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第43話 柊家での昼食と勉強会

(……すごいな)


 昼食というには豪勢な食事を前にして、(れん)はソワソワした様子で席についていた。

 チラリと正面に視線を向けると、同じように落ち着きなく視線を彷徨わせている凛々華(りりか)と目が合った。


「「っ……」」


 彼らは揃って息を呑み、どちらからともなく視線を逸らした。

 蓮は気まずそうに頬を掻き、凛々華は頬を染めながら、何かに耐えるように唇をキュッと引き結んだ。


 二人でセレブの集まるパーティに来ている——わけではない。蓮が(ひいらぎ)家にお邪魔をしているのだ。


 ——夕飯でもご馳走させてくれない?

 以前に凛々華の母親である詩織(しおり)にそう言われたときは社交辞令だろうと思っていたのだが、改めて誘われては断るのも失礼だと思い、話を受けた。


 日曜日の昼食というタイミングなのは、父の直人(なおと)と妹の遥香(はるか)の夕食を用意しなければならないという事情があったからだ。

 二人なら快く送り出してくれるだろうが、自分の都合で迷惑はかけたくなかった。


 詩織がコップを載せたお盆を手に、キッチンから姿を見せた。


「はい、蓮君。牛乳でよかったわね?」

「わざわざありがとうございます」

「いいのよ」


 詩織は朗らかに笑った。

 凛々華と自身の飲み物を机に並べ、席についた。


「それじゃあ、食べましょうか」


 という詩織の一言で、ぎこちなさの残る昼食がスタートした。

 蓮は「いただきます」と手を合わせ、じゃがいもとキャベツ、ミニトマトが添えられているハンバーグに箸を伸ばした。


 チーズの乗っているそれを、ナイフを使って切り分け、口に運ぶ。

 噛んだ瞬間、ジュワッと肉汁が口の中に広がった。


「うまい……!」

「よかったわ」


 蓮が思わず漏らした感想に、詩織が表情をほころばせた。


「お代わりもあるから、どんどん食べてね。サラダもスープも」

「はい、ありがとうございます」


 蓮はがっつきすぎないように気をつけつつも、次から次へと箸を伸ばしていった。

 春キャベツ、新玉ねぎ、菜の花、アスパラガスを使ったサラダはみずみずしく、コーンスープはとてもコクがあった。


「本当にどれも美味しいです」

「そう言ってもらえると、頑張って作った甲斐があるわ」


 詩織が嬉しそうに目を細めた。

 隣で箸を進める凛々華の表情も、心なしか緩んでいた。


 ある程度食事が進んだところで、詩織は蓮に向き直り、真剣な表情で切り出した。


「改めて、先日はありがとうね、蓮君」

「いえ、ひ——凛々華さんにはいつもお世話になっていますから」

「っ……」


 凛々華がわずかに身じろぎをした。

 そんな娘に優しげな微笑みを向けてから、詩織は蓮に視線を戻した。


「凛々華から少し聞いたのだけれど、二人は学校では一緒に過ごしているのよね?」

「はい」


 蓮は硬い表情でうなずいた。

 詩織にとって、娘がどこの馬の骨かもわからない男とずっと行動を共にしているというのは、不愉快なことかもしれないと思ったからだ。


「そんな顔しないで」


 詩織が苦笑した。


「凛々華の決めたことなら尊重するし、毎日送り迎えもしてくれている蓮君には感謝しかないわ。それに……」


 詩織が少し言い淀んだ。

 凛々華を気遣うようにチラリと見てから、続けた。


大翔(ひろと)君の一件でも、助けてもらったみたいだから」


 ここで大翔の名前を出してきたことに蓮は驚いたが、すぐに首を横に張った。


「いえ、助けてもらったのは俺のほうですよ。凛々華さんだけが味方になってくれましたから。俺たちが一緒に過ごしているのもその縁ですし、凛々華さんにはまだまだ返せていない恩がたくさんあります」

「そんなことはないわ——」


 凛々華が思わずといった様子で、口を挟んだ。

 蓮と詩織が驚いたような視線を向けると、彼女は膝の上で拳を握りしめながら続けた。


黒鉄(くろがね)君には送り迎えも含めていろいろ助けてもらっているし、むしろ恩を返せていないのは私のほうよ」

「そんなことねえって。起こしてもらってるし、何回もノートとか見せてもらってるし」

「それはあくまであなたがしてくれたことへのお礼に過ぎないし、あなただって何回も数学を教えてくれてるじゃない」

「それこそ柊がしてくれたことに対するお礼だよ。それに——あっ」


 ムキになって言い返している途中で、蓮は今がどういう状況なのかを思い出した。

 慌てて詩織に頭を下げた。


「すみません。せっかくご馳走していただいているのに、お見苦しいところをお見せしました」

「いいのよ。責任や非の押し付け合いならともかく、どちらがより多く助けてもらっているかで言い争うなんて、素敵じゃない」

「「っ……!」」


 蓮と凛々華は揃って赤面した。

 ヒートアップしていたため気づかなかったが、冷静になって思い返すと、自分たちのしていたことがただの日頃の感謝の応酬であることに気づいたのだ。


 詩織が交互に視線を向けながら、ふんわりと微笑んだ。


「凛々華の様子から心配はしていなかったけど、こうして二人の仲の良さを直接見ることができて安心したわ——蓮君」

「はい」


 蓮は背筋を伸ばした。

 詩織は優しげな笑みで凛々華を見ながら、続けた。


「この子は不器用だけど、根は素直で優しい子なの。どうか、これからも仲良くしてあげてくれる?」

「もちろん、こちらからお願いしたいくらいです。凛々華さんの優しさや誠実性は、少し一緒にいるだけでものすごく伝わってきますから」

「——ゲホッ、ゲホッ!」


 水を飲んでいた凛々華が突然、激しくむせた。


「まあ、凛々華。大丈夫?」

「え、えぇ……ありがとう」


 詩織からティッシュを受け取り、凛々華が口元を拭った。


「柊、大丈夫か?」

「……誰のせいだと思っているのよ」

「えっ?」

「な、なんでもないわ。気にしないで」


 凛々華が気まずそうにそっぽを向いた。

 蓮にもなんとなく察しはついたが、その場では「そうか」と一言つぶやくに留めた。




 柊家のリビングにある柱時計が、音楽を奏でた。

 時刻は午後三時を回っていた。


「一回休憩するか」

「そうね。お茶でも入れるわ」

「おう、サンキュー」


 蓮は昼食を終えた後も、柊家に滞在していた。

 どうせなら勉強会をしないか、と凛々華に誘われていたのだ。


 二つ返事で承諾してくれた詩織は、現在買い物に出かけている。

 年頃の娘を男と二人きりにしていいのかと不安になる反面、それだけ信頼してくれているのだと思うと嬉しくもあった。


「どうぞ」

「サンキュー。さっきは悪いな。親の前であんなこと言って」


 お茶を持ってきてくれた凛々華に謝罪をすると、彼女は居心地悪そうに視線を逸らした。


「……別に構わないけれど、あんまりお世辞を言われるのは好きじゃないわ」

「お世辞じゃねえよ」


 今度は、蓮が思わずといった様子で遮った。

 お世辞だと思われているのは心外だった。


 驚いたように目を見張る凛々華に、蓮は強い口調で続けた。


「さっきのはリップサービスでもなんでもなくて、本心だよ。柊のことは本当に優しくて誠実なやつだと思ってるから」

「なっ、何を言っているのよ!」


 凛々華が顔を真っ赤にして叫んだ。


(……確かに、何言ってんだ俺)


 蓮もいまさらながらに恥ずかしくなった。そこまでムキになって言うことでもなかったはずだ。

 視線を逸らし、熱を持った頬を掻きながら、言い訳するように、


「そ、そうじゃなきゃ一緒にいようなんて思わねえだろ」

「そ、それはっ……」


 凛々華は何かを言いかけて、押し黙った。言葉が浮かばなかったのだろう。

 気まずい沈黙が流れる中、蓮は頭を下げた。


「悪い。変なこと言ったな。忘れてくれ」

「……私も」


 凛々華がポツリとつぶやいた。


「えっ、何か言ったか?」


 蓮が問い返すと、凛々華が覚悟を決めたようにガバッと顔を上げた。

 気恥ずかしげに頬を染め、拳は膝の上で握りしめつつも、彼女はまっすぐ蓮を見据えた。


「わ、私もっ、あなたのことは意地が悪くてデリカシーがないところもあるけれど、その、根は優しくて真っ直ぐな人だと思ってるから!」


 ひと息で言い切った後、凛々華は素早い動作で立ち上がり、そそくさとリビングを出ていった。


「な、なんだよ、それ……」


 蓮は先程以上に頬に熱が集まるのを感じて、たまらず机に突っ伏した。

 するどちょうどそのタイミングで、詩織が帰ってきた。


「あら、寝ているのね」


 違います。ちょっと精神攻撃を受けただけです——。

 とはもちろん言えず、蓮は失礼とは思いつつも、寝たふりをした。今顔を上げれば、熱でもあるのかと余計な心配をかけてしまうかもしれない。


「黒鉄君、寝ているの?」

「……いや、大丈夫だ」


 トイレから戻ってきた凛々華に声をかけられ、蓮はノロノロと上体を起こした。

 あれから十分ほどが経ち、ようやく平常心を取り戻していた。


「そう。じゃあ、続きを始めましょう」


 凛々華の口調はいつも通りの淡々としたもので、先程のことはまるで気にしていないような澄ました表情だった。


(……なんだ、シンプルにああいうことを言うのが恥ずかしかっただけか)


 蓮はそっと安堵の息を吐いた。

 しかし、どこかモヤモヤとした気分になって、その後はあまり、集中することができなかった。

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