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第81話 陽キャの幼馴染が、妹を慰めてくれた

 遥香(はるか)に詰め寄っていたのは、金髪ギャルだった。


「あっ、えっと……っ」


 声を震わせる遥香の表情は、恐怖に染まっていた。


「おい、なんか言えよ!」


 ギャルが苛立ったように声を張り上げ、遥香に腕を伸ばした瞬間、(れん)はその前に立ち塞がった。


「——そこまでだ」

「な、なにお前⁉︎」


 ギャルが目を見開く。


「それはこっちのセリフだ。妹に何をしてる?」


 蓮は静かな声で問いかけた。

 意図的に冷静でいないと、怒りを抑えられなさそうだ。


「そ、そいつが同じ部活であることを利用して、私の彼氏を誘惑したんだよ!」


 金髪ギャルは少し怯えたようにしつつも、蓮の背に隠れた遥香を指差し、睨みつけた。


「……彼氏ってのは、君のことか?」


 蓮はギャルの斜め後ろに立っていたマッシュヘアの少年に視線を向ける。


「そ、そうです!」

「遥香が君を誘惑したっていうのは本当か?」

「は、はい! だから俺は悪くないんです!」


 その瞬間、蓮は確信した。

 この男が自分の身を守るために、適当な嘘をついたのだと。


「じゃあ、具体的に何を言われ、何をされた? 好きだと言われたのか? 彼女と別れろと言われたか? 際どいボディタッチをしてきたのか?」


 蓮が矢継ぎ早に問いかけると、彼氏は言葉に詰まる。


「い、いや、ボディタッチとかはないっすけど……で、でもっ、会うたびにお疲れ様ですって笑いかけてきたり、タイムが良かったときはたまに声かけてくれたりとかっ!」

「……それだけか?」


 蓮は静かに問いかけた。


「えっ、そ、それだけって——」

「同じ部活に入ってる後輩なら普通のことだろ。それらが誘惑になるなら、愛想のいい人間なんていなくなるぞ」

「……アンタ、そんなことで誘惑されたとか言ってたの?」


 ギャルが、先程まで遥香に向けていた鋭い視線を彼氏に向けた。


「えっ、いや、だって……」


 彼氏は口をパクパクさせるが、意味のある言葉は出てこない。


「お前、ふざけんな——」

「——ちょっと待てよ」


 ギャルが彼氏を問い詰めようとしたところで、蓮が遮る。


「彼氏を問い詰めるより先に、やることがあるだろ。遥香に謝れよ。無実の後輩を勘違いで糾弾してたんだからな」

「っ……で、でもっ! その子がちゃんと反論しないのも——」

「謂れのない罪を着せられた上に、先輩に詰め寄られて理路整然と言い返せと? それに、お前はそもそも遥香がシロである可能性を考慮して、ちゃんと話を聞こうとしたのか?」

「っ……」


 ギャルがグッと拳を握りしめた。


「だったら——」

「——兄貴」


 今度は、遥香が蓮を遮った。


「そのくらいにしてあげて? 私も彼氏取られたら、そんな冷静じゃいられないと思うし……」

「っ……!」


 ギャルが驚いたように目を見開いた。

 少しの間呆然としていたが、やがて、その瞳から一雫の涙がこぼれ落ちた。彼女は目元をぬぐい、遥香に向き直った。


「私、勘違いしてたっ……よく確認もしないで問い詰めてごめん……!」

「い、いえ……」


 遥香に向かって深く頭を下げた後、蓮にも視線を向ける。


「アンタも……いろいろ言ってくれて、ありがと。巻き込んでごめん」

「いや、こっちこそキツい言い方して悪かった」

「妹なんだから、当然っしょ。迷惑かけて、本当ごめん——おい、ちょっと来い!」

「ひ、ヒィ!」


 ギャルはもう一度頭を下げた後、彼氏の襟を掴み、ずるずると引きずっていった。


「……ふぅ」

「——兄貴!」


 ひと息ついた蓮の胸に、遥香が飛び込んできた。


「ありがとうっ、怖かったよ……!」


 蓮の胸に顔を押し付け、しゃくり上げる。


(なんか、数日前にもこんなことが……)


 デジャヴを感じつつ、蓮は泣きじゃくる妹を抱きしめた。

 普段はサバサバしているが、まだ中学一年生なのだ。こうなっても仕方ないだろう。


「遥香、よく頑張ったな。もう大丈夫だぞ」


 蓮が頭を撫でると、遥香はさらに声を張り上げて泣いた。




 しばらくすると、遥香は泣き止んだ。


「落ち着いたか?」

「うん……ねぇ、ただ愛想良くしようって思ってるだけなのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけないの? 私が悪いのかなぁ……」


 泣き言を漏らす遥香の頭を、凛々華がそっと撫でた。


「そんなことはないわ。遥香ちゃんは何も悪くない。あくまで悪いのは、勝手に勘違いをする周囲よ」

「そ、そうなのかな……」

「えぇ。だって、愛想を良くすることは素晴らしいことだもの。だから自分を責める必要はないわ。自信を持って」

「う、うんっ……ありがとう、凛々華ちゃん……!」


 凛々華に励まされ、遥香はまた少しだけ涙を流した。

 泣き止むと、遥香はぐりぐりと蓮の胸に頭を押し付けてきた。


「遥香、どうした?」

「ううっ、最悪だよ……!」

「何が?」

「凛々華ちゃんの前では、しっかりした妹でいようと思ってたのに……!」


 そう言う遥香の耳は、真っ赤に染まっていた。

 どうやら、凛々華の前で弱い面を見せたことが恥ずかしいらしい。


「黒鉄君。ちょっと遥香ちゃんを貸してもらっていいかしら」


 真顔で許可を求めてくる凛々華に、蓮は「いいぞ」と即答して、遥香を解放した。


「ちょ、ちょっと待って——んぐっ!」


 次の瞬間、凛々華はぎゅっと遥香を抱きしめた。


「あ、あの……⁉︎」


 遥香は顔を真っ赤にした。

 凛々華もどこか照れくさそうだったが、しばらくは離そうとしなかった。


 先に遥香を励ました言葉には、妙な実感がこもっていた。

 もしかすると、柊も昔に似たような経験をしたことがあって、今の人格が形成されたのかもしれないな——。

 蓮がそんなことを考えていると、ようやく凛々華が遥香を解放した。


 蓮に視線を向け、照れ隠しのように話題を変える。


「それにしても、意外としっかりお兄さんしているのね」

「……揶揄わねえんだな」

「そんなわけないでしょ。その……素敵だったもの」


 そう言ってはにかむ凛々華の目元をよく見ると、涙の跡があった。


「お前、もしかして泣い——ぐふっ!」

「このバカ兄貴!」


 遥香の渾身の拳が、蓮の鳩尾に炸裂した。


「どうして俺の周りにはバイオレンスな女子しかいないんだ……」


 嘆く蓮に、


「自業自得ね」

「自業自得だよ」


 凛々華と遥香が声を揃えてツッコミを入れた。

 間もなくして、三人は顔を見合わせて笑い出した。

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