第61話 久しぶりの感覚
英一は次の攻撃も、リターンパスを受け取ってすぐにシュートを放とうとした。蓮はブロック体勢に入った。
しかし、英一のそれはフェイクだった。
「よしっ、もらった!」
彼は得意げに笑い、ドリブルを仕掛けた。しかし——、
「——なっ⁉」
あっさりとボールを弾かれ、英一は驚愕の声を上げた。思わずといった様子で、蓮に詰め寄った。
「い、今のフェイクは完璧だったはずだ! な、何をしたんだい⁉」
「いや、フェイクだろうなってわかってたから、ついて行って弾いただけだけど」
蓮が困惑しつつ答えると、英一は一瞬だけ悔しげに顔を歪めたが、すぐに笑みを浮かべる。
頬は引きつっていたが、彼は蓮を見下すように口の端を吊り上げ、鼻を鳴らした。
「ふぅん……どうやら勘はいいみたいだね」
「っ……」
上から目線の物言いに、蓮もさすがに少しイラついた。
今のフェイクのどこが完璧なんだ。見え見えだったぞ——。そう言いたくなるのを我慢した。
ふと、凛々華が視界に入った。険しい表情を浮かべていた。
腕を組んでおり、指先は落ち着きなく腕を叩いている。まるで、「さっさと倒しなさいよ」とでも言いたげだ。
(……そうだな)
蓮は軽く息を吐いた。
——こんな茶番は、さっさと終わらせてしまおう。
「よしっ」
「っ——」
蓮が本気になったことを悟ったのか、英一は息を呑んだ。ドリブルを警戒するように、距離を取った。
——ならば、そのまま打てばいい。
蓮がスリーポイントラインの外側から放ったシュートは、リングをかすめることすらなく、ネットに吸い込まれた。
「なっ……!」
英一が驚きに目を見張る中、体育館が湧いた。
「すげえ!」
「黒鉄、スリーも打てんのかよ!」
「やり返したね〜!」
「鮮やか!」
やったことは先程の英一と同じだ。
それにも関わらず、みんなが盛り上がったのは、心愛が言ったように、やられたことをやり返したからだろう——もしかしたら、それ以外の理由もあるのかもしれないが。
続く攻撃では、蓮はもう一度スリーポイントを打つと見せかけて、ドリブルを仕掛けた。
「そうくると思ったよ——なにっ⁉︎」
英一が得意げに蓮のドリブルを止めようとするころには、蓮はステップバックをして、またもやスリーポイントシュートを放っていた。
英一はブロックすることすら叶わなかった。
——スパッ。
まるで先程のシュートの再現VTRかのように、ボールはネットに吸い込まれた。
「十対三で、蓮の勝ちだ」
蒼空が苦笑いを浮かべながら、宣言した。
バスケ部からは「おぉー!」という感嘆の声が漏れ、女子たちは揃って拍手をした。
英一は、顔を歪めて蓮に近寄ってきた。
「……今回は僕の負けだよ。結構上手いんだね」
「まぁ、中学のころはストリートでやってたからな」
「ストリートでっ?」
蓮が簡潔に答えると、英一が大袈裟に声を張った。
「なるほどね。それじゃあ、一対一に強いのも納得だよ」
英一はまるでみんなに聞かせるように周囲を見回しながらそう言った後、前屈みになってお腹に手を当てた。
「本当は蒼空との対決も見てみたいけど、お腹が空いて気持ち悪いから帰らせてもらうよ」
「お、おう」
英一はその体勢のまま、ふぅー、と息を吐きながら、体育館の出口に向かって歩き出した。
彼が女子たちの前を通りかかると、結菜が声をかけた。
「早川君。大丈夫?」
「うん。やる前から違和感はあったんだけどね。無理して動いたからちょっと悪化しちゃったけど、休めば治ると思うよ」
「そっか! お大事にねー」
結菜は笑顔で手を振った。
こういうところが、彼女がクラス会長としての立場を確立している所以だろう。
しかし、結菜以外の女子は声をかけるどころか、見向きもしなかった。
英一が体育館を退出するよりも前に、彼女たちやバスケ部ギャラリーの視線は全て、コート上で向かい合う蓮と蒼空に向けられていた。
「わりぃな。連戦になっちって」
「気にすんな。こっちこそ待たせて悪いな」
「スリー二本でパパッと終わらせてくれたから、あんまり待ってねーけど」
蒼空がおかしそうに笑った。それから気遣うような表情になって、
「ちょっと休憩すっか?」
「いや、大丈夫だ。スリー二本で終わらせたから、大して動いてねえしな」
「はは、ウォーミングアップにもならなかったか?」
蒼空が意地の悪い笑みを浮かべる。
蓮は苦笑しながら肩をすくめた。
「そこまでは言わなねえよ」
「言っても許されるとは思うけどな。ま、そんなことはどーでもいいか。それじゃ、やろーぜ!」
「おう!」
向かい合い、コツンと拳を合わせた。蒼空は少年のように、無邪気に瞳を輝かせている。
楽しみで仕方がないと言わんばかりの笑顔に、自然と蓮のテンションも上がった。
例の如くリターンパスを受けた蓮は、ゆっくりとドリブルをした。
(すげえな)
隙のない蒼空のディフェンスに、蓮は舌を巻いた。
とても抜けそうにない。
(なら、ちょっと仕掛けてみるか)
蓮はその場で何度かドリブルをついてから、一気にトップスピードに加速した。
「ちょ、お前マジで速えーな⁉ けど!」
蒼空もしっかりとついてきた。左側——ゴールへの進路は塞がれていた。
しかし、それは蓮の予想通りだった。
スピードを緩めて左足で踏み切り、空中で体を反時計回りに捻ってゴールのほうを向きながら、ワンハンドシュートを放った。
「うおおおお!」
「すげえ!」
「ワンハンドで決めやがった!」
「しかも空中で体を捻りながらだぜ⁉︎」
バスケ部たちが騒ぐ中、遠くから拍手の音がした。
「何今の⁉︎」
「すごっ!」
「片手だったよ!」
「青柳君の反応もすごかったのに!」
心愛や結菜たちが無邪気に手を叩いていた。
そして、蓮が視界の端にとらえたのは、放心したような顔の凛々華だった。
(すげえ間抜けな顔。俺がこんなことできるとは、思ってなかったんだろうな)
蓮は内心で苦笑しながらも、すぐに集中し直す。
蒼空はますます楽しそうに笑った。
「やっぱり、俺の見立ては間違ってなかったな!」
「失望させねえように頑張るよ」
蓮が型にハマらないシュートを見せたからだろう。
蒼空からのプレッシャーはさらに厳しくなった。
続いての攻撃で苦し紛れに放った蓮のシュートは、リングに弾かれた。攻守交代だ。
蒼空は最初の蓮と同様、リズムを整えるように何度かその場でボールをついた。
彼は小さく息を吐いた。
来る——!
蓮がそう直感した次の瞬間、蒼空が視界から消えた。
いや、正確には消えたのではない。早くて目で追いきれなかったのだ。
しかし、それでも蓮の体は自然に反応していた。
「くっ……!」
なんとか喰らいついた。しかし、次の瞬間には蒼空は切り返していた。すかさずジャンプシュートを放つ。
懸命に伸ばした蓮の指先をかすめることもなく、ボールはリングに吸い込まれた。
蓮は思わず笑ってしまった。
「めちゃくちゃ速えな」
「伊達に一年から試合に出てるわけじゃねーからな」
蒼空がニヤリと挑戦的に笑った。
きっと、自分も同じように笑っているんだろうな、と蓮は思った。
——これだけワクワクするのは、久しぶりだった。
その後の試合は拮抗した。
蒼空のスピードとフィジカルの強さに苦しめられながらも、蓮はストリート仕込みのテクニックで応戦した。
蒼空が点を決めれば蓮もすかさず決め返し、スコアはいつの間にか八対九になっていた。
お互い、あとワンゴール決めれば勝利という場面で、蒼空がシュートを外して蓮の攻撃になった。
(さすがに手強いけど……ここまできたら負けたくねえな)
もはや、蓮は蒼空に勝つことしか考えていなかった。
白熱したハイレベルの試合にギャラリーは大いに盛り上がっていたが、その歓声が遠くに霞んで聞こえるほど、蒼空との勝負に没頭していた。
ただ、蒼空に勝つことだけを考えてボールを扱う。
何度も切り返し、小さなフェイクをいくつも織り交ぜて翻弄しようとするが、蒼空もしつこく粘った。
コースを限定された蓮は、なんとかして掻い潜ろうとするが、気づけば、ゴールの裏に追い詰められていた。
偶然ではない。蒼空が誘導していたのだろう。
普通に考えれば、万事休すだ。
しかし、目の前の勝負に勝つことだけに集中している蓮に、諦めるという選択肢はなかった。
「さすがのお前もこっからじゃ——なっ⁉︎」
蒼空の気が緩んだ瞬間、蓮はその場でボールを抱え、飛び上がった。
「まさか、ゴール裏から……⁉︎」
「えっ、マジ⁉︎」
「嘘だろ……⁉︎」
ギャラリーも、そして対戦相手である蒼空すらも息を呑んで見つめる中、蓮は空中で身体を捻り、手首を返した。
綺麗な放物線を描いてボードの背面から姿を現したボールは、リングをかすめながら、スパッという軽やかな音を立ててネットを揺らした。
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