Chapter 3
「て、天国っ……」
和葉が誘ってくれたケーキバイキングは、そんじょそこらのものとは違っていた。
都内の和洋菓子店の新作や試作品を提供しており、週単位でメニューが一新することもざらで、『今日食べなかったら、次はないかもしれない』という、一期一会な限定感が話題のスポットだ。
甘い物はもちろん、野菜を使ったヘルシー志向から、スーパーフードやオーガニック、グルテンフリーまで、バリエーションも半端なかった。
見れば見るほど、全部食べたくなる。
「あちらにあとのせ生チーズケーキがありましたよ」
「なに、あとのせって!?」
素敵な響きだった。
「濃厚抹茶のフォンダン生ショコラといい、なんでも生つければ手に取ると思ってぇ」
そして、輝羽はまんまと手に取る。
気づけばお皿は緑一色だった。時期的に抹茶のスイーツが多く、厳選したからこその色なのだが……
「私は輝羽ちゃんが選んでいないものを取ってきますわ。はんぶんこすれば、よりたくさん食べられると思いません?」
和葉の提案で、あとのせ生チーズケーキも堪能することができ、彼女イチオシのガトーショコラまであーんしてもらう。
「こちらもいかがですか?」
「おいひぃ……」
お腹も心をいっぱいに、至福の2時間はあっという間に過ぎていった。
「和葉ちゃんのオススメは本当にハズレないよねえ」
見映え重視だったり、味を追求しすぎて舌の肥えた人じゃないと分からないとか、そんなことなくって。今日のケーキバイキングも、ショッピングモールにでかでかと構えていて、高校生だけでも入りやすかった。
「当たり前ですわ。輝羽ちゃんと行くんですものっ」
ちょっと食い気味に答えた和葉は、恥ずかしそうに口元を押さえた。
「……久しぶりでしたので、こうしてお出かけするの」
バレンタインデーあたりに最後のイベントが解放されてから、休日はほとんどヤマタノオロチに。
「嫌になったのかなって、ちょっと寂しくて」
「ご、ごめんねっ……。1年の最後のほう、思ってたより難しくって……」
ちくっと、輝羽の胸が痛んだ。
自分との時間をこんなに楽しんでくれる和葉に申し訳なくって。
スイーツのことなら、なんでも話せるのに。
すごく良い距離感でいてくれる彼女に甘えてばかりだ。
吹き抜けになった中央の広場を横切っていると、聞き覚えのある声が響いてきた。
「ありえないんだけど!!」
和葉と声のした方を振り向くと、案の定。白雪と、短髪ツーブロックで端整な顔立ちの、例の〝付き合ってる人〟の姿が。たった今、堪能したケーキバイキングのお店の前で、穏やかでない空気が流れていた。
「ここなら白雪も食べられるって。カロリーオフとか、グルテンフリーとかさ。ちょっと食べたくらいじゃ、太ら――」
「マジでない。帰る」
「待てって!」
追いかけてくる恋人に振り向いて、白雪はひとにらみ。
「もう連絡してこないで。さようなら」
冷たく言い放たれた棘だらけ言葉に、男の足は止まった。
そのまま呆然と立ち尽くす彼に、哀れみや驚きの視線が注がれる中、輝羽はその人と目が合ってしまう。
疎遠になっていた、輝羽の幼なじみ・諏訪大樹だと気づいて。
彼とは、幼稚園から中学校まで一緒だった。
でも、遊んでいたのは小学校3、4年生ぐらいまでで、中学はクラスが被ることなく卒業して――――絡まれても慰めようのない輝羽は、和葉と逃げるようにその場をあとにした。
それなのに…………。
目撃した4日後の放課後、ゲームも取り扱っている書店で大樹にばったり出会ってしまう。
「輝羽?」
「げ!!」
レジに並んでいた輝羽は逃げられず、「……ひ、久しぶり」と声が上擦った。
「でもないだろ」
「い、いやあ、世間は狭いデスネ」
「白雪と同じ高校だったよな」
「取り持てない、無理!!」
白雪のNOをYESにする技量は持ち合わせていないのだ。言われる前に断れば、はぁ……とため息をつかれて、「なんでここ?」と。
「大樹こそ。ここ隣町じゃん」
「俺の行ってる高校、この辺」
いて不思議なのは輝羽のほうだった。が、ちゃんと目的があって来ている。
別のハード機で出る、新作のゲームの予約だ。
「……私は、ここの店舗限定に惹かれて」
ふわっと答えたところで、レジの番がやってくる。
予約は滞りなく。
ほくほくな顔でレジから離れれば、大樹はまだ帰っていなくて。
白雪との仲を取り持てない自分にもう用はないと思っていた輝羽は、予約の際に貰ったパンフレットを堂々と手にしていた。
「まだやってたのかよ、それ」
口先は笑っているのに、懐かしむようなまなざしを向けられる。
「……今、出てるやつで再燃して」
相手が幼なじみなだけに、下手な言い訳は通じそうになかった。
兄弟の代理で~、なんて。
輝羽は今も昔も、ずっと一人っ子だ。
「めちゃくちゃリアルだよな、最近のって。つーか、もうドラゴン関係なくなってるんだろ?」
「ヤマタノオロチとか」
「神話じゃん」
「妖怪もいる。九尾とか」
パンフレットを見る大樹は、その変わりように驚いていた。
「武器、増えたな」
「派生がたくさんって感じ。軽さと切れ味重視したら大太刀になって、槍なら矛とか薙刀とか」
「猟銃が加工次第で機関銃って、無理あるだろ」
「めちゃくちゃ玄人向け」
「鍛冶するゲームになってないか?」
「なってない、なってない」
思いのほか、途切れず。電車に揺られながら最寄りの駅に着くまで、会話は尽きなかった。
「――懐かしいね。小学校の頃みたい」
「だな。毎日ドラゴンハントの話しながら帰って、ランドセル置いて、公園に集合して」
「授業中もドラゴンハントの話してて、反省文たくさん書いたよね」
「今日こそ青龍倒しますってな。傾向と対策書き連ねて、先生困ってたよなー」
「しまいには赤ペンで『錫杖を使ってみませんか?』って。楽器だと思ってたのが、魔法陣書けて遠距離もいけるって初めて知ったよねぇ」
あの頃は、四六時中ゲームのことばかりで。
男子にまじって、ひたすら強いドラゴンに挑む日々をふと思い出した。