エスカレーター
「…でね?その時、わーってなったんだよ?やばくない?」
「まじか、それはやべーな」
私のよくわからない擬音多めの話にも、相槌を打ったり、共感してくれたりもする。話して、勝手に笑って、時折ツッコミされる。
そんな普通の恋愛が楽しくて、嬉しくてずっとニコニコと笑っていた。そして、不意に彼氏と目線が合った。
(…あ、不安にさせてる?)
そう直感した。ちゃんと楽しいと思っているよ。ちゃんと、好きだよ。でも、どう伝えたらいいのか。どうしたら分からなくてニッコリと微笑む。
彼氏が不安になっているのは、おかぴーとの恋愛を知っているからだと思う。彼との最後は、彼が退職すると言ったあの日よりも深くて冷たく、私は奈落の底に落ちた。
「…そろそろ、どこか見たいかも」
私は彼氏からの視線を少し外して、鞄を手に取る。奥底にしまったと思っていたiPhoneが見えた。
(だから、なんで…)
このタイミングで隠していたものを見つけてしまうんだろう。デート前のモヤモヤが再び顔を出した気がした。気持ちに蓋をするように、少し乱暴に鞄を取り会計に向かった。
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「前に乗りたい!」
「どうぞ?」
エスカレーターに乗り、私は子どものように階段を少し飛ばして彼氏の前に乗った。
ゆっくりと階段は自動的に上がっていく。階段が上がりきったところで、私は後ろを向く。彼氏よりも少し高い目線になり、見下ろす形になる。
「…ふふ、私の方が高いね」
「そう、やな?」
彼氏はそれはそうだろう。と言うように、少し反応に困ったようにクエッションマークを浮かべた。
「見下ろせるってなんかいいね」
私はニコニコと真っ直ぐに彼氏を見た。暫く見つめる。
(…やっぱりそうか)
彼氏はまだクエッションマークを浮かべながら、なんだろう?という表情でこちらを覗っていた。
(テレパシーなんて、そんなの伝わる訳ない)
「いつも俺はそんな視点になるよね」
「たしかにそうなるね」
エスカレーターは再びゆっくりと階段が低くなっていく。もう少しで到着する合図だ。
ゆっくりと前を向いてほんの少し息を吐いた。少しだけ重くなった気持ちが軽くなった気がした。