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第66話 昼休みに球技大会の練習をした

 昼休み、体育館では球技大会に向けたバスケの練習が行われていた。

 各クラスに一つのゴールが割り当てられ、六クラスが同時に体育館を使っていた。そのため、広いはずの体育館もなかなかの混雑ぶりだ。


 (れん)たちのクラスの男子のメンバーは、蓮、蒼空(そら)英一(えいいち)江口(えぐち)吉川(きっかわ)の五人だ。

 経験者が多い中で、唯一の未経験者が吉川だった。


「そう、それで手首のスナップを——違う、そうじゃない。もっと柔らかく」


 英一は一見親切そうに吉川に教えていたが、口調には微妙に上から目線のニュアンスが混じっていた。

 吉川は真剣に聞いているものの、少しやりづらそうな表情を浮かべていた。


 そんな様子を見ていた蓮と江口は、空気を読んで一対一をすることにした。

 途中から他クラスのバスケ部である上原(うえはら)も加わって、交代しながら一対一をしていた。

 ある程度回したところで、一時休憩となった。


「さっすが蓮、マジでストリート仕込みって感じだな」

「一対一くらいしかできないけどな」

「それはドリブルしかできねえやつが言うんだよ」


 上原は苦笑しつつ、ボールを軽く放り上げた。


「ちょっと飲み物取ってくるわ」

「俺も。蓮は?」

「俺は大丈夫」


 江口と上原が離れたタイミングで、ちょうど英一も水分補給をしに行ったらしい。

 吉川がこっそり蓮のもとへとやってきた。


「なあ、黒鉄(くろがね)。シュートのコツ、教えてくんね?」

「あぁ、わかった。まずは一回打ってみてくれ」

「おう」


 蓮が細かいところのアドバイスを送っていると、ふと鋭い視線を感じた。

 予想通り、英一がこちらを睨むように見ていた。吉川が蓮に教えてもらっているのが面白くないらしい。


(いや、不可抗力だろ。俺が恩着せがましく教えに行ったわけじゃねえんだし)


 そんなことを考えながら苦笑していると、間もなくして英一と江口、上原が戻ってきた。

 英一が吉川に「それじゃあ、続きやろうか」と声をかける。


 蓮も江口と上原との一対一サバイバルを再開した。

 助けを求めるような視線を送ってくる吉川には、こっそり『ごめん』と手を合わせた。


「ねえ、黒鉄——」


 江口と上原の対決を見ていると、唐突に女子の声がかかった。

 振り向くと、そこに立っていたのは、心愛(ここあ)とよく一緒にいる二人のクラスメイト——高城(たかぎ)亜美(あみ)(たちばな)莉央(りお)だった。


「高城、橘。どうした?」


 蓮が首を傾げると、亜美がニコッと笑いながら言った。


「ちょっとさ、私たちにもシュートのコツ教えてくんない?」

「いいけど……俺より、蒼空に聞いたほうが確実なんじゃないか?」


 蓮がそう返すと、亜美と莉央は顔を見合わせ、くすっと笑った。


「うーん、でも、あそこに入るのはキツいっしょ」


 亜美が視線を向けた先を見ると、蒼空の隣には結菜(ゆいな)がいた。

 寄り添うような距離感でシュートのフォームを習っている。時折冗談を言っているのか、イタズラっぽい笑みを浮かべていた。


「……確かに」


 蓮は妙に納得しつつ、二人に向き直った。


「じゃあ、やるか」

「おっ、やった!」


 亜美が嬉しそうに手を叩き、莉央は控えめにうなずいた。


「ちょっと抜けるぞー」


 江口と上原に声をかけてから、彼女たちにフォームのアドバイスする。

 しばらくそうしている最中に、ふと視界に凛々華(りりか)の姿が入った。一人で黙々とシュート練習をしていた。


(相変わらず真面目だな……)


 そんなことを思いながら見ていると、蒼空が凛々華に声をかけに向かった。

 凛々華は一瞬だけこちらを見た……ような気がしたが、その瞬間——。


「黒鉄、こっちはどう?」


 莉央の声に振り向くと、彼女がシュートの構えをしていた。


「お、いい感じだな。ちょっとリリースのタイミングを——」


 蓮が再び二人にアドバイスを送っていると、その間に凛々華は蒼空、結菜と三人で練習を始めていた。

 蒼空が凛々華に身振り手振りを交えて説明をしている。

 蓮は少しモヤモヤした気持ちになった。


(ひいらぎ)藤崎(ふじさき)のことをあんまりよく思ってねえみたいだけど……ま、ここで俺が行っても変な空気になるだけだしな)


 自分にそう言い聞かせ、亜美と莉央に意識を戻した。




◇ ◇ ◇




「……」


 帰り道。凛々華はむすっとした表情を浮かべていた——わけではないが、機嫌が悪いことは蓮もなんとなく察していた。

 心当たりはないが、こういうときは十中八九、自分が原因であると学習していた。


「なぁ、柊」

「何よ」


 やはり、いつもよりトゲトゲしい。


「俺、また何かやっちゃったか?」

「別に……ただ、あなたがまた鼻の下を伸ばしていたのを見て、だらしないと思っただけよ」

「いや、伸ばしてねえから」


 蓮が苦笑しながら否定した。


「シュートのコツを教えろって言われたから、教えてただけだよ」

「わざわざ、バスケ部じゃないあなたに?」

「蒼空は藤崎と練習してたし、江口は上原と一対一してたから、消去法で俺が選ばれただけだろ」


 蓮が事情を説明すると、凛々華は疑うような目つきでじっと彼を見つめた。

 やましいことがあれば目を逸らしていただろうが、蓮には後ろめたいことはない。だから、堂々と見つめ返した。


 程なくして、凛々華はふっと視線を逸らした。

 とりあえずは信じてくれたらしい。


「で? そっちは藤崎とは仲良くやれたのか?」

「……特段問題はなかったし、そもそも無闇に拒絶するつもりもないわ。でも、やりづらいのは確かね。青柳(あおやぎ)君に教わるなら、なおさらだわ」

「あぁ、確かに。じゃあ、やっぱりちょっと居心地悪かったか?」

「悪かったわね」


 即答だった。

 蓮は再び苦笑しつつ、ふと思いついて口を開いた。


「なら、今度は俺が教えようか?」

「……え?」


 凛々華が驚いたように瞬きをする。その後、すぐに澄ました顔に戻り、


「そうね。そうしてもらおうかしら」


 どこか意地を張るような言い方だったが、了承はしてくれたらしい。

 ——が、その直後。


「すっかりハーレムね」


 凛々華が茶化すように言った。


「それだと、柊も一員ってことになるぞ?」

「っ……」


 蓮が軽くやり返すと、凛々華は一瞬息を詰まらせた。


「……それはなんだか、不愉快だわ」


 そう眉をひそめた凛々華は、どこか慌てたように付け加える。


「あなたがどうこうというより、ハーレムの一員という立ち位置が気に入らないわね」

「そりゃ、みんなそうだろ」

「あなたも、絶世の美女だったとしても逆ハーレム要員になるのはお断り?」

「ごめんだな」


 蓮はキッパリと言い切った。

 凛々華は意外そうに「へぇ」と言った。


「意外と、恋愛に対してしっかりとした意見を持っているのね」

「当たり前だろ。普通の男子高校生だぞ」

「少なくとも普通ではないと思うのだけれど」

「お互い様だろ」

「否定はしないわ」


 凛々華は即答した。

 蓮は小さく吹き出した。


「柊って、変なところで潔いよな」

「変なところで、は余計よ」

「うっ……」


 凛々華に脇腹チョップを喰らい、蓮はうめき声をあげた。


 こういうところも潔いというか、躊躇しねえよな——。

 喉まで出かけた言葉を、寸前で飲み込んだ。


 蓮は思ったことを素直に口に出してしまうところがあるだけで、女子からの制裁を楽しむ趣味は持ち合わせていないのだ。

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