Chapter 20
「待って!! 白雪ちゃんと和葉ちゃんがっ!!」
「シラユキならトモがついてる」
来た道を引き返すライデンの足は止まらない。
「さっきみたいな手、2度目はねえ。今度捕まれば一生飼い殺されることになる」
心配が故の忠告も、輝羽には通じなかった。
「あの子みたいに、ココに留まるつもりじゃねえよな?」
――アタシがいて周り見ないんなら、それでいいの。
そこに好意はない。
――あいつに泣かされる輝羽も、それに般若みたいな顔する和葉も見たくないんだって。だから、逃げてよっ。
最初にシラユキを助けだそうとした際に交わした密話を、ライデンは輝羽に伝えた。
友人たちの安泰を願っての自己犠牲を無碍にするな、と彼は別の〈道〉へ連れていこうとする。
でも、
「それじゃダメなのっ!!」
輝羽はライデンの手を振り払った。
これはもう、その場かぎりの夢ではないのだ。
「大樹をなんとかしないと、またすぐココに戻ってくるっ。白雪ちゃんがいても、白雪ちゃんと逃げてもっっ」
再び手をとろうとするライデンをかわし、輝羽はひとり踵を返した。
瓦礫で溢れる謁見の間には、大樹と、彼の足下に転がるように倒れているライデンの2人だけ。
戻ってきた輝羽は、その状況を飲み込めないでいた。
どうして、置いてきたライデンがそこに、瀕死の状態でいるのか。
「おかえり、輝羽」
大樹がそれを教えてくれるはずもなく、ライデンが使っていたハンドガンを投げてくる。
「それで、こいつの頭を撃て」
「なに言って……」
「シラユキも、そのお付きも逃がしてやった」
爆発によってできた横穴〈道〉を指さして、
「次は輝羽が俺の言うこと聞いてくれる番だろ?」
「なんでそこまでライデンくんにこだわるのっ。意味わかんないって」
あぁそれを本人に聞くのかと笑うライデンに、大樹は蹴りを入れた。
どこもかしこも傷だらけで痛覚がバカになりつつある体は、せき込むだけでも激痛が走った。
それでも、ライデンは黙ることを止めない。
「――そりゃそうだよな。好意っての、伝えてねえんだから」
〝好きだから〟一緒にゲームして、
〝好きだから〟他の男に嫉妬する。
どんなに格好良かろうが、周りにモテていようが、その一言がなければ、輝羽にとっては幼なじみでしかないのだ。
しかし、それを大樹が知ったのは、輝羽を連れ戻しに来た、もうひとりのライデンに何発も撃たれたあとだった。
振り返ってもいるライデンに、輝羽は混乱する。
瀕死の彼も、大樹を撃った彼も、どちらもライデンだ。
願望説。
成り代わり説。
実は、双子説。
輝羽が冷静になる前に、大樹を撃ったほうのライデンが彼女の手を引いた。今度はふりほどかれないように、がっちりと掴んで、長い廊下に引き返す。
〈道〉は、そこにあるというのに。
「……は、ははっ。おまえが羨ましいってやつ……まだ、いたんだなっ……」
ライデンらしからぬ行動に、急所を免れた大樹が苦笑する。
してやられた。
漁夫られた。
いつの間にか、彼の夢に喰われていた。が、残された瀕死のライデンにとって、もうひとりの自分が現れるのは、想定の範囲内のことだった。
「目ぇ覚めたらレインに言うことあんだろうが。死ぬなよ」
自分に使うつもりだった回復薬を、大樹に振りかけた。
いくらかマシな目覚めになるはずだ。
「……っ、くそ……おまえの、その……余裕ぶっこいた態度と……レインってやつッ……。仲良さげで、むか……つ、く……」
どこがだよ、と消えていく大樹に、ライデンはため息をついた。
「俺が誰だか気づいてねえっての」
そんな輝羽を助けるべく、ライデンは最後の力を振り絞って立ち上がった。
――兄貴は俺のことバカにしてんだよ。
追ってくるライデンに嫌悪感をむき出しにする彼を、三浦だと認識していいのだろうか。
「勉強もスポーツも、なんでもできてさ。教科書ぺらって読んで授業聞けば、だいたい理解できて。ホントに双子かよってな」
手を引かれながら初めて聞く心情に、輝羽は誰だか分からなくなる。
ライデンと瓜二つな容姿。
それなのに、握られる手も、引き寄せられて肩を抱かれることも、初めてな気がして。
――近づくな、と一方的に発砲するのが、三浦くんで。
――かする銃弾に傷を増やす、すでにボロボロの状態のライデンくんが、悠人先輩?
でも、それだとちょっとおかしくなる。
「なんでもそつなくこなすおまえにしちゃあ無様だな」
「……はっ。おまえは俺のこと、……買いかぶりすぎ、なんだよ」
壁を支えにして、ふらつく足を誤魔化せば、血が滴り落ちた。
そんなライデンに三浦らしき彼は、言葉ではなく銃を向ける。が、「分かったろ。俺がただの凡人だって」と、ひるむことなく、自分が兄貴でないことを主張した。
「――実際、なにもしなかった俺は留年してんだろうが」
しかしそんなこと、彼にとってはどうでもよくて。
「アンタが本当に腹が立ってんのは、レインのそばにいるのが俺だからだろ!!」
どちらが本物のライデンなのか。
輝羽にだけピンとくる名前を口走れば、ライデンに扮した悠人の逆鱗に触れる。
〝ゆっくりと距離を詰めていたのに、弟は――祥人は、簡単に輝羽をさらっていく〟
それがどれだけ悔しくて、羨ましかったことか。
兄弟だから。
双子だから。
よけい辛くて、夢での立ち振る舞いに繋がる。
大樹の思いこみが重なり合って得た偽りの姿で、先行部隊の隊長となり、大した活躍もできずに捕まり、単身で助けにきた弟を身代わりにして。
温かな弟の居場所も手にかけた。
消えてくれ、なんて思ったことはない。
祥人にも同じ苦しみを知ってほしかった。
それだけなのに、悠人の弾は弟めがけて真っ直ぐ放たれ――――――彼らの間に飛び込んだ輝羽に当たる。
お腹に1発。
人の願望から解放るために〈道〉を探していた今までとは違って、輝羽は意識的に妨害をした。
その代償は、これまでとは比べものにならないくらい、鈍い衝撃だった。
「おい兄貴、手ぇ貸せ止血――」
戦意喪失した悠人が『自分が傷つけてしまった』という行為に耐えかねて、消えていく。
「 がっ……若み 、しっか ろッ……」
ライデンの声が遠くなる。
力がどんどん抜けてくる。
夢なのに、血の気がひいて。
お腹だけ熱くて。
「……みう、」
ひどく寒くて、舌が回らない。
震える手を、ライデンが包み込むように握ってくれる。いつかの彼と同じ感触に安堵した輝羽は、静かに瞳を閉じていった。
終着点なのか、それともついに夢に囚われたのか。
深い霧があたりを、太陽を隠し、いつもと違う広いバルコニーの給水タンクを背もたれにして座り込んでいた。
お腹の傷はない。
でも、痛いは痛い。
服装は高校の制服で、輝羽の様子を間近でうかがう三浦は邪魔そうにフードを脱いだ。
初めましてなはずなのに、見慣れたライデンがそこにいる。
しかし輝羽には、それが自分の都合のいい解釈でしかない、と夢と現実の境が曖昧なままだった。
――なんでもそつなくこなす。
夢の中で、そう言われていたけれど、いつも涼しい顔をしているわけでも、無傷だったこともほとんどない。
銃弾が掠ってできた頬の傷をおもむろに撫でると、ライデンと目が合った。
「……無事でよかった」と彼の体温に満足して、また瞳を閉じようすれば、腕を引かれ、ぎゅーっと抱きしめられた。
「起きねえかと思った……」
輝羽以上にほっとする彼は、どうやら本物らしい。
と、いうことは――――
「三浦くん?」
「気づくの遅ぇーんだよ」
自分の理想かもという懐疑心が、ようやく無くなった。
それに同調するように霧が晴れ、恐ろしいくらい静かだった学び舎に活気が、皆が戻ってくる。
「あいつ、輝羽をどこに連れていったのよ!!」
「輝羽ちゃんになにかあったら承知しませんわ!!」
目を覚ました白雪と和葉が、輝羽たちを探していた。
「ライデンくんっ、ふふふふたりが――」
近づいてくる声に離れるどころか、慌てる輝羽に口づけて、一言。
「祥人」
夢で呼び合う特別な名前も捨てがたいが、彼らが視ることはもうないだろう。趣味を理解してくれる親友たちも、ぶっきらぼうな想い人も、現実にいるのだから。