第42話 陽キャの幼馴染と定期テストで勝負することになった(罰ゲーム付き)
数学の授業が終わると、蓮はノートを閉じて伸びをした。
次は国語。小テストが待っている。
軽く前後左右に体を伸ばしてから、隣の凛々華にならって国語の授業プリントを取り出す。
「珍しいわね。あなたがちゃんと復習をするなんて」
凛々華が意外そうに、蓮の手元を見た。
「さすがにテスト二週間前だし、昨日結構やったからな。どうせなら点取りてえし」
「それなら勝負しないかしら?」
そう提案してくる凛々華の口元には、挑戦的な笑みが浮かんでいる。
英一に鬱憤をぶちまけることができたおかげか、機嫌が良さそうだ。
「するか」
蓮はそこそこの自信とともに勝負を受けた。
しかし——、
「ちゃんと勉強して負けるのは悔しいな」
蓮が苦笑いしながら答案を眺めていると、凛々華が満足げに片眉を上げて答えた。
「そうでしょう? 前回の私の気持ちがわかってもらえたかしら」
「あぁ」
前回とは、蓮が満点を取って凛々華に勝利した英語の小テストのことだろう。
「そういう柊は満点か。さすがだな」
「何度も負けるわけにはいかないもの」
凛々華は鼻をつんと上に向け、どこか得意げだ。
「なら、次も勝負するか?」
「望むところよ」
勢い込んだ凛々華は、思案げな表情であごに手を当てた。
「でも、国語と英語だけだと少し私が有利になってしまうわ」
「俺は別にいいぞ」
「私がよくないのよ」
即答する凛々華の声には、強い意志が感じられた。
負けず嫌いな彼女は、対等な立場で勝負したいのだろう。
「でも、数学は基本的に小テストないしな……」
「そうなのよね……」
蓮と凛々華が思案げに首をひねっていると、
「なら、次の定期テストの合計点で決着をつけたらどうかな。それなら平等じゃない?」
話が聞こえていたのだろう。
心愛が後ろの席から提案してきた。
「確かに、それが一番平等かもしれないわ」
「だな。そうするか」
蓮と凛々華は、顔を見合わせてうなずき合った。
「ついでに罰ゲームでも設定したらやる気でるし、面白いと思うよ〜」
心愛がどこかイタズラっぽく笑いながら、さらに提案してくる。
蓮は腕を組んで考え込んだ。
「なるほど。罰ゲームか……無難なところだと、負けたほうが一つ言うこと聞くとか?」
「いいわ。受けて立ちましょう」
凛々華は間髪入れずにうなずいた。
闘志の炎が、紫色の瞳の奥に揺らいでいる。罰ゲーム制度で、俄然やる気になったようだ。
「初音もやるか?」
「うーん、どうしようかなぁ。面白そうだけど、二人に勝てる気しないんだよね〜」
心愛が困ったように笑いながら頭を掻いた。
そのとき、彼女の横から英一の声が割り込んできた。
「面白そうじゃないか。だったら、四人でやろうよ」
蓮は驚いた。まさか、昨日の今日で会話に入ってくるとは思わなかった。
凛々華からの口撃を受けて凹んでいたはずだが、立ち直りの早い男だ。
心愛も同じように思ったのか、曖昧な笑みを浮かべながら尋ねた。
「あっ、早川君もやる?」
「あぁ。人数が多いほうがよりやる気が出ると思わないかい? 一対一で負けるならともかく、四人の中で最下位にはなりたくないからね」
「いいかもね〜」
心愛があくまで気軽に同意するのを見て、英一はさらに自信を深めたのか、まくし立てるように提案を続けた。
「罰ゲームは、一位になった人が誰か一人に一つ命令できる、とかだと面白いんじゃないか?」
「うーん、面白いとは思うけど、それだとちょっと公平性に欠けるし、四人だと色々と面倒だから、罰ゲームはなしにしようよ」
心愛にしては珍しく断定的な口調だったが、何やらスイッチが入ってしまったのか、英一は食い下がった。
「いや、僕的には罰ゲームがあったほうがやる気が出ると思うんだが」
「そうだけど、でもみんなが納得するようなルールって難しいんじゃないかな。早川君の言う通り、最下位は嫌だからそこでモチベーションは保てるし、私はなしでいいと思うな〜。二人はどう?」
英一が反論をする前に、心愛が蓮と凛々華に水を向けた。
凛々華は躊躇うことなくキッパリと答えた。
「私はなくていいと思うわ。あくまでゲームのようなものだもの。誰かが不満を覚える可能性があるのなら、無理に罰ゲームなんて決める必要はないと思うし」
「俺もどちらかというとそっちだな。ま、今回は単純にプライドをかけた戦いってことにしようぜ」
蓮が肩をすくめると、英一は一瞬不満げな顔をしたが、すぐに「そ、そうか。まあ、みんながそう言うなら僕はなんでもいいよ」と口を閉ざした。
「そういえばさ、柊」
「何かしら?」
声色こそ普段通りの淡々としたものだったが、眉がわずかに寄っていた。
「昨日、たまたまめちゃくちゃ可愛い犬の動画を投稿してるチャンネル見つけたんだけど——」
「見せなさい」
「ちょっと待て」
蓮は苦笑した。それこそおやつを目の前にぶら下げられた犬のような、見事な食いつきっぷりだ。
凛々華は無類の犬好きだった。
「俺のイチオシはこれなんだけどさ」
眠気の限界が来た子犬が、おすわりの姿勢から徐々に床にふせって眠るショート動画だ。
「っ……!」
凛々華が息を呑み、食い入るように画面を覗き込んだ。
自然と、蓮のあごの下に彼女の頭がくる形になる。爽やかな甘い匂いが蓮の鼻先をくすぐった。
(柊、意外とこういうのは無意識なんだよな……)
身の乗り出し方は完全に、彼氏の携帯を覗き込む彼女のそれだ。
蓮は落ち着かない気分になったが、わずかに見える横顔だけでも、凛々華が楽しんでいることは伝わってきた。
せっかく機嫌を直しているところだというのに、邪魔はしたくない。
少しでも凛々華から離れるように体をかたむけつつ、蓮はいつも以上に画面に集中した。
放っておくと自動的にループするその動画をたっぷり八回分見てから、凛々華は画面をスクロールした。
今度は二匹の子犬が戯れている動画だ。
「可愛いわね……」
「だな……」
凛々華はもちろん、彼女があご下にいるという状況に徐々に慣れてきた蓮も、すっかり夢中になってしまった。
「授業始めるぞー」
先生が入ってきて、蓮は慌てて画面から離れた。
「柊、黒鉄。携帯見てないで早く準備しろー」
「はい」
「すいません」
二人は気まずそうに頬を染めつつ、急いで授業の準備をした。
「……黒鉄君のせいよ」
凛々華が唇を尖らせながら、小声で不満そうにつぶやいた。
「じゃあ、犬の動画は見せなきゃよかったか?」
「そんなわけないでしょう。あとでリンクを送っておきなさい」
間髪入れずに返ってきた答えに、蓮は吹き出しそうになった。
「ま、楽しめたんだからそれでよしとしようぜ」
「そうね……その、ありがとう」
「おう」
頬を染めた凛々華の消え入りそうなお礼に、蓮は照れくさそうな笑みを浮かべてうなずいた。
「勝負のことなのだけれど——」
学校からの帰り道で、凛々華が切り出した。
「やっぱり、罰ゲームはありにしないかしら?」
「四人用にちゃんとレギュレーションを決めるってことか?」
「いえ、あなたと私だけよ。初音さんは自分が参加すること自体にはあまり乗り気ではなかったようだし、一対一のほうがわかりやすいんじゃないかしら」
「それはそうだな」
勝者と敗者が一人ずつ。実にシンプルだ。
「どう?」
「俺はいいぞ。内容は負けたほうが勝ったほうの言うことを一つ聞くっていうのでいいのか?」
「えぇ。それで構わないわ」
凛々華の瞳がギラリと光る。
構わないというより、それを望んでいたようだ。
蓮は苦笑した。
「ずいぶんと乗り気だな。何か俺にやらせたいことでもあるのか?」
「べ、別にそういうわけじゃないわ。ただ、罰ゲームの王道でもあるし、内容がわからないほうが面白いと思っただけよ」
普段よりも早口だ。十中八九、彼女の中では罰ゲームの内容は決まっていると見ていいだろう。
本人に言うと怒られてしまうだろうが、ピュアな凛々華は意外と動揺が表に出やすいのだ。
「ま、なんでもいいけど。そういや数学を教えるって約束はどうする? 勝負するなら、今回のテストはお互い自力で頑張るか?」
「……いえ、教え合った上で戦いましょう」
「えっ——」
逡巡したのちに凛々華が出した答えに、蓮は目を見張った。
凛々華がほんのりと眉をひそめる。
「何かしら?」
「いや、柊ならてっきり、公平にやりたいから教え合うのはナシっていうかと」
「私も英語とかを教えれば平等だし、そのほうがお互いに成績が上がると思っただけよ。そもそもそこが一番大事なのだし、結局教えてもらったものを自分のものにできるかどうかはその人次第なのだから」
「確かに、人から聞いただけだと、その場ではわかったきでいても、結局忘れるもんな」
「そういうことよ」
凛々華が満足げにうなずく。
彼女が蓮の説明のメモを取っているのも、自分のものにするためなのだろう。
(そういうとこ、さすがだよな)
蓮が感心していると、凛々華が「そういえば」と固い声で切り出した。
正面を向きつつ、視線だけを蓮に向けて、
「前にお世話になったお礼として、今週の土日のどちらかに黒鉄君を招きたいとお母さんが言っているのだけれど……どうかしら?」
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