Chapter 14
『昨日はホントにごめん!!』
『滋樹さんからいろいろ聞いたぞ。ちゃんと寝ないと!』
そう無難に返したのだが、連休明けの翌日も大樹からのメッセージが絶えなかった。
自分の席で抹茶のエクレアを食す前に、輝羽は返信をする。
『埋め合わせしないと俺の気がすまない』
『気にしすぎだって』
何回繰り返せばいいんだ、このやりとり。
▽埋め合わせする、を選ばないと、永遠に続くのか。
あくびを噛みしめながら頭を抱えていると、白雪が輝羽にだけ聞こえるように声をかけてきた。
「ゲーム?」
かもしれない、と答えたくなる。
「……大樹、なんだけど。昨日一緒にゲームしてたら、寝落ちしちゃって。それを気にしてるみたいで、別にいいって送ってるんだけど、納得してもらえない」
「うざっ!!」
輝羽も苦笑い。
「この前の寝不足も、大樹のせい?」
「ううん、それは私の問題。夢見が……悪くはないんだけど、走り回ったりする夢でなんか落ち着かないっていうか」
「最近多いらしいじゃん、そういうの」
「え?」
白雪がSNSを見せてくれて。
――寝相良いはずなのに、疲労感で草。
――寝てんのに眠い。
――夢で転けたら、同じとこケガしててびっくり。正夢通り越してる。
共感できることだらけの呟きに、抹茶エクレアを食べる手が止まる。
自分に限った話じゃない。
そう喜ぶには、少々不穏な雲行きだった。
体調不良で欠席、早退する生徒がちらほら。
和葉もそのうちのひとりで、保健室の利用率も目に見えて上がっていた。
3つあるベッドは満床、ソファーには顔色の悪い生徒が待機している状態で。
「ちょっと待っててくれ。今、キヨが簡易ベッド取りに行ってるから」
いつものごとく昼休みに保健室を訪ねた輝羽は、見知らぬ男から待ったがかかる。
滋樹と変わらない20代くらいの、7分袖のジャケットにTシャツ姿で、ぱっと見、すごくラフな大学の準教授――らしい。
ネックストラップにそう書いてある。
「……あの、プリント渡しに来ただけなんです、けど」
この人に渡して、ちゃんと三浦のもとに届くのか。
「パーカー着てる人、なんですけど……」
「あぁ。キヨのデスクで寝てる子かな」
保健教諭の高荒清正とは親しそうだ。
奥にいるよ、と直接渡すよう促されて、カーテンをかきわける。
フードを被ったまま背もたれに体重をあずけて、やや見上げた体勢で眠る三浦の枕元に立った。
静かな寝息が聞こえる。
鼻先までは見えるが、フードがアイマスクのようになっていて、顔全体は分からない。
〝三浦 祥人〟
悠人と1文字違いの、昨年一緒じゃなかった彼に輝羽はようやく、双子なのでは、と。でも、デリケートな部分だから触れないでいようと思っていた。
双子だからと比べられて、それがプレッシャーで成績不振だって可能性もある。数えるぐらいしか喋っていないけれど、ただの怠慢ってことは考えにくくて。
彼もまた夢に振り回されているひとりだと、今の状況なら説明がつく。
「――――なんだ」
そんな三浦は、まじまじと見つめる視線に不快感を露わにして目を覚ました。が、慌てる輝羽の声に下がった口角や声色が普通に。
「ご、ごめんっ」
「おまえか」
姿勢を正して、またフードが目深になる。口元だけになった三浦から気まずそうな雰囲気が漂ってきた。
申し訳なさそうにプリントを受け取って、「……5限は出る」と。
他に寄るところのない輝羽は、三浦と一緒に教室に戻ることになったが、とくに会話があるわけでもない。
「…………」
「…………」
肩を並べて無言で廊下を歩く。
でも、意外と苦痛じゃなかった。間を埋めなければ、にならなくて、なにか喋れの催促もなくて。歩幅を合わせてくれる三浦はやっぱり優しい。
けれど、不穏はやってくる。
「嫌だっ、死にたくない!!」
廊下に響きわたる叫びが、一気に混乱を招いた。
「森先生、落ち着いてっ」
他の先生がなだめるも、聞く耳持たず。茶道部の顧問で普段物静かな初老の先生が、半狂乱でのたうち回っていた。
「ほ、ほんの出来心なだけじゃないかっ……――夢を視ることぐらい」
そう吐露した瞬間、森先生の口から砂が溢れてくる。
口元を押さえても、真っ白な砂粒が止めどなく、指の隙間からこぼれ出る。
次第に、見開いた目頭からも。
『最高の夢を視せてやる』
『その囁きに耳を傾けてはいけません』
あのビラは、まだ輝羽のカバンの中にあった。
悪魔が隙をついてくる、という新興宗教の。
あの文言には続きがあった。
『夢に囚われたら、最期
あなたは、砂になる』
息が上がりそうになる。
詰まりそうにもなる。
――次は我が身だと。
周りが騒然とする中、うろたえることなく静観していた三浦は、輝羽の冷え切った手をひいた。
「行くぞ」
それ以上は、とくになにも。ただ、包み込むように握られた手は温かく、不思議な安堵感があった。
足早にその場を離れていく。
そんな2人を遠目に見る悠人もまた、うろたえることなく静観していたひとりだった。