第75話 無視
結果発表が終わり、クラスへ戻って蒼空と夏海が実行委員として話を締めくくって、球技大会は終了した。
打ち上げは今度の土曜日の夜に行われる予定だ。
「それにしても、二人とも本当にすごいね〜」
心愛が蓮と凛々華を見比べ、しみじみと言った。
「ねー! 三種目出て、二種目優勝ってやばくない!?」
「バレーもどっちも決勝トーナメントには進んでるしね」
夏海と亜里沙も同意する。
五人は各々が自席に座ったまま話していた。一番左の列に凛々華と心愛、右の列に夏海と亜里沙が縦関係で並んでいる。
蓮は真ん中の列の前方の席だ。
彼の後ろ、すなわち心愛と亜里沙の間は英一の席だが、彼は他の男子のところに行っている。
凛々華は肩をわずかにすくめつつ、
「他の人たちも頑張ったからよ」
「いやいや、ドッジボールとか無双してたよ〜!」
「っ……初音さんも避けるの上手だったし、結構当てていたと思うけれど」
心愛が朗らかに笑いながら指摘すると、凛々華は少し視線をそらして、淡々と返した。
心愛はやや大袈裟に手を振り、
「私なんて全然だよ〜! でも、凛々華ちゃんはキル数絶対一位だよね!」
「確かに、あれはまさしくキルだったね!」
「さすがアサシン」
夏海と亜里沙も笑いながら同意した。
凛々華は頬を薄く染めながら、ふと蓮に視線を向ける。
「……そんなこと言ったら、黒鉄君もドッジボールのキル数一位なんじゃないかしら?」
「全体で見たら、他のクラスのやつのほうが当ててると思うぞ」
「あー、確かに決勝の相手とか、得意な人にどんどんボールを回してたもんねー」
蓮が苦笑してみせると、夏海が納得したようにうなずいた。
「そう考えると、他の人にもちゃんとパスを回しながら勝った黒鉄君と青柳君はやっぱりすごいね」
亜里沙が呆れたように笑った。
「桐ヶ谷君が当てられちゃったときに、助けるだけじゃなくてすぐ当て返したの、すごかったよね〜。ね、桐ヶ谷君?」
心愛が斜め後ろに座る樹に話を振った。
「えっ? う、うん。あれは正直惚れそうになったよ」
樹が少し動揺しつつも、イタズラっぽくうなずくと——、
「いやー、あれは惚れても仕方ないっしょ!」
「ひっ……!」
突然ハイテンションで割り込んできた亜美に、樹がビクッと肩をすくませた。
「見てただけなのに、ちょっとドキッとした」
「その後に当てたのが桐ヶ谷君を狙ってたやつってのも胸熱だったよねー!」
「それな」
萎縮した樹を尻目に、亜美と莉央が盛り上がる。
「近くにいたから当てただけなんだけどな」
蓮は苦笑しながら肩をすくめた。
「ドッジボールのキル数とか言ってたけど、黒鉄はバスケの得点でも一位なんじゃない?」
「——いや、違うよ」
亜美の言葉を否定したのは、英一だった。
突然の割り込みに困惑の空気が流れるが、彼は気にすることなく、どことなく得意げな表情で続ける。
「四試合での合計得点は僕が二十四点で青柳君が十五点、黒鉄君は十八点だね。準決勝とかはほとんど点取ってなかったけど、部活入ってない中でこの点数はすごいんじゃないかな」
「あっ、そう。でもさ、バスケの決勝の盛り上がりすごかったよね!」
亜美があっさりと話題を変えた。
英一の表情がわずかに歪むが、莉央は特に気にする様子もなく、亜美に乗っかった。
「ね。特に黒鉄と青柳で三連続得点したときは、冗談抜きに体育館揺れてた」
「黒鉄の三人抜きも青柳のブロックもやばかったけど、やっぱり最後のシュートだよねー!」
「一瞬静まってから、わっとなったの、いいよね〜」
突然の乱入で凛々華や夏海、亜里沙が戸惑う中、心愛は自然に会話に加わった。
彼女のおおらかな性格と、元々亜美と莉央と仲良くしているからこそうまく対応できただろう。
「球技大会なんてできる人はサラッとやるもんだけど、黒鉄君も蒼空も最後は本気になってたもんね。ま、決勝はほとんど経験者だけだったからそれでも良かったとは思うけど。僕ももう少し本気でやれば良かったな」
「でも、なんだかんだで黒鉄もちゃんとやってたねー。あんまり気乗りしてなかったけど、いざ本番ってなるとやる気出すの、やっぱり男の子なんだなって思ったよ」
「ま、すぐ隣にやる気全開のやつもいたしな」
蓮は苦笑した。
なんの恥じらいもなく学校行事に全力で打ち込める蒼空の純粋さにも、英一の発言をガン無視した亜美に対しても。
(無視したくなる気持ちもわかるけど、雰囲気悪くなるし、こういうムーブはやめてほしいんだけどな……)
蓮がため息を吐くのを堪えていると、
——ガタン!
突然、大きな音が響いた。
英一が乱暴に立ち上がった音だった。
バッグを抱えると、苛立ちを隠そうともせずに教室を出ていく。
(……なんだ?)
蓮は少し違和感を覚えた。
成功しているかは別として、これまで英一は不機嫌になってもそれを取り繕っていたが、今は苛立ちを隠してもいなかった。
——少し、嫌な予感がした。
「何あいつ? 勝手に話に入ってきたくせに」
「話題にもされないのがプライドに障ったんじゃない?」
亜美と莉央は英一の後ろ姿を見ながら、馬鹿にするように笑った。
「そりゃそうでしょ。男子バレーの決勝だってアイツがイキってサーブミスったりするから負けたんだし、バスケだって黒鉄たちが接待してあげてたから点取れただけじゃん」
「間違いない」
亜美と莉央が、ここぞとばかりに英一への愚痴をぶちまける。
話題を変えるか、そもそも終了させるか——。
そんなことを考えていた蓮は、ふと凛々華が静かなことに気づいた。どことなく機嫌も悪そうだ。
そういえば、亜美と莉央と英一が話に入ってきたあたりから、彼女は一言も発していなかった。
(樹は早川よりも先に逃げたけど……)
蓮が若干現実逃避をしていると、心愛が微妙な空気を断ち切るように「ねぇ!」と大きな声を出した。
「黒鉄君と凛々華ちゃんはいっぱい出て大変だっただろうし、私も結構疲れたから、そろそろ解散しない?」
「そうだねー」
「それじゃ、黒鉄君と柊さん。また明日!」
夏海と亜里沙が素早く乗っかり、やや唐突に別れの挨拶を切り出した。
厄介払いでないことは明白だった。
亜美と莉央は何か言いたげな表情を浮かべていたが、凛々華は「えぇ、それじゃ」と、待っていたかのようにすぐに歩き出した。
「また明日な」
蓮は他の面々に軽く手を振ってから、凛々華の背中を追いかけた。
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