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第107話 監獄島の迷宮第16層/溶石洞①




 監獄島へと到着した翌朝。

 俺たちは装備を整え、かつて過ごした地下施設……ではなく、地上にある建造物へと向かう。

 小さな砦という様相のそれは、所々黒ずみ、端は風化のせいか崩れてそれなりの年季を感じさせる。

 海風でこうなったにしてはこの砦だけがやけに古く、質素な外観もシュンメル家の趣味ではなさそうだが……。


「気になりますか?」

「……タハムさん」


 誰が建てたのだろうかと、ぼおっとその建物を眺めていたらタハムさんが横に並んだ。

 吹き抜ける潮風に揺れる白髪を抑えながら、彼は呟く。

 

「この島の来歴にしてはやけに古びた建物ですね」

「タハムさんもそう思います? 元からあったんですかね」

「そうでしょう。他の建物と比べてもやけに古いですから。港や道中にあった構造物とも違う。つまり、このような孤島にもかつて文明があった……ということですね。興味深い」


 穏やかな声で言う割には、その瞳は爛々と輝いているように見える。

 未知に心が躍っているのが、見ているだけでよくわかる。


「……タハムさんって、いつから迷書殿に?」

「うん? 10年程前ですよ。探索者になったのも同時期です」

「10年……」


 ぱっと聞くとそれなりに歴が長いように感じる。

 ただ、タハムさんは年齢もそれなり。そう考えると……。


「意外でしょう? この老齢にしては短いんですよ、探索者歴」

「いや、それは……」


 なんと答えたものかと考えていると、直ぐに彼の笑い声が聞こえてきた。


「失礼、自虐が多いのは悪い癖ですね。若い世代が育ち始めた今と違って、当時はまだ、それなりの年齢の大人が探索者になることが多かったのですよ。私もその1人というわけです」


 アンジェリカ嬢やクトゥたちがいた学園も、まだ歴史が浅い。

 それ以前は、当然ながら成熟した大人たちが、恐らくは騎士たちが探索者となって迷宮に潜っていたのだろう。


「それまではなにを?」

「私は元々商人でしてね。古書や骨とう品の目利きと買い付けをしていました。シュクガル様には各地で見つけた本を卸していたのですが……」

「こやつがやけに迷宮の話を聞きたがるからの。せっかくならと誘ったのよ。……ほれ、喋ってないで早く来い」


 入口で手招きするシュクガル老に急かされるように砦に入ると、途端に石の床に沈殿した冷たい空気に出迎えられる。

 ワハルや監獄島の地下施設と同様に、出入りを監視する僅かな人員こそ配置されているが、今の俺たちは貸し切り状態。そのまま奥へと進んでいく。


 ほとんど人のいない建物の中を通り抜けて行くと、奥まった部分に地下へと続く階段があった。

 

「この階段だけ新しいですね。昇降機が見つかって切り取りましたか」

「そのようじゃの。ほれ、行くぞ」


 降りていった先には、見慣れた昇降機が現れる。

 舗装された壁面から3割ほどを覗かせる巨大な円柱は俺たちが近づくと入口を開き、出迎えた。


「ワハルの迷宮と違って埋まってるんだね。向こう側には行けないの?」

「反対側には低級の連中の入口があるんだよ。こっちは特選級専用だ」


 そういえば、俺がいた頃は特選級は僅か4名しか在籍していなかったらしい。

 アンジェリカ嬢に鉄塊。

 そして残りの2人は、今もこの迷宮で活動しているのだとか。

 

 ただ俺らの来訪中はこちらには潜らないように手を回しているとのことで、遭遇する心配はない。時間も気にせず安心して潜ることができるというわけである。


 昇降機に乗り込むと、ゆっくりと下降が始まった。


「昇降機の中はこっちも変わらないんだね」

「ん? そういえばそうだな」


 ワハルの迷宮に入った時は考えもしなかったが、言われてみれば大きさも内装も変わっていないように思える。


「おお、確かに! ということはどの大陸も共通しておるということか」

「そうみたいですね」

「調べてみるか。カトル、ゆくぞ」

「え? は、はい」


 壁に駆け寄ったかと思えば、貼り付いて観察を始めた。

 この老人、元気すぎる……。

 何ともいえない表情でその様子を眺めていたら、タハムさんが口を開いた。


「先ほどの続きですが」

「あ、はい」

「シュクガル様に迷書殿に誘われてから、以来すっかり迷宮に夢中です。地上より迷宮にいる時間の方が増えるとは予想もしませんでしたよ」

「人生が変わる出会いだったと」

「そうなります。……ただ、探索者としてはだいぶ遅咲きでしたから、若い方たちと比べて稼働時間がどうしても少ないのが悩みです。迷宮が見つかった頃に出会えていればと、悔やんでなりませんよ」


 微笑みながらもそう告げる彼の言葉には、はっきりと滲む後悔があった。

 初老に達している彼は、迷宮に潜れる時間はカトルたち新世代と比べると確かに短いだろう。

 

「迷宮に潜る時間が足りないなんて、そんなこと言う人は珍しそうですけどね」


 言いそうなのはカスバルくらいか。

 あんなに急いでいるアンジェリカ嬢でも言わないだろう。


「ふふ、そうでしょう。迷宮は危険な場所です。大抵はそう長くない期間で辞めるか、いなくなっていく。ああ、その捨てる時間をもらえたらいいんですけれどねえ」


 切実だが、凄い怖いことを言っている気がする……。

 この人、見た目と第一印象は迷書殿の唯一の良心だが、実際はシュクガル老に並ぶ歴史狂……いや、迷宮狂だよな。


 船にいた時も海図から現在地を割り出そうとして地図を没収され、取り返そうとしては追い返されていた。

 その後は諦めて、何やら読みながら釣りをし始めた。その目的は魚ではなく漂流物……要は海を漂うゴミだったらしい。

 そこはあの姿隠しを使えよと思うが、それを使う程本気ではないということなのだろう。

 ただ、変な人だよなあ……。


 しみじみと溜息を吐いているタハムさんを変な顔で見ていたら、壁の探索を終えたらしいシュクガル老たちが戻ってきた。


 やはり何もなかったらしく、つまらんと一言呟いてそれきり。

 そのまましばし沈黙が流れたのだが。


「……あっ! そうだ!」


 カトルが手を叩いて声をあげた。

 こちらをばっと振り返って何故か自信ありげに頷いて、そのまま視線はシュクガル老へと流れる。

 ……なんだ?


「シュクガル様って、『大海の染獣』について御存知だったんですか?」

「ふむ? なんのことじゃ?」


 そうして、カトルがカスバルから聞いた海の仮説を話した。

 最初は訝しげに聞いていた2人も、最後は食い入るように聞き入っていた。


「――というわけでして」

「ほほう。あの砂漠が元は海で、染獣たちの移動先に海――『大海の染獣』がおると」


 頷きを返すと、感心したように息を吐き出した。


「なるほど……長い間同じ階層を見つめ続けた者ならではの着眼点じゃの。面白い」

「それで? 知ってたのか?」

「無論、知らん! 知っておったらルシド王子にお伝えしておったわ」

「……それもそうか」


 そもそも『大海の染獣』という存在も、本に載っていた一節だけの情報だったという。

 王子はそれを信じ、探し――見つけたのだ。

 その時点で、確かにこの老人は知らないか。

 

「爺さんはその本の作者は知らないのか?」

「知らんよ。あの本は迷宮初期の代物じゃ。当時の儂はまだ若造。自分のことで精一杯でそんな余裕はなかったわい」

「そうですか……正しいかわかったら良かったんですけど」

「ほほ。もしかしたらその作者は『大海の染獣』まで辿り着いたのかもしれんの。ただ、書き残さなかった。故に謎は謎のままじゃ。ただ――」


 ニッと笑って、シュクガル老は告げる。


「ならばお前らが調べ、見つけ、残せばよい。迷宮の未知を調べ、解き明かす。それは最上の喜びじゃぞ?」


 昇降機が止まり、扉が開いた。

 四角く切り取られた視界の先には、真っ赤に照らされた岩の壁面が広がっている。

 ……熱そうだ。


「折角の機会じゃ。共に迷宮調査をするぞ。ついて来い」

「ああ! 未知の階層、心躍りますねえ!」

「……行くか」

「う、うん」


 先に降りたシュクガル老を追って、監獄島の16層へと踏み入れるのだった。



***


 31層の砂漠が刺すような乾いた熱気が広がっていたのに対し、足を踏み入れた監獄島16層は想像とは違った、冷えた空気に満ちていた。


「……暑くない?」

「そのようですね。階層全体が熱いのではなく、局所的に熱されているようですね」


 ほら、とタハムさんが指さした先には、壁面を覆う真っ赤な石が見える。

 高温になると岩すらも溶けると聞くが、あれはその寸前ぐらいだろうか。

 ええと、資料によると……。

 

「時々壁から蒸気が吹き上がるらしい。音で分かるから気をつけろ、とのことだ」

「ふんふん。これだけ広いと、近づかなければ大丈夫そうだね。戦闘の時とかだけ気をつけないと」

「ああ。耐熱用の靴と手袋は用意してくれたから最悪触れても何とかなるが……顔とかはまずいな」


 昇降機の先は、青みがかった暗灰色の岩石が一面に広がる広大な洞窟地帯。

 所々に地面から天井までを繋ぐ石柱が伸びており、壁面や床の一部が、赤熱して輝いている。


 そのせいで明かりをつけずとも光源は十分。

 死角は多いから、そこだけ気をつけなければならない。


「よしお前、任せたぞ。面白そうなものがあったら教えろよ」

「……了解」


 先に降りたくせに少し周囲を調べて何もないと理解したのか、俺らの後ろに収まった。

 本当に、探索の手伝いをするつもりはなさそうだ。

 諦めて眼帯を外し、周囲を見つめる。

 

 見る限り危険もない。進むとしよう。

 洞窟の中を歩き出すと、足音が反響して至る所から聞こえてくる。

 音での索敵は期待できなさそうだ。


「死角が多いから、多分全部は見切れない。爺さんたちも注意してくれ」

「ほいよ」


 爺さんが指を鳴らすと、2人の姿が掻き消えた。

 左目には大きな四角状の物体が見えるから、例の魔法で隠れているのだろう。


「……大丈夫そうだな」

「そうだね……」


 広い岩の広間を進んでいく。

 到着前までにこの階層の資料は頭に入れてある。

 この階層で厄介なのは……。


「出発前に軽く話したが、ここの染獣は耳はそう良くはない。蒸気の音で耳がやられるのかね?」

「むしろ目が良いんだっけ? 洞窟なのに、不思議だねえ」


 まあ、これだけ明るいからな……。

 ともかく音は気にしないで良いから、話は気にせず行える。


「熱源を感知しているのかもしれませんね。そういう生物がいると聞きます。ゼナウさんの左目のように」

「ああ、なるほど……」

「他にも耳以外の器官で感知を行っているようですね」


 思わず普通に返事してしまったが、振り返ってもタハムさんの姿は見えない。

 それ、音は貫通するんだな……。


「音を遮断する方法もありますよ? 今回は使ってませんが」

「そうか……」


 気にしないことにしよう、うん。

 最初の広間に染獣はいないようで、奥の壁面に開いた大穴へとたどり着く。

 途端に、吹き上がる風が通り抜けた。

 冷気の中に包まれるように、塊のような熱気が混じっている。


 どうやら俺らのいた広間は高い位置にあるらしく、岩の坂が下へと続く。

 眼下に広がる光景は――。


「これ、洞窟……?」

「広い意味ではそうなんじゃないか? 多分……」


 巨大な、はるか遠くにようやく壁や天井が見えるくらいの空間の中に、更に見上げる程の山や岩柱が幾つも見える。

 洞窟をとんでもなく広げ、その中に岩山やらを置きました、というのなら確かに洞窟といえる……のかもしれない。


 柱も昇降機かってくらい長大の物もあれば、天井や床に届かずに石筍のようになっている物もある。

 一応洞窟らしく、天井が低くなっているおかげで柱が繋がっている場所もある。

 

「うわ凄い。見て、火の川があるよ」

「あっちでは火が噴いてるな……蒸気どころじゃねえな」


 そしてその間を真っ赤に溶けた岩が川のように流れている。

 壁面がどろどろに溶けた岩塊もあれば、蒸気と混ざって爆発するようにぼこりと赤が飛び跳ねている個所もある。

 冷えた岩場に、溶ける岩。両極端な要素が入り混じった広大な景色が、この階層の本領らしい。


 坂から続く道は、空中を渡る橋のようになっていて、その下には火の川が流れている。

 道幅はそれなりにあるように見えるが……下にあるのでここからじゃ何ともいえない。

 当然の如く染獣には邪魔されるだろう。気をつけなければ。


「さて、どう進むか……ここから大穴が見えたらよかったんだが、流石に無理か」


 この16層は、未だ攻略がされていない。

 つまりは自力で次の階層への出口を探さなければならないわけだ。


「よく考えたら、俺たち未攻略の階層に挑むの、初めてなんだよな」

「確かにそうだね。地図も一部分だけしかないし……」


 白紙の割合の方が多い地図を見ながらカトルが頷く。

 この複雑な、上下の概念がある地形を地図に落とし込むのは面倒そうだ。

 そして何より出口をどうやって探せばいいか……。


 考えていると、背後から再び声がする。


「生態をよく見極めい。染獣たちや、この階層がどうやって生きているか。どのようにこの小さな世界が形成されているか。その先に大穴はあるじゃろう」

「生態を……見極める」

「うむ。それこそ砂漠の男がそうしたように、お主もやってみるとよい。お主の得意分野じゃろう?」


 そこで声は途絶えた。

 助言はここまでらしい。


「まずは降りてみようよ」

「そうだな。染獣を見て、地形を見て……迷宮の探索ってやつをしてみよう」


 そうして坂を下っている途中。

 徐々に増してきた熱気に合わせ、足元が揺れる。

 これは……。


 咄嗟に迷宮に潜って右に広がる岩壁を見る。

 岩の向こう、こちらへと凄まじい速度で突き抜けてくる光があった。


「接敵だ! 下がってろ」

「う、うん!」

「最初はなるべく俺が戦う。危険だと思ったら援護を頼む」


 カトルから離れて、岩壁の前に立つ。

 壁を強く蹴飛ばして合図を送れば、そのままこちらへと進路を変えてきた。

 

 光が飛び出てくる直前に坂を転がって、岩壁から飛び出たものを回避する。

 それは――巨大剣のような黒い爪が並んだ両手。

 その勢いのまま現れたのは、全身を硬い毛で覆った丸っこい巨体。見た目は巨大な土竜。

 鋼鉄を思わせる細く尖った体毛に覆われたその顔に、目はない。

 あるのは異常に発達した鼻と、鋭く尖った乱杭歯が覗く口のみ。 

 その生態は――不明!


 見た目通り爪で攻撃してくるくらいしか情報がない。

 地形もそうだが、染獣の特性と弱点すら不明なのだ。

 全部見てから対処する。訓練にはぴったりな環境だな……!!


『――!!』


 俺へと咆哮を上げる顔のない土竜へと引き抜いた短剣を構える。

 ここではなるべくカトルの力も借りずに、単独で染獣と戦えるようにならなければならない。


 短剣に身体の扱い方。

 そして――この左目の使い方。

 全てを限界まで引き上げて、最後の戦いに挑む。

 そのために、俺は巨大土竜へと突っ込んでいくのであった。

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