第71話 球技大会⑤ —心愛の意外な一面—
男子と女子では試合のスケジュールが異なるため、蓮は昼食を終えると凛々華たちとは別れた。
午後の試合に向けて移動していると、ちょうど廊下の向こうから見知った顔が歩いてくるのが見えた。
「あっ、蓮君!」
「よう、樹」
樹が小走りで近づいてきて、蓮の隣に並んだ。
二人はそのまま並んで歩きながら、ドッジボール準決勝に向かう。
「いやぁ、それにしても、やっぱり蓮君ってすごいよね!」
「……何がだよ?」
唐突にそんなことを言われ、蓮は目を瞬かせる。
樹の表情はどこか感心したようなものだった。
「だって、お昼もさ、女の子ばっかりに囲まれてたじゃん! すごくない?」
「囲まれてたっていうか、混ぜてもらっただけだよ」
蓮は苦笑しつつ、肩をすくめる。
確かに今日は亜美や莉央に強引に引き込まれる形になったが、別にハーレムを形成しているわけではない。
(俺だけを仲間外れにするのは気が引けたんだろうし、もしかしたらバスケを教わった恩でも返そうとしたのかもしれないしな)
と、そんなことを考えていると、廊下の角を曲がったところから、やたらと聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「いやー、黒鉄君って抜け目ないよね。今日の昼も、女子数人と一緒に飯食ってたよ」
「えっ、黒鉄君が?」
「そうそう。多分、流れのままうまく混じったんじゃないかな。柊さんとか初音さんとは普段からしゃべってるし、高城さんや橘さんには前にバスケのシュートのコツを教えてたみたいだから、そこをうまく使ったんだろうね。やっぱり、学年三位の頭は伊達じゃないよ」
話しているのは英一だった。
感心したような口ぶりだが、蓮を暗に非難しているのは明らかだ。
「……何言ってんの、早川君」
樹が眉をひそめる。
蓮はため息をつきながら、まあ放っておけばいいだろうとスルーしようとした。
「行くぞ、樹」
「えっ、でも、あんな風に言われちゃったら、勘違いする人もいるかも……」
「させておけばいいさ」
蓮がサラリと言い切ると、樹はしぶしぶ納得したのか、軽くうなずいた。
二人がそのまま歩き出そうとした瞬間——。
「ちょっと、早川君」
ふわっとした、けれど芯のある声が響いた。
「……初音さん?」
樹が驚いたように立ち止まる。
蓮も足を止め、そちらに視線を向けた。
心愛が英一のほうへと向き合っている。
いつものゆるふわな雰囲気はそのままだが、その眼差しはどこか鋭かった。
「憶測だけで人のことを悪く言うの、よくないと思うよ?」
彼女の声は、やわらかいトーンのままだった。
しかし、言葉の端々には微かに怒りが滲んでいる。
「悪く? 僕は別に、黒鉄君のことを悪くなんて言ってないよ」
「そう? じゃあ、無意識なのかもしれないけど、まるで黒鉄君が策を巡らせて私たちに無理やり混じったみたいに誤解される可能性のある言い方をしてたから、気をつけたほうがいいよ〜」
「っ……」
誤解の部分を、心愛は強調した。穏やかなままだが不思議な圧があった。
言葉を詰まらせる英一から視線を外し、彼女は周囲を見回して続ける。
「一応誤解のないように言っておくけど、黒鉄君を誘ったのは私たちだよ。黒鉄君はむしろ、最初は遠慮してたんだ〜」
「そうなのか……」
「早川、全然事実と違うこと言ってるじゃん」
「危うく黒鉄に悪いイメージ持つとこだったぜ」
「印象操作ってやつ?」
「ひがんでるじゃないの?」
「てゆーか、黒鉄のムーブ完璧じゃない?」
「それな」
いつの間にか集まっていたギャラリーの中から、蓮を持ち上げ、英一を糾弾するつぶやきが次々と漏れる。
四面楚歌の状況に、英一は真っ青になって額に汗をにじませていた。
「もちろん、早川君にも悪気があったわけじゃないと思うけどね」
心愛は語気を和らげ、取りなすように言った。
「事実として違う受け取り方をしちゃった人はいるみたいだし、あんまり想像で話をしないほうがいいんじゃないかな。もしもそれが嘘ってことになっちゃったら、早川君の信頼が落ちるわけだしね。それに、早川君も、もし自分の行動が事実と違うように言われてたら、悲しくならない?」
「……そりゃ、なるけど」
「でしょ? だったら、少しだけ気をつけてみようよ。多分、そっちのほうがみんな楽しくなるからさ!」
心愛は話をまとめると、「それじゃ、切り替えて午後も頑張ろう! バスケもバレーも応援してるからね〜」と言い残して去っていった。
英一は居心地の悪そうな表情を浮かべ、心愛とは反対方向に、そそくさとその場を後にした。
静かになった廊下に、微妙な空気が残る。
蓮と樹はそっと引き返した。
「……黒鉄君」
「ん?」
「初音さんって、結構はっきり言うんだね。もっとゆるふわな人かと思ってた……」
樹はぽつりとつぶやいた。
「怖くなったか?」
「ううん……なんか、格好いいなって思った」
樹はどうやら、心愛の意外な一面に感銘を受けているようだ。
(みんなが楽しくやるのが、一番だよね〜)
ふと、昼食時の心愛の言葉を思い出す。
今も、彼女はただ英一を糾弾するだけでは終わらず、最後にはフォローをしつつその場をまとめ上げ、ギャラリーが英一をそれ以上口撃しづらくなるように配慮までしてみせた。
普段はゆるふわとしているし、それも心愛の特徴の一つなのだろうが、反面、一本芯の通ったところもあるのだ。
だからこそ、柊と気が合うのかもしれないな——。
蓮はふと、そんなことを思った。
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