Chapter 5
土曜の昼下がり。
昔のゲームを引っ張り出してプレイしてみれば、青年の言った通りだった。
2人だけで苦戦した高層ビルは、セキュリティが足止めを担い、ドローンをオトモにすることですいすい進むことができた――――ということを、輝羽は誰かに話したくなる。
SNSで不特定多数に賛同してもらうんじゃなくて、身近な人とだけ。贅沢だと思っていたものが、幼なじみの存在で揺らぐ。
おもむろにスマホを取り出し、大樹のアイコンをタップすれば、返信途中のまま。輝羽の中では送信したつもりでいた。
慌てて、『ぜひよろしくお願いします!!』と送ったところで、母に呼ばれる。
「輝羽ー」
「なーにー?」
下に降りれば、玄関に大樹がいた。「久しぶりねー」なんて母と盛り上がっている。
「あがってあがって。この子ったら、土日ほとんど引きこもっててねー」
「お母さんっ!!」
リビングで話そうものなら、母まで参加しそうで。輝羽は2階の自分の部屋に大樹を連れていく。
「……ごめん、返信したつもりだった」
「いや、俺も。押し掛けてごめん。俺から輝羽としたくないって言ったのに、都合よすぎるなって」
『だいきとゲームすると、絶対わかみやいるじゃん!』
『女となんかやってらんねーよ!』
『おまえ、だいきしか友達いねえの?』
高学年になるにつれ、異性として意識しだして。
――輝羽とはもうしない。学校でも話しかけてくるな。
一方的に距離を置かれたのは、小学4年生の夏だった。
傷ついていないと言ったら嘘になるが、今思えば、なところはある。大樹が気にしていたことを知って、輝羽は責めなかった。
「そーいうお年頃ってあるじゃん?」で、終わらせる。
そんなことより、だ。
「大樹、これ知ってる?」
「なつかし……。RPGの代表作みたいなもんじゃん」
「ここの羅生ビル覚えてる?」
「あぁ。迷路みたいなとこだっけ」
「ドローンがサポートになるの、最近知ってさ」
簡単に進めたことを熱弁すれば、気まずそうにしていた大樹の表情が和らいだ。
「あー、いたわ。そういうやつ」
攻略法を教えて、輝羽のように感動していたことを大樹は思い出す。が、当時の輝羽に話題を共有できる友達がいなかったことも思いだし、そこには触れないよう、賞賛だけにとどまった。
「よく突破できたな」
女の子女の子していない部屋の本棚には1人プレイのゲームばかりだ。
大勢でやるものは1つもない。
「……いろいろやってんな」
その中から、ゾンビが蔓延る街から脱出するアクションゲーム・リビングデッドを見つける。
大樹の家で遊んだ際、大樹の兄がやっていたそのゲームに、輝羽は大泣きしたことがあった。
「怖いの、苦手じゃなかったっけ?」
「あれから何年経ったって思ってんのー」
懐かしんで笑う輝羽に、大樹の罪悪感が薄れていく。
このやりとりが昔の関係に戻れたみたいで。
「ねえ、時間ある?」
「ん?」
「ちょっと遊んでかない?」
「いいけど、コントローラー……」
「携帯機でリモートモードにしたら、かわりになるはず……おっ、いい感じ♪」
リビングデッドにはサバイバルモードなる、2人でできるミニゲームがあった。
時間内にどれだけ倒せるか、いかに倒し続けられるか。
「1人だと中々点数のびないんだよね」
そう言ったわりに、輝羽はさくさく倒していく。
「俺、いらなくね?」
「2人でやることに意味があるんだって」
「なんかコマンド出てきたぞっ!?」
「トドメ刺したら、点数増えるっ」
「うわっ、後ろから噛まれた!!」
「今助けるっ」
スナイパーライフルの手ブレもなんのその。
スコープを覗いて、すぐさま脳天を撃った。
「……テクってんな」
「んふふっ」
何度かやりながら、話せるぐらいまで操作に慣れてくる。
「輝羽さ、バトルロイヤル系しねえの? うまそうなんだけど」
「人対人のやつはしないかなぁ。スプラゾーンとかスマウトも、内々でしたいし」
誰かの家に集まって、わいわいするのが輝羽にとっての醍醐味だった。
それを、結果的に奪ってしまった大樹は言葉に詰まった。
「大樹はいいの? 私と遊んでて」
輝羽は白雪とのことを聞いたつもりが、別の答えが返ってくる。
「俺、今サッカーできないんだわ。去年の末に骨折して、リハビリ中。今日もその帰りで、輝羽のとこ来た」
「ご、ごめん」
「謝るなって。ケガしてなかったら輝羽と話せてなかったって思ってるし。またこうして過ごせるって、すっげー嬉しい。――――その、」
〝……また、来ていいか?〟
協力プレイが楽しかった輝羽は二つ返事でOKするが、その、またが、まさか翌日だとは思わなかった。
「ふつう、1、2週間空けない?」
「土日、引きこもってるっておばちゃん言ってたじゃん」
「そうだけど……早くない? いろいろ」
朝。
AM10:37。
大樹が来て、輝羽は目が覚めたに等しくて。
でも、母はるんるん。出不精の娘に春が来たとでも思っているのだろうか。
大樹の持ってきた、コントローラーと昨日したゲームのリメイク作は、そんな甘酸っぱいものではないけれど。
リメイク作は大樹の兄が遊んでいたやつで、2人プレイできるような仕様になっていた。
「ヘッドショットしても1発で死なないっ!!」
それに死んでいるのか分からない時がある。
「焼夷弾で焼くっ?」
「まだ序盤中の序盤で?」
配置が違えば、マップも一新されていて、リメイクだというのに初見がすぎる。
念入りにゾンビと対峙する輝羽は弾切れになりやすく、接近武器も∞に使えるわけではなかった。
コマンドも出ない。
「弾、分けてっ」
「無駄撃ちするから、やだ」
「しないからっ、ハンドガンの弾10発だけっ」
終始びくびくしている輝羽が、大樹には可愛く思えて。
故意に距離を詰めても、ゲームに集中している輝羽は気づかなかった。
「輝羽ー。お母さん、お友達とゴハン行ってくるけどー」
「適当に済ませるから、ゆっくりしてきなよー」
あっという間に、お昼になる。
輝羽に『食べに行く』という選択肢はない。
いつもならゴハンそっちのけだが、大樹もいるし、朝も抜いているので、しっかり食べることに。腹が減っては、焦点もブレてしまう。
「からあげは昨日の残りなんだけど……チャーハンと玉子スープでいい?」
「輝羽が作んの?」
「うん。あ、チャーハンに玉子入れるから、わかめスープのほうがいいよね」
シックなエプロン姿の輝羽に、大樹は中学時代を思い出した。
「調理部、だっけ」
「映え重視のねー」と、フライパンをあおりながら、輝羽は手際よく作っていく。
餡掛けだったり、盛りつけを古墳っぽくしたり、美味しさ度外視したものもあったけれど、今日は普通のチャーハン。
そこそこ美味しいはずだ。
「うまっ」
大樹は絶賛してくれる。
一粒残らず綺麗に食べて、お世辞じゃないみたい。
「美味しかったんなら、弾ちょーだいよ」
「それとこれとは別だって」
午後に向けて英気を養い、また銃を握る。
輝羽のチキンプレイでは完全クリアとはならず。続きは来週の土日に持ち越すことになった。