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第51話 陽キャの幼馴染に慰められた

 (れん)が振り返ると、買い物袋を提げた凛々華(りりか)が立っていた。


「……(ひいらぎ)


 蓮が声を漏らすと、凛々華はじっと彼を見つめて眉をひそめた。


「どうしたの? 何かあった?」

「いや、別に」


 蓮は誤魔化して立ちあがろうとした。

 凛々華は彼の前に回り込み、肩に手を添えて押し留めた。


「そんな暗い顔をしていても、説得力なんて皆無よ。嫌なら無理に話す必要はないけれど……話せば楽になることだってあるわ」

「っ……!」


 蓮は息を呑んだ。

 凛々華の声色は、いつになく優しかった。


「……誰にも言わないって、約束してくれるか?」

「えぇ、約束するわ」


 凛々華は間髪入れずにうなずいた。

 話を聞きたいがためのその場しのぎではない。紫色の凛とした瞳は、どこまでも真っ直ぐに蓮を捉えていた。


「隣、いいかしら?」

「あぁ」


 凛々華がベンチに腰を下ろした。

 沈みかけた夕陽を雲が覆い、より一層辺りが暗くなる中、蓮は小さく息を吐いて切り出した。


「……実は、さっきまで水嶋(みずしま)と一緒にいたんだ。本屋で偶然会って、その後お茶して……それで、この公園で告白された」

「っ……」


 凛々華は大きく目を見開いたが、何も言わなかった。

 続きを促すわけでもなく、黙って蓮を見つめている。


「断ったけど、その罪悪感に(さいな)まれているわけじゃない。俺が大翔(ひろと)に酷い扱いを受けていたときに見て見ぬ振りをしていた自分が、俺に好かれるはずがない——。そう水嶋が言ったとき、否定できなかったんだ。それで、自分でも意外と根に持ってたことに気づいてさ。なんか、自己嫌悪っていうか……悪いな。こんな話」


 蓮は自嘲の笑みを浮かべた。

 凛々華は、ゆっくりと息を吐いた。


「当然じゃないかしら」


 蓮が顔を上げると、凛々華のまっすぐな視線とぶつかった。


「あなたは平然としていたけれど、大翔たちの態度は、常識的に考えても相当ひどかったわ。そう感じるのは普通のことよ。何も自分を責める必要はないわ。だって、当事者ではない私でさえ、彼らのことを許していないのだから」

「柊……」


 蓮が目を瞬かせると、凛々華はハッとしたように小さく肩を揺らした。


「べ、別にっ! 変な意味じゃないわよ⁉︎ そ、その、常識的に考えて彼らの行動や言動は酷かったというだけで、黒鉄君がどうこうとか、そ、そういう話じゃ——」


 彼女が早口で弁明を重ねようとした、その瞬間だった。


「ワン!」


 突如響いた甲高い鳴き声に、凛々華の体が小さく跳ねる。

 視線を向けると、茶色い仔犬がつぶらな瞳でこちらを見つめていた。


「ちょ、ちょっと行ってくるわっ」


 そう言い放つや否や、凛々華は買い物袋をベンチに置いたままサッと立ち上がった。


「えっ? お、おう」


 突然のことで、蓮は反応できなかった。

 凛々華はスカートの裾をふわりと揺らしながら、逃げるように飼い主の女性もとへと近づいていく。


「こんにちは。可愛いワンちゃんですね。トイプードルですか?」

「そうよ。メルちゃんっていうの」


 女性は愛おしげにメルを見つめた。メルは飼い主の言葉に反応するように、凛々華を見上げながらハッハッ、と舌を出してみせた。

 その可愛らしい所作に、凛々華も穏やかな笑みを浮かべた。


「可愛いお名前ですね。あっ、もしかしてキャラメル色だからですか?」

「そうなの。よくわかったわね」


 女性は瞳を細めてニコニコと微笑んだ。

 凛々華は手をそわそわさせながら、


「少し撫でさせてもらってもいいですか?」

「えぇ、いいわよ」

「ありがとうございます!」


 凛々華は、普段の冷静さが嘘のように無邪気な笑顔を浮かべ、しゃがみ込んでメルを撫でた。

 メルも嬉しそうに尻尾を振り、彼女の足に顔をこすりつけた。


「っ……!」


 凛々華の表情がパッと輝いた。

 女性がふふ、と笑う。


「あなた、犬好きなのね。メルが初対面でこんなに安心してるのも珍しいわ」

「大好きです。将来、生活が安定したら絶対に飼うって決めてますから」

「ふふ、いいじゃない。あなたに育ててもらう子は幸せね」

「ありがとうございます。そう思ってもらえるよう、頑張ります」


 それから程なくして、彼女たちは別れた。

 飼い主とメルを見送る凛々華は、いつになく素直な笑顔を浮かべていた。


「柊——」

「っ……」


 蓮が声をかけると、凛々華がビクッと肩を震わせた。

 気恥ずかしそうに頬を染め、


「ご、ごめんなさい。私、犬を見るとつい——」

「ありがとな」

「えっ?」


 凛々華が間の抜けた声を漏らした。

 言われた言葉の意味を理解するようにパチパチと瞬きをする彼女に、蓮は笑いかけた。


「柊のおかげでだいぶ気が楽になったよ。俺、助けてもらってばっかりだな」

「そんなことはないわ——」


 凛々華が鋭い声を発した。

 ハッとなった彼女は、ほんのりと耳の先まで赤く染めながら視線を逸らしつつ、それでもはっきりとした口調で続けた。


「私も、あなたに助けてもらっているもの」

「言っても、送り迎えと鍵忘れたときくらいだろ」

「それだけじゃないわ」


 凛々華が呆れたように肩をすくめた。

 蓮は首をかしげた。


「えっ、他なんかあったっけ? つーか、前も同じような会話しなかったか?」

「私の家でね。口論になりかけたわ」


 凛々華がそのときのことを思い出したように、クスッと笑った。


「でも、マジでそれくらいだろ」

「……ま、覚えてないでしょうね。あなたはそういう人だもの」

「なんか釈然としねえなぁ。俺、何した?」

「秘密よ」

「っ……!」


 人差し指を唇に当てる凛々華の色香に、蓮の喉が小さく鳴った。思わず視線が吸い寄せられた。

 固まった蓮を前に、凛々華が怪訝そうに首をかしげる。


「どうしたの?」

「い、いや、なんでもねえよ」

「気になるのだけれど」


 凛々華がじっとりとした目線を向けてくる。

 蓮はおどけるように肩をすくめてみせた。


「なんでもねえって。柊ってそういうやつだもんな」

「言われてみるとなんだか不愉快ね……って、これも前に似たような会話をした記憶があるわ」

「確かに。全く成長してねえな、俺たち」

「そうね」


 蓮と凛々華は顔を見合わせ、笑い合った。

 凛々華は誤魔化すように咳払いをしてから、


「そういえば、この土日はどちらも休みだと言っていたわね? 明日は空いているかしら?」

「明日? まあ、空いてるけど」

「そう。それじゃあ、付き合いなさい」

「い、いいけど……急にどうしたんだ?」


 一歩先に進んでいた凛々華は足を止めて、沈む直前に最後の力を振りしぼって雲の間から顔を出した夕陽に照らされながら、イタズラっぽい笑みを浮かべた。


「罰ゲームが決まったのよ」

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