Chapter 10-1
今日の夢は、毛色が違った。
中世ヨーロッパ風な城内で、ふりっふりで煌びやかなドレスを身にまとう輝羽は、生まれたての子鹿だった。
高いヒールに足下がおぼつかない。
目元だけのベネチアンマスクに視界が狭まる。邪魔だ。おしゃれは我慢だと聞くけれど、呼吸すらままならないきつめのコルセットもどうかと思う。
「私の夢じゃないことは確かだっ……」
「そうだな」と、相づちを打つライデンも仮面をつけ、タキシードにドレスアップしていた。いつもの無造作ヘアがきっちりと整えられている。
「……そうきっぱり言われると、ちょっと」
「仮面舞踏会に憧れていたのか?」
「まったく興味ない」
「だろ」
そうとなれば、早く〈道〉を探して、ヒールともおさらばしたい。
「お手をどうぞ、お嬢様」
からかうように差し出された手を取り、巨大なシャンデリアがぶら下がる大広間に足を踏み入れた。
仮面を付けた紳士淑女が、生の演奏で社交ダンスを踊っている。肩や腰に手を添え、近い距離感で踊りながら談笑している様子は、完全な大人の社交場で。
それを警備しているのか、監視しているのか。向こう正面にある巨大な階段の踊り場や入ってきた扉の両脇に、シンプルな目元だけの仮面を付けたスーツの男たちが、マシンガン片手に目を光らせていた。
「1曲ぐらい踊らねえとまずいか」
闇雲に探索して、不審者扱いで拘束されては元も子もないと、ライデンは気後れする輝羽の手を引き、雰囲気を飲む。
「私、踊れないっ」
「それっぽくしてれば大丈夫だろ。ほら」
簡単に言うが、輝羽はがちがちで。
「ベタに足踏むなよ」
「わ、分かってるっ」
「腰ひけてんぞ」
「うう……」
「もっとくっつけ、レイン。徹しろ、お嬢様」
見よう見まねのワルツっぽいものをゆるい感じで踊ってみれば、次第に痛みとの戦いになってくる。
踵やくるぶしがヒリヒリしてきた。
耐えられなくもない。が、地味に痛い。
「……ねえな」
踊りながら大広間を見渡していたライデンに、輝羽はちょっとだけ、ちょこーっとだけ体重をあずけた。
密着する面積が広がる。
繋いでいる手に力がこもる。
痛みよりも恥ずかしさが勝ってきて――――
思わず離れようとした輝羽の腰を、ライデンがぐっと抱き込んだところで曲が終わった。
「よくやった。大丈夫か?」
「のー、ぷろぶれむっ……」
ドキドキを誤魔化す輝羽の言動はちょっとおかしかった。
間奏が流れ、人が動き出す。新たなパートナーを探す人間と、気の合った者同士で大広間を出ていく組とで。
ライデンと輝羽も後者を装って人の波に紛れ込もうとした、そのときだった。
階段の踊り場に現れた、従者を連れた女性に会場がざわつく。
派手なドレスにフルフェイスの仮面を付けて、ゆるふわなミルクティー色の髪に堂々とした出で立ちは、後ろにある大きな肖像画と仮面込みで似ていることから、このお城の主だと察するのは簡単だった。
「……白雪ちゃん?」
「顔見えてねえけど」
「なんか、ぽいなって。寝癖とか、セットしてない日とか、ネイル剥げてるの見たことなくて。甘いもの食べないのも体型維持なのかなって思うくらい、徹底してるっていうか」
白雪似の城主も、不自然に見えない程度にウエストを絞っている。
「……努力、か」と呟くライデンは、どこか遠くを見ていた。
「そこの方」
階段を下りてきた城主は、ライデンと輝羽の前でぴたりと止まった。
誰と言わなくても、彼女はライデンしか見ていない。
「私と踊っていただけます?」
「パートナー、いるんで」
「あらやだ。貴方のパートナーは、すでに先約がいましてよ?」
は? と、輝羽もライデンも一瞬意味が分からなくなるが、『先約』とやらが輝羽の二の腕を引いた。
「探したよ、輝羽」
あまりに不意で輝羽はバランスを崩すが、それを抱きしめるように大樹が支えてくる。
「大丈夫か?」
「大丈夫だしっ……」
見知った突然の登場に、夢だと言うことを端々に感じながら、すぐさま離れる。が、ライデンは城主に連れて行かれてしまった。
ため息をつきながらも、腕を絡ませてくる城主をライデンは無碍にせず。輝羽に向かって『頼んだ』と口パクで告げて、城主のボディータッチに応え出した。
「輝羽、どこに行くんだ」
「捜し物」
「待てって。俺も手伝う」
自由に動けるのは自分だけ。そう言い聞かせながら、輝羽はエントランスから左に延びる廊下を大樹と歩いた。
スーツの男が扉の前にいたりいなかったり。いない扉を開け、中に入っても止められることはなかった。
応接間のような、なにか商談でもするような部屋には誰もいない。
〈道〉もない。
壁にサーベルが飾られているが、ただの装飾品のようで武器としては使えそうになかった。
「これ、棚とか調べたらアイテム出てくるのかな」
「謎解きゲームみたいな?」
「いや回復薬とか」
薬草でもいいなぁ、とぼやく輝羽は、だんだん足の痛みを思い出していた。
「怪我してるのか?」
「靴擦れだよ。普段ヒールとか履かないから」
〈道〉と救急箱を求めて部屋を出たり入ったり。
さすがに不審がられて、仁王立ちだったスーツの男たちが動き出した。
「少しよろしいですかな」
「なんだ、マネキンじゃなかったのな」と、間に入る大樹は生意気そうな貴族の小芝居を打つ。
「なんだと?」
輝羽に迫ろうとしていた男は、大樹に。その大樹は輝羽をそばに引き寄せ、親密さをアピールした。
「ちょっと休める部屋を探してたんだ」
「それなら2階にあるゲストルームを――」
「その部屋、救急箱ある?」
「救急箱?」
「俺のパートナー、ひっどい靴擦れでさ」
大樹が輝羽のドレスのすそをちらっと持ち上げ、手当てしたい旨を伝えれば、男はすぐに用意をしてくれた。
大広間からでなくても、2階には行ける。エントランスから延びる廊下とは逆の右側に上へ行ける階段があった。
輝羽がそっちを選ばなかったのは、気の合った男女がより親密になるための部屋で、そんなところに洞窟なり穴があるなら騒ぎになってもおかしくないと、後回しにしていた。
一応確認するが、やはり〈道〉はない。
ふかふかのダブルベッドに腰かけ、輝羽はおとなしく大樹の手当てを受けた。
足の甲まで擦れていて、包帯でぐるぐる巻きにされる。
「痛むか?」
「大丈夫だよ、ありがと」
厚みが出て摩擦が軽減しそうだと、輝羽は再びヒールを履こうとした。
「手当てした意味なくなるだろっ。安静にしてろよ」
「大丈夫だって」
「救急箱は見つけただろ? なに急いでんだよ」
「……急いでるっていうか」
大樹の中では、探し物=救急箱の認識で、〈道〉と言って伝わるかどうか。
「ここから出られそうなところ探してる、んだけど。私とライデンくんはおじゃましてるらしくて」
これが白雪の夢なら、白雪が思う大樹なわけで。迷子のような自分たちとはきっと違う。
「――なんで、いつもあいつと一緒なんだよ」
「なん、で?」
そこは、輝羽にだってさっぱりだ。
「ライデン、ライデンって……輝羽のなんなの? 目の前にいるのは、俺だろっ?」
大樹が輝羽に迫ると表が騒がしくなってくる。部屋の窓ガラスが割れ、野太い声が城内に響きわたった。




