って何も起きないのを確認して、慌てて彼らがいた場所へと向かうが。


 ――壁があるだけ……。え、じゃあ、さっきのは?


 触れると冷たい石の感触。

 他の通路と何も変わらないように見えるが……今のは夢ではないだろう。

 何者かが何かの力を使って通路の奥へと消えていった。


 明らかにこの施設の人間ではない。つまり、侵入者だ。

 騎士たちは彼らを探していた……?

 

 ――つまり、あの声明の関係者。……お兄様のことも、何か知ってるかも……!!


 後を着けたいが、自分にこの壁は通れそうにない。

 ああ、もどかしい! せめてこの先に何があるかが分かれば……。


「……あ」


 咄嗟に振り返って、通路をひき返す。

 壁の案内図を見つけて、構造を把握する。

 あの壁の向こう、進んだ先には……昇降機がある!


「砂漠地帯に向かった……?」


 騎士たちが監視しているのは、その階層に行く人間だ。

 わざわざ未知の手段を使っていくなら、他にはないだろう。


「行っ……ける? アタシが?」


 自分はまだ6層の攻略中。

 31層なんてとてもじゃないが戦えない。

 ただ……兄様が教えてくれたこの隠形の技を駆使すれば、何とか行ける……かもしれない。


 ――お兄様、今行きます……!!



 意を決して、セリィもまた昇降機へと走るのであった。

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