第31話 加害者たちのその後
「藤崎——」
一限が終了した後、蓮はクラス会長の結菜に声をかけた。凛々華も一緒だ。
「黒鉄君、柊さん。大丈夫だった?」
「あぁ。ありがとな、あの場を仕切ってくれて。おかげでやりやすくなった」
「ううん、柊さんが必死に庇おうとしてくれてたから助け舟が出せただけだよ」
結菜は淡い笑みを浮かべて、ゆるゆると首を横に振った。
彼女は不意に真剣な表情を浮かべると、頭を下げた。
「二人とも、本当にごめん。それに、桐ヶ谷君も」
「「えっ?」」
蓮と樹の声が重なった。
凛々華はほんのりと眉を寄せて、結菜をじっと見つめた。
「ごめんって、何がだ?」
「これまでのこと。前に黒鉄君が言ってた言葉、『静観だって立場としては肯定と同じだ』って……まさにその通りだなって思って。もちろん全部を把握していたわけじゃないけど、金城君が黒鉄君と桐ヶ谷君に対して酷い態度を取っていたことには気づいていたのに、見てみぬふりをしちゃってた」
結菜は唇を噛み、深々と頭を下げた。
「私もそうだし、クラスのみんなも反省しているんだ。本当にごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんな」
「悪かった」
結菜に続いて、他のクラスメイトたちも続いた。
険しい表情を崩さない凛々華にも、結菜は頭を下げた。
「柊さんもごめんね。正義感の強い柊さんには、私たちの行動はきっと許せなかったと思うし、仲良しの黒鉄君のことも放置しちゃって」
「……謝罪すべき相手はあくまで黒鉄君と桐ヶ谷君なのだし、私に謝罪をするよりも、今の言葉が口だけのものではなかったと証明することのほうが重要なんじゃないかしら」
「うん。口で言うだけなら誰でもできるからね。これから行動でしっかりと示していくよ」
結菜が神妙な面持ちでうなずいた。
こうして大翔と芽衣による蓮を陥れようとした作戦は失敗に終わったが、一連の流れにほとんど関われていない人物が、蓮と凛々華の比較的身近にいた。
ふんわりとした銀髪のショートボブと澄んだ深海のような青色の瞳が特徴の、凛々華の後ろで蓮の隣の席である心愛だ。
彼女が登校してきたのは一限が始める直前、ちょうど蓮たちが教師とともに校長室に向かうタイミングだった。
「大変だったみたいだね〜」
授業で四人班を作った際に、心愛がのほほんとした口調で言った。
他のクラスメイトから事情を聞いたのだろう。
「無事に真実を証明できたみたいで良かったよ〜」
「あぁ、ありがとう初音。柊や桐ヶ谷、それに藤崎、井上たちの協力のおかげでなんとかなったよ」
「うんうん、それはなによりだよ〜。でも、黒鉄君の誠実性とか凛々華ちゃんが黒鉄君と楽しそうに過ごしているのとかって、クラスのみんなに伝わってなかったんだね〜」
「なっ⁉︎ ……別に私は普通だと思うのだけれど」
凛々華は一瞬狼狽したように見えたが、すぐにいつもの冷淡な口調に戻って続けた。
心愛がコテンと首をかしげて、
「え〜、一緒にいて楽しくない人なら、わざわざ登校したりごはん食べたりしないんじゃないかな?」
「……まあ、話は合うし気楽ではあるけれど」
凛々華は渋々といった様子で認めた。
心愛が無邪気な笑みを浮かべ、満足そうにうなずいた。
「でしょ〜? 私もそういう人じゃないと一緒に過ごそうとか思えないもん。むしろ、どれだけ好きな話題だったとしても、性格とか話の合わない人ならなるべく早く話を切り上げようとしちゃうし」
「それは誰でもそうなんじゃないかしら」
「まあね〜」
心愛が意味ありげな笑みを浮かべてうなずき、一瞬だけ英一に視線を向けた。
彼は凛々華に視線を向けていたため、気づかなかったようだ。先程こっぴどく糾弾されたにも関わらず、諦めていないらしい。
心愛が蓮に視線を戻し、苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
蓮は曖昧な笑みを浮かべた。
それから一週間後、加害者たちに正式な処分が下された。
首謀者である大翔と芽衣は退学になり、大翔の取り巻きたちも停学となった。
大翔の退学はともかく、芽衣は停学、その他の者たちはせいぜい謹慎処分だと思っていた蓮は、予想外の重い処罰に驚いた。
しかし、学校からの帰り道にその考えを凛々華に告げると、「私は全員退学処分で良かったと思うわ」という冷徹な答えが返ってきた。
彼女曰く、蓮の人生が潰れる可能性もあったのだから芽衣の退学処分は当然で、他の者に関しても、蓮と樹へのいじめのことを加味すれば停学処分では緩いとのことだ。
「まあ、基本的に更生の可能性に重きを置いている日本の学校では、これくらいが妥当なのでしょうけど」
凛々華はそう吐き捨てた。
蓮は自然と笑みを浮かべていた。
「ありがとな、柊」
「な、何がよ?」
「そんなに怒ってくれて」
「べ、別にあなたのためじゃないわ!」
凛々華は思わずといった様子で叫んだ後、そっと息を吐いて髪の毛を耳にかけ直した。
うって変わって素っ気ない口調で続けた。
「ただ、私が気に食わないだけよ」
「そうか。でも、俺は嬉しかったからさ」
「っ……」
凛々華は肩を揺らした後、黙って歩幅を大きくした。
蓮は苦笑を漏らし、その背中に続いた。
黒鉄家はすでに通り過ぎていたため、柊家にはすぐに到着した。
隣の金城家——大翔の実家は、まだ夕陽が傾き出したころだというのに異様に静かだった。
「まさか、引っ越したのか?」
「いずれはそうなるかもしれないけれど、今はまだ家の中で息を潜めているようよ。自業自得だわ」
凛々華は興味なさそうに金城家を一瞥した。
彼女が生まれる前からの付き合いだという金城家には、凛々華の父が亡くなったときに色々と助けてもらった。
その恩があったため、凛々華も嫌々ながら大翔との関係を続けてきたわけだが、もはや未練は残っていなかった。
一度、蓮と一緒に帰宅した際に、大翔が退学にならないように口添えをしてくれと頼まれたからだ。
大翔の両親は悪い人たちではなかったが、彼を甘やかして育てすぎたし、息子という色眼鏡で正常な判断ができていなかったのだ。
蓮は「自分たちの子供なのだから仕方ないだろう」となんでもないように言っていたが、凛々華は自分の息子がいじめを行なっていたにも関わらず、その被害者にまで息子の減刑の協力を仰ぐなどという行為は信じられなかったし、とても容認できるものではなかった。
その時点で、金城家に対する情は完全に消えた。
それは大翔の両親の騒ぐ声を聞きつけて出てきた凛々華の母も同じだったようで、これ以上近づくなら警察沙汰にするとまで言い切った。
そのやり取りが近所で噂になったというのもあったのだろう。ここ数日、金城家からは人が生活している気配すらあまり感じられない。
近所でも姿を見かけないと噂になっているようなので、買い物などは出前か人目のつかない時間帯に行なっているのだろう。
蓮も凛々華のいずれは引っ越すのではないかという見立てには賛成だったが、あの大翔のことだ。
たとえ警察という単語をちらつかせても、怒って後先考えられなくなれば何をしでかすかわからないため、凛々華の送り迎えの際には細心の注意を払っていた。
しかし、それからさらに一週間後、大翔たちは引っ越した。蓮はようやく肩の荷が降りた気分になった。
彼自身にその自覚はなかったが、やはり普段から気を張っていたらしい。
「あら、蓮君。何かいいことでもあった?」
バイト中に、先輩である恵にそう声をかけられた。
「いいことがあったというよりは心配事がなくなったという感じですが……わかるんですか?」
「えぇ。表情が明るくなったもの」
「そうですか。ご心配をおかけしました」
蓮が頭を下げると、恵が大袈裟に手を振った。
「いいのよいいのよ。でも、何か相談があったら言ってね? 前に連れてきたあの女の子との関係とか!」
「別に俺と彼女はそんな関係じゃないですよ」
「嘘つけ。あんな可愛い子、男の子が意識しないわけないじゃないこのこの〜」
などと絡まれていたから、というわけではもちろんないだろうが。
「いらっしゃいませ……って」
蓮は閉店一時間ほど前に入ってきた一人の女性客を前にして、目を見開いた。
薄くではあるが化粧をして、おしゃれな私服に身を包んだその女性——というより少女——の正体は、今し方話題に上っていた人物だった。
「——柊」
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