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第37話 陽キャの幼馴染と朝から勉強した

「もう〜、兄貴マジで起こしてくれなかったの⁉︎」

「仕方ねえだろ、俺も起きれなかったんだから」

「偉そうに言わない! 私は一人じゃ起きれないんだからね!」

「お前こそ胸張ってんじゃねえよ」


 凛々華(りりか)を招いた翌日、黒鉄(くろがね)家は——というより(れん)遥香(はるか)は慌ただしい朝を送っていた。

 蓮が珍しく寝坊したからだ。


「蓮、無理はしなくていいぞ。弁当なんて買えばいいんだからな」

「いや、大丈夫。昨日の残りもあるし」


 幸か不幸か、諦めるほどの大寝坊でもなかった。

 蓮は昨夜の鍋の残りを使っておじやを作る傍ら、冷凍食品をうまく組み合わせて大急ぎで弁当を準備した。


 しかし、その反動で、凛々華を迎えにいく時間まで寝落ちしてしまった。

 アラームはかけているので、寝過ごすことはなかったが、朝にやろうと思ってた勉強ができなかった。


 (ひいらぎ)家のインターホンを鳴らすと、すぐに凛々華が姿を見せた。


「おはよう。昨日は迷惑をかけたわね」

「おう、気にすんな。それより柊、悪いんだけど今日はちょっと早足でもいいか?」

「構わないけれど、どうしたのかしら?」


 凛々華がほんのり眉を寄せた。

 不機嫌なのではなく、単純に疑念を覚えているようだ。


「今日、英語の小テストあるだろ? 勉強してなくてさ。今朝やろうと思ってたんだけど、寝ちまったんだ」


 蓮が事情を告げると、凛々華が何やら考え込むように手を口元に当てた。


「柊?」

「……もしあなたが望むなら、私が要点を絞って教えてもいいけれど」

「えっ? いや、それはさすがに迷惑だろ」

「いえ、前にも言ったでしょう? 教えることも勉強になるって。それに昨日のお礼もしたいし、私が迷惑をかけたせいで点数が取れなかったと思われても気分が良くないもの」

「そんなふうには考えねえって」

「わかっているわ。私の気持ちの問題よ」


 凛々華はどことなくきまり悪そうにそう言った後、横目で蓮を見た。


「で、どうするの? 自分で勉強するというのなら無理にとは言わないし、断ってもらって構わないわ。迷惑はかけたくないから」

「いや、そういうことならありがたくあやからせてもらうよ。正直まだ範囲を見てすらいねえから、要点を教えてくれるのはマジで助かる」

「そう。じゃあ、早く行きましょう。単語の復習でもしながらね」

「単語帳見ながら早歩きは危ねえぞ」

「大丈夫よ。全部覚えているわ」

「マジかよ」


 サラリと告げられた事実に、蓮は驚いた。

 しかし同時に、凛々華らしいとも思った。


「さすがだな」

「勉強したのだから当然よ」


 凛々華はこともなげに言ってのけた。

 平然としているようで、その口元はわずかに緩んでいた。どことなく得意げだった。


(意外と褒められると素直な反応するよな、柊って)


 蓮は微笑ましく思ったが、ヘソを曲げられてはかなわないため、なんとか真面目な表情を保った。




 早歩きの甲斐があり、普段よりも数分早く教室に到着した。

 朝に弱いらしい心愛(ここあ)はまだ来ていなかったが、凛々華の席の隣にはすでに英一(えいいち)の姿があった。


 並んで登校してきた蓮と凛々華を見て——正確には蓮を見て——、英一は不愉快そうに眉を寄せたが、すぐにさわやかな笑みを浮かべた。


「あっ、柊さんおはよう。黒鉄君も」

「おはよう」

「よう」


 英一への返答もそこそこに、蓮は自席に、凛々華は彼の隣である心愛の席に座った。

 穏和な彼女のことだ。席を使った程度では怒らないだろう。

 英一が慌てたように振り向いて、凛々華に話しかけた。


「柊さん。どうしたの?」

「黒鉄君と勉強をするのよ。彼に助けてもらったから、そのお礼にね」

「そ、そっか」


 セリフの後半部分を強調した凛々華に、英一は言葉を詰まらせた。


「ほら、黒鉄君。早く準備しなさい。私が教える以上は、中途半端な点数は許さないわよ」

「おう、任せろ」

「じゃあ、まずはこの部分から——」


 英一はまだ何か言いたげにしていたが、凛々華は一切の視線を向けることなく授業を開始した。




 要点だけに絞るという宣言通り、彼女の教えは端的でわかりやすかった。


「すげえな……先生より全然わかりやすいぞ」

「大袈裟ね。ゴマをすっても何にもならないわよ」


 凛々華が鼻を鳴らした。


「いや、マジだって。こんなに言われたことがすんなり頭に入ってくることなんて、あんまねえもん」

「うん、柊さんは本当に教えるのが上手だと思うよ」


 蓮が力説していると、英一が割り込んできた。

 凛々華の表情がスッと消えたが、彼は気づいた様子もなく、鼻を膨らませて続けた。


「前に国語のペアワークで教えてもらったときも、すごいわかりやすかったしね。柊さんが先生になったら、みんなもっと授業をちゃんと聞くんじゃないかな」

「そう」


 凛々華はそっけなく返事をした後、蓮のノートを指差した。


「あっ、黒鉄君。そこのスペル間違ってるわ」

「本当だ。やべ」

「さっきも間違えていたし、癖になっているようね。気をつけなさい」

「うす」


 蓮は余白に三回ほど正しいスペルを書き込んだ。

 それからも凛々華に教えを乞いながら問題を解いていると、彼女がボソリとつぶやいた。


「それにしても、理解が早いわね」

「そうか?」

「えぇ。一回聞いただけで応用までできているわ。正直言って、少し気持ち悪いくらいよ」

「気持ち悪いはひどいな」


 蓮は苦笑いを浮かべた。


「単に、柊の教え方と相性がいいだけなんじゃねえか? 意外と考え方も似てるし」

「だったら、私にもあなたの数学のセンスをわけてほしいのだけれど」

「別にそんな大したものじゃないと思うけどな。なら、このお礼に数学教えようか?」

「そもそも今私が教えていること自体がお礼なのだけれど……」


 凛々華は少しだけ逡巡(しゅんじゅん)するそぶりを見せた。


「そうね。あなたがいいのなら、解き方とかを参考にさせてもらおうかしら」

「構わねえよ。人に教えんのも大事なんだろ?」

「そうよ」


 凛々華がどことなく得意げにうなずいた。


「でも、それは後でいいわ。まずは英語に集中しなさい」

「おう」


 凛々華の小テスト対策講座は、一限の予鈴が鳴るまで続けられた。




 彼女の教え方が的確だったからだろう。

 蓮は一夜漬けどころか当日の朝漬けだったが、満点を取ることができた。


 しかし、満足そうな蓮とは対照的に、凛々華は不服そうに唇を尖らせた。


「納得がいかないわ」


 そうこぼした彼女の手元には、九十五と書かれた答案用紙があった。


「どうして、私よりもあなたのほうが点数が上なのかしら?」

「一問差だろ? そんなの誤差だし、柊に教えてもらった俺が満点なら、実質柊も満点だろ」


 蓮が軽い調子でそう言うと、凛々華はほんのりと眉を寄せて不満を表明した。


「……なんだか丸め込まれている気がするのだけれど」

「そんなことねえよ。自分で満点取るよりも人に満点取らせるほうが、よっぽどすげえって」

「うんうん、それは言えてると思うよ〜」


 心愛がのほほんと蓮に同意した。

 彼女は例のごとく、一限開始のチャイムと同時に駆け込んできた。


「だって、黒鉄君はほとんど勉強してなかったんでしょ? だったら、凛々華ちゃんの理解と教え方が的確じゃないと満点取れるわけないもん」


 凛々華がうっと言葉を詰まらせた。


「……それは、そうかもしれないけれど」

「それにさ。そもそも二人はレベルが高すぎると思うな〜。私なんて七十点だよ? 見たことない単語もあったし」


 心愛がドヤ顔を浮かべ、大きな胸を張った。

 凛々華が苦笑しながら、


「それは単純に勉強をしていなかっただけでしょう」

「えへへ〜。机の整理をしてたら漫画を読み始めちゃって」


 心愛が照れ笑いを浮かべた。


「勉強しようとして机の整理を始めて、気づいたら漫画読んで時間が経ってて明日から頑張ろうって思うまでがセットだよな」

「うんうん、黒鉄君はわかってるね。昨日の私がまさにそれだったよ〜」

「そんなことでわかり合わないでもらっていいかしら」


 うなずき合う蓮と心愛に対して、凛々華は半眼になってため息を吐いた。

 呆れている彼女を見て、心愛は無邪気に笑った。


「な、何かしら。初音さん」

「うん? 凛々華ちゃんって意外とツッコミ属性だなって思っただけだよ〜。だから、意外とツッコミどころの多い黒鉄君と相性いいのかもね〜」

「……まあ、確かにツッコミどころは多いけれど」


 凛々華は小さな声で答えた後、不意に前に向き直って机をゴソゴソ漁り始めた。

 心愛がクスッと笑うと、凛々華の肩が小さく震えた。


(女子同士のコミュニーケーションはよくわからねえな……)


「ね? 黒鉄君」


 蓮が凛々華の反応を疑問に思っていると、心愛が不意に同意を求めてきた。


「ん? 別に俺はツッコミどころは多くねえと思うぞ」

「へっ?」


 心愛はポカンとした表情になった後、クスクス笑った。


「黒鉄君、そういうところだよ〜」

「何がだ?」

「ううん、なんでもない〜」


 蓮が尋ねても、心愛はニコニコ笑うのみだった。


(なんなんだ……)


 蓮は釈然としない思いを抱いたが、心愛は楽しそうだし、凛々華も機嫌を損ねたわけではなさそうなので、それ以上は追及しなかった。

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