Chapter 17-2
「僕たちは貴女たちのためにいる部隊ではないのです」
レジスタンスの拠点に行くときかない輝羽に、近衛は渋々同行する。
その道中で前線基地の在り方を説かれたが、機械から市街地を奪還するためのもの――――ではなかった。
「我が国の姫君がさらわれ、助けにいった部隊も帰ってこない中、機械は暴走し、レジスタンスが台頭し始め、そちらに人員を割かざるをえなくなりました。しかし、目の前で無惨に殺される人々を放ってはおけません」
それに、と続ける近衛から、狂気がにじむ。
「……姫を奪還したとて、あの男を殺さないかぎり、いたちごっこだ」
「あの、男?」
「姫をさらった元凶――警護隊のエースだった男は、悪魔に魂を売ったことで力を手にしました」
よくあるRPGの設定に、本当に自分の夢ではないかと輝羽は改めて思った。
そして近衛と呼ばれる青年も、きっとトモだ。
1歩先を行く彼から滲む狂気は、初めまして、ではない。
溢れないよう、機械にぶつけるトモと共に、市街地に突入した。
高層ビルが建ち並び、大通りには制御の効かない警備ロボットが。ドラム缶に足が生えたようなフォルムをした彼らは、機械、人間問わずに襲いかかってくる
トモは輝羽の手を引き、入り組んだ路地に入った。
腰に下げている軍刀で機械の接合部分を刺し、動きを止めていく。
「て、手伝うっ……」
接近戦は無理でも、銃なら少しぐらい。マントの下に見え隠れするホルスターに輝羽は手を伸ばした、が――――
「僕の手をしっかり握って!」
援護不要と、何十にもなるバリケードをかいくぐって、開けた場所に出た。
空こそ見えないが天井は高く、万が一進入されても、別のところから逃げられるような、計算しつくされたレジスタンスの拠点。なのに、彼らは全滅していた。
警備ロボットの進入を許したわけでも、閉じこめられたわけでもなく。皆、撃たれた痕があった。
「レジスタンスを鎮圧したという報告は受けていない……」
反旗を翻した――大いに考えられることだが、翻したとて、だ。
目的が分からない。
あたりを警戒しながら、作戦会議室、武器庫、貯蔵庫を通ったとき、かすかに呼吸をする生存者を発見した。
それは、輝羽が探していたライデンだった。
回復薬のビンを手にし、辛うじて生きている状態の彼を急いで手当てする。
パラメーターで記すなら、半分いかないくらい。死にかけのライデンにいくら使ったところで、これ以上の回復は見込めなかった。
「ほかに生存者がいないか、探してきます」
なにがあったのかも含めて、トモは単独行動に出た。
場所が変われども、ライデンに対して狂気が消えたわけではない彼は、物理的にも距離をとる必要があった。
それに、もしライデンが謀反者だとしても、やつは輝羽だけには手を出さない。そんな確信もあった。
居住スペースは1番悲惨だった。
寝込みを襲ったのか、シーツに付着する血液が消えずに残って、引きずった痕が折り重なる棚の陰に延びていた。
「……はっ、この……」
生存者は虫の息だった。
すぐさま回復薬を使うが、もう手遅れだった。
「〈みち〉……ふさ……がる、まえに……」
彼らが希望と説く〈道〉を記した手帳を渡して、事切れる。そこにはいくつもの×印と、警備ロボットが狙ったように塞いでくることを嘆いた日記が。
〝どんな風に思われようが、この〈道〉を閉ざしてはならない。大切な人をここから救える唯一のもの〟
レジスタンスの信念でもある文章に、トモは賭けることにした。この状況を把握するよりも、輝羽をなんとかしたいと思う気持ちのほうが強かった。
急いで貯蔵庫に戻れば、気がついたライデンに喜ぶ輝羽の姿があった。
「ずっと逢えなくて心配してたっ」
「……俺も。おまえが無事で良かった」
涙ぐむ輝羽に微笑むライデンが、トモにとっては腹立たしい。けれど、そんなこと言ってられないのが、現状で。
「水を差すようで悪いが、おちおちしていられない。キミたちの言う〈道〉が塞がれようとしている」
敬語も忘れて、ふたりを〈道〉に連れていく。
手帳に書かれていた通り、雑居ビルにぽっかり開いた洞窟を、警備ロボットが塞ごうとしていた。なにも、判別すらできない警備ロボットなのに、大きな鉄の塊を集団で押す。
目の役割をするセンサーは赤ではなく、紫だ。
あの男の力が警備ロボットを支配しているのだと思うと、トモはどこまでも壊せそうな気がしてきた。
そんな狂気にさらされたロボットたちが、輝羽たちを強襲してくる。
「走れ!!」
刺して、撃って、殴って、蹴り飛ばして。
輝羽に触れるもの、すべて壊していく。
自爆モードでもあるのか、爆発まで起こって、噴煙が、破片が舞い散る。
「――っ!!」
トモは片目を、ライデンは腹部の傷が開いた。
憎い。憎い、憎い、にくい、にくイ、にクイ。
なにもできない自分が、夢でも役立たずな自分が――――膝をつきそうになるライデンを支える輝羽を、トモは引きはがした。
無限沸きするロボットは鉄の塊を押し続けている。
人ひとりが通るのもやっとな隙間に、トモは輝羽を押し込めた。
「行くんだ!!」
彼女が潰されないようにその間に入れば、詰襟のボタンが外れる。
「トモくんっ!!」
「キミさえ無事なら、僕はなんにだって、なんだってするよ」
爆音にまぎれて、銃声が聞こえた。
輝羽はそこで――――目が覚める。
背中を押された感触も、トモの憂いた声色も鮮明に残ったまま、自分の部屋のベッドで眠っていたことに気づいた。
『昨日、保健室の先生が運んでくれたのよ』と、一向に起きなかった娘に、母は呆れていたが。
篠岡と逢っていたことまで夢だったのだろうか。
輝羽は曖昧になりそうな境界線をしっかり掴んだ。
5月13日 AM07:06。
教会を訪ねてダメだったときの×は、一昨日までだった。