Chapter 15
夢を視るのが怖くなる。
でも、夢を視ずにはいられない。
夢は記憶の整理。漠然とその夢を視て、何事もなく起きて、夢の内容を忘れていく。
そうじゃなくなっていたと気づく頃には、きっともう遅い。
なにが味方で敵か、なにと戦っているのかも分からなくなった内戦に終わりはない。行き場を失った人々にまぎれて荒野の瓦礫にうずくまる輝羽は、使いかけの銃器を回収にきた義勇軍に保護されるところからスタートする。
ボロボロなジープに揺られて、石造りの廃墟へ。風化によって朽ちたお城は半分が崩れていて、1階の大広間に身を寄せ合っている状態だった。結構な人がいる。4割ぐらいが非戦闘員だ。
1人にかまっていられない中で、無気力な輝羽を憔悴した子だと思い、親身になる青年がいた。
「僕、救護班のトモ。どこか痛いところがあったら、すぐ言ってね」
さらさらな黒髪と綺麗な顔立ちの、背負うライフルとちょっと汚れた白シャツ、迷彩柄のチノパンが不釣り合いな彼は、最上階の小さな個室で付きっきりのケアをしてくれる。
景色だけは良い。
どこまでも広がる荒野に、夕日が沈みかけていた。
「のど渇かない? おなか空いてない?」
けれど、輝羽は粗悪なベッドにうずくまったまま。護身用のハンドガンだって手にしない。
状況把握。
〈道〉の探索。
生きることすら投げ出して――――騒がしくなる城内に、輝羽の体が強ばった。
誰かが砂に。
真っ白な砂粒を……。
「大丈夫だよ」
トモの声に、パニックになりかけていた輝羽の思考が止まる。
「偵察部隊が帰って来たみたい」
彼の言うとおり、歓声めいたものが聞こえてきて。
「ちょっと報告に行ってくるね」と、部屋を出ていった。
少しして、トモは偵察部隊のリーダーを連れて戻ってくる。
「大丈夫か?」
何度も一緒に夢を駆け巡ったライデンが、いつものように心配してくれる。そして、覇気のない輝羽に気づきもした。
輝羽の肩を掴み、強引に顔を上げさせる。
「ちょっとリーダーっ!!」
手荒なライデンを、トモが制した。
「皆が皆、キミみたいに慣れてるわけじゃないんだからっ」
けれど、ライデンは輝羽を離さない。
「――そうしてても、目は覚めねえぞ」
「……」
「おまえの夢じゃねえんだからッ」
「なんでライデンくんに分かるのっ!!」
現実で見た光景が、森先生の姿が、輝羽には焼き付いていた。
「怖くないのっ? もしかしたら、砂になるかもしれないのに!!」
「だから探してんだろうが!!」
ライデンの叱咤に、輝羽の目に涙がにじむ。
彼のように強くありたい。
でも、怖くてたまらないのだ。
「……他人の願望の糧になりたいなら、ずっとそーしてろ」
そう、いつになく冷たく言い放って、ライデンは輝羽から離れていった。立て付けの悪い木製の扉を思いっきり閉めて、部屋は輝羽とトモだけになる。
「先に進めなくて、ちょっとぴりついてるんだ」
トモは、涙が溜まる輝羽の目元を優しく指でぬぐった。
「リーダーが言うには、道がないんだって。だからって、輝羽ちゃんにあたらなくても」
もぞもぞっとポケットから板チョコを取り出して、
「はんぶんこ。甘いもの食べると、ちょっと落ち着かない?」
「ありが、と……」
「キミが笑うと、僕も嬉しい」
僕がチョコ持ってたこと秘密ね。と綺麗に笑うトモに、輝羽は少しだけ調子を取り戻していく。
パンとチーズ。
食べられるだけありがたい環境下で大広間で雑魚寝する人々や、交代で監視を行う迷彩柄の人たち。プライベートなんて言っていられない中で、個室まで給われて。輝羽は泣き言ばかりだった自分が恥ずかしくなってくる。
地下にある湧き水で体を拭いて、ライデンを訪ねるも彼はここをまとめている中心人物なだけあって忙しそうにしていた。目こそ合うが直接は話せなくて、口伝てに部屋に戻っているよう言われるだけだった。
しばらく窓から景色を見ていると、トモがやってくる。
「夜は冷えるから。しっかり防寒してね」
彼は自分の毛布まで輝羽に渡してきた。
「と、トモくんは?」
「キミにあっためてもらうから平気――なんて言ったら、どうする?」
男の人に押し倒される、という記憶に新しい、苦い思い出。
この人に限って。
そんなことはないのだと、身を持って知っている。
青ざめる輝羽にトモはふっと表情を和らげて、「そーいう輩から守るために、僕は門番」と、上から退いた。
扉を背もたれにライフルを抱えて座り直し、彼は眠りに入る。
「怖かったって思うなら、朝まで僕に近づかないで。おさえられる自信ないから」
そう言われて、輝羽はそのまま目を瞑った。
次の瞬間、敵襲だと知らせる鐘の音が。城内に響くのと同時に、爆音と地響きに襲われる。
「キミはここにいてっ!!」
「待って!!」
外から鍵がかけられ、輝羽は出られなくなる。
1階から機関銃の音と悲鳴が聞こえてきた。
激しい戦闘だということは分かる。
戦うことよりも、この場から逃げたほうがいいと、本能が警告する。
この程度の、木の扉。
輝羽は護身用のハンドガン片手にぶっ壊しにかかった。
ぐすぐすしていなかったら、こんな事態にはならなかったのかもしれない。そんな後悔も一瞬するが、今は自分ができることをするだけ。
不思議と気持ちが晴れてくる。
部屋から出る頃には、自分がライデンやトモを助けなければと奮起するぐらいに。
「レイン、無事か!!」
階段を下っていると、ライデンがこちらに駆けてきた。良かった。生きてる。無事な姿にほっとするが、その背後にふらりと現れた人影が、彼に銃口を向けていた。
輝羽がそれに気づいた時には、もう発砲していて。
「ライデンくんっ!!」
右肩と心臓の間に命中し、ライデンは膝をつく。
「――リーダーに近づいちゃダメだよ、輝羽ちゃん」
銃口を向けたまま、歩み寄ってくるのはトモだった。
穏やかな物言いでライデンの後頭部を殴ると、床に突っ伏す彼の頭にすぐさま銃口をあてがった。
「彼がね、表門の鍵を開けたんだ。僕たちを売ったんだよ」
弁解の余地はない。
「痛い?」
「っ……」
「裏切られた僕たちはもっと痛いよ」
出血する傷口をかかとでぐりぐりと押し広げ、歯を食いしばって耐えるライデンを、トモは笑う。
密かな独占欲が渦巻いていた。
トモにあるのは怒りではなく、輝羽をライデンから引きはがせた喜びだけだった。
「保身に走るキミなんて見たくなかった」
そう見下すトモの首筋に、銃弾が掠る。
ライデンではない。
輝羽が、護身用に渡された銃で、トモを撃ったのだ。
「ライデンくんはっ……そんなことしないっ……!!」
四六時中人に囲まれている彼に、いつ門を開ける時間があっただろうか。
かたかたと震えながらも無実だと、力強く訴える輝羽に、トモの理想は反映されない。
「輝羽ちゃんっ……」
頸動脈、心臓、どこに当たってもおかしくない、完全な拒絶。
自分を頼ってくれるどころか敵視される始末に、トモはショックを隠せず、消えていった。
鍵を、残して。
絵に描いたような簡素な鍵に、ライデンが喜んだ。
「地下の水場に開かずの扉があんだよ……たぶん、そこの鍵だ。〈道〉に繋がってる」
「その前に手当しないとっ」
ぐちゃぐちゃな傷口から流れる血が、点々と床に落ちる。
「〈道〉さえあれば、向こうも大人しくなる。行くぞ、レイン」
終着点のバルコニーに出られたものの、ここに治療する道具はない。
よくある、自分の身につけている服を裂く、というのは、布が厚すぎて無理だった。
「貫通してないなら、それでいい」
向き合う形で座り込むライデンを、輝羽はとにかく支えた。
「目ぇ覚めて、銃弾が体内にありますじゃやばいだろ。こういう場合、だいたい内出血になってる」
視てる歴が違うんだよ、と笑うが、座っているのもしんどそうだ。
ずたぼろの背中で、壁にもたれ掛からせるわけにもいかず。輝羽はライデンをぐっと抱き込んで肩を貸した。
「も、もっと寄りかかって、大丈夫だからっ」
「――ありがと。楽かも」
ライデンの左手が輝羽の背中に回される。
「こんな目にあっても砂にならねえんだから。ここにたどりつくことだけ考えてろ」
おまえは、大丈夫だから――――そう言われて、体がふっと軽くなる。
ライデンが消えた。
パンッと弾けるように。
いつも先に目覚めている輝羽は、ここでの最後を知らず。きっと目を覚ましたのだと信じることしかできなかった。