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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

タコ焼き屋台の襲撃

作者: さば缶

 巨大なビルの谷間に作られた広場は、祭りが開催されておりそこそこ賑わっていた。

ライブステージからは軽快な音楽が響き、フリーマーケットでは手作り雑貨や古着が売られている。

そんな華やかな一角に、突然現れた屋台があった。


 いつからそこにあるのか、誰もはっきりとは言えない。

気づけばいつの間にか設置されていて、人々はとくに疑問を持たずに近寄っていく。

赤い幕を垂らしただけの簡素な作りで、看板もない。

ただ、ソースのような匂いがしきりに立ち上っており、その香りをかぐと自然と足が向いてしまうのだ。


 しかし、屋台の奥を覗いても誰もいない。

鉄板だけが微かな熱を帯びており、その上には大きめのたこ焼きが並んでいる。

一つひとつが通常よりやや大きく、まんまるに焼き固められているように見える。

鰹節や青のりなどはかかっておらず、淡い茶色い生地がむき出しのままだ。

客の姿も、屋台にかかわっている人間の姿もないのに、なぜか誰もが「ここはたこ焼き屋だ」と信じて疑わない。


 初めに異変を感じたのは、大学生らしき二人組の若者だった。

屋台の前に立ったまま、「うまそうだな」とつぶやきながら、誰もいないはずのカウンターに小銭を置いた。

すると、その硬貨はするすると自力で転がり、鉄板の脇に落ちていく。

「あれ……?」

訝しむ間もなく、一人が手を伸ばし、たこ焼きをつまんで口へ運んだ。


 焼けた生地が唇を噛むほど熱いはずなのに、彼はまったく抵抗なく丸ごと噛み切る。

味はどうだ、という問いを投げかけようとしたもう一人が、すぐに息を呑むことになった。

たこ焼きを噛んだ大学生の顎から、つうっと赤黒い液体が滴り落ちたからだ。

そして彼は目を見開き、喉を押さえてうずくまる。

「苦、し……」

息が詰まるような苦悶の声とともに口から泡が噴き出し、地面に膝をついた。


 「おい、どうした……?」

友人が肩を掴もうとした瞬間、うずくまった男の背中に何かが隆起するように盛り上がった。

パリパリと服の生地が裂け、そこからドロリとした赤い肉塊と、うねる吸盤めいた器官が覗く。

まるでたこ焼きの中身が彼の体を内側から食いつくし、異形のパーツを生やしているかのようだ。

「……ぎゃあぁぁ……!」

絶叫が広場に響き渡り、ステージの明るい音楽と混ざり合って嫌な不協和音を生む。


 地面に倒れた男の体からは、まるでタコの脚を思わせる部位が次々と膨れ上がり、肌を突き破っていく。

友人は恐怖に駆られ、思わず後ずさるが、そこへ転がってきたもう一つのたこ焼きに足を取られた。

いつの間にか鉄板から転がり落ちてきたのか、それはじわりと生地の一部を裂き、内部の棘のような突起を覗かせている。

「うわっ、やめろ!」

慌てて振り払おうとしたが、棘がズブリと足首に突き刺さると、言いようのない痺れが走り、その場に崩れ込んでしまう。


 男二人の阿鼻叫喚が広場中に広がり、最初は何が起こっているか理解できなかった人々も、彼らの体から飛び散る血液や膨れ上がる異形の様を見て絶句する。

「事故? いや、違う……何だ、あれ……!」

誰かが警備スタッフを呼びに走り、別の誰かはスマホを取り出して撮影を始めようとする。

しかし、その間にも屋台の鉄板からは新たなたこ焼きがぷつぷつと破裂音を立てながら転がり落ちてくる。

生地の表面はどこか湿っており、よく見ると赤黒い液が滲んでいる。


 「離れて!」

反射的に叫んだ声がどこからか上がり、人々が一斉に後ろへ下がる。

だが、時すでに遅い。

次々と転がるたこ焼きが地面を這い、大きく口を開けるかのように裂け目を広げては、近くにいる客たちの足首や腕に噛みついていく。

ある者は生地に触れただけでどろりと皮膚を溶かされ、ある者は中から伸びてきた触手に締め上げられて息を絶つ。


 最初にやられた大学生の体は、もはや原型を留めていなかった。

彼から飛び出していたタコのような突起がさらに伸び、近くを走り抜けようとした子どもの足をすくい上げる。

子どもは高々と宙に吊り上げられ、喉の奥まで棘を突き立てられて絶命した。

絶叫と悲鳴が折り重なり、祭りの楽しい雰囲気は一瞬にして地獄絵図へと変貌する。


 それでもまだ信じられずに、屋台の周囲に立ち尽くす人間がいた。

ポツリ、ポツリと「どうして……?」「誰が作ってるの……?」と呟きながら、愕然とした表情を浮かべる。

しかし、屋台の中には誰もいない。

鉄板には生地が湯気を立てているのに、そこを操作する手も姿もまったく見当たらない。

ただ、いびつに回転するたこ焼きだけが、まるで自分の意志で動いているように人間を襲っている。


 やがて、我に返った人々が一斉に逃げ出す。

ところが広場には多くの露店や人だかりがあり、混乱に紛れてなかなか思うように走れない。

出口を探し求める人々が互いにぶつかり合い、転倒者が続出する。

その隙に、血に染まったたこ焼きたちは這い寄るように次なる獲物を求めていく。

巨大になった異形の脚が辺りを舐め回すように蠢き、さらなる餌を捕らえようとする。


 「警察を呼べ!」「救急車を……ぎゃあっ!」

呼び声を上げた若い男性が、背後から現れた裂け目に腕を飲み込まれ、引きちぎられる。

至るところでスマホの光がちらつくが、通信が一斉に途切れたかのように、誰も外部と連絡が取れない。

まるでこの空間だけが異界へ繋がってしまったかのようだった。


 一部の人々が腰を抜かしながらも、露店の鉄板や串を武器に反撃を試みる。

「くそっ、焼き切れるのか……」

豚串の屋台から拝借した鉄串を構え、転がってきたたこ焼きの一つを刺し貫こうとする男性がいる。

だが、それを貫通したかと思えば中の棘が弾け飛び、男性の顔面を斬り裂く。

血が霧状に飛び散り、男は絶叫ののち動かなくなった。


 表面を焼き固められた化物は、金属程度ではそう簡単に破れない。

かろうじてひとつを踏み潰そうとした者もいたが、底から出てきた吸盤がその足を巻き込み、結局は足首から先を切断される羽目になった。

全身がもがき苦しんで悲鳴を上げる中、これ以上はどうしようもないほどの惨状が広場を覆う。


 そこへ、屋台自体が揺れ始めた。

誰も触れていないのに、ゴトゴトと音を立てて移動するように見える。

屋台の支柱が曲がり、幕が引き裂け、ついにはその奥からくしゃりと潰れた鉄板が姿を変えながらむき出しになった。

血液とソースのこびりついた鉄板の下部が、生き物の歯列のように開閉を繰り返しているのだ。


 あまりの光景に逃げ惑う人々ですら足を止め、茫然とした。

屋台全体が異形のモンスターと化し、どす黒い液体を吐き出しながらそろそろと前進してくる。

それはまるで、次々と大量のたこ焼きを“産み落とす”ための母体にも見えた。

事実、鉄板の隙間からは人間の手やら足やらがちらついて見え、その一部がすでに溶けて混ざり合い、さらに新しい生地となって蠢いている。


 「もう逃げろ、ここは駄目だ……!」

何度も人々が呼びかけ合うが、会場の出口付近は倒れた屋台やパニック状態の客でごった返している。

宙を舞う悲鳴に誘われるように、たこ焼きの怪物たちが次々とカサカサと動きまわり、潰れかけた露店の下やテーブルの隙間に潜み、獲物の足を狙う。

触手が人間を捕らえるたびに、広場の中心部にある“母体”へと引きずり込んでいく。


 やがて、電源を落として暗くなったステージ側から閃光が上がった。

誰かが花火を点火し、火の粉をまき散らしているのだ。

「燃やせ! 全部燃やしてしまえ!」

絶叫まじりの声が混じり、幾人かが燃料代わりに露店の油やアルコールをまき散らす。

花火の火がそれに引火し、広場の中央が大きな炎に包まれた。


 火柱が高く昇った瞬間、たこ焼きの化物たちは湯気よりも強く煙を噴き出し、凄まじい断末魔のようにひしゃげた声を立てる。

焼かれ過ぎた生地が爆ぜる音が、パチパチと凄惨に響く。

巻き込まれた人間も少なくはなかったが、少なくとも怪物たちの動きは鈍る。

一部は黒焦げになりながらも吸盤や棘をゆるめず、最後の悪あがきのように犠牲者を締め上げ続けた。


 炎が一気に広場全体へ延焼し、やがて音響装置やステージの木造部分も焼け落ちる。

重苦しい煙が立ち込め、そこに焼き爛れた肉や生地が混じって異様な悪臭が生じた。

人々は必死に広場の外へ逃げ出し、ある者は火達磨になった仲間を置いていくしかなかった。


 夜明け前にようやく消防車や救急車が到着した頃には、広場は瓦礫と焼死体の山と化していた。

どこからどう見ても、たこ焼き屋台が引き起こした惨事だなどと誰が信じるだろう。

風が煙をはらったとき、屋台のあったはずの場所にはただの焼け焦げた鉄骨のようなものが転がるだけで、誰一人としてその“持ち主”を目撃していない。

無惨な死体の合間には、タコの脚によく似た、しかし明らかに人間の骨が混ざった焦げカスが散らばっている。


 後日、惨劇を生き延びた目撃者たちは口々にこう言う。

「確かにたこ焼きが襲ってきた」

「屋台に誰もいなかった」

「どこからともなく巨大なたこ焼きが転がり出して、人を食い破った」

あまりに荒唐無稽な証言に、警察も消防も頭を抱えるばかりだ。

結局、原因不明の“爆発火災”として処理され、報道も曖昧なまま終わってしまう。


 ただ一つ噂として広がったのは、火災現場にいたはずの屋台の一部が行方不明だということ。

どこにも見当たらないのに、誰かが燃えさしの中で目撃したと言う。

「まだ燃え切らない生地が、ぬらぬらと動いていた」

そして、また別のイベントや祭りで、その屋台が忽然と出現するのではないか。

人の目がくらむほどのソースの香りで客を誘い、その舌を、あるいは命を奪っていくのではないか。


 夜の闇に溶けて消えた赤い幕。

あれが再び揺れたとき、誰もが知らないうちに同じ惨劇が繰り返されるのかもしれない。

そして、次の獲物がむざむざとたこ焼きの餌食になり、血まみれの悲鳴を上げるときまで、屋台は黙って熱を帯び続けるだろう。

どこから来て、何のために人を襲うのか。

それを知る者はいない。

ただ確かなのは、一度あの香りを嗅いだ者は抗いがたい誘惑に取り込まれてしまうということだ。


 もし祭りの夜、市場の片隅、あるいは人気のない広場で、ぽつりとたこ焼き屋台が現れたなら、よく見てほしい。

本当に店主がいるのか、たこ焼きは普通の大きさか、奇妙な赤黒い染みはないか。

そして何より、あの屋台から立ち昇る香りに惹かれ、無意識に手を伸ばしてはいないか──その刹那が、破滅への扉になるのだから。

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