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第4話 また陽キャを怒らせてしまった

 大翔(ひろと)はわざわざ迂回して凛々華(りりか)の机の横に立ち、自分のモノだと主張するかのように片手をついた。

 妙に粘度の高い間延びした口調で話しかけてきた。


黒鉄(くろがね)ぇ、さっきは凛々華と何を話してたんだ? ずいぶん楽しそうだったじゃねーか。おっ?」


 余裕を装った笑みを浮かべつつも、その引きつった頬や血走ったシャンパン色の瞳は、彼の内心の焦りを如実に物語っていた。

 いつ蓋が勢いよく飛び跳ねて中身が漏れ出すのかわからない、危うい状態のようだ。


 およそ似つかわしくない猫撫で声にうすら寒いものを覚えつつも、蓮は努めて平坦に答えた。


「解き方を聞かれたから答えていただけだ。楽しそうだったかは知らないが」

「ハッ、楽しそうなわけねーだろーが!」


 大翔は腹立たしげにバンっと机を叩いた後、口の端を吊り上げて嘲笑を浮かべた。


「おいおい、もしかして凛々華が自分との会話を楽しんでいたかも、とか期待しちゃったか? ——んなわけねーだろうが」


 大翔の表情から笑みが消え、怒りが顔を覗かせる。


(数学のときに(ひいらぎ)がコロコロ表情を変えたのはには驚いたが、こいつはこいつで表情豊かだな。いや、これは豊かと言っていいのか?)


 蓮がくだらない自問自答をしていることには気づかない様子で、大翔はドスの利いた低い声で続けた。


「勘違いすんなよ非モテ陰キャが。凛々華がてめーなんかに興味を示わけがねーだろ」


 蓮は漏れそうになるため息を我慢しつつ、肩をすくめた。


「もともとそんな勘違いはしていないから安心してくれ。柊も俺の解き方が特殊だったから気になっただけだろうしな。逆に、お前はどうしてそんなに焦っているんだ?」


 それは、蓮にとってはあくまで何気ない問いだった。大翔がなぜわざわざ自分に牽制をかけてくるのかわからなかったから尋ねたのだ。


 ——しかし、その問いは裏を返せば「焦るほど凛々華との関係に余裕がないのか」という挑発にもなり得るものだった。

 実際にそのように捉えたのか、大翔の眉がまるで意志を持ったように痙攣した。

 しかし彼は、顎を上げて蓮を見下すように笑ってみせた。


「ハッ、何で俺が焦らなきゃいけねーんだ?」


 大翔の声はわずかに震えていた。

 彼は大袈裟に肩をすくめて言葉を続けた。


「こっちは小さいころからずっと過ごしてきて、今でも一緒に登校してんだよ。ちょっと授業中に話しただけで自分のほうが好かれてると思っちまったのか? ——調子乗ってんじゃねーぞ、非モテ陰キャが」


 大翔の表情が憎悪に染まった。

 胸ぐらを掴まんとする勢いで顔を近づけてきて、地の底から響くような声で、


「てめえが身の程もわきまえずに凛々華に話しかけてっから、俺がわざわざ忠告してやってんだよ。ちょっと話したくらいでのぼせ上がんな! ——あいつは俺の(モン)だ。二度と話しかけんじゃねーぞ」


 わかったな、と大翔が念を押してくる。


(こいつ、本当に今日は情緒不安定だな……)


 蓮は困惑しつつも反論しようとしたが、彼が戸惑ったその一瞬に隣から別の声が割り込んできた。


「黒鉄君は話しかけてないよ〜」

「……あっ?」


 口を挟んだのは心愛(ここあ)だった。

 大翔に威圧的な態度で上から見下ろされても動じず、のほほんとした微笑を崩さずに続けた。


「黒鉄君の言っていることは全て事実で、話しかけたのは凛々華ちゃんだよ〜。黒鉄君は解き方を聞かれて答えただけだし、普通の会話しかしてないもんね?」

「あぁ」


 同意を求められ、蓮はうなずいた。


「くっ……!」


 大翔は悔しげに唇を噛んだ。いちゃもんを付けるとっかかりを真正面から崩され、さすがに何も言えなくなったようだ。

 心愛の加勢で流れが変わった今がチャンスだろう。蓮が自分と凛々華の間には何もないと念押ししようとしたとき、平坦な声が大翔の背後から聞こえた。


「——どいてくれるかしら。そこは私の席なのだけれど」


 凛々華だった。手洗いにでも行っていたのだろう。口調こそ冷静だったが、指先がハンカチに食い込んでいる。

 大翔を見つめる瞳はわずかに瞳孔が開いていおり、背中まで伸ばした流麗(りゅうれい)な紫髪は風に煽られたようにわずかに揺らめいていた。


「凛々華っ……!」


 大翔は忌々(いまいま)しげにその名を呼んだ。

 凛々華は立ち去る気配のない彼に対して、キツく眉を寄せて瞳を細めた。苛立たしげに指先で机をコツコツと叩きながら、


「何度も言わないとわからないのかしら? ——邪魔よ。そこをどきなさい」

「っ……!」


 鋭利な刃のような冷たさをまとった声と眼差しに射抜かれ、大翔は喉をひゅっと鳴らした。思わずといった様子で視線を逸らした。

 慌てたように凛々華を睨み直した彼の瞳は泥のように濁っていた。屈辱、怒り、怯え……様々な負の感情が宿っている。


 顔はマグマのように真っ赤で、はらわたが煮えくり返っていることが伺えた。いつ噴出してもおかしくないだろう。


(まずいか?)


 蓮は万が一に備えて臨戦態勢を取ったが、杞憂だった。

 大翔は芝居がかった所作で両手を広げ、頬を引きつらせつつも口の端を釣り上げた。


「……はいはい、そこまで言うならどいてやるよ」


 眉をひそめる凛々華を鼻で笑い、胸を張ってゆったりとした足取りで教室を出て行った。

 ——固く握りしめられた彼の拳は、怒りや屈辱に耐えるようにプルプルと震えていた。


 蓮は浮かしかけた腰を下ろし、心愛に頭を下げた。


「ありがとな、初音。助け舟を出してくれて」

「ううん、全然いいよ〜。明らかに金城(きんじょう)君の言いがかりだしね〜」


 心愛が緩い口調で大翔を糾弾(きゅうだん)した。

 取り巻きが鋭い視線を送ってくるが、まさにホットココアのように暖かみのある穏やかな表情のまま、気にする様子もなくニコニコと笑っている。

 このある種の空気の読めなさが、彼女の魅力なのだろう。


「それでも助かったよ」

「はいはーい」


 心愛は手をひらひらさせた後、少しだけ真面目な口調で、


「でも、黒鉄君もあんまり火に油を注ぐようなことは言わないほうがいいと思うよ? 素直なのはいいことだけどね〜」

「普通に気になったことを聞いただけで、煽ったつもりはなかったんだけどな……」


 蓮は苦笑いを浮かべた。


 心愛を空気が読めないと評した彼自身も、いや、むしろ彼のほうが周囲に合わせたりお世辞を言うことが苦手だった。

 本人としてはただ思ったことを口に出しているだけなのだが、往々にして先程のように相手を怒らせてしまうのだ。


 その代わり、他人からの挑発や皮肉にも気づかなかったり軽く流せてしまうからこそ、現状も普通に過ごせているのだが。まさに諸刃の剣である。


「あはは、黒鉄君って面白いね〜」


 心愛がおかしそうに頬を緩め、磨かれたダイヤモンドのような明るい銀髪を揺らした。


(どうやら、俺は彼女よりも空気が読めていないみたいだな)


 鈍感な彼でもそのことには気づいたが、だからと言って何かをしようとも思わなかった。


「凛々華ちゃんも、気持ちはわかるけど抑えてね〜」

「……えぇ」


 凛々華は気まずそうに視線を逸らした。のれんのようにふわふわとしている心愛を前にしては、いつものように振る舞うことは難しいようだ。

 蓮はいい機会だと思った。


「柊も、助け舟を出してくれてありがとな」

「……別に、邪魔だからどかしただけよ。礼なんていらないわ」


 凛々華は視線を逸らしながら髪を耳にかけ、突き放すように言った。


「今回はそうかもだけど、今朝だって助けてくれただろ。マジで感謝してるから」


 重ねて謝意を伝えると、凛々華は「……そう」とつぶやき、それ以上の会話を拒むように背中を向けて席に座った。

 一瞬だけ蓮に視線を送ってから、彼の反対側を向くように頬杖をつき、外の景色に目をやった。


 ふふ、という軽やかな笑い声が聞こえた。心愛が瞳を細めて楽しそうに笑っていた。


「っ——」


 凛々華の背中がビクッと震えたが、ちょうど心愛に目を向けていた蓮は気づかなかった。

 ウインクを送ってくる心愛に、蓮は曖昧に笑って肩をすくめてみせた。


(初音は柊の態度が照れ隠しのようなものだと思っているんだろうけど、多分、普通にそれ以上の会話を拒否しただけだろうな)


 凛々華の自分に対する態度が、英一などの他のクラスメイトに対するものと少し違うことには、蓮も気づいていた。

 ただ、特別扱いをされているとは考えていなかった。


 自分を狙っていない多少は気を抜いていい相手とでも思われているのだろう——。

 その程度の認識だった。


 だから、今朝や先程のように大翔に絡まれているときならいざ知らず、一人のときに凛々華に話しかけられるなどとは、想像も想定もしていなかった。

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