第72話 球技大会⑥ —優しさ—
蓮が出場する種目としては、ドッジボール、バレーは順調に準決勝を突破した。
しかし、一番盤石と思われていたバスケの準決勝で初めてリードを許す展開となった。
蓮と蒼空、江口それぞれのお膳立てを全て英一がマークの厳しくない状態で外し、そのカウンターで失点したからだ。
「蓮、江口」
「あぁ」
「そうだな」
蓮と蒼空と江口は、顔を見合わせてうなずき合った。
江口がスローインを入れて、蓮がボールを持ち運ぶ。
「ヘイ!」
英一が要求しているが、蓮は江口にボールを回した。
江口が一人を抜いた後、蒼空にパスをする。
蒼空はゆっくりとボールを突いた後、一気に加速をしてゴール前に侵入した。
相手チームが一斉にブロックをしようとしたところで、蒼空は近寄ってきた蓮にボールを預けた。
蓮が落ち着いて近距離からのシュートを沈め、同点に追いついた。
相手がシュートを外した後の攻撃も三人で完結させ、一分と経たずに逆転した。
相手チームが焦ってシュートを外した後の攻撃。蓮がボールを持って攻め上がると、相手はより江口と蒼空を警戒していた。
「ヘイ、フリー!」
英一がやや苛立ったような声を出した。
蓮は目線のフェイクで相手の視線をそちらに誘導すると、ノールックで柔らかく吉川にパスをした。
「吉川、打て!」
「お、おう!」
蒼空の声に反応して、吉川はシュートを打った。
無情にもリングに弾かれたボールは、英一の元へと転がった。
英一はすぐにシュートを打つと見せて、ドリブルを開始した。
しかし、プレッシャーをかけにいった相手のバスケ部の上原は、それを読んでいたのだろう。
英一の手元からボールを弾き、そのまま速攻に持ち込んだ。
「チッ!」
「——おわっ⁉︎」
英一がボール奪われたことに腹を立てたのか、舌打ちとともに上原を倒した。
明らかに故意だったが、
「本当の試合だったらファールじゃないと思うけどね」
英一は鼻を鳴らすのみで、謝罪もせずにその場を離れた。
近くにいた蓮は、苦笑しながら上原に手を差し伸べた。
「ウチのチームメイトが悪いな」
「いや、残念ながら俺のチームメイトでもあるんだよ。これまでも、これからもな」
蓮の手を取って立ち上がった上原は、やれやれと言わんばかりの表情を浮かべた。
「怪我はねえか?」
「あぁ、サンキューな」
「おう」
蓮は短く応じると、英一が苛立っているのがわかるだけに、これ以上の会話を打ち切るように軽く手を挙げて離れた。
試合が再開されると、蓮は守備を頑張りつつ、攻撃の場面では英一にボールを集めることにした。
マークを引きつけ、英一にビハインドパスを送る。
英一のシュートがリングに嫌われた瞬間——、
「黒鉄! 自分で打ちなよ!」
「無理にパスする必要ないと思う」
観客席から亜美と莉央の声が飛んできた。
実力を評価してくれているのはありがたいが、英一の機嫌がさらに悪くなるのでやめてほしい。
それがわかっているのか、結菜や心愛、亜里沙や夏海は「ドンマイ!」「ナイス攻撃!」と前向きな声かけに終始していた。ありがたいことだ。
なお、凛々華は特に声を出してはいないが、それはいつも通りである。
蓮はその後も、積極的に英一にパスを回した。
英一は相変わらず強引なプレーを続けていたが、一本スリーポイントを沈めるとリズムを取り戻したのか、その後は悪くない確率でショットを決めるようになった。
蒼空と江口、そして本来なら気遣われる立場であるはずの吉川も、蓮の意図を察して積極的に英一を活かす動きを見せた。
(まあ、これで機嫌が直るなら、面倒がなくていい)
蓮はそんなことを考えながら、英一が攻撃を担う形を維持しつつ試合を進め、試合は無事に勝利を収めた。
「すげえ! 黒鉄と蒼空が出た種目、全部決勝じゃん!」
「マジで運動神経お化けコンビじゃん!」
クラスメイトが盛り上がる中、凛々華が腕を組んで蓮に近寄ってきた。
そして、不機嫌だとわかる表情で一言、
「ずいぶん優しいのね」
「面倒事は嫌いだからな」
蓮は苦笑してみせた。
「……別に、あなたを責めているわけじゃないわ」
凛々華はそう言い残すと、少しバツの悪そうな表情を浮かべながら、バレーのコートに向かった。
女子もすでにバスケとドッジボールでは決勝進出を決めていて、このバレーの準決勝を突破すれば、男女ともにその三種目で決勝に進出することになる——
はずだったが、女子バレーは惜しくも敗退となった。
マッチポイントにされてからバレー部、凛々華のアタックで同点にしたが、最後、佐々木那月がサーブをネットに当ててしまったのだ。
時間短縮のため、デュースはなかった。
「……マジか」
「いや、あの展開でこれは……」
「めっちゃいい試合だったのに」
歓声で沸き立っていたコートが、一瞬で静まり返った。
チームメイトである玲奈や日菜子が、那月に視線を向けてからわざとらしくため息を吐いた。
「みんな……ごめんなさい……」
那月は、申し訳なさそうに俯いた。
肩を落とし、震える手をぎゅっと握りしめる。
そこへ、凛々華が歩み寄った。
「気にするほどのことじゃないわ。ミスは誰にでもあるもの」
「でも、私のせいで……」
那月は唇を噛み、さらに肩を落とす。
凛々華は少しだけ息を吐き、淡々と続けた。
「そんなこと言ったら、私はタイミングを誤って絶好のアタックをコートの外に打ってしまったわ。それが決まっていれば、今頃は勝っていた。たまたまあなたのミスが最後の一滴になっただけで、コップの水はあくまでみんなが満たしたものよ。運が悪かっただけで、あなたのせいで負けた、というわけではないわ——って、ちょっと⁉︎」
突然、那月がぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「な、なんで泣くのよっ⁉︎」
「ご、ごめんなさい……!」
那月は慌てながらも涙を拭うが、止まる気配はない。
凛々華が困惑していると、そっと肩を叩く手があった。
「うんうん、自分を責めちゃってるときに優しくされると涙出ちゃうよね〜」
心愛が苦笑しながら、那月を優しく見つめる。
「めっちゃわかる!」
「怒られるより慰められるほうが泣きたくなるよね!」
夏海と亜里沙も、同意するように頷いた。
「でも、凛々華ちゃんの言う通りだよ? 私だって単純なレシーブ失敗しちゃったしね〜」
「うん。私もサーブミスしたもん」
「私なんて、自信満々で見送ったら、普通にコート内だったよ?」
夏海はどこか誇らしげに胸を張る。
「自慢げなのはどうかと思うけれど——」
凛々華は思わず苦笑しながら、再び那月に視線を戻した。
「そもそも、これは練習を数回しただけの球技大会。勝負事だからみんな本気にはなっているけれど、所詮はお遊びの延長線上よ。ミスして当たり前だし、堂々としていればいいわ」
「はい、ありがとうございます……!」
那月は目に涙を溜めたまま、凛々華に抱きついた。
「わっ⁉︎」
凛々華は腕を浮かせたまま、どうしていいかわからない様子でいたが、やがてゆっくりと那月の頭を撫でた。
「わぁ、なんか王子様みたい!」
「アサシンに王子様に、大忙しだね」
「表の顔がアサシンで、裏の顔は王子様……イイ!」
亜里沙がくぅ、と拳を握りしめた。
「せめて逆じゃないかしら?」
凛々華は呆れたようにため息を吐いた。
「あっ、その二面相は認め——」
「——ないわよ」
凛々華が食い気味にツッコミを入れた。
心愛と夏海、亜里沙が同時に吹き出す。
周囲の人間も釣られたように笑い出し、張り詰めていた空気はすっかり霧散した。
一連のやり取りを見ていた蓮は、苦笑いを浮かべながらぽつりとつぶやいた。
「……どっちが優しいんだか」
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