第83話 英一と両親の謝罪
小池に連れられて校長室に向かうと、校長と英一、そして彼の両親がいた。
蓮と凛々華、小池が並んで座り、英一とその両親が向かい側に座る。校長は自身の椅子に腰掛けていた。
「この度は、息子が大変なご迷惑をおかけしました」
英一の父親が深々と頭を下げ、母親も続く。
「英一には厳しく指導してまいりました。努力は必ず報われる。報われないのは自分の努力が足りないからだと。それなのに——」
母親は英一を横目で見ながら、溜息をつくように続けた。
「——結果的にこのような事態を招いてしまったのは、私たちの教育が至らなかったからかもしれません。本当に申し訳ございませんでした」
一見丁寧に見える謝罪だったが、蓮は違和感を覚えた。
「それはつまり、今回の一件は英一君の努力不足が原因であるということですか?」
「その通りでございます」
小池の問いに、母親が間髪入れずにうなずいた。
「報われない努力もあるという意見もありますが、それはただの言い訳で、もっと努力をすればいいだけの話なのです。であるにも関わらず、息子が今回のような騒動を起こしてしまったのは、私たちが十分に教育をできていなかった故のものと、親としての力不足を痛感しております。今後は努力不足を他の子に責任転嫁することのない強い子でいられるよう、再教育を——」
「うるさい! 僕は誰よりも努力をしたんだ!」
それまで黙っていた英一が、耐えかねたように叫んだ。
「僕は誰よりも柊さんに話しかけたし、定期テストだって頑張ったし、球技大会のバスケでも一番活躍した! 柊さんの好きなアニメだってわざわざ見て、話のネタにしたんだ! 努力不足なんかじゃない!」
「黙りなさい!」
「っ……!」
母親に怒鳴られ、英一は肩をビクッと震わせた。
「停学を喰らうほどの事件を起こしておいて何をぬけぬけとっ……恥を知りなさい!」
母親は鬼の形相で息子を睨みつけた後、蓮と凛々華、小池に向き直って頭を下げた。
「申し訳ありません。息子にはよく言い聞かせますので……」
「あの、すみません。俺から少しいいですか?」
蓮は手を挙げた。
母親は怪訝そうな表情を浮かべた。
「はい。構いませんが……」
「俺から言われるのは早川君もシャクだと思いますが、確かに彼は他の人よりも努力をしていたように見えるのですが」
「でも、その子は息子ではなくあなたの隣にいることを選んだのでしょう?」
母親が凛々華に目を向けた。
「それこそが、息子の努力不足であることの何よりの証明でしょう」
「確かに、そう考えることもできると思います。ですが、こうも考えられませんか? 努力不足なのではなく、そもそも努力の方向性が間違っていたのではないのか、と」
「……どういうことです?」
母親は眉をひそめた。やや苛立っているようにも見える。
「早川君の努力は果たして彼女に好かれるために有効だったのか、ということです。確かに彼は球技大会で一番点を取りましたが、スタンドプレーに走った側面もありました。話のフリ方に関しても、あまり彼女が好むものではなかったと思います」
「っ……!」
英一が唇を噛みしめた。
蓮は一瞬だけ彼に視線を向けてから、両親に向き直った。
「自分はまだ人生経験が浅いので、間違ってるかもしれませんが、勉強や運動ならある程度の方法は確立されていますし、本人の努力次第である点も多いと思います。でも、恋愛に関しては正解がないので、そうとも言えない側面もあるのではないでしょうか?」
両親は一瞬、口ごもる。
「そ、それはまあ、そうかもしれませんが……」
父親が戸惑いがちにうなずいた。
蓮は畳みかけた。
「早川君は入学当初から、彼女に積極的に話しかけたりもしていました。努力が足りなかったのではなく、彼女に好かれるための努力としては最適解ではなかったのだと思います。あくまで、俺個人の見解ですが」
「「……」」
英一の両親は沈黙した。
父親は思案するように瞳を伏せ、母親も不愉快そうに表情をしかめつつも、反論する素振りはない。
「じゃあ……」
重苦しい沈黙の中、英一がかすれた声を出した。
「じゃあ、僕のやってきたことは全部無駄だったって言うのかっ……⁉︎」
「——そんなことはないですよ」
小池がやんわりとその言葉を否定した。
英一が驚いたように小池を見る。
「だって、テストも上位の成績だったし、小テストの点数だって上がっているでしょう? 最近は満点をいくつもとっているじゃないですか」
「そ、それはっ、そうっすけど……!」
「ちゃんと結果は出ているんです。勉強した分の学力は確実に君の力になっているし、アニメの知識も今後に話のネタとして活かせるかもしれない。もちろん、運動だって頑張った分は成長につながっているはずですし、努力自体は決して無駄にはなっていませんよ。相手が何を望んでいるのか——。その視点が、少し足りなかっただけだと思います」
「っ……!」
英一が唇を噛みしめた。
だが、反論の言葉は出てこなかった。
プライドの高い彼のことだ。努力の方向性を間違えていたのだと、すぐには認められないだろう。
だが、両親への——特に母親への——反骨心も踏まえれば、努力不足と言われるよりは受け入れやすいはずだ。
それに、努力の仕方が悪かったのだと思えば、同時に自身が何か劣っていたわけではないと考えることも可能だ。
何より、蓮や小池の言葉が響いていないのならば、ここまで露骨な反応は見せなかったはず。
これより先は英一自身の問題なのではないか、と蓮は思った。
——しかし、その見立ては誤りだった。
「でもっ……じゃあ努力が無駄じゃないっていうなら、なんでいくら勉強や運動をしても、僕は黒鉄君に勝てないんだ!」
「……えっ?」
予想外の言葉に、蓮は言葉を失った。凛々華も驚いたように目を見開いている。
小池も表情を驚きに染めつつ、問いかけた。
「まさか、早川君が柊さんを狙っていたのは、柊さんが好きだというだけではなく、黒鉄君に対抗するためだったと……?」
「そうっすよ……! 僕と違って何の努力もアプローチもしてないくせに、柊さんと仲良くしているこいつが妬ましかったんだ! その上、テスト期間もバイトをしながら僕よりいい成績を取って、バスケでも一対一で僕に勝ちやがって……! だから、柊さんを奪ってやればこいつに勝てると思ったんだ!」
「そういうこと、だったのか……」
蓮はずっと疑問に思っていた。
英一があそこまで凛々華を執拗に狙った理由は何なのだろう、と。
凛々華は文武両道の美少女だ。男なら恋人にしたいと思ってもなんら不思議ではないし、承認欲求の高い英一なら、自らのステータスのために彼女を狙っても不思議ではない。
ただ、それだけの理由で、小心者の彼があそこまで暴走したことには違和感を覚えていた。
(俺への対抗心が、あいつを暴走させたのか……)
「——たとえ、あなたが私を手に入れたとしても、それで黒鉄君に勝てるわけではないわ」
沈黙を破ったのは、それまで静かに聞き役に徹していた凛々華だった。
「なっ……! 黒鉄君とは比べ物にならないほど、僕の価値が低いって言いたいのか⁉︎」
「そうではないわ」
凛々華は首を振り、淡々とした口調で続けた。
「そもそも、あなたと黒鉄君の間には、勝利も敗北もないのよ」
「そ、そんなの綺麗事だ! 実際、数字で出ているじゃないか!」
「でも、それは学校内での限られた項目の話でしょう?」
「っ……」
英一が言葉を詰まらせた。
「勉強の成績や運動能力だけが、人間の価値を決めるものじゃないわ。黒鉄君は黒鉄君、早川君は早川君よ。黒鉄君よりも早川君が優れていることだって、きっとある。でも、それは学校の中では測れないかもしれない。社会に出れば、別の才能が評価されることだってあるはず。だから、こんな狭い環境で誰かと競って勝ち負けを決めること自体、意味のないことなのよ」
「っ……!」
英一は息を呑み、目を見開いた。
「それよりも大事なのは、昨日の自分に勝つこと——少なくとも私は、そう考えているわ。そうすれば自ずと成長できるし、他人に勝とうと思っても苦しくなるだけだもの」
「……」
英一は呆然としていた。彼の価値観にはなかった考えなのだろう。
その横で、英一の両親も深く考え込んでいた。
そんな中、小池が静かに口を開いた。
「——では、今日のところは、これで」
蓮と凛々華は、それぞれ立ち上がった。
彼らが退出するまで、早川親子は一言も発さなかった。
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