第62話 事実だもの
ゴール裏からのシュート。
そんな離れ業に、体育館は静まり返った。
ボールの跳ねる音だけが響く中、沈黙を破ったのは、張本人の蓮だった。
「……マジか」
彼自身も、まさか入るとは思っていなかった。
あくまで苦し紛れもいいところのシュートだった。
——彼の呟きが引き金となり、女子たちの歓声が一斉に弾けた。
「すごーい!」
「マジやばくない!?」
「黒鉄君、バスケ部じゃないのに!?」
甲高い声が聞こえ、蓮は自分がギャラリーの前でバスケをしていたことを思い出した。
勝負の途中から、すっかり忘れていた。蒼空しか視界に入っていなかった。
クラスメイトの女子たちが興奮気味に話しているのが聞こえ、蓮は思わず頬を掻いた。
(ちょっと照れるな……)
そう思った瞬間、鋭い視線を感じた。
蓮がそちらをちらりと見ると、凛々華と目が合った。彼女はすぐに、ふいっと視線を逸らした。
(……なんか怒ってなかったか?)
蓮が首を捻っていると、蒼空が晴れやかな表情で歩み寄ってきた。
「俺の負けだ。あれ決められたら勝てねーよ。蓮、お前マジですげえな!」
「たまたまだよ。厨二心でよく練習はしてたけど、ほとんど入んなかったしな」
蓮はいくら決まらなくても、俺ならできると信じて馬鹿の一つ覚えのように繰り返し練習し続けていた頃の自分を思い出し、苦笑いを浮かべた。
蒼空が無邪気に笑い、二の腕をバシバシと叩いてくる。
「ならなおさらすげーって! それに、普通にそれ以外もめっちゃうまかったぜ!」
「ま、ストリートは一対一特化だからな」
互いに息を整えながら、自然と笑みがこぼれる。
そこでようやく衝撃から回復したらしいバスケ部員たちが、一斉に興奮しながら蓮の元へ駆け寄ってきた。
「ちょ、黒鉄! お前マジで半端ねえな!」
「中学ん時ストリートでやってたって言ってたけど、クラブでも入ってたのか!?」
その迫力に気圧されつつ、蓮は答えた。
「クラブじゃなかったけど、近所のストバスコートではよく遊んでたぞ。高校生とかにも混ぜてもらってたから、それで多少は上手くなったんだよ」
「いや、だとしてもあんなのできるようになるかよ」
「つーか、多少じゃねえしなぁ」
「「「それな!」」」
「蓮、今からでもバスケ部入れよ! 歓迎するぜ?」
肩を組んでくる江口に、蓮は苦笑しながら答えた。
「バイトとかで忙しいから、部活は無理だな」
「そっか……でも、もったいねえな」
「こんだけバスケうめえのに部活もできねえ生活って、結構しんどくね?」
同情気味に言われるが、蓮は軽く肩をすくめた。
「それがそうでもなくてさ。今は今で充実してるんだよ。忙しいからこそ、色々と効率よくできてるっていうのもあるしな」
「おいおい、かっけえな!」
「さすが文武両道男だ!」
「学年三位は違うぜ!」
「おい、やめろって」
男子でワイワイと盛り上がっていると、観戦していた結菜たちも近づいてきた。
「青柳君も黒鉄君もお疲れさま! すごかったね!」
「思わず手に汗握っちゃったよ!」
「うんうん、二人とも格好良かったよ!」
結菜に続いて、その友達の山﨑玲奈と間宮日菜子も賛辞を述べた。
「いやぁ、すっごく楽しかった! 見にきて良かったよ〜。ね、凛々華ちゃん?」
「まあ……そうね。退屈ではなかったわ」
無邪気に笑う心愛と、澄ました表情の凛々華はいつも通りだ。
(……いや、やっぱりちょっと機嫌悪いか?)
蓮は凛々華の様子になんとなく違和感を覚えたが、まさかみんながいる前で聞くわけにもいかない。
それから少し話した後、「お昼食べる時間なくなっちゃうし、そろそろ戻らない?」という結菜の提案で、一同は体育館を後にした。
蓮と凛々華は、いつものように校庭の隅にあるベンチに並んで腰掛けた。
「悪いな、待たせて」
そう言うと、凛々華は手を止めずに蓋を開けながら、淡々と返した。
「私が勝手に見ていただけよ。あなたが責任を感じることじゃないわ」
その言葉に嘘はないのだろう。だが、どことなく素っ気ない。
(……やっぱり、なんか機嫌悪いよな)
蓮は素直に尋ねることにした。
「柊、なんか機嫌悪くねえ? 俺、何かしちゃったか?」
「っ……」
凛々華は一瞬、目を見開いた。
けれど、すぐに何かを振り払うようにすっと視線を逸らし、そっけなくつぶやく。
「別に。ただ、あなたが歓声を受けて鼻の下を伸ばしているから、だらしないと思っただけよ」
「えっ? ……あぁ、そういうことだったのか。早川はともかく、蒼空には負けておけってことかと思ってた」
蓮は苦笑した。
凛々華はやや呆れたように、小さく肩をすくめた。
「手を抜いたら、それこそ失礼でしょう? それに、彼はそういう忖度を一番好まないと思うのだけれど」
「確かにな」
その意見には蓮も納得せざるを得ない。
しかし——次の瞬間、凛々華がじっとりとした視線を向けてきた。
「それでいうとあなた、早川君との対決で、一瞬馬鹿なことを考えていなかったかしら?」
「……!」
蓮は思わず息を呑んだ。
英一のプライドを傷つけないために、わざと負けてやろうかと思ったのは事実だ。
だが、迷ったのはほんの一瞬だったはずだ。
「……よくわかったな」
驚き混じりにそう問うと、凛々華はクスッと小さく笑った。
「意外と表情に出やすいって、前にも言ったでしょう?」
イタズラっぽく微笑むその顔に、蓮はムッとして言い返した。
「柊に言われたくはねえよ」
「黙りなさい」
ぴしっと凛々華が言い放ち、手を振り上げ——かけたところで止まった。どうやら、お互いに弁当を広げていることに気づいたらしい。
彼女はわずかに眉をひそめ、振り上げた手をそっと下ろした。口元はきゅっと引き結ばれ、頬にはわずかな赤みが差している。
「でも、なんか悪かったな。気を悪くさせて」
「……あなたが責任を感じることじゃないわ。その……私だって一応、見直したし……」
言いづらそうに言葉を選びながら、凛々華は小さく息を吐いた。
それから、ほんの少しだけ蓮のほうを見た。ほんのりと頬を赤らめ、唇を噛みしめながら、まるで仕方なく言うように続けた。
「……格好良かったのは、事実だもの」
「っ……おう。サンキュー」
蓮は一瞬息を詰まらせた後、素直に礼を言った。体育館でみんなから歓声を浴びたときよりも、嬉しさが込み上げてきた。
きっと、凛々華はこういうときにお世辞を言わないとわかっているからだろう。
なんだかむず痒い気持ちになって、誤魔化すようにご飯をかき込んだ。
——そして、むせた。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「急がば回れ、という言葉を教えておいてあげるわ」
「っ……」
凛々華に呆れたような視線を向けられ、蓮は赤面した。
しかし、同時にどこか安堵している自分がいることに気がついた。
(……俺は何にホッとしてるんだ?)
しばらく考えてみたが、答えは浮かばなかった。
◇ ◇ ◇
——一方そのころ、本人たちの預かり知らぬところで、蓮と蒼空の一対一の動画が拡散されていた。
英一は他クラスでご飯を食べていたが、バスケ部のマネージャーが集まっているクラスだった。彼女たちの間では、話題は当然その動画のことで持ちきりだった。
「ちょ、これヤバくね?」
「マジでヤバいよね! 二人とも運動神経良すぎなんですけどー」
「ね、ジャンプ力とかもエグくない?」
「エグいエグい。ゴール裏からのシュートも意味わかんないし」
「普通にハンドリングもめっちゃ上手くない?」
「ねー。スリーポイントも綺麗だし、もはやカリーじゃん!」
一人の女子が歴代最高シューターの呼び声もあるステフィン・カリーの名前をあげると、他の者たちも「確かに!」「それな!」とこぞって同意した。
そこまではよかった。しかし、その先の会話は、英一からすれば聞き捨てならなかった。
「黒鉄君がシューティングガードで入れば、新人戦でもめっちゃいいところいけるんじゃない?」
「っ……」
英一は思わず体を震わせてしまった。シューティングガードとは、まさに彼のポジションだった。
しかし、そんな彼の様子に気づいた様子もなく、バスケ部のマネージャーたちは再び揃ってうなずいた。
「確かに! 青柳君とのコンビプレーとか見てみたい!」
「高さも出るし、外を警戒されても中にアタックできるシューターいたら助かるなぁ」
「「「それな!」」」
「……ふん」
英一は鼻を鳴らし、内心でせせら笑った。
(多少一対一が上手いだけのやつなんていくらでもいる。結局は試合の中で活躍できないと意味ないっていうのに、やっぱりマネージャーはスポーツのことなんてわかってないんだな。彼が試合に入ったところで、連携なんて取れずにチームが崩壊するに決まっているだろ)
そこまで考えて、英一はハッとなった。球技大会がすぐそこまで迫っていることに気づいたのだ。
確か、今日の放課後にメンバーを決めると蒼空が話していたはずだ。
(僕の本当の実力を証明するには、おあつらえ向きの舞台じゃないか)
英一は口角を吊り上げ、薄く笑った。
「チヤホヤされてるとこ申し訳ないけど、個人技だけじゃ試合じゃ通用しないってこと、しっかり教えてあげるよ——黒鉄君」
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