第35話 陽キャの幼馴染に料理を振る舞った
蓮と凛々華は向かい合って着席した。
大皿と小皿が、すでにそれぞれの席に用意されていた。
「兄貴特製の鍋です! じゃーん!」
遥香が嬉しそうな声を上げながら、勢いよく鍋の蓋を取った。どことなく得意げだ。
もうもうと煙が立ち上る中、緑の菜の花、柔らかな色合いのキャベツ、鮮やかな人参、瑞々しいアスパラガスなどが顔を覗かせた。
「すごい具材の数ね。色とりどりだわ」
凛々華が目を見張った。
蓮は彼女のお皿を手に取った。
「柊。苦手なものはあるか?」
「ないわ。それより大丈夫よ。いただくのだし、よそうのは私がやるわ」
「いいって。客人なんだからさ」
蓮は立ち上がりかけた凛々華を手で制した。
彼がよそい始めるのを見て、凛々華は渋々といった様子で腰を下ろした。
「これくらい食えるか?」
「えぇ。ありがとう」
蓮は下品に見えないよう、自分の分は普段よりも少なめにした。食べたければおかわりをすればいいだけだ。
「じゃあ、食べるか」
「そうね」
蓮の声に、凛々華が手を合わせる。
「「いただきます」」
凛々華が野菜を一つ取り、そっと息を吹きかける。
「なんか緊張するな。人に食べてもらうのって」
蓮は苦笑交じりに言った。家族以外に食べてもらうのは、もしかしたら初めてかもしれない。
凛々華はちらりと彼を見てから、口を小さく開けた。
しばらく噛みしめるように味わった後、思わずといった様子でつぶやいた。
「……美味しい」
短い感想だったが、確かな満足がにじんでいた。
蓮は表情をほころばせた。
「そりゃ良かった……うん、我ながらうめえな」
「ね。今日は特に美味しいよねー! もしかして、柊さんが来たから?」
「偶然だっつーの」
頬を突いてくる遥香の指を、蓮はパシッとはたき落とした。
「あっ、暴力変態!」
遥香は蓮を指差して、楽しそうに笑った。
(俺が女の子連れてきたからって、いつにも増してテンション高えな)
蓮は現金な妹に苦笑した。
凛々華がどこか微笑ましそうに言った。
「二人は仲が良いのね」
「そう見えるか?」
「えぇ」
凛々華は迷うそぶりも見せずにうなずいた。
「中学のころの友達には、思春期とはいえお兄さんと一言も会話しないという子もいたし、何より黒鉄君の表情が学校では見たことないほど柔らかいもの」
「そうなのか? ま、二人で過ごす時間も長かったからな」
蓮はなんでもないことのように答えた。
四六時中一緒にいるわけではないが、事務的なものを除いても毎日会話はしているし、遥香のことは多少煩わしく感じることもあるが、大切にしているつもりだ。
「兄貴、学校ではどんな感じなんですか?」
遥香が勢い込んで凛々華に尋ねた。
瞳はキラキラと輝いている。普段、蓮がほとんど自分のことを話さないからだろう。
「そうね。基本的には今とあまり違いはないけれど……」
「じゃあじゃあ、どういう人と一緒にいるんですか?」
言葉を探している様子の凛々華に、遥香はさらに具体的な質問をした。
凛々華は小さく息を吸い込んだ後、淡々とした口調で答えた。
「色々あって、だいたい私と彼でいることが多いわ」
「えっ⁉︎」
遥香が大袈裟なほど、目を見開いた。
「い、色々あってってことはやっぱり——」
「違えよ」
興奮する遥香の頭を、蓮がバシッと叩いた。
「いたぁ⁉︎」
悲鳴をあげる彼女に、今度は凛々華から尋ねた。
「逆に、家ではどんな感じなのかしら?」
「それがひどいんですよ。私が寝ているとき、脇腹や脇の下を弄るんです」
「えっ……」
凛々華がゴミを見るような目線を蓮に向けた。
蓮は遥香を睨んだ。
「語弊を招く言い方をするな。お前が声をかけたり頬を叩くくらいじゃ起きないから、仕方なくやってんだよ」
「眠りが深いのは家系なのね」
凛々華がおかしそうに口角を持ち上げた。
そこに先程までの軽蔑の色はない。蓮が遥香にセクハラ紛いをしているわけではないことには、最初から気づいていたのだろう。
「もしかして授業中も寝てるんですか?」
「えぇ。チャイムが鳴ったことにも気づかないほど、ぐっすりね」
「うわぁ。私にはちゃんと授業受けろって言ってるくせにぃ」
遥香にじっとりとした視線を向けられ、蓮は肩をすくめた。
「義務教育だからな」
「理由になってない!」
「なってるなってる」
蓮は遥香の抗議を聞き流すと、おかわりをよそった。
凛々華のお皿も空になっていた。
「柊、おかわりいるか?」
「いえ。もうお腹いっぱいよ」
凛々華が箸を置き、手を合わせた。
「ごちそうさま。汁も含めて美味しかったわ」
「お粗末さま。口にあったならよかった」
「えぇ。料理、上手なのね」
淡々とした口調だったが、満足した様子が伝わってきた。
彼女の皿は、汁一滴残らず空になっていた。
「兄貴の料理はなんでも美味しいんですよ!」
遥香が両手の拳をギュッと握りしめた。
凛々華は頬を緩め、優しい口調で問いかけた。
「そう。遥香さんは何が一番好きなの?」
「うーん。悩みますけど、やっぱりハンバーグですね! 子供のころ、私が落ち込むと必ず作ってくれてたんですよ」
「おい。別にいいだろ、そういう話は。柊も興味ないだろうしさ」
蓮は慌てて妹を制止しようとした。
「あら、私は少し興味あるわ。黒鉄君がどうしても恥ずかしいと言うのなら別だけれど」
凛々華はイタズラっぽく瞳を細め、わずかに首をかしげた。
蓮はため息をつきながら、特に否定はせずに食事を再開した。
それを見た遥香は、楽しそうに続きを話し始める。
「あとはベターですけどカレーとか……あっ、あとチンジャオロースとか味噌汁も美味しいですし、たまにお菓子も作ってくれるんですよ!」
「そう。じゃあ、幼いころから彼には色々とお世話してもらったのね」
凛々華が感心したようにうなずくと、遥香は「そうなんです!」と勢いよく答えた。
「方法がこちょこちょなのは不服ですけど、毎朝起こしてくれるし、お弁当も作ってくれるし。小さいころには、私が寝るまで絵本を読んでくれたりして……私にとっては兄貴がお母さんみたいなもんなんです——うぐっ⁉︎」
蓮に口を塞がれ、遥香はくぐもった声を上げた。
蓮は妹を鋭い目つきで見下ろした。
「そこまでだ、遥香。食卓に椎茸を並べてほしくなかったらな」
「わ、わかった! もう言わない!」
蓮はため息を吐いて、遥香を解放した。
バツが悪そうに凛々華を見た。
「柊も、聞き流してくれていいからな」
「いえ、見直したわ。今度から、先生に差されそうになる直前までは寝かせておいてあげる」
唇に薄い笑みを浮かべながら告げられたその言葉に、蓮は思わず吹き出した。
「なんで毎回授業中の居眠りが指標なんだよ」
「あなたも律儀にツッコむわよね」
凛々華がクスッと笑った。その笑顔は、窓から差し込む月明かりのように柔らかかった。
遥香が「わお」と口を動かし、イタズラっぽい笑みを蓮に向けてきた。
「なんだよ?」
「ううん、なんでも〜。それより柊さんっ」
「何かしら?」
「図々しいお願いではあるんですけど、凛々華ちゃんって呼んでもいいですか?」
凛々華は驚いたように瞳を丸くさせたが、すぐに口元をほころばせてうなずいた。
「別に構わないわ。そうしたら、あなたのことは遥香ちゃんと呼んだほうがいいかしら?」
「えっ、いいんですか⁉︎ ぜひお願いします!」
嬉しそうに飛び跳ねる遥香を、凛々華は微笑ましそうに見守った。
その後、意外とウマがあったのか、彼女たちはガールズトークに花を咲かせていた。
蓮が食べ終わり、三人で雑談をしていると、程なくして凛々華の携帯が鳴った。母親が帰宅したようだ。
「行くか」
蓮が立ち上がると、支度をしていた凛々華が「えっ?」と目を瞬かせた。
「どうした?」
「いえ、送ってもらわなくて大丈夫よ。元々鍵を忘れたのは私なのだし、さすがに迷惑だわ」
「言ったろ? 別に柊の送り迎えくらいは迷惑じゃねえって。それに、何かあってからじゃ遅いだろ」
蓮はそう言い残すと、玄関へと向かった。
「……相変わらずそういうときだけは強引なのね」
「なんか言ったか?」
「いいえ、なんでもないわ」
蓮が振り返ると、凛々華は澄ました表情で首を振った。
しかし、その表情はどこか柔らかかった。
「じゃあ、遥香。すぐ帰ってくるけど、一応鍵はしておけよ」
「はーい。気をつけてね! 凛々華ちゃんもまた!」
「えぇ。楽しかったわ」
蓮と凛々華は遥香に手を振り、並んで歩き出した。
「あれで付き合ってないんだ……恋愛って難しいんだなぁ」
お互いに笑顔で言葉を交わし合いながら去っていく兄とそのクラスメイトの後ろ姿を見送りながら、遥香は感慨深そうにつぶやいた。
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