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第102話 白砂の迷宮第31層/浪砂漠③




 ようやく案内人であるカスバルと合流した俺たちは、まずは近くにある岩場を目指した。

 今後の方針を決めるためにも、まずは休むための場所を確保する。


「この辺りなら岩場は近い。ついてきてくれ」


 そう言って歩き始めたカスバルについて行く。

 ちなみに奴は地図を見てもいない。ただちらと周囲を見渡しただけだ。


「見ただけで場所が分かるのか?」

「ん? ……ああ。35層までの地形は大体頭に入っている。迷宮の景色は変わらないからな。何年も歩いていれば、流石に頭に入る」


 それにしたって覚えているのは異常だが。

 ほとんど休むことなく潜り続けた男の、狂気の成す技なのだろう。


 ちなみに31層から広がるこの砂漠は、別名「不迷の砂漠」とも呼ばれる。

『迷う』ではなく『迷わず』。

 何故そんな名で呼ばれるのかというと、その名の通り、この砂漠では誰も迷わないからだ。


 原理は不明だが、探索者がある一定距離を進むと自然といつの間にか次の階層の昇降機にたどり着くのだ。

 元いた昇降機から離れる様に進むことが条件だが、方角は一切関係がない。

 どちらに進んでも、一定距離を離れると次の階層へとたどり着く。

 流石に35層は異なるが、それ以外は全てこの法則が適応されるそうだ。


 それ故にここは「不迷」と呼ばれ、探索者たちは休憩用にと目立つ岩場を除いて覚えることをしなくて済む。


 それをわざわざ、しかも5層全ての地形を覚えているというのだ。

 あまりにも異常である。


「それに、俺にはこいつもいるからな」


 横を歩く狼――クルルを撫でる。

 カスバルのほんの僅か前を進む、灰色の体毛の彼は嬉しそうに尻尾を振っている。

 その姿は狼どころかデカい犬に見えなくもない。


「なあ、そのクルルってなんなんだ? ただの狼……って訳じゃないんだろ?」

「狼じゃない。こいつは染獣だ」

「は? ……染獣を連れてるのか」


 獣にしてはデカいと思ったが、染獣だったのか。

 ただ、染獣にしては小さい気もするが……。

 俺の言葉を否定ととったのか、カスバルの鋭い視線がこちらへと向けられた。


「お前たちもここに来るまでに騎獣に乗っただろう? それと同じだ」

「そりゃ乗ったが……そいつは騎獣ではないんだろ?」


 確かに『騎獣は20層まで』というのは規則でもない慣例みたいなもの。

 単純に騎獣が死にやすいという部分が大きいため、そこを押し通せるくらいに強い個体であれば連れ回すこともできるだろう。

 だが、クルルは体長2m程度。この大男が乗るには……流石に小さすぎる。

 案の定、カスバルは頷きを返してきた。


「ああ。クルルは騎獣じゃない。緊急時には乗せてもらうこともあるが……ああ、いや、騎獣ではあったのか?」


 首を傾げて、自分でたった今言ったことを否定し始めた。


「……どっちだよ」

「いや、うーん……その辺りは複雑でな。俺たちは、結構特殊な境遇なんだ」


 ぽん、とクルルを撫でて彼はそう言った。こいつ、説明諦めやがったな……。

 なんだか誤魔化された感はあるが、初対面で自分たちの事情をペラペラと話すわけもない。それが実力者である特選級ならなおさらだろう。

 

「騎獣かどうかはともかく、クルルは一緒に戦う相棒だ。こいつは強いぞ? この辺りの染獣ならこいつだけで倒せる」

「えっ!? そうなんだ……クルル、強いんだね」

『――』


 ワフ、とクルルが鳴き声を返した。

 大きくはあるが、気性も穏やか。どう見ても強そうには……。

 訝し気な目線を向けていたのだろう。カスバルが問うてくる。


「そうは見えないか?」

「……ああ」

「だろうな。皆、染獣ですらクルルを甘く見る」


 今もカトルの周りをくるりと回っている彼は、少し……いや、結構大きな犬にしか見えない。


「だが見た目はどうであれ、中身は染獣だ。そしてこいつは賢い。油断をしてくる相手ならそこを突いてあっさりと倒す」

「それは……嫌な相手だな」

「だろう? 自慢の相棒だよ」


 そう笑みを浮かべるカスバルも、決して獣に頼るだけの男ではないだろう。

 背負っているやけに巨大な剣のようなナニカもあるし、本人の戦力も期待できそうだ。


「伊達に1人と1匹で特選級に選ばれたわけじゃないってことか」

「……1匹?」


 俺の言葉に、今度はカスバルの方が首を傾げた。


「なんだ。違うのか?」

「ああ。1匹じゃない。2匹だ」

「ん?」

「仲間を探していると言っただろう。俺にはもう1匹相棒がいる。探してるのはそいつだ」

「……なるほど?」


 さらっと告げられたその言葉をかみ砕くのにはしばし時間を要した。

 1匹ならまだしも、2匹目。まさか、そいつも染獣……なんだろうな。

 しかもそいつを4年以上も探してる?

 ……どういうことだ? 


 目に見えて混乱していたのだろう。

 俺を見たカスバルがふっと笑った。 


「混乱するだろうな。無理もない。言っただろう、俺たちの境遇は特殊なんだ」

「……どうやらそうらしいな」


 俺やカトルも大概だと思うが、流石は特選級。

 この迷宮を深くまで潜れる奴ってのは皆それなりの規格外さを持っている。

 彼のそれは、染獣を連れているということなのだろう。


 それからまたしばらく無言の間が訪れ、熱の籠った砂風が通り抜けていく。

 道はクルルが先導してくれているのだが、砂の下に潜む奴らを避けて歩いているのが良く分かる。

 恐らく、匂いや振動で感知しているのだろう。


 ……優秀だな。彼がいれば、確かにこの砂漠を安全に進むことができそうだ。


 ただ、俺たちは7人。本番は13人にまで膨れ上がる。

 その大所帯では流石に染獣たちを完璧に避けきるのは不可能だろう。

 それに、どう進もうが『大海の染獣』との戦闘は必ず起きる。

 適度に砂漠での戦闘訓練も積んでおいた方がよさそうだ。


「まあ、そういった話はゆっくりしていけばいい。どうせ、先は長いんだ」

「やっぱり時間はかかるか?」

「分からん。ただこの4年、その『大海の染獣』とやらは見たことがない」

「……そうか」


 4年も砂漠を渡り歩いた変態――ではなく、専門家がそう言うのだ。

 やはり『大海の染獣』というのは実在しないのか?

 アンジェリカ嬢たちが見たというそれも別の何かで……。


「ただ――」


 揺れる思考を断ち切る様に、カスバルが告げる。


「手がかりがないわけではない。俺は興味がなかったが、お前たちにはきっと役立つだろう」

「それは、どういう……」

『――!!』


 ふと、クルルが吠えた。

 見れば右前方へと唸りを上げており、その視線の先では、砂が蠢いてこちらへと迫っていた。

 俺の左目にも、砂の下にある光が視認できる。


「染獣……?」

痺砂魚(シビュル)だ。放電能力を持っているから気をつけろ」


 そう言いながら、奴は背負っていた獲物を握った。

 剣と呼ぶにはあまりに大きな、金属の塊。それを軽やかに振り回して構えると、声を上げた。


「クルル、上げろ」

『――!!』


 呼びかけに応える様にクルルの姿が()()、その輪郭が黒く染まったナニカに変わる。


「なんだ……!?」

『――!!』


 解けたその先端――口だったそれが、砂の下に潜り込んだかと思うと、直後爆発が起こり、砂とともに巨体が舞い上がった。


『――――!?』


 金切り声をあげながら飛び出たのは、砂と同じ体色をした巨大な、平たい鮫のような生物。

 滑らかな皮に真白な腹。

 バチバチと弾ける雷撃をその身に纏っているが、宙にいるために大した被害はない。

 そこへと駆け抜けたカスバルが、逆手に掴んだ大剣をその胴へと叩き込んだ。


 ごっ、と鈍い音が響き渡ると同時。

 凄まじい圧と膂力で腹をぶち抜き、そのまま地面へと串刺しにしてみせた。


「わあ……」

「一撃か……」


 相手が1体だけだったとはいえ、ほとんど一瞬で倒してみせた。

 これが4年の為せる業なのか。力だけではアンジェリカ嬢に並ぶ怪力だろう。

 それに、先ほどのクルル……あれは一体。

 やはり、特選級という連中は怪物揃いらしい。


「解体は不要か?」

「あ、ああ」

「そうか、なら先を行こう」


 性格はともかく、頼りになる案内役に連れられ。

 俺たちは砂漠を先へと進んでいくのであった。



***



 目的の岩場に到着し、早速休憩用の陣地を作る――予定だったのだが。

 クルルの案内で辿り着いたその岩場は、俺の想像していたものとは大きく違っていた。


「でっかいな……」


 その岩場は、塔かという程高くそびえる岩塊であった。

 横幅もそれなりに広く、数十mは軽くあるだろう。岩場とは名ばかりの巨大構造物であった。


「なんで砂漠にこんなものが……」

「砂場だと倒れちゃいそうだけど、下がもっと長いのかな」

「そうだろ、多分。……そしたら、どれだけ巨大なんだって話だが……」


 カトルと並んで首を傾げる。

 

「その岩場は別に珍しくもない。むしろ岩場としてはかなり小規模な方だな。これから何度も見ることになるぞ」

「へえ……。どうしてこんなのができたんだろうね」

「ああ、それは――」

「ちょっと、呑気な雑談はそこまでよ」


 手を叩くアンジェリカ嬢の言葉が飛んでくる。

 少し歩いたことで彼女もようやく落ち着いてくれて、とりあえず近くにカスバルがいるだけで苛立つことはなくなった。

 それでも会話はなるべくさせないでおく。


 そのためにも、岩場の陰に作った天幕に広げた地図を囲むようにして座った際も、俺から真っ先に口を開いた。

 

「さて、カスバル。俺たちの目的とあんたへの依頼はもう把握したな?」

「……ああ。お前たちは『大海の染獣』を探している。俺には、そのためにこの地の案内を頼みたいんだろう」

「そうよ。私たちが以前あれと遭遇したのが35層。だから、まずは35層に向かいたいのだけれど?」


 組んだ腕を叩きながらアンジェリカ嬢がそう告げる。

「31層でお前を探すのは時間の無駄だ」と明らかにイラつきを込めたその言葉に、しかしカスバルは首を横に振った。


「それは駄目だ。探索は31層からやる」

「あ?」

「……っ、それは! どうしてだ?」


 身を乗り出すどころか立ち上がろうとしたアンジェリカ嬢の代わりに、慌てて質問を投げる。

 やっぱりこいつら、相性が悪すぎる……!!

 

 大慌ての俺たちに対し、元凶(カスバル)は全く動じることなく話を続ける。


「流石にお前たちも知ってると思うが、この砂漠地帯は他と違い、繋がっている――ように見える」

「……ああ、『不迷の砂漠』だろ? 歩いていたら勝手に次の階層に行くっていう」


 原理は全くもって不明だ。

 ありえないと否定してもいいんだが、城よりデカい『踏み鳴らし』や21層に広がる壁に生えた森の例もある。

 迷宮というものに『普通』を持ち込むのは無駄なことだろう。


「それだ。その奇妙な『繋がり』は、俺たちだけじゃなく染獣にも適用される」

「じゃあ……この砂漠では染獣も階層を移動するってことか?」


 驚きを持った問いかけには、ただ頷きが返ってくる。

 それは、つまり……。


「『大海の染獣』は、35層にいるわけじゃない?」


 呟いた自分の言葉に、俺の身体はぶるりと震えた。

 だって、もしそれが事実なら途端に捜索は面倒になる。探さなきゃいけない領域が5倍になるわけだからな。

 その場にいる全員が同じ反応だっただろう。

 皆の視線が集まる中、しかしカスバルは首を横に振った。


「その質問の答えは『分からない』、だ。35層にいるかもしれないし、いないかもしれない。だから地道に探すしかないだろう。35層を探して、見つからないから31層に戻る……ってのは嫌だろう?」

「……確かに面倒ね。それが、事実ならだけれど」

「なあ、なんで目の敵にされてるんだ、俺は……?」


 カスバルが助けを求める視線を送ってくるが、どうしようもない。

 続けろと手で示すと、息を吐き出し、横に寝転ぶクルルを撫でながら続ける。

  

「……この砂漠地帯に住む生物は、旅をするんだ」

「旅? 染獣が?」

「ああ。砂の下に籠っているだけに見えるが、ゆっくりとだが移動していくんだ。方角自体は決まっていないが、動く時は全員が動く。それも全く同じ方へとだ」

「それって……」

「まるで、何かを探しているみたいだろ?」


 先程の蟹や砂魚の様に、砂漠に潜んで襲いくる染獣の数は多い。

 だが、そうでない時には、彼らは砂から姿を現し移動をするというのだ。

 何かに導かれる様に。


「それが『大海の染獣』だと?」

「だから分からん。俺が探していたのは消えた相棒で、その染獣じゃないからな。ただ……おい、スイレン」

「はっ、はい!?」


 いきなり名指しされたスイレンが飛び上がる様に驚き言った。

 アンジェリカ嬢も鉄塊も知らなかった彼も、薬の世話にはなっているのかスイレンだけは知っているらしい。

 彼女は少し離れた場所で、先ほどの握砂蟹(ガラタ)の核を加工していた。


「その核を貸してくれ」

「あ、はあ……」


 恐る恐る渡してきた核を受け取って、カスバルはそれを俺たちへ掲げて見せた。


「これは握砂蟹(ガラタ)の核だろう? こいつは加工すれば水を出す。5層の鱗魚鬼(フログ)じゃなく、砂漠にいる染獣の核がだ」

「それは……蟹だから?」

「そもそも砂漠に蟹はいないでしょ。……で? それが? なんだっていうの?」

 

 アンジェリカ嬢の鋭い視線に怯みながらも、カスバルは口を開く。


「つまりだ、この階層は、本来は砂漠ではなかったのではないかということだ」

「……は?」


 思わず声が出て、俺は周囲を見渡した。

 日差しこそ防いでいるが、熱く乾いた砂漠地帯が眼前には広がっている。

 思いっきり砂漠だが。


「砂漠じゃなきゃなんなんだ?」

「――その獣、大海の如し……」


 だが、アンジェリカ嬢は違ったらしい。

 震える声で何かを呟いて、彼女は初めてまともに、真っすぐにカスバルを見つめた。


「まさか、そういうこと?」

「そうじゃないかと俺は思うが」

「ちょっと待って、どういうこと?」


 慌てて問うカトルに、アンジェリカ嬢が被りを振ってから、ゆっくりと話し始める。


「この男は、ここは砂漠ではなく海底だと言ってるの」

「え……? かいてい……? 海の底ってこと?」


 困惑するカトルが周囲を見つめる。

 広がるのはどう見たって砂漠。海の欠片もない。


「蟹がいるのも、そこの馬鹿みたいに長い岩場があるのも……元はここが海の底だったというのなら、説明はつく」

「ええ……? ここが……?」


 驚くのも無理はない。俺だって立ち上がって驚いている。

 だって、迷宮というものは変化しないというのが通例だ。

 何か変化が起きても、しばらく待てば元に戻る。

 だからこそ何十年経っても迷宮はそのままであり続けているのだから。


 ただ――俺たちは迷宮のことを大して知らない。

 俺らの『当たり前』は、迷宮にとっての当然ではないのだろう。


「じゃあ、本来あったっていう海は……」

「この砂漠のどこかにいるんだろう。『大海の染獣』として」

「……そして、砂漠の住人たちは、その()を探して旅をしている?」


 アンジェリカ嬢の問いかけに、カスバルは頷いた。


「考えつく可能性としては、それくらいしかないと思うが」

「……この砂漠を埋め尽くすほどの水が、染獣になったと? 冗談も、ほどほどにして欲しいわ」


 溜息とともにそう呟くアンジェリカ嬢の顔は、しかし凶悪な笑みに満ちている。

 探し求めていたものへの道が、突如繋がったのだ。

 歓喜に満ちあふれていることだろう。


「カスバル。あなたのことを認めるわ。……私たちを、そこまで案内なさい」

「最初からそのつもりだが……まあいい。改めてよろしく頼むよ」


 乾いた風が皆の間を通り抜けていく。

 何故だか、ありもしない潮の香りがしたような気がした。

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