Chapter 16
森先生が砂に倒れてから、大人たちまで体調を崩しだした。
睡魔に抗えない、夢と対になる筋肉痛などではなく、真っ白な砂を吐く。持病の悪化だと白を切るが、そうでないことは周知の沙汰で。
リモート授業で複数のクラスを受け持ったり、自習となったクラスを1人の教師が見回る、ということが増えてくる。
一方で、それを流布していた新興宗教は過熱するどころか、ピタッと活動をやめていた。ビラに記された教会はいつも閉まっている。
「また行ってきたの?」
「あまり近づかないほうがよろしいのでは……」
白雪と和葉にやんわり牽制されても、輝羽は足を運んだ。というのも、あの夢を境にライデンと逢えなくなっていた。
場面がころころ変わり、あっという間に終着点にたどりつく。
そんな夢ばかり視る。
途中で目が覚めることもあった。
彼らなら、この異様な日常含めて、なにか知っているのではないか。知らないから怖いだけなのだと、奮い立たせて。
そして、頭の片隅で思う。
まだ夢から覚めていないのでは。
異様な日常が、自分ないし他人が作り出した夢なのでは、と。
輝羽もまた、ギリギリの状態で現実に立っていた。
*
「あんまりしつこいようだと、警察呼ぶけど」
連日、教会周辺をうろうろしていた輝羽は、ついに接触に成功する。が、声をかけてきたのは……
「――準教授?」
「うん?」
「5月の連休明けに、うちの学校の保健室いましたよね?」
高荒先生と仲良さげだった、と指をさせば、準教授は教会に入れてくれた。
外装こそ教会だった建物はステンドグラスがあるぐらいで、偶像も十字架もない。
長いすに腰掛ける準教授は、隣にどーぞとイスをぽんぽんする。
「篠岡義行ってのは本当なんだけど、準教授はフェイク。ここの教祖でもないよ」
喋れば喋るだけ、怪しさしかない。
「奇病の情報集めてるジャーナリストってことにしといてよ」
「……それだと、ジャーナリストでもないことになりません?」
「じゃあ、諜報員」
「えっ!?」
「ないない、ここ日本だし」と、笑うが、職業不明のまま話は進む。
「キミは大丈夫だよ。まだ高校生だろ?」
悪魔は囁けないんだ、とビラの文言を絡ませてくる。
「社会に揉まれ、理不尽な仕打ちを受け続けて、せめて夢ぐらいと膨らむ願望に、やつらはつけ込むんだ。その人にとって最高な願望を、まるで現実かのように視せて、対価を求めてくる――――っていう仮説に、どれだけ反応があるか、宗教団体装って調べてたってわけ」
だから、ストレスは貴方の心を蝕む、のだ。
でも輝羽たち高校生にだって、悩みやストレスがないわけではない。友人関係だったり、受験のプレッシャーだったり。狭い世界なりに、大人とは違ったストレスがある。
「うん。だから、大丈夫なんだよ」
篠岡は真剣な面持ちで、輝羽を見た。
「小、中ってさ、結構まわりの子のこと知ってなかった? 家族構成、誕生日、血液型、星座、得意科目、好きな食べ物、好きな人、とか」
「まあ……そこそこ」
「そう。そこそこ干渉しあっちゃってるから、夢で自分に都合よく行動する相手に、ないなって。意外と冷静に視れてたりする。=願望形成が不利に働いているのかなって」
どこまでも曖昧なのは、砂を吐く奇病がウイルスでも細菌でもなく、人智を越えた者の仕業としか言いようがないからだ。
「――でも、前よりも表面ばっかり見えるから、吐砂するのも低年齢化してるのかも。その攻防が、過眠症や突然の睡魔なのかもしれないね」
篠岡の宣言通り、輝羽は睡魔に引っ張られるようにして眠りにおちていった。
「まずいな」
転げ落ちそうになる輝羽を支えて、篠岡は呟く。
知り合いのところの生徒とはいえ、直接関係があるわけではない彼女を送り届けるのは、如何なものかと。ケーサツのふりして保護しました、は後々面倒だ。
とりあえず、義行は自分の仮説を信じて、輝羽のスマホをいじった。指紋認証をさくっとクリアして設定を開く。
〝干渉し合っていると偏に言っても、それが同じ熱量とは限らない〟
いつ何時、どこにいるのか。
彼女の行動を逐一把握していないと気が済まない、誰かさんの執着心を――ホーム画面に表示されない、追跡アプリを消去しながら、自分のスマホでも助けを求めた。
――ざけんな、おまえが連れて来い。
生徒の前で見せる優男感皆無の友人にゲキをとばされた篠岡は、輝羽の高校の保健室へ、こそーっと忍び込んだ。