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第95話 違和感

 亜美(あみ)莉央(りお)が素直に非を認め、心愛(ここあ)を信じてくれていた宮崎(みやざき)たちもきっぱりとデマを否定してくれたことで、心愛の立場は徐々に元の場所に戻りつつあった。

 とはいえ、教室の空気が完全に元通りになるには、もう少し時間がかかるかもしれない——そんな絶妙な雰囲気の中、それでも心愛は以前のように明るい声で話しかけたり、輪の中に自然と溶け込んだりしていた。


 ただ、教室全体がのんびりしているわけではない。

 期末テストが目前に迫っていて、休み時間や放課後にも勉強モードの空気が漂い始めていた。


 昼休みが終わり、(れん)凛々華(りりか)が教室に戻ると、黒板前に数人の男女が集まっていた。


「あっ、いいところに!」


 集団の中にいた夏海(なつみ)が、めざとく蓮と凛々華に気づいて駆け寄ってくる。


「どうした?」

「ごめんなんだけどさ、今二人とも時間あったりする?」

「あるぞ」

「私も大丈夫よ」


 蓮と凛々華がうなずくと、夏海がパッと表情を輝かせた。


「良かった〜。実はみんなで数学の発展問題に挑戦してたんだけど、惜しいとこまではいけてる気がするのに、答えが出せなくてさー。二人に教えてもらえたらって!」

「俺らがわかる保証もないけどな」


 蓮が苦笑すると、夏海が軽く笑いながら肩をすくめた。


「そしたらお手上げだよ。だってこの問題、心愛ちゃんと結菜(ゆいな)ちゃんでも解けなかったんだもん」

「私はそんなに得意じゃないからね〜」

「私だって、黒鉄君と柊さんに比べれば全然だよ!」


 心愛に続いて、結菜も苦笑混じりで謙遜した。


「そんなことねえと思うけど……あぁ、これか」


 蓮は黒板の問題に目をやり、ひとつうなずいた。


「わかるの?」


 夏海が身を乗り出す。


「まあな。でも、これは柊の解き方に似てる気がするな」

「そうね」


 うなずく凛々華に、夏海がチョークを差し出す。


「じゃあ柊さん、お願いしてもいい?」

「えぇ」


 凛々華が一歩前に出て、黒板にチョークを走らせる。


「……なるほど、ここでこう展開すればいいんだ」

「うわっ、すごい! 言われたら納得しかない」

「これ、私たちじゃ一生気づかなかったね……」


 クラスメイトたちが感嘆の声を上げる中、心愛が「もしかして、こういう解き方もあるかな?」と、別解の可能性を口にした。


「できるな。それ、ここをこう置き換えれば成立する」


 蓮がその場で簡単なヒントを出すと、心愛が一瞬目を見開いてから、チョークを走らせた。

 程なくして、凛々華の解答と同じ数字が導き出される。


「できた! わっ、なんかすごくうれしいかも〜」


 心愛が破顔した後、蓮と凛々華を見て苦笑した。


「前に私のこと教えるのうまそうって言ってたけど、二人のほうがよっぽど教え方上手いよ〜」

「前から思ってたけど、黒鉄君と柊さんって本当なんでもできるよね」


 心愛に続いて宮崎がそう言うと、周囲もこぞって同意した。


「わかる! 勉強もだけど、球技大会のときもヤバかったしね」

「三種目中、二種目で優勝って、普通にえぐいよねー」

「どっちもバスケとドッジだったっけ? 二種目アベック優勝って、もうアニメじゃん!」

「それなー!」


 クラスメイトたちがワイワイ盛り上がる。


「凛々華ちゃんって、背中で語るキャプテンって感じだよね〜」


 心愛が頬を緩めてそう言うと、夏海がすぐに乗っかった。


「確かに! 黒鉄君は司令塔兼エースって感じするなー」

「じゃあ、夏海は張り切って突っ込んで罠にかかる先鋒ね」

「ちょ、亜里沙(ありさ)⁉︎ おかしくない⁉︎」


 夏海の抗議に笑いが起こる中、亜里沙がふと思い出したように言う。


「でもさ、柊さんってキャプテンっぽさもそうだけど、王子様っぽいとこあるよね。バレーの準決勝で佐々木(ささき)さんに言った『たまたまあなたのミスが最後の一滴になっただけで、コップの水はみんなが満たしたもの』ってやつ、あれマジで学校一の名言だと思うんだけど」

「あったあった! めっちゃかっこよかったよね!」

「それ聞いて泣いてたの那月(なつき)だけじゃなかったからね、地味に私も泣きそうになったし」

「わかる……あれはほんとグッときた……」


 凛々華は次々と賞賛を受けて、わずかに眉を寄せる。


「……それは言い過ぎだと思うのだけれど」

「そんなことないよ! 女子では柊さんが中心だったのは間違いないしねー」


 夏海が胸を張って言うと、今度は蒼空(そら)が肩をすくめながら口を開いた。


「外から見てても、柊は普通にえぐかったぜ。あと、男子のほうもバスケとドッジ、両方最後に決めたの蓮だったから、やっぱり二人はやべーよ」

「たしかに!」

「改めて、球技大会のMVPは黒鉄君と柊さんだったね!」


 夏海が満面の笑みで言うと、再び拍手と笑いが広がる。

 その和やかな空気の中——。


「でも、球技大会が成功したのは、青柳(あおやぎ)君とか、夏海ちゃんたち実行委員がちゃんと準備してくれてたおかげでもあるよね」


 結菜の声が、ふっと差し込まれた。

 その瞬間、シンと場が静まり返るが、それも一瞬のことだった。


「うんうん、それも本当にそうだよね〜。すっごくスムーズだったし」


 心愛がそう同意すると、再びクラスがにぎやかになる。


「えぇ。私たちはただ試合に出ていただけだもの。準備や調整をしてくれた人たちがいたからこそ、安心してプレーできたわ。被ってどちらかの決勝に出れないということもなかったし……本当のクラスのMVPは、実行委員の二人だと思うわ」


 凛々華が目を向けると、蒼空が気恥ずかしげに頭をかくようにして苦笑した。


「俺も、ほとんど試合に出てただけなんだけどな」


 一方の夏海は、胸にふわっと手を当てて、凛々華を見つめた。


「柊さん——」

「な、何よ?」


 居心地悪そうに身じろぎする凛々華に、夏海は熱い視線を贈り——、


「……キュン」

「気持ち悪いのだけれど」

「即答⁉︎」


 夏海が愕然(がくぜん)とした表情を浮かべると、またしてもクラスが笑いに包まれた。


「柊さん、面白い……!」

「黒鉄君との会話でも思ってたけど、ツッコミのセンスあるよね……!」


 その中には、凛々華を持ち上げる声も少なからず存在した。

 凛々華は「なんなのよ……」と眉を寄せている。納得していないようだが、気分を悪くしているわけでもなさそうだ。


 最近の凛々華は、こうして素の反応を見せることも増えている。

 心愛や夏海、亜里沙だけでなく、他の女子とも時折自然に会話する姿が目立ち始めていた。


 まだ全員とフレンドリーに話すわけではないが、頼られる場面は少しずつ増えている。

 心愛が言っていたように、背中で語るキャプテンとして、彼女は確実にクラスに受け入れられ始めていた。


(たしかに、柊はリーダーに向いてそうだしな……ん?)


 蓮はふと、結菜が静かなことに気づいた。

 いつもならクラスが盛り上がっているときは、周囲に同調して笑っているのに、今はどこか上の空だった。


 そんな蓮の視線に気づいたのか、結菜は一瞬ハッとした表情を浮かべた後、困ったように笑って首を傾げた。


「黒鉄君、どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 蓮は首を振って答えた。

 たいしたことではない——。そう思い直そうとしながらも、どこか引っかかるものが胸に残った。




 凛々華と親しくなりたいと思っているのは、何も女子に限った話ではなかった。

 休み時間、蓮が廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから男子の声が聞こえてきた。


「なあ、最近の柊、なんか物腰柔らかくね?」


 聞き慣れた声だった。クラスメイトの田辺(たなべ)渡辺(わたなべ)、そして山下(やました)だ。

 クラスではつるんでいることが多く、昼休みにもゲームやら動画やらで盛り上がっているテニス部三人衆である。


「そっけないのは相変わらずだけど、前よりは絡みやすくなったよな」

「それな。あの絶対に話しかけられないオーラ、ちょっと薄れてきた気がする」

「表情もたまに柔らかいんだよな。笑ったときとか、ちょっとドキッとしたわ」


 蓮は特に気にせず、そのまま歩を進めた。

 誰が誰を好ましく思おうが自由だし、凛々華は最近クラスにも馴染み始めている。そんな話が出てくるのも自然なことだ。


 ……だが。


「ワンチャンあるんじゃね、これ」

「なー。ていうか、黒鉄とずっと一緒にいるけどさ——」


 自分の名前が出てきた瞬間、蓮は足を止めた。ちょうど廊下の角を曲がる手前だった。


「でも逆にさ、あんだけ一緒にいても付き合ってないなら、柊は黒鉄のこと恋愛対象として見てないってことじゃね?」

「それあるよなー。ってことは、やっぱりワンチャンあるだろ」

「つーか黒鉄って帰宅部だしな。そんな陰キャに、運動部の俺らが負けるわけなくね?」

「それな!」


 三人が笑いながら声を弾ませるのが聞こえる。

 蓮が思わず眉をひそめたとき、穏やかで芯のある声が割り込んだ。


「——ねえ、そういうのを大きな声で言うの、あんまりよくないと思うよ?」


 結菜だった。

 田辺たちの動揺する気配が伝わってくる。


「ふ、藤崎(ふじさき)っ……」

「黒鉄君や柊さんの耳に入ったら、きっと嫌な思いをしちゃうと思うな。そういう話って、本人に伝わらなくても、誰かから噂で聞いたりもするし」

「お、おう……」

「ま、まあ、そうか……」


 田辺たちの声がややしぼんだ。

 すると、結菜の声色も柔らかくなる。


「うん、わかってくれてありがとう!」


 話が収まったようだったので、蓮は再び歩を進めて角を曲がった。

 ——そして、思わず足を止める。


(藤崎っ?)


 結菜がつま先立ちで、田辺たちに顔を寄せていた。

 蓮は一瞬、キスでもするのかと思ったが——、


「……、……」


 結菜は何かを(ささや)いていた。

 言い終えると、彼女は一歩引いて距離を取った。放心している田辺たちを前に、にっこりと微笑み、手を合わせる。


「ごめんね、希望を削ぐようなこと言っちゃって」

「あっ、いや……」

「それじゃ、またね!」


 軽やかに手を振り、結菜は蓮とは反対方向に去っていった。


「……やっぱ、藤崎っていいよな……」

「ああ、あの距離感はやべえわ」

「めっちゃいい匂いしたし」

「それな」


 田辺たちが照れたようにヒソヒソ話をしている。

 そこを素通りするのは躊躇われて、蓮は方向を変えた。


 廊下を歩きながら思い返されるのは、田辺たちに顔を寄せていた結菜の姿。


(藤崎って、もしかして普段からああいう感じなのか?)


 明らかに、ただの異性のクラスメイトに対する距離感ではなかった。

 とはいえ、結菜が田辺たちと特段親しくしているとも思えない。


(元々距離感がバグってるのか、何か別の意図があるのか……まあ、別になんでもいいけど)


 蓮はそう結論づけたが、どこかモヤモヤした気持ちは晴れなかった。

 結菜が気になるわけではない。

 しかし、それでは何に対してモヤモヤしているのか、と問われても、彼はその答えを持たなかった。


 結菜に関するものでなければ、あとは田辺たちの会話しか聞いていないのだが——、


(俺と柊の関係についてなんか言ってたけど……まあ、所詮は他人の意見だし、気にする必要はねえよな……)


 そう自分に言い聞かせながら、蓮は静かに歩き出した。

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