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第57話 蓮の過去

 翌日、(れん)が休憩室に入ると、(めぐみ)の姿があった。

 追いかけてきたわけではない。たまたまだ。


「恵さん、ちょっといいですか?」

「ん? 何?」


 恵は携帯を手にしたまま、顔を上げて気楽な調子で蓮を見た。


「チケット、ありがとうございました。俺と(ひいらぎ)で水族館に行くことになりました」


 報告とお礼を述べると、恵は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに満足げにうなずいた。


「そっかそっか、それはよかった! 二人とも、ちゃんと受け取ってくれたんだね」

「はい。ですが、本当に代金はお支払いしなくていいんですか?」

「いいのいいの。元々もらったやつなんだからさ。二人とも大人びてはいるけど、まだ高校生なんだから、こういうのは素直に受け取っておけばいいんだぞ」

「……わかりました。ありがとうございます」


 おどけた恵の言葉に、蓮は少し微笑んだ。

 すぐに表情を引きしめ、鋭い口調で尋ねた。


「でも、他の人が全員予定が合わなかったっていうのは、嘘ですよね?」

「っ……」


 恵が小さく息を呑んだ。


「元から、俺と柊に渡すつもりだったんでしょう?」

「……なんでわかったの?」


 蓮は肩をすくめ、苦笑を浮かべる。


「だって、さすがに強引すぎましたよ。普通なら、もうちょっと自然な形で渡すもんじゃないですか?」

「……確かにね」


 恵は観念したように、苦笑いを浮かべて頭を掻いた。


「うん、そうだよ。元から二人に渡すつもりだった。あっ、でもね、私の予定が合わないのと、親からもらったのが余ってたのは本当だよ?」

「なるほど……」


 恵が嘘をつくようなタイプではないことは知っていたし、彼女が本当に二人のことを考えての行動だったのだろうというのも、何となく理解できた。

 だからこそ、蓮は続けて問いかけた。


「どうして、そこまで俺と柊の背中を押そうとするんですか? 俺らはただの友達ですよ?」


 その言葉を聞くと、恵は一瞬動きを止めた。


「……ふむ」


 彼女は携帯を脇に置き、少し目を細めながら、まっすぐに蓮を見つめた。


「っ……」


 恵のまっすぐな視線に、蓮は思わず身じろぎをした。

 圧があるわけではない。ただ、その表情には彼女なりの確信があるようだった。


 しばらく間を置いた後、恵は穏やかな笑みを浮かべたまま、問い返した。


「逆に、どうして蓮君は、凛々華(りりか)ちゃんとの可能性をそこまで頑なに否定するの?」

「えっ?」


 不意を突かれたように、蓮は目を瞬かせた。


「あの子が惰性(だせい)で男の子と一緒にいるはずがないっていうのは、わかってるでしょ?」

「……」

「それに、凛々華ちゃんじゃなくても、高校生の男女が学校でもバイト先でも一緒にいる時点で、そういう発想が出るのは普通のことじゃない? ——たとえ、何か事情があったんだとしてもさ」


 核心をつくような言葉に、蓮は息を呑んだ。


「……なんでわかったんですか? 俺と柊の間に事情があるって」

「んー?」


 恵は小さく笑い、首をかしげた。


「だって、そうでもなきゃ、さすがの蓮君でも凛々華ちゃんとの可能性を排除はできないでしょ」

「……っ」


 なんでもないように紡がれたその言葉は、ぐうの音も出ないほどの正論だった。


「実際のところは知らないよ? 私、凛々華ちゃんとガールズトークなんてほとんどしてないし。でもね、可能性すらも考えないのは、ちょっとあの子に失礼だと思うんだよね」

「……そういうものですか?」

「そういうものだよ」

「でも、逆に向こうに全くその気がないのに、こっちが意識するのも失礼じゃないですか?」


 そう反論すると、恵は「うーん」と小さく唸った後、少し考えるような仕草を見せた。


「そんなことはないと思うよ? 強引に迫ったりするなら別だけど、基本的に人から好意を向けられて嫌がる人なんて、そうそういないし」

「……」


 それもまた、正論だった。蓮は押し黙った。


「それに蓮君もさ、自分が運動とか勉強をできるのはわかってるでしょ? これだけの量のバイトをこなしながら学年三位とか普通に化け物だし、前聞いたとき、スポーツテストも毎回Aランクだって言ってたじゃん」

「まあ、平均よりはできると思いますけど」

「そのレベルじゃないと思うけど……ま、それは今はいいとして。そういう数値化できる能力だけじゃなくて、顔も整ってるし、背も高い。それなのに、恋愛に関する自己肯定感だけ異常に低い。というより、そういう発想を避けてる……って言ったほうが、正しいかな?」

「っ……」


 揺れる蓮の瞳を正面から見据えて、恵は柔らかく、しかし真剣な声色で問いかけた。


「何か、あったの?」

「っ——」


 その瞬間、蓮の脳裏に、ある記憶がよみがえった。


『蓮君、ごめんなさいっ……!』


 消えることのないその記憶に、蓮は思わず顔をしかめた。

 その些細な変化だけで、恵は何かを悟ったらしい。ごめん、とつぶやいた。


「嫌なことを思い出させちゃったみたいだね」

「いえ……」


 恵は申し訳なさそうにしながらも、静かに続ける。


「でも、私も好奇心だけで言ってるわけじゃないよ」


 柔らかく微笑む彼女の表情には、どこか温かみがあった。


「蓮君に何があったのかはわからないし、すっごく辛いことなのかもしれないけど、いつかは一歩踏み出さなきゃいけないことだとも思うんだ。それが今かなんて断言できないけど、頭の片隅には置いておいたほうがいいよ。いざってときに躊躇っちゃったら、きっと後悔するからさ。ほんのちょっとだけ長く生きてる、人生の先輩からの助言だよ」


 本当にちょっとだけだけどね! と恵は冗談めかして笑ってみせたが、その言葉には実感がこもっていた。

 もしかしたら、彼女は過去に何か後悔するような選択をしてしまったのかもしれない。


 それでなくとも、本気で蓮のことを考えてくれているのは伝わってきた。

 そんな人の意見を無碍(むげ)にすることなんてできない。


「……わかりました。ちょっと考えてみます」

「うん、よろしい! まあ、私が色々言っておいてアレだけど、とりあえず楽しんできてね!」

「はい、ありがとうございます」

「あっ、でも——」


 恵は、いつものイタズラっぽい笑顔でビシッと人差し指を立てた。


「一つだけ、ミッションを与えておこうか。チケット代の対価としてね」

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