第8話 陽キャの幼馴染の拒絶
「遥香、起きろー」
蓮の朝は、向かいの部屋で寝ている中一の妹を起こすところから始まる。
陸上部に入っている彼女は、朝練があるというのに、自力で起きた試しがないほど朝に弱い。困った妹だ。
「う〜……」
「おい、起きろ。遅刻するぞ」
「あと五分……」
「ったく、仕方ねえな」
蓮は引き返しかけてから、
「——なんて言うと思ったか。自分で決めたんだから、さっさと起きろ」
「わっ⁉︎ ちょ、あにきっ……アハハハハ!」
脇腹に容赦なく指を這わせると、遥香は悲鳴とも笑いともつかない甲高い声を上げた。
彼女は朝以上に、くすぐりに弱かった。
「せ、セクハラだ! この変態兄貴!」
「はいはい悪かったな。それより、早く支度しろよ」
「あっ、スルーした!」
遥香がぷくっと頬を膨らませる。
(こいつに反抗期が来たら、どうやって起こそうか)
蓮はいずれ訪れるであろうその超難問に、少しだけ憂鬱な気分になりながら、階段を降りた。
遥香が支度を済ませるころ、朝食を作り終える。
「いただきまーす! ……ん〜、甘くて美味しい! 卵焼きの腕だけは認めてあげよう」
「遥香もとうとう、砂糖入りを卒業か。大きくなったなぁ」
「待って待って! 他も美味しいって!」
遥香が本気で焦ったように手をブンブンと振り回す。
生意気な一面も顔を覗かせ始めているが、なんだかんだでかわいいものだ。反抗期が来るとしても、まだ先の話だろう。
——黒鉄家で、そんな平和な時間が流れているころ。
少し離れた柊家では、対照的に殺伐とした空気が流れていた。
「クソっ、なんで出ねーんだよ……!」
大翔は舌打ちをしつつ、乱暴にインターホンを鳴らす。
しかし、凛々華は姿を見せない。普段通りの時間は、とっくに過ぎているというのに。
(寝てやがんのか? あんだけ偉そうなこと言っといて、時間ひとつ守れねーのかよ……!)
昨日の彼女からの「説教」を思い出しながら、足元の石を無意味に蹴り飛ばしたとき、ようやく玄関の扉が開かれた。
「なにか用かしら?」
「……はっ?」
大翔は頬を引きつらせた。
凛々華は制服こそ身にまとっていたが、ブレザーも着ていなければ、カバンも提げていなかった。
「お、おい、何してんだ? さっさと支度しろよっ、時間だろーが!」
凛々華はふと、腕時計に視線を落とす。
「サッカー部の朝練があるだけでしょう? 私に付き添う義務はないわ」
「い、いやいや、何言ってんだお前? これまでずっと一緒に行ってただろーが!」
「でも、ちゃんと約束をしていたわけではないわよね」
「お、お前、なにふざけたこと抜かしてっ……まさか、まだ昨日のこと根に持ってんのか? ったく、いつまで拗ねてんだよ」
「あなたにしては頭を働かせたわね。でも、一つ勘違いをしているわ」
凛々華は冷淡な表情を崩し、わずかに口角を上げた。
「——いざこざを根に持つほど、あなたとの関係に固執していないのだけれど」
「なっ……⁉︎」
大翔の口から愕然としたような声が漏れ、その表情が凍りつく。
「り、凛々華。な、何、言ってんだ?」
「言葉通りよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。遅刻したら罰走なのでしょう? 早く行ったほうがいいわ。それと、今後はもう二度と迎えに来ないで。——それじゃ」
「お、おいっ! ちょっと待てっ……」
追いすがろうとする大翔の前で、扉は無情に閉じられた。続いて金属音が冷たく響く。
「おい、凛々華てめえ!」
慌ててインターホンを連打するも、再び扉が開かれることはなかった。
「クソっ、ふざけやがって……!」
大翔の額には青筋と脂汗が浮かび、足は小刻みに震えていた。
しかし、いつまでもそうしていては、本当に遅刻してしまう。見下しているチームメイトの前で罰走をさせられることは、プライドが許さなかった。
「……ハッ、相当ご立腹みてーだな。今のところは大目に見といてやるよ。ただし、あとでちゃんときっちり埋め合わせはしてもらうけどな」
大翔は両手をポケットに突っ込み、ぎこちない笑みを浮かべて歩き出した。
(焦る必要はねーだろ。どうせ、俺以外の男とつるむことなんかあり得ねーからな)
大翔は本気で思っていた。凛々華は人付き合いが苦手で、自分がいなければクラスに馴染むことすらできない——と。
しかし、その考えがまったくの的外れであったことを、彼はすぐに知ることになる。
◇ ◇ ◇
「時間か……」
遥香、そして父親の直人を送り出してから微睡んでいた蓮は、アラームに促されて、重い腰を上げた。
「マジで眠い……ん?」
家を出たところで、目をこすった。
「——お寝坊さんね。これだけの朝日を浴びても、まだ寝ぼけているのかしら?」
何が起きているのだろう。とても現実とは思えない。
「……なるほど、幻覚と幻聴か。俺は相当疲れているんだな。今日は休もう」
「ちょ、待ちなさい! どういうつもりよっ?」
「それはこっちのセリフだよ」
蓮は自分の腕を掴んでいるその人物に、視線と疑問を投げかけた。
「なんでここにいるんだ? ——柊」
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