第68話 球技大会② —フラグと違和感—
バレーのグループリーグ初戦が終わってからほどなくして、男子バスケのグループリーグが始まった。
「さあ、やろうぜ!」
蒼空がエネルギッシュに拳を突き上げる。蓮、英一、吉川、江口の五人が、それぞれうなずいて円陣を組んだ。
コート脇には凛々華や結菜、亜美、莉央たちが並んで観戦している。女子バスケの試合もすぐ後に控えているからだ。
相手チームのバスケ部員は一人だけ。蒼空とのバスケ部同士のマッチアップだ。
蓮は最初の攻撃で、二人のディフェンダーをドリブルで軽くかわし、英一へとパスを送る。英一がすかさずシュートを放つも、リングに嫌われた。
「っと!」
「ナイス!」
こぼれたボールを蒼空が素早くキャッチし、そのままシュートを決める。
クラスメイトたちの拍手が響いた。
次の攻撃、相手チームのバスケ部員がドリブルで仕掛ける。
しかし、蒼空は一瞬の隙を突き、鋭くスティールを決めた。流れるようにドリブルを開始して、一気にコートを駆け上がる。
「青柳君、ナイス!」
歓声の中で、一際結菜の声が響いた。
その隣で、凛々華は腕を組みながら静かに試合を見守っていた。
蒼空は相手のマークを引きつけてから、並走していた蓮へとボールを渡した。
寄ってきたディフェンスをシュートフェイントで翻弄し、ステップバックをしてスリーポイントラインの外側まで後退してから、シュートを放った。
——スパッ。
綺麗な弧を描いたボールがネットを揺らし、体育館に歓声が響き渡る。
「やっば! 今の、スリーポイントってやつでしょ⁉︎ 黒鉄、めっちゃ上手くない⁉︎」
「うん……これはすげえな」
興奮したような声を上げる亜美の横で、莉央もわずかに頬を緩めつつ答える。
彼女たちの会話は、しっかりと蓮の耳にも届いていた。
(……褒められてるのは嬉しいけど、また柊に鼻の下伸ばしてるとか言われそうだな)
蓮は苦笑いを浮かべた後、対峙している相手に意識を戻した。
一分と経たずに五対〇のリードを奪った後は、少しペースを落としつつ、吉川へとボールを集める流れにした。
「余裕あるから、どんどん狙ってっていいぞ。相手のバスケ部は蒼空が止めてくれるしな」
蓮がそう声をかけると、吉川はやや緊張した面持ちで頷いた。
「あ、あぁ、わかった」
吉川はその後、惜しくも二本連続で外してしまったが、三本目でようやくネットを揺らした。
「おぉーー!」
それを見て、蒼空が真っ先に駆け寄り、手を上げた。
「吉川、ナイス!」
「おう!」
蒼空と吉川は、勢いよくハイタッチをした。
蓮も軽く手を上げる。
「やったな」
「サンキュー!」
その後、江口ともハイタッチを交わした吉川の元に、英一が腕を組みながら近づいた。
「うん、ちゃんと教えたフォームを守ってるね」
「お、おう。サンキュー」
どこか上から目線の感想に、吉川は少し引きつった笑顔を浮かべた。
試合は進み、最後の攻撃。
英一がボールを持っているとき、吉川が完全にフリーだった。蒼空が即座に英一へパスを促す。
「吉川、フリーだぞ! 出してやれ!」
だが、英一はそれを無視し、強引にシュートを放った。
しかし、ボールはリングに弾かれた。相手のバスケ部が素早くボールを拾い、速攻を許して蓮たちは失点した。
「……」
一瞬、空気が微妙に固まる。
とはいえ、点差があったため、試合自体には問題なく勝利した。
「よっしゃ、勝ったぞー!」
蒼空が明るい声を張り上げ、クラスメイトたちの拍手を引き出す。
「この調子で行こう!」
彼の快活な一声で、場の空気もすぐに明るくなった。
しかし、蓮は、英一の顔に微かな悔しさと苛立ちが混じっていることに気づいていた。
(自己中になるだけなら、いいけどな……)
そう考えてから、蓮は自分が見事にフラグを立てていることに気づいた。
慌てて首を横に振り、思考を追い出した。
「——あっ、黒鉄!」
蓮が一度教室に戻っていると、弾むような声とともに、亜美が入ってきた。莉央も一緒だが、心愛はいないようだ。
最近、以前よりも三人で一緒にいところをあまり見なくなっているのは気のせいだろうか。
「バスケの試合、すごかったね! 圧勝だったじゃん!」
亜美が満面の笑みを浮かべながら、軽やかに近寄ってくる。
莉央も「まぁ、黒鉄と青柳がいたし当然だけど」と軽くうなずいた。
「サンキュー。ま、俺らだけの力じゃないけどな」
蓮が肩をすくめると、亜美は『いやぁ、やっぱ二人の力がデカいって!』と軽く腕をポンと叩いた。
この距離感は、さすがギャルといったところだろうか。
「それに、吉川にちゃんとボールを回すところもポイント高かったしな。どっかの誰かさんと違って」
「ま、やり方は人それぞれだからな」
莉央の静かなトゲに、蓮は苦笑しつつ肩をすくめた。
どっかの誰かさんが誰を指しているかなど、聞くまでもないだろう。
「それもそうだし、バレーでも思ったけど、黒鉄ってマジで運動神経いいよね! バレーのアタックもバスケのスリーポイントも、めっちゃ格好よかったし!」
「サーブも威力あったしな」
莉央も落ち着いたトーンで補足する。
普段、こうして真っ直ぐ褒められることが少ない蓮は、なんとなく居心地が悪くなり、「おう、ありがとうな」と軽くうなずいた。
その様子を見て、亜美がクスクスと笑う。
「へぇ〜。柊とずっと一緒なのに、意外と女慣れしてないんだ?」
「そんな真っ直ぐ褒められることなんて、そうそうねえからな」
蓮が苦笑しながら肩をすくめると、亜美が「なるほどね〜」と納得したように手を打つ。
「でも、ウチらはちゃんと言葉にするのが大切だって思ってるから、これから覚悟しなよ?」
「お、おう……?」
亜美がウインクして、莉央とともに笑いながら去っていく。
蓮は「なんだ、あれ……」と軽くため息をついた。
少しして、蓮が教室を出たところで、ちょうど心愛と鉢合わせた。
「あっ、黒鉄君!」
心愛がひらひらと手を振る。
その明るい笑顔はいつもと同じ……ように見えるが、どこかほんの少し違う気がした。
「どうした?」
「えっと……」
心愛は言葉を探すように一瞬視線を泳がせ、それから「ねぇ」と少し声をひそめた。
「さっきの二人……亜美ちゃんと莉央ちゃん、黒鉄君に迷惑かけてない?」
「迷惑?」
「うん。変なこと言ったりとか……」
いつもの無邪気さは残っているものの、少しだけ暗い空気が混じる。
「別に、特に変なことはなかったけどな」
蓮が首を傾げると、心愛は「そっか!」と笑顔を取り戻した。
「ならいいんだ! じゃあ、この後も頑張ろうね!」
そう言って手を振ると、心愛は軽やかに駆けていった。
蓮は少しの間、その後ろ姿を見つめた。
(……初音、なんかちょっと変だったよな?)
首をひねりつつも、試合が控えているため、ひとまずその疑問は胸の奥にしまうことにした。
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