epilogue
「おはよう」と、力強く挨拶する和葉は、もうかぐや姫ではなかった。
けじめのつもりで長髪をばっさり切った彼女は、持ち前の雅さと合わさって、黒髪の麗人なんて呼ばれ始めて。
常に同性に囲まれ、輝羽と話せないことが多くなってしまったが、和葉はまだライデンだった祥人をよく思ってはいないので、いい距離感なのかもしれない。
「ちょっと、このクエスト手伝ってよ!」
白雪は化粧こそ健在だが、新作のドラゴンハントに夢中だった。意中の人がやっていることを知って、接点を増やすためにやり始めれば、思っていたより面白かったらしい。
白雪がしているならと、彼女との共闘を望むプレイヤーが増え、輝羽にとっても堂々とできる環境にはなる、が……
「あんまやってると赤点とるぞ」
はよ、と挨拶する祥人はもうフードを被っていなくて。
「アンタに言われたくなーい」
白雪とよくわちゃわちゃ言い合うようになる。その様子を見たクラスメイトは、もしかしたら取っつきにくくないかも、と祥人の印象が変わりつつあった。
「祥くん、私も手伝ってほしいクエストある」
「……どれだよ」
兄と差をつけるための期間、ずっとゲームをしていた祥人の腕は神がかっていて、輝羽もちょこちょこお世話になっていた。
「輝羽には、ほんっと優しいよね。アンタって」
「うるせえな」
白雪が茶化せば、祥人も負けじと。
「おまえは兄貴に手伝ってもらったらいいだろ。なんのために交換したんだよ」
「白雪ちゃん、悠人先輩とプロフィールカード交換したのっ? いつっ?」
「……先週の日曜。オンラインで祥人に救援送ったら、人手が足りねーって悠人先輩連れてきて」
「なら、4人でできるじゃんっ」
スマホを取り出して、どの日がいいか――さっそく計画する輝羽に、祥人はやれやれと柔らかなまなざしを向けた。
そんな彼に、白雪はまた絡む。
「俺だけでいいだろ。なんて、思わないの?」
「どいつのこと言ってんだよ」
――――ご都合主義の自己中野郎は、もういない。
「シュウさん、今日の運動量ハンパなかったんで、こっちのドリンク飲みません?」
「ミナト、さっき足首ひねってたろ。アイシング、ほら」
大樹は休部していたサッカー部を辞め、マネージャーとして再出発を誓った。
自分の性格を叩き直すため、気遣いというものを自然に身につけたくて。
「ありがとな、大樹」
「……うっす」
独りよがりだった頃にはかけられなかった言葉が大樹に沁みる。
調子に乗っていた大樹を、最初はこき使っていたチームメイトも、彼の献身さに水に流して。今年の鳴海大附属高校のサッカー部は、ひと味違うチームになるかもしれない。
そして、もうひとり。
自分の身の振り方を改めた生徒がいた。
「息抜きしないと、頭に入るもんも入んないぞー」
「うるせえ」
「ほらー、祥人の彼女から遊ぼーって」
「勝手に見んな、っておい」
悠人がスマホに気をとられていると、友人たちに参考書を奪われる。
「返せよ。こちとら、おまえらについてくのでやっとなんだぞ」
「それ、学年トップが言う?」
「それなりにしたからな、前回は」
「つーか、やれば確実に覚えられるのって、ずるくね?」
「ずるくはねえだろ、ずるくは」
「むしろ最強じゃん」と羨むことはあっても、悠人の強みを笑う者は誰もいなかった。