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第100話 白砂の迷宮第31層/浪砂漠①




 それから数日の準備を経て、俺たちは31層へお試しで潜ることになった。


 まず、本番で潜る人員が決まった。

 ルトフたち騎士団4人に、『赤鎚』、そして治療役に薬師クランからスイレン。

 結局、20層討伐人員からジンを抜いてスイレンを足した12名となった。

 そこに戦闘員兼案内役として、例の特選級……カスバルが加わる13名と1匹が砂漠探索隊となる。


 今日はそこから人員を抜粋しての予行演習である。

 カスバルを見つけて本番の計画を立てなければいけないのが半分。後はさっさとカスバルを見つけないとアンジェリカ嬢の怒りがとんでもないことになりそうだから。

 いや、笑顔は笑顔なんだよ。ただその凄味がとんでもないんだよ……。慣れてる筈の使用人たちですら怯えてたからな。


『こんなことをお願いするのは大変申し訳ないのですが、お嬢様をなんとかしてください』


 なんてミンナに頼まれる始末である。

 カスバルを今日中に見つけること、それは色んな意味で俺たち全体の急務であった。




「――今日はこの7名で31層に潜るわ。よろしくね?」


 そう告げるアンジェリカ嬢がいるのは、ワハル支部の地下にある騎獣舎。

 ここに集めた物資を積みこんでから31層へと向かうことになる。

 

 そんな場所に集うのは、俺ら4人の他に……3名。


「戦闘は私たちが行うわ。本番とは違うけれど、今日だけは物資の運搬、管理はあなたたち3人にお任せするわね」

「はい、お任せください!」


 鋭い声でそう返すのは、騎士団組の唯一の女性騎士クリム。

 金色の髪を肩口辺りで切り揃え、きりとつり上がった目は清廉な気品を感じさせる。

 馬の扱いに長け、あの凶悪な4人の中でも最前線で攻撃を受け持つ盾役。

 そして騎士団組で一番の常識人でもある。


 彼女の横に並んでいるのは『赤鎚』のアミカ。絡繰りの頭脳や機構(システム)部分を担当する、緑髪に厚ぼったい眼鏡をかけた弩使い。相変わらず背が折れ曲がって首もなんか傾いている。……寝てないよな?


 そしてもう1人はお馴染みスイレンである。

 全身を覆い隠すフードから、紫の混じった黒髪が覗いている。

 顔だけははっきり見えているが、伏目のせいで視線は合わない。

 なんならちょっとゆらゆらと揺れている気も……寝てないよな?


 ……しかし、今回のお試し探索隊は気付けば女性だらけだ。


 アミカとスイレンが来るので敢えてクリムに来てもらった……とのことだが、他の騎士団連中が面倒で逃げただけだろう。

 そのせいで男性陣は俺と基本喋らない鉄塊だけ。休憩時など少々肩身が狭くなりそうである。

 

 まあ、全員強いからいいか。探索には何の問題もないだろう。

 1人頷いていると、クリムが1歩前に出て声を上げた。


「では、早速積み荷の確認と積み込みを行います。アミカ」

「はいはーい」


 ちゃんと起きていたアミカが手を挙げた。

 今回の砂漠の旅における荷物の輸送方法に関しては、彼女たち『赤鎚』に一任されていた。

 注文としては『戦闘組の負担にならず、10日を超える長期間を旅できる方法』である。


 しかも舗装されてもおらず、凶悪な染獣たちが蔓延る階層で、だ。

 そんなことが可能なのか? と思い準備期間中にウルファたちに尋ねたのだが――。


『なあ、砂漠の荷物輸送ってどうするんだ? 馬車を使うって訳にもいかないんだろ?』

『あん? そりゃあ……」

『『砂上歩車だよ』』


 いつもの『赤鎚』の工房で、ウルファと遊びに来ていたニーナ女史が声を揃えて言った。


『砂上歩車?』

『おう! オレらとニーナで作った新しい絡繰りだよ』

『へへー、大発明だよ!』


『赤鎚』の編み出した絡繰りという発明に触れてから、ニーナ女史はすっかり夢中になっている。

 暇になったら入り浸り、一緒になって発明をしていたりする。

 そのうち『赤鎚』の一員になってもおかしくはなさそうだ。


『で? それってどんな発明なんだ?』

『ほら、この間教えてくれた骨染獣あったろ? あれの技術を組み込んでみたのさ』

『駱駝みたいにぽくぽく砂の上を歩くんだよ。馬とかに頼らず、自力で!』


 ……骨染獣の話、ちょっとしかしてないんだがな。

 それをあっさり再現しちまうのは相変わらずの技術力だよ。


 ちなみに骨染獣といえば、軍曹の行方は未だに分からないらしい。

 そもそものゲナールたちの侵入もあって、協会支部は警備体制を強化中。

 先ほど久しぶりに顔を合わせたルセラさんの目は死んでいた。なんか、すみません……。

 しかし――。


『……歩く? 何が?』

『そりゃ、荷台だよ。馬車で曳かなくても自分で歩けば、砂漠でも使えるでしょ?』


 改めて言われても、何を言ってるのか分からなかった。


『……全く想像がつかないな』

『ふふん、砂漠で試してみて上手くいったから、楽しみにしててよー?』


 なのでとりあえずその場は流していたのだが、遂に当日。

 件の新発明とのご対面となった。


「じゃーん! これがウチらの生み出した砂漠輸送用の新たな荷台――『ぽくぽく駱駝君』!」


 ワハル支部の地下にある騎獣舎にて、俺たちより早くに来ていたアミカによって披露されたそれは、何というか……凄い見た目をしていた。


「なにこれ……箱?」

「に、足が生えてるな……なんだこりゃ」


 四角い、人が4人は余裕で寝れそうな大きな赤い箱の側面から、8つの金属製の足が生えている。

 今は折れ曲がって待機状態になっているようだが、伸ばせば2mは超える高さになるだろう。

 ……駱駝ってよりは蜘蛛とか、虫に見えるが。


「なに、これは……? 気味の悪い外見ね」


 恐らく全員が思っていたことを、アンジェリカ嬢があっさりと口にした。

 そのド直球の不評に、アミカもうにゃうにゃと悩まし気な表情で頷いた。


「見た目はねえ……そこまでこだわれる時間がなくって……まあ、そっちはこれから改善ってことで! でも、その分機能はばっちりだよ!」


 アミカが箱を叩くと、駱駝君は鈍い音を立てながらすくっと起き上がった。

 四角い箱といいつつ、前面部分だけ錘状になっていて顔らしい何かを作ろうとした形跡がある。

 こうしてみると確かに首のない駱駝に見えなくもない……が。


「「うわぁ……」」


 カトルとクリムたち女性陣の声が聞こえる。

 ……うん、大分気持ち悪い。

 足が節だって見えるのが問題なのか、首や頭がないのが問題なのか……。

 どちらにせよ、これを連れて歩きたくはない。


「ねえ、これ連れていたら他の探索者に攻撃されないかしら?」

「そこは大丈夫! ほら!」


 すくっと元の位置に戻った駱駝君の上に、アミカがぽん、と物を乗せた。


「……旗?」

「そう! ワハル支部の紋章だよー。これを掲げてたら、大丈夫でしょ!」

「大丈夫、なのかなあ……」


 未だ全員の目は懐疑的である。


「き、機能はばっちりだからね! ね!」


 がこん、と駱駝君にお辞儀らしきものまでさせて、孤軍奮闘中のアミカはそれでも何とか駱駝君の擁護を続けるのだった。

 少しの間、気まずい沈黙が広がり。

 アンジェリカ嬢が手を叩いてその静寂を破った。


「……まあ、おふざけはここまでにして、積み込みを急ぎましょう。クリム、お願いね」

「了解しました!」


 騎士団から来ている女騎士、クリムが礼をする。

 今回の探索において、輸送班は彼女に指揮と管理を担ってもらう。

 傍に積み上げてある荷へと向かっていった3人は、自然と会話を始める。


「スイレンさんとは、はじめましてだね。よろしくねえ。ウチは『赤鎚』のアミカ」

「は、はい。調薬クランのスイレンです。よろしくお願い、しますね」

「まさか、あなたとご一緒できるとは……クランの薬にはいつも助けられています。金蹄騎士団のクリムといいます。若輩者ですが、どうかよろしくお願いいたします」

「そ、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよお……」


 そのまま賑やかに作業を始めた。

 それぞれ大分癖のある2人を纏めることになるクリムのことが不安ではあったが、問題なさそうである。


「――ゼナウ、あなたはこっち」


 そんな3人を置いて、俺はアンジェリカ嬢の下へと向かう。

 俺たちの個別の装備は既に準備済み。荷造りの必要はない筈だが。

 

「どうした?」

「念のため確認よ。今回の私たちの目的は、特選級カスバルの捜索」

「ああ。31層にいるっていうそいつを見つける……だよな」


 広大な砂漠にいる個人を見つける。

 ……訳の分からないくらい、理不尽な仕事である。


「私としては歩き回るくらいしか方法が思いつかないけれど、どうしましょうか」

「まあ、適度に『使う』しかないだろうな」


 起伏の激しいと聞く砂漠地帯で探し物をするなら、()()()見通すしかないだろう。

 砂漠に潜る人間は少ない。

 ならば人型を探すだけでいい。それだけなら、難易度はそう高くはない筈だ。

 だが、それを聞いたアンジェリカ嬢の表情は晴れない。


「……そう」

「安心しろ。使うのは一瞬だけだ。今回は主治医もいるしな」


 ちらと見たスイレンは、穏やかな笑みを浮かべて作業をしている。

 毒やら染痕が絡まなければ穏やかないい奴なんだがなあ……。

 クリムも尊敬しているようだし、彼女の尊厳を守るためにも使いすぎないように気をつけないとな。


「自分で頼んだこととはいえ、あなたの目に頼りきるのは心苦しいわね」


 そう苦々しく告げる彼女は、最初に出会った時とはまるで態度が違っている。

 ゴミ溜めの住人とその主だった筈の関係から、随分と信頼を得たものだ。

 その信頼には、ちゃんと応えないとな。

 

「いいさ、自分のためだ」

「……ありがとう」

「その分、戦いと冷却は任せてね」


 カトルも笑みを浮かべて胸を叩く。

 冷却に関しては本当に頼りにしている。

 彼女がいるだけで、砂漠の旅の快適度は数倍に跳ね上がるのだ。


 なんて話をしていたら、クリムたちの作業も終わったらしい。


「準備できました!」

「ありがとう。……さあ、降りましょうか」


 こうして、まずはお試しの砂漠探索が始まるのだった。



***



 長い降下の末に降り立った階層は、吹き抜ける熱風が出迎えた。


「うへぇ、凄い熱気……」


 昇降機が開いた瞬間に吹いた風に、アミカが悲鳴を上げる。

 じり、と肌を擦る様な熱気が流れ込んできている。


「カトル」

「うん!」


 カトルが指を鳴らすと、彼女の周囲に冷気が放たれた。

 

「涼しいー。カトルちゃん、ありがとう」

「いえ、これくらいならへっちゃらですから!」

「……す、凄い。魔力の枯渇とか、しないのですか?」

「へ!? だ、大丈夫です。流石に寝ている間は無理ですけど……」


 スイレン相手だと未だに会話が止まるが、それ以外との話は問題なくできる様になっている。

 今回の砂漠の探索を経れば、いよいよカトルの人見知りも克服できそうである。


「……さて」


 そんな皆を尻目に、俺は眼帯を外す。

 ……乾いた風は非常に目に悪そうだが、頑張って左目で砂漠一帯を見つめる。

 

 礫などは殆どない真っ白な砂砂漠。

 俺たちが降り立った場所は、直ぐ向こうに隆起した砂丘が存在し、大して遠くまでは見通せない。


「どう?」

「ここからじゃ何も。一先ず、あの砂丘に上ってみようと思う」

「そう……アミカ!」

「はいはーい」


 駱駝君を下ろしていたアミカが、手を挙げて応える。


「私たちはあそこの砂丘から周囲を探るわ。ここなら安全だと思うけれど、あなた達はどうする?」

「んー、あれくらいなら登れるはずですから、ついて行きますよぉ。奥に進むならどうせ進む道ですし」

「わかった。じゃあ、行きましょうか」


 アンジェリカ嬢の言葉に、俺も頷く。


「ここだと俺の索敵も寸前まで分からない。各自、注意して進んでくれ」

「はい!」


 しっかりと返事してくれるクリムさん。良い人だ。

 多分、騎士団組の一番の良心だろう。

 弓使いのワーキルのことは分からないが、あそこは戦闘大好き人間ばかりだからな……。


 そのまま集団で砂漠を進んでいく。

 照る日は眩しく、左目の視界でも大した情報は得られない。

 いや、幾つか表層を()()光が見えはする。位置は遠いから、今は気にする必要がないだろう。


 やはり、通常状態なら深い部分までは分からない。

 潜ってみないと、より詳しい探索は行えないだろうな。

 ……とりあえず、砂丘の上まで行ったら使ってみるしかないか。


 そうして、砂丘を上り始めた。

 分厚い砂は踏みしめるたびに崩れていくが、足元が崩壊することはなく、登って行ける。

 ただ普通の斜面を登るよりずっと負担は大きいが。


「おお、駱駝君、ちゃんと歩けてるねえ。よしよし。後は速度がどこまで出せるかかな」

「これで転ばないのは凄いな。動きは相変わらず、気味が悪いが……」

「そ、そうですか? これはこれで可愛らしい、ですよ?」

「スイレン殿……本気か……?」


 輸送班3人組も賑やかそうで、人選も今のところは問題なさそう。

 後は、どうやってカスバルを見つけるか、であるが……。


 頂上にたどり着き、周囲を見渡す。

 辺り一面、同じような砂砂漠。砂丘と窪みが無数に続き、止まっているだけなのに今いる場所を見失いそうになる。


 ……さて。

 深呼吸を繰り返し、意識を左目へと集中させる。


『――あなたに1つだけお教えします。染獣の一部を埋め込まれた、哀れな染人(タグァ)――その末路を』

「……」


 一瞬身体が強張ったが、それでも無理やり迷宮側へと潜り込んでいく。

 視界がどぷりと黒く染まり、輪郭だけの世界へと変わる。

 一先ずはここまで。

 この段階で急ぎ視界を振って違和感を探すと――。


「……あ」


 視界の向こう、明らかな違和感が映り込んでいた。

 それから周囲をくまなく見つめて、俺は視界を元に戻した。


「どうだった?」


 アンジェリカ嬢の問いかけに、一瞬答えるのを躊躇った。

 何故なら――。


「……どうやら、向こうは俺らを試しているらしい」

「……続けなさい」


 声色が冷たくなった気がしたが、気のせいだろう。

 俺は見えたものへと指をさした。


「奥の砂丘、その砂の下に色玉をぶちまけた痕跡がある。多分だが、ご丁寧に砂の下に隠してやがる。見つけられたら、あれの後を追えということだろう」

 

 カトルと初めて会った時に彼女がやってきたことと同じだ。

 俺の目の能力が『本物』かどうか、試しているのだろう。

 だがそれは、依頼主であるアンジェリカ嬢への不信を示すことであり、なおかつ、わざわざ自分を探す手間までかけさせてこの仕打ちなのだ。


「……あ?」


 ――当然の如く、彼女は大変お怒りになるわけである。


「……そう。そのカスバルとかいう男は、随分とこちらを舐めてかかっているようね?」

「あ、アンジェ……?」

「いいでしょう。ゼナウ、その痕跡を辿って、私たちを案内なさい。見つけたら、たっぷりと挨拶をしてあげないとね?」


 ……案内をしたら、案内人が死にそうな気がするが。

 ともあれ、行かないとどうにもならない。

 俺らは冷気より凍える殺気に震えながら、砂漠の旅を進めていくのであった。

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