Chapter 18
輝羽が登校すると、異様な光景が広がっていた。
昇降口、廊下、教室。いたるところで、みんな倒れていて。
――篠岡さんの連絡先を聞くべきだった。
――高荒先生はもう来ているだろうか。
――警察。
――ほかの先生は。
それらの思考が一遍に押し寄せて、輝羽は落ち着けと言い聞かせるだけで精一杯になる。
なにかしなければ、なにが起きている、なにをすればいい?
とにかく高荒先生に会って……その高荒先生が砂になってたら?
静かすぎる校内が、輝羽に自問自答させた。
頭の中がうるさくて、たまらない。
自分自身と葛藤していると、ふと、階段脇で眠る白雪と和葉を見つけた。周辺には白雪に好意を寄せているであろう複数の生徒もいて。
白雪を匿うようにして眠っている和葉の肩をゆするが、起きてはくれない。顔面に垂れた髪をすくうと、彼女の首筋にうっすらと傷跡があった。
まさか、がよぎる――――と同時に、輝羽は強い睡魔に襲われた。
それは、夢の中へ戻ってくるような感覚だった。
廃れた故郷、前線基地、禍々しい空。塞がれた〈道〉を背にして、続きを視ているのだと確信する。
そばには壊れた警備ロボットとトモが倒れていた。
詰襟から覗く傷跡につい目がいく。
「……和葉ちゃん、なの?」
気がついたトモに問いかけると、彼は改めて名乗った。
「トモだよ、輝羽ちゃん」
輝羽を夢の中でそう呼んでいること自体が、親密な間柄なのだが。トモはあくまで、以前の夢で出会ったひとりだと姿勢を崩さなかった。
「僕だって知ったら、怖がっちゃうかと思って」
彼の孕む狂気を和葉と繋げたくないのか。
ライデンを虐げた行為は、なかったことにはならない。
「それでも、輝羽ちゃんを守りたかったんだっ……」
〝三浦や諏訪に振り回されてばかりの彼女を助けたい〟
〝現実では、なにもできなかったから〟
〝だから、せめて夢ぐらい〟
――その形が〝トモ〟なのだと、彼の台詞に込められた和葉の願望が、輝羽に伝わる。
純粋すぎる想いは、干渉しあう夢の中で歪んでしまったけれど、それがすべて自分に向けられていたものだと分かると、和葉を――トモを責めることはできなかった。
「どうして戻ってきたの? これは〈道〉じゃなかったの?」
現に今も輝羽のことを第一に考えていて、ぶーんと低い振動音に周囲を警戒する。
壊した警備ロボットの自己修復プログラムが起動した。粉々に砕いてもパッチワークのように継ぎ接ぎ、新たな機械が生まれて人々を襲うのだ。
「1度戻るよ。いいね?」
トモは輝羽の手を取って走り出した。
彼の背中は、〈道〉を通る輝羽を守って焼きただれていた。レーザー光線でできた傷にまじって、銃創がひとつ。
目が覚める前に、銃声を聞いた。
それによってできたものなら……。
信じたくなかった。
でも彼が――ライデンが撃ったものだとしか思えなくて。彼の安否を確かめようと言い出せない輝羽は、そのままトモと前線基地に戻ったのだった。
「レジスタンスがやられた?」
「そんなまさか……。その場所なら、警備ロボットは入ってこられないだろっ」
「新種の機械が生まれたんですかっ」
「落ち着け、おまえたち」
近衛の報告に、前線基地に緊張感が走った。
「機械たちは着々と知恵をつけてきている。ここに攻めてくるのも時間の問題か」
「先行隊の救出前に、俺らがやられちまう」
「縁起でもないこと言うなよっ」
状況はあまり良くはないようだ。
けれど、このまま新しい〈道〉を探したところで、きっとまた戻ってくる。より悲惨な現実を目の当たりにして、夢との区別かつかなくなって。
砂に、なってしまうのか。
それを待つだけの夢にしたくないし、ライデンの真意も知りたい。
自分にできることは……と、輝羽は、篠岡の仮説を自分なりに解釈してみる。
――その人にとって最高な願望を視せて、対価を求めてくる。でも、干渉しあっている内は、悪魔はうまく囁けない。
なら、この夢を視ている大本を起こすなり、(言い方は悪いが)邪魔をすれば、なにかしら好転するのではないか。そう結論づけるも、輝羽には別の想いがちらついた。
〝誰かと一緒にゲームがしたい〟
心の奥底に閉じこめた自分の願望が〈ライデン〉になったのではないかと。
今思えば、彼との出会いはドラゴンハントの夢の中。彼を追いかければ、いずれは砂に――――?
「輝羽ちゃんっ!」
報告を終えたトモが、血相を変えてやってきた。
「――っ……」
輝羽は過呼吸寸前だった。よく分からない頃から支えてくれたライデンを悪魔と思うくらい、ギリギリ踏ん張っていて、崩れ落ちそうになっていた。
「こんなときこそ、あいつなんだろうな……」
嘆くトモを輝羽は否定する。
「ライデンくんはっ……私の、理想かも……だからっ……」
そう思った経緯を語れば、トモはさらに嘆いた。
「輝羽ちゃんの妄想なもんか。あいつはちゃんと存在する。悔しいけど」
でも、と前置きして。
「下手したら輝羽ちゃんにまで当たりかねないのに、理解できないよ。1発、殴りに行こう」
「な、ぐるっ?」
トモ――もとい和葉らしくない提案に、ちょっと気が抜けた。
「お姫様を助けに行った部隊が帰ってこない話、覚えてる?」
そういえば、そんな世界観だった。
「その部隊、討伐組と救出組の2編成だったんだけど、それをまとめていたのが、ライデン」
作戦は失敗。
大半が魔の手に堕ちた。
――キミの探してるそいつ、レジスタンスに成り下がった人でさ。
「あいつが敵方に降ったなら、まぁ納得いくかなってね。元・警護隊のエースはシラユキ姫だけじゃなくて、輝羽ちゃんも手中に収めたいはずだから」
ぎりっと下唇を噛むトモは狂気を孕みだしていた。
その相手こそ、この夢の大本。
輝羽もよく知る相手だった。
*
「鳴海附属の一部と、ココがほぼ、か」
眠る生徒にどう接していいのか分からない教員にまじって、篠岡は呟いた。
「どうすればいいんだよ、おまえの専門だろっ」
「どうもこうも」
こうなる理由が分かったとて、現実でできることはなにもない。
自分で気付くしかないのだ。
悪魔が囁く前に。