Chapter 13
――たまには、うちでしねえ?
連休最終日は大樹宅におじゃました。
兄とのふたり部屋には、レトロゲームから新作までいろいろ揃っていて、小さい頃よりパワーアップしていた。
2段ベッドとデスクは部屋の端っこに追いやられ、テレビ台にはハード機が一通り、その前に置かれたローテーブルをコの字型で囲むように2人掛けのソファーと、背もたれのないソファーが2つある。
「今も集まってたりするの?」
「サッカーやり出してからは全然」
それでも、コントローラーは相変わらず4つある。
2人掛けのソファーに座るよう促された輝羽は、ローテーブルにあるコントローラーたちをまじまじと見た。
「兄ちゃんの友達は結構来てるな。昨日、泊まりでスプラゾーンやってたし」
おかげでリビングのソファーで寝る羽目になったと、大樹はあくびをしながら、懐かしのゲームの最新作を取り出した。
「俺たちはなにする? スマウト? マイカー? 昔よく分かんなかった、かっさらってプロッパ?」
しかし、輝羽の反応はいまいちで。
「……スプラゾーン、やるか?」
2頭身のキャラと色とりどりのスプレーで自分の陣地を塗り広げていく対戦ゲームは、輝羽たちの小さい頃にはなかったものだ。
「いいのっ?」
「いいもなにも、やりたいんだろ?」
「したいっ!」
「素直に言えよな」
「……大樹の寝不足の原因だし」
「変なとこ気ぃ使うなって」
オープニングが流れるだけで輝羽は目を輝かせた。
ひとりでやるにはちょっとさみしくて遠い存在だったスプラゾーンが、内々で楽しめる環境でできる日がくるなんて――――と、隣に座った大樹にまで、その興奮が伝わってくる。
ドラゴンハントに明け暮れていた、あの頃と同じような輝羽がそこにいた。
「色塗りモードって、なに?」
うんとかわいくなった幼なじみが、大樹のほうを向く。
「対戦となにが違うの?」
「そっちはぬりえ。ひとりでやってもいいし、ふたりで協力しながらでもいいっていうオフライン専用のモードだな」
「じゃあ操作に慣れるためにも、色塗りモードで!」
キャラクターとスプレー缶のタイプの選択は、輝羽の想像以上に難しかった。
「体型? バランス? 広狭?」
「小さいキャラででっかいスプレー缶持ったとき動きが遅くなる。って基準がバランス」
「広狭は?」
「スプレー缶の口。幅広くて薄いか、狭くて厚いかで乾くのに差が出る」
「……もしかして、色が混ざったりする?」
「そ。混ざると減点」
「普通に難しくない?」
「難しく考えるなって。時間内に、みほん通りに、色が混ざらないように塗ればいいだけ」
さっそくやってみれば、ぐっちゃぐちゃ。
色と色との境目が混ざり、細かなところは混ざり混ざってグレーに。
「むっず!!」
「へたくそ」
「大樹がさっさ塗るからじゃんっ」
「時間が限られてんだぞ。輝羽のやりかたじゃ、倍の時間あっても終わんないし」
「最高得点出したい!」
「そりゃそうだけど」
何回やってもB判定以上いかなかったが、操作には慣れた。
チームメイトをCPUにして、3対3の5分勝負。
缶とキャラクターとのバランスをあまくしたり、CPUのレベル、人数の増減だったりのハンデは一切なしにしてもらう。
それで勝っても、輝羽は嬉しくないから。
「こっちは混ざんないけど、厚い薄いで上塗りのしやすさが変わってくるからな」
広範囲に噴けば噴くほど薄くなる仕様に、大樹は同じ場所を何度もぐるぐる。そうして面積を押し広げていった。
輝羽も負けじと壁や建造物にスプレーするが、丁寧さがあだとなる。
「もう1回っ!!」
「何度でも受けて立ってやるよ」
大樹の戦法を真似してみるが、彼の使うスプレーだと3回、もしくはゆーっくり噴射するかで1カ所にとどまりやすく、CPUたちの妨害にあって上手くいかなかった。
狭くてもしっかり色が付くスプレーのほうが、輝羽には合っているようだ。うまく妨害できれば、1発KOも可。
自分のプレイスタイルが定まってきたところで、大樹から質問を投げかけられた。
「昨日さ、柳楽坂にいたろ」
しかし、輝羽はそれどころじゃない。スプレーまみれにされたチームメイトが洗濯中で、3対1の四面楚歌に。
「隣にいた男、誰?」
その場から逃亡する輝羽を、大樹は執拗に追った。大樹のスプレーが地味に視界を奪ってくる。
「なあ」
「同じ学校の先輩だよっ」
「なんで?」
水たまりを転がり、視界良好。
でも大樹の追撃は続く。タイムアップまで追っては塗られを繰り返して、結局LOSE。
「ちょっと私のこと狙いす――」
「同じ学校の先輩と、なんで?」
輝羽の訴えを、静かな追求が黙らせた。
真剣な面持ちで聞いてくる大樹に、輝羽は恥ずかしくなってくる。
「なんでって……。ヤマタノオロチ討伐できて、その勢いで祝賀会しましょうって」
昨日の今日でまだ鮮明で、そこを目撃されていたとなると、よけいだった。顔が熱い。
どれだけ嬉しかったんだよ、と笑われるかと思えば、輝羽は肩をどんっと押され、大樹に組み敷かれていた。
「一緒にゲームする男だったら、誰でもいいわけ?」
想像していた反応とは違うものに、輝羽は困惑する。
「いいじゃん、俺だけで」
「わけわかんないんだけどっ……」
大樹の胸板を押すが、どうにもならない。
昔の大樹じゃない大樹が迫ってくる。
「や、」
拒絶の色を見せる輝羽に、無理やりキスしようとした瞬間だった。
がくっと。
バランスを崩したのか大樹が覆い被さって。キスこそ免れたが、重い。
耳元から寝息が聞こえてくる。
「大樹っ?」
「――……」
気まずくなって狸寝入り、というわけではなさそうだった。