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第104話 忍び寄る①




 ゼナウ達が31層のお試し探索を終え、数日。

 彼らが26層での死闘を乗り越えてから、14日が経った時。

 夜に入ったばかりのワハル支部の探索者窓口には賑やかな声が響いていた。


「6層も問題なく探索できたな! セリィが入ってくれて、順調順調。良いこと尽くめだな!」

「ふふーん。もっと褒めてもいいんだよ?」

「お? そうか? よし、セリィ、お前は最高だ!」

「ふふーん!!」

「……なんで探索の後にあんな騒げんのよあの馬鹿2人は……」


 たっぷりの戦利品を運ぶ、土と血で汚れた2人は鎧猪(ガガイ)鎧猿(ガイエン)との死闘を繰り広げたばかり。

 他の面々が疲れ果てている中でも未だ元気満々な彼らに、アイリスも悪態が漏れている。


「ほら、クトゥ。もうすぐ休めますからね」

「うう、すみません……」


 その横でぐったりしているクトゥに肩を貸すイランも、苦笑いを浮かべる。


「ウィックは体力がつきましたよね。元から凄かったですが、5層を超えてからの伸びが凄まじいです」

「僕も、もっと頑張ります……」

「クトゥは既に頑張ってますよ。あなたの魔法がなければここまで来られてませんから」

「そうよ。あいつらがただの体力馬鹿なだけ。まあ頑丈なのは認めるけどね」


 彼らパーティーに不足していた、体力と耐久力のある盾役。

 元はアイリスの機動力と、最近加入したセリィの膂力と剣技で何とかしていたから、ウィックの成長は素直に喜ばしい事である。


 特に今回はアイリスが鎧猿(ガイエン)の不意打ちで一時的に戦闘不能になったため、彼がいなかったら崩壊の危機であった。

 民間上がりで唯一、真の意味で民間人だったウィック。未だ攻撃面では不足が目立つが、それでも持ち前の気合と根性で何とかしている。

 色々と未熟なパーティーの中で、今や精神的にも肉体的にも支柱になりつつある。それを、全員が認めつつあった。


 そのまま素材の受け渡しを終え、着替えのために移動する。


「この調子ならあと数日で6層も突破できそうだな」

「そうだね! 皆が大丈夫なら、どんどん先に進んで行こ?」

「……おう、そうだな」


 笑顔でそう告げるセリィを見て、ウィックはほんの少しだけ間を置いて頷いた。

 元々傭兵だった彼女は、やけに先を急いでいるように見えた。

 良くて隔日という頻度でしか潜れない彼女は中々固定のパーティーに巡り合えずにいたらしい。

 奥へ奥へと進みたがるのはその焦りなのだろうが……。


 ――まっ、こいつの事情はこいつのもん。今は自分(てめえ)の心配が先だな。


「もっともっと、鍛えねえとな」


 あっさりとその先を行くゼナウ達もいる。

 そこに追いつくためにも頑張らねばと気合を入れるウィックであった。


「うんうん、頼りにしてるよー。……ん?」


 そのまま進んでいたセリィの目が、ふと流れる。

 くわっ、と瞼が開かれ、直後笑みを浮かべてウィックへと振り向く。


「ごめん! 今日はここで。じゃあまた明後日ね!」

「あ、おい! ……ありがとなー!」


 凄まじい勢いで、セリィの姿は物陰の向こうへと消えていった。

 その背中を、皆で見送る。

 

「着替えどうすんだよ……元気な奴だなー」

「あんたが言うな」

「……結局、何者なんですかね、セリィは」


 イランが呟く。

 元々、単独で迷宮に潜り時々他パーティーの手伝いをしていた傭兵だった彼女。

 1人でこの受付広場でぼおっとしていた所にウィックが声をかけて連れてきたのだが、その出自も、どこに住んでるのかすらも謎なまま。


「怪しい子だよねー。普段何してんだろ」


 ただ探索者として登録されている以上、身分は保証されている。

 性格も明るく、戦闘力も申し分なし。わざわざ追及することでもないと放っておいているが……。


「まあそのうち話すだろ。いい奴だし、何の問題もねえよ」

「そうですね。……さ、報告して帰りますか」

「おう! ユハクさん驚くぞー!」


 彼らは未だ、探索結果を教導役に報告している。

 もう義務ではないが、何となく続けているし、彼らも喜んでくれるのだ。

 民間上がりたちの探索は、ゆっくり順調に進んでいるのであった。

 


***



 一方、支部の受付内部。

 間もなく訪れる探索者たちの一斉帰還に備えていた職員たちの下に、駆け込んでくる人影が1つ。


「――た、大変です!」

「どうしたの、もう探索者たち戻って来るわよ? ……あれ? あなた、今日当番だったっけ?」

「ちょっと、それ私服? どうしたの?」


 荒い息を吐き出しているのは、本来非番である受付嬢。

 余程慌ててきたのだろう。衣服も乱れ、滝のように汗をかいた彼女が、息も絶え絶えに声をあげた。


「も、門のところで、騎士の人たちが話しているのを聞いて……急いで……」

「騎士? どういうこと?」

「ルセラ、さん……」


 事態を察知して、さっきまで慌てふためいて作業をしていたルセラもやって来る。

 その腕に縋りつくようにして、駆け込んできた受付嬢が告げる。


「第三都市の、迷宮都市が……!!」

「……!! あなた、こっちへ!」


 慌てて彼女の言葉をかき消すように腕をとって立ち上がらせる。

 この状況、この慌てよう。そして出てきた『迷宮都市』。

 絶対に()()絡みの案件だろう。しかも、最大級にヤバい状態。

 

「後、任せた!」

「は、はい」


 驚き固まっている他の職員たちにそう告げてから、ルセラは支部長室へと急ぐのであった。


「……ふーん?」


 ただ、慌てていたルセラは、その後をこっそりとついて来る人物には気づかなかった。



***



 31層の探索を終えた数日後、各自本番に向けた準備を進めていた俺らは、急遽アンジェリカ嬢から招集を受けた。

 まだ夜になったばかりという時間帯。

 大慌ての使用人に馬車で拾われ、帰ってきた俺たちを出迎えたのは、青い顔をしたアンジェリカ嬢であった。


「――第三王子(クリド)の迷宮都市が壊滅していたそうよ」


 そして、何が起きたのかが告げられた。

 第一王子配下の騎士と、第三都市の騎士たち、そして協会所属の探索者たちによる混成軍が地下深くにある人工都市へと向かったところ、建物は半壊。そして生存者は誰一人としていなかったという。


「え、じゃあ第三王子は……?」


 カトルの問いかけに、アンジェリカ嬢が首を横に振る。


「行方不明よ。あの男に関しては、死体すら見つからなかったそう」

「逃げられたってことか?」

「……だとしたら、都市が壊滅している理由が分からないのよ。証拠を残さないためとはいえ、あの都市はあの男の夢だった。それを壊すとはとても……」


 俺はその都市のことは大して知らないが、彼女が言うのならばそうなのだろう。

 なにせ兄を殺し、その元配偶者までも排除してでも守ろうとした居場所だ。

 それを自分の手で破壊するとは確かに考えにくいか。

 他人の手に渡るくらいなら……と壊したのか? いや、それよりも可能性がありそうなのは――。


「……湖畔の国(ラクトリア)か?」

「可能性として一番高いのはそれかしら。支援者(スポンサー)の不興を買って、哀れな末路を迎えました……ってところね」


 乾いた笑いを浮かべ、アンジェリカ嬢が肩を竦めた。


「問題は、もしそうだったとして、支援者のその後が分からないっていうところ。そのまま湖畔の国(ラクトリア)に帰ってくれていればいいけれど……」

「無理だろうな。ゲナールの遺体がここにはある」


 俺らは奴らの所業の証拠を握っている。

 それをそのまま放置してくれるとは、流石に思えない。


「警戒は必要ね。まさか襲撃してくるなんて事態にはならないでしょうけれど……」

「王子様の都市は壊滅したんだろ? あり得るんじゃ?」

「迷宮内なら言い訳ができるでしょうけれど、こっちは地上。しかも一国の首都よ? いくら湖畔の国(ラクトリア)だろうと、そこまではできない筈よ」


 それが願望であることは彼女も分かっているだろう。

 迷宮が見つかってまだ数十年。『絶対にない』といえる程、歴史は長くない。

 じっとりとした不安が広がる中、「まあともかく」とアンジェリカ嬢が口を開いた。


「情報は支部にも王城にも行ってるでしょうから、私たちは私たちにできる対策をしましょう。……そこで」


 お嬢様の怪しい瞳が、俺を捉える。


「あなたの友人が連れていった奴の話が聞きたいのだけれど?」

「……げ」


 カイがゲナール一味の1人を連れ去ったことはとっくにバレている。

 あの後どうなったかは俺も知らないが、既に十数日が経過しているから、色々と情報を搾り取っている頃だろう。

 ……仕方ない。できればあいつにはもう関わりたくはないが、行くか。


「了解。明日、聞いて来るよ」

「駄目。今よ」

「は?」

「混成軍が到着した時にはもう都市はもぬけの殻だった。そして今、急ぎの伝令が届いたということは、奴らがワハルに来ていてもおかしくはないということよ。でしょう?」

「……時間がないってことだな」


 下手すればもう敵が都市の中にいる。

 それで痛い目を見た俺たちは、その重要性をよく理解しているつもりだ。


「分かったよ、今から行ってくる」

「ええ。先触れは既に届けさせてるから、安心していってきなさい。ミンナ」

「はい。馬車の用意、できております」


 俺の背後にいたミンナがそう告げた。

 いつの間に……用意周到かよ。

 まあ、自分で蒔いた種である。諦めて向かうのだった。



***



「やあ、待ってましたよ」

「……どうも」


 馬車で連れられた先。

 豪奢な屋敷の門にて、カイが俺を待っていた。

 鎧を脱いだ、ゆったりとした室内着姿。

 ただそれでも腰には剣を佩いているようだった。……なんで?


「本来なら本邸でもてなしをするところなんですけど、事情が事情でしょう? 今日は別の場所です。じゃあ、彼はお預かりしますね? そうだな……2時間後くらいに迎えに来てくれます?」

「はい。よろしくお願いいたします」


 相手が貴族だからか使用人たちも文句を言わずに、俺を置いて去っていった。

 残された俺の肩に、奴の手が置かれる。

 じっとりとした視線が、注がれる。


「じゃあ、行きましょうか」

「……了解」


 大丈夫だよな? 監禁とかされないよな?

 スイレンとはまた違った怖さがあるこの青年に連れられ、俺は屋敷への道とは外れた方へと進んでいく。


 碌に灯りもないその先は、やけに広い敷地の端の方へと向かっている。


「この先は?」

「俺用の離れがあるんです。元々は剣や魔法の訓練をするために建てたんですけど、今は別の用途に使っていますね」

「……監禁とかか?」


 恐る恐るの問いかけには、満面の笑みが帰ってくる。


「さあ、行きましょう」


 ……無視かよ。

 相変わらず会話が通じているのか怪しい男である。

 しばらく進んだ先に、彼の言う離れが現れる。


 真四角の無機質な外観。

 のっぺりとした石造りの壁は、採光用なのか天辺部分に幾つか格子付きの窓がいくつかある程度。

 扉もやけに重そうな金属製と、外観よりも頑丈さに意識をした造りになっているらしい。

 貴族の家とは思えない建物だ。


 ……訓練用と聞いてなかったら、まんま牢獄にしか見えない。


「どうぞ?」

「……失礼する」


 その重たい扉を開いて中へと入る。

 中は思ったより明るく、柔らかな敷物の感触が伝わる。

 一瞬眩しさに目を眩ませた、その先には――。


「――おお、眼帯君じゃねえか。どうしたんだ?」


 大きな革の長椅子でくつろぐ、ナスルの姿があった。


「……」

「あん? 聞こえてる?」


 おーい、と手を振る彼には一切の拘束がされていない。

 流石に武器の類は身に着けていないようだが、随分と呑気なものである。


「色々と話したところ、すっかり意気投合しましてね、今はここで過ごしてもらっています」

「いやー、快適に過ごさせてもらってるよ。貴族ってのはすげえな!」


 わははと笑う姿は、あの時の恐ろしい雰囲気はすっかり消えている。

 敵として対峙していなきゃ、ただの気の良い奴に見えるから不思議である。

 どうぞ、と案内されるままに、向かいの椅子へと腰かける。

 カイだけは座らずに、ナスルの背後に立って剣の柄に手をかけた。なんだかんだ、油断はしていないらしい。

 ナスル自身も慣れたもので、気にせずに俺へと話しかけてくる。


「それで? あんたが来たってことは、情報が欲しいってところか?」

「そのようです。あなたがいた迷宮都市が壊滅していたようですよ?」

「マジか。想像以上に早えな……あ? てことはこっちに来る?」

「……多分な」

「嘘だろ……なあ、オレのことはバレないよな?」


 途端に頭を抱えだすナスル。

 先ほどまでの余裕は消し飛び、その顔には焦燥が浮かんでいる。

 やはり、こいつは色々と知っていそうだ。

 

「それは向こうの目的次第だ。だから、知ってることは全部話せ。迷宮都市を壊滅させたのは誰か。そして、そいつらがこのワハルに来たら何をするのかも」

「おう、話す、話すよ! どうせ存在がバレたらヤバいんだ。あいつ等を……いや、あの男を排除してオレを助けてくれ! 頼む!」

「……あの男?」


 どうやら、奴らの頭目たる男がいるらしい。

 そいつは――。

 

湖畔の国(ラクトリア)から派遣されてきた奴だよ。向こうの迷宮技術官だとか、確かそんな肩書でな。権威があった。第三王子でさえ頭が上がんなかったぜ? そして、ゲナールと、あんたのその左目。その、()()()だと言っていた」

「……何?」


 どうやらこの国だけでなく、俺にとっても因縁のある男らしい。


「詳しく聞かせろ」

「当然! なんでも話すぜ?」


 結局、俺がシュンメル家へと戻ったのは、4時間以上後になってからであった。

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