第32話 陽キャの幼馴染がバイト先を訪ねてきた
凛々華が顔を出したとき、時刻は十九時を回っていた。
お昼時や夕方ならともかく、普通の女子高校生が一人で来店するタイミングではなかった。
(なんでこの時間に柊が?)
知り合いだったこともあって蓮は面食らってしまったが、すぐに接客モードに戻った。
「いらっしゃいませ。一名様でよろしいですか?」
「えぇ」
うなずく凛々華の頬には、強張りが見てとれた。
一人でカフェに入るのは苦手であるため、緊張しているのだろう。
「こちらメニューになります。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「え、えぇ」
メニューを受け取る際に、凛々華はちらっと蓮を見上げたが、すぐに逸らして手元に視線を落とした。
不自然な動作だ。よく見れば目元もほんのりと赤い。やはり緊張しているのだろう。
「ねぇねぇ、蓮君」
蓮がその場を離れると、すかさず恵が横に寄ってきた。
「なんですか、恵さん」
「あの子、凛々華ちゃんだっけ。こんな時間にわざわざ一人で来てるってことはさ、やっぱり蓮君のことが気になってるんじゃないの?」
「そんなことはないと思いますけど。近所だから来ただけでしょう」
蓮は肩をすくめながら答えるが、恵は疑い深そうな目を向けてくる。
「でも、なんか緊張してるみたいじゃん?」
「一人でカフェとか入れないタイプらしいので、そのせいだと思いますよ」
「そうなの? 凛々しい見た目とのギャップがあって可愛らしいじゃない。あっ、なるほど! そのギャップに蓮君は惚れたのか〜」
恵がツンツンと頬を突いてくる。
蓮は苦笑いを浮かべながら、指を払いのけた。
「男女を見るや否や、全部そういう方向に持っていこうとしないでください」
「だって、蓮君ってあんまり女っ気ないからさぁ。モテようとすれば絶対モテるのに」
「恵さんにそう言っていただけて嬉しいです」
「あっ、お世辞だって流したでしょ。本気だからねお姉さんは!」
「わかりましたって」
蓮は苦笑しつつも、恵の言葉を適当に受け流してカウンターに戻ろうとした。
四人で来ていた常連の女性グループのうちの一人が、興味深げに声をかけてきた。
「いやぁ、恵ちゃんと蓮君ってやっぱり仲良いわよねぇ。もしかしてそういう感じなのかしら?」
「やだなぁ。私たちじゃ年が離れすぎてますよ」
恵はおどけたように手を振るが、別の女性が食いついてきた。
「いやいや、歳の差なんて重要じゃないよ。それに蓮君は大人びてるし恵ちゃんは若々しいから、結構お似合いだと思うわ。ね、蓮君?」
話を振られた蓮は少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔でさらりと答えた。
「確かに恵さんは若々しくてお綺麗ですけど、俺よりもっとお似合いな素敵な男性がいますから」
その言葉に、恵が満足そうに微笑む。
「あら、蓮君もお口が上手くなったじゃない」
「事実ですから」
蓮は軽く頭を下げ、再びカウンターに向かった。
凛々華が手を上げるのが見えた。
「すみません」
「ただいまお伺いします」
蓮は小走りで凛々華の元へ向かった。
彼女は頬の強張りが取れている代わりに、どこか険しい表情を浮かべているように感じられた。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
「ベイクドチーズケーキとオレンジジュースで」
凛々華はメニューから目を上げることなく、短く答えた。
彼女らしくないぞんざいな態度だ。声色も、普段より冷ややかなように感じられた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
どこか棘を感じる雰囲気だったため、蓮はそそくさと撤退した。
カウンターで注文を準備しながら、ちらりと凛々華の様子を確認した。
参考書を取り出す表情には、やはりどこか違和感を覚えた。
(なんか機嫌悪そうだったけど……気のせいか?)
考え込んでいると、隣でクスッという笑い声が聞こえた。恵がイタズラっぽく笑っていた。
「なんですか?」
「いや、青春だなぁって思っただけだよ。頑張れ、少年!」
蓮の肩を叩き、恵がカウンターを離れた。
何やら機嫌の良さそうな様子に、蓮はそっとため息を吐いて作業に戻った。
◇ ◇ ◇
「こちら、フルーツタルトとアイスコーヒーになります。ごゆっくりどうぞ」
(あと三十分くらいで上がりか……ん?)
接客を終えた蓮は、誰かに見られているような感覚を覚えた。
振り返ると、紫陽花のような深い紫色の瞳と視線が交差した。
その瞳の持ち主——凛々華はすぐに視線を逸らしたが、たまたま目が合ったわけではなさそうだった。
何か用事でもあるのかと思い、蓮は彼女の元へ向かった。
「どうした?」
「何がかしら?」
凛々華がペンを止めて、蓮を見上げた。
「なんかこっちを見ていたみたいだから、なんか用でもあるのかと思ってさ」
「……大した理由はないわ」
凛々華が参考書に視線を落とした。そのまま早口で続けた。
「ただ、意外とちゃんとやってるなと思っただけよ」
「そりゃあな」
お金をもらっているのだ。手は抜けない。
凛々華は一瞬だけ視線を上げてから、すぐに手元に視線を落としてシャーペンを指でくるくると回した。
「そういえばさ。柊はいつごろ帰るんだ?」
「っ……!」
指遣いを誤ったのか、凛々華がシャーペンを取り落とした。
蓮は慌ててかがみ、カラカラと軽い音を立てて床を転がっていくそれを拾い上げた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう。それより、どうしてそんなことを聞くのかしら?」
「夜危ないし、よければ送っていこうかと思ってさ」
凛々華は瞳を丸くさせた後、眉を伏せた。
さすがにお節介だったか——。
蓮が取り消そうとしたとき、凛々華がポツリと言った。
「シフトはあとどれくらいなのかしら?」
「二、三十分ってところだな」
凛々華は少し考え込むそぶりを見せてから、蓮を横目で見た。
「なら、お言葉に甘えることにするわ」
「わかった。多少長引くかもしれないけど、そこは目をつむってくれ」
「構わないわ。仕事をサボられても困るし、門限があるわけでもないもの」
凛々華は肩にかかった髪の毛をはらいながら、なんでもないように答えた。
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